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第6話 再会 4

少し忙しくて遅くなってしまいました。

申し訳ありません!



ところで某非対称ゲーム、手から「呪」の字が飛び出したのを見て思わず笑ってしまいました。

それ以外の要素は完全にホラーなのに……。

 簡単なクエストのはずだった。


 町から町へと移動する間、盗賊や魔物から依頼人と荷物を守り抜く。

 言葉にすれば何てことのない、ごく普通のありふれた護衛任務だ。


 依頼人とは見知った仲だし、道筋も頭に入っている。

 付近に生息している魔物のランクも低く、護衛対象の存在を考慮しても《ハチェット》だけで問題なく対処できるレベルだった。

 想定以上の規模の盗賊団に襲われるというトラブルはあったが、《ファミリー》を始めとした他のメンバーが優秀だったおかげで特に苦もなく撃退できた。

 全てが順調に進んでいたのだ。


 あの災厄が舞い降りてくるまでは──。





 【ドラゴン】。


 最も有名な魔物の一種であると同時に、最も畏怖すべき存在。

 【三聖教】の教えでは聖なるものと扱われる個体もいるらしいが、目の前の存在は決してそんなものではない。

 ギルドが定めた討伐ランクはA。

 スフィ達にとって交戦は即、死を意味するランク差だ。

 接近を察知した時点で一目散に逃げ出す以外に生き残る術はない。


「アクス……ミロナ?」


 同じ村で生まれ育ち、同じ夢と目標を持って冒険者になった仲間が為す術もなく引き裂かれ、叩き潰されたのが見えた。


 冒険者という道を選択した以上、いつかこうなる可能性があるのは覚悟していたはずだった。

 だが余りにも理不尽で、呆気なさすぎる。


(逃げないと……)


 現実味のない光景を前に、かえって冷静になった思考がスフィの体を突き動かす。

 後ろを振り返ると同じクエストを受けていた冒険者達が、閉じ込められた仲間を助け出すために崩れた馬車を掘り返していた。


「もう諦めろ! 全員殺されるぞ!」


 依頼人を抱えたダルノがこの場を離れてから、最低限の時間は稼げている。

 アクスとミロナが殺された今、これ以上この場にとどまる理由は何一つない。

 彼らを見捨ててでも逃げるべきではないか? とスフィの中の冷酷な部分が声を上げる。大声で騒いでいるうちは、さぞいい囮になってくれるだろう。


(っ、何を考えているんだ! 僕は!)


 ほんの僅かに頭をよぎった最低の選択肢を、頭を振って追い払う。


「抜けた!」


 ドラゴンに注意を向けながら軽い自己嫌悪に陥っている間に、事態は好転したらしい。

 崩れた馬車は原型を留めないほどに破壊され、あとは中から人を引っ張り出すだけになっている。


「分かったよ! 早くしろ、こっちに来るよ!」


 自分の周囲に群がっていた敵は排除し終えたと判断したのだろう。ドラゴンがゆっくりとこちらに顔を向けたのを見て、反射的に矢をつがえながら飛び出す。

 結果的にその弓はドラゴンを相手に何の役にも立たなかったが、ニーラスと名乗る優男が想定以上の活躍を見せた。

 スフィの目にも得体のしれないスキルを用い、ドラゴンをその場に足止めし続けたのだ。


(これなら時間を稼げる!)


 しかしそんな淡い期待を前に、ドラゴンの口内から赤い光が漏れ出したのを見て、スフィは己の見通しが甘かったのを悟った。


「ブレスがくるぞ! 避けろ!」


 その場にいる全員に向かって警告しつつ、全力で横に跳ぶ。

 見栄も外聞も気になどしていられない。後方の様子を確認している余裕もない。

 ドラゴンの放つ【ブレス】と呼ばれる光の奔流は、地形さえ変えると言われているのだ。


 それと同時にドラゴンの口から赤い閃光が放たれ──スフィは気を失った。




   ◇




(生き……てる……? 助かった……のか……?)


 目を覚ました時、スフィの体は冒険者ギルドが提携している治療院のベッドの上にあった。


「スフィ!? 目が覚めたか!」

「ダル……ノ?」


 ずっと傍で見守ってくれていたのか、チームメンバーのダルノが勢いよく椅子を倒しながら立ち上がる。

 状況がさっぱり呑み込めないが、少なくとも彼は無事だったらしい。


「よかった……。本当によかった……!」


 長年一緒に冒険者をやってきたが、彼の泣き顔を見たのは初めてかもしれない。

 そんな益体もないことを考えながら、体を起こそうと身を捩る。


「っ! スフィ! 無理はするな!」


 顔面から腹部にかけて、皮膚が引き攣っているような感覚。動こうとする前から激しい痛みが走っていることから、重度の火傷を負っているのだろうというのは想像がつく。

 だがドラゴンと相対したことを考えれば、この程度安いものだ。


(全く、本当にらしくないな)


 慌てて側に寄ってくるダルノの姿に少し微笑ましさを感じながら、枕元に置かれていた水差しに手を伸ばそうとする。

 一体どれだけの間眠っていたのかは分からないが、喉が渇いてしょうがないのだ。


(そんなに心配するくらいなら、水の一杯でも手渡してくれればいいの……に?)


 そこでようやく、スフィは己の身体の違和感に気が付いた。

 伸ばした左腕が指先まで包帯に覆われている。こんな手では水差しはおろか、コップすら持てそうにない。

 それはいい。それだけなら別に構わないのだ。


 すまないがダルノ、水を飲ませてくれないか、と。

 そう笑って頼めば済む話だ。


 しかしその包帯に覆われた指先。どころか肘から先の感覚がないことに、スフィの顔からドッと汗が浮かぶ。

 一瞬にして冷えた思考が、現在の自分の身体の正確な状態を把握する。


「ダル……ノ? 僕の手が……動かない。足も……足もだ!!」


 己の口からこんな声が出るのかと驚くほど悲壮で、情けない声が漏れた。

 右腕は無事なようだが、下半身に至っては両足とも感覚が無くなっている。

 震える顔を足元に向けると、両膝のあたりから下にかけて、シーツの下にあるべきはずの膨らみが見えなかった。


 信じられない、とダルノに視線を向けるが、彼は悲しそうに顔を伏せるだけ。

 慰めも、励ましの言葉もない。ただ僅かに肩を震わせながら、下を向き続けている。


 それを見て、スフィの胸にストンと現実が降りてきた。


「……アクスと、ミロナは?」

「……死んだ。遺体は埋葬済みだ」

「……そう」


 覚悟していたことだ。

 仲間の死も。いつか自分がこうなるかもしれないことも。

 四人で村を出て冒険者になった日、全て覚悟していたはずだった。

 なのに涙が止まらない。

 満足に動かせない手で拭う気も起きず、ただひたすらに涙が流れ続ける。


「全部、終わったんだね」


 それは《ハチェット》というチームのことなのか。それともスフィの冒険者としての人生のことなのか。

 聞いていたアクスも、口にしたスフィ自身にも分からない。

 ただ、あれからあのドラゴンがどうなったのか。

 依頼人は。一緒にいた他の冒険者たちは、どうなったのか。

 他にも山ほどあるはずの聞くべきことを聞く気力が、スフィにはまるで沸かなかった。


「……《ハチェット》は終わりだ。その上で、その手足だけはどうにかする方法がある」

「!?」


 痛いほどの静寂の後、ダルノの絞り出すような声にスフィは目を見開いた。


「《ベステラード・ファミリー》。覚えているか?」

「……勿論。アクスの奴、いつか彼らを超えてやるってずっと言ってた」


 チームメンバーの口から突然出てきた大手ファミリーの名前。

 しかしスフィの胸中に驚きはない。

 自分達と同じく獣人がリーダーを務める集まりであるそこから、かつて《ハチェット》も勧誘を受けたことがあるのだ。


 しかし活動の殆どを迷宮都市の周辺に縛られることになることを嫌ったアクスによって、その話はなかったことになった。それ以来、妙な対抗意識を持ったアクスが噂だけは仕入れていたのを知っている。


 予想はしていた。今のこの状態の自分たちに手を差し伸べる存在など、彼らの他に思い付きなどしないからだ。


「ギルド支部長に頼み込んで彼らと連絡をとった。俺とお前の入団と引き換えに、【エリクサー】を提供する用意があるらしい」


 【エリクサー】。

 ありとあらゆる怪我と病気を癒やすと言われる、最高級のポーションの名前だ。

 製造方法も入手手段も不明。表舞台に出回ることなど一切なく、その全てが権力者たちによる裏取引で捌かれていると聞く。

 奇跡とも言える効能に加えて、あまりの流通数の少なさから『そもそもそんなものは存在しない』、『アーティファクトの一種』などと言う説もある。


 当然スフィも実物を見たことなどなく、おとぎ話の一種のようなものだと思っていた。

 そんな代物をたかがCランクの冒険者のために使うだなんて、普通に考えれば酔狂を通り越してただの馬鹿だ。

 しかし。


「宣伝、か」


 いつだったかアクスが《ベステラード・ファミリー》は全盛期の頃に比べてその人員の質も量も落ちている、と言っていた。

 今回の件を大々的に喧伝すれば、大きな反響を呼ぶことになるだろう。

 『《ベステラード・ファミリー》はCランクとはいえ、仲間の獣人に躊躇いなくエリクサーを使う』。そんな評判が広まることを彼らは望んでいるのだ。


 好意的に受け止める者もいれば、批判する者も出てくるに違いない。

 その二つを天秤にかけた上で、それでも利があると彼らは踏んだのだろう。


「……どうする?」


 せっかく光明が見えたというのに、そう尋ねるダルノの顔からは不安げな色が消えていない。


 当然だ。

 彼らの提案を呑めば怪我は治る。

 しかし宣伝用のマスコットのように扱われ、用済みになるまで飼い殺しにされる可能性もある。

 これがもしプライドの高いアクスだったなら、一も二もなく突っぱねたかもしれない。

 しかし。


「勿論受けるさ。と言うより受けざるを得ないだろう? それよりダルノこそいいのかい? 僕の怪我を治すために巻き込まれることになるわけだけど」


 例え相手にどんな思惑があろうと、受けないという選択肢はない。スフィ個人にとっては何のデメリットもないといえる話なのだ。

 唯一気がかりがあるとすれば、ダルノの処遇だ。


 《ベステラード・ファミリー》が出した条件は、二人揃っての入団。

 簡単に退団するなんてことは許されないだろうし、そうなるとダルノもこの先の人生を迷宮都市に縛られることになる。


「お前は俺を馬鹿にしているのか? それとも逆の立場だったら断っているのか?」


 だがそんなことはダルノにとって何の問題もないらしかった。

 心外だとばかりに鼻を鳴らすと、決めたのなら直ぐに返事を返すが構わないな、と逆に念を押してくる。


「……ごめん。そしてありがとう。お願いするよ」


 ひらひらと手を振りながらダルノが退室した後、スフィはこれが最後だともう一度だけ泣いた。

現時点の戦力でも《ファミリー》だけではドラゴンの成体には太刀打ちできません。

この時戦った幼体相手でワンチャンあるかどうか、くらいです。

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