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第5話 再会 3

配信動画を見てると自分も上手くなった気がしますが、本当に気がするだけでした。


気をつけて! ガスおじよー!?

「道広いなあ……」

「だねえ。人もそうだけど、馬車も多いし活気が凄いよねえ」


 横にいる親父と一緒になってふわー、と気の抜けた声をあげる。


 スフィとエミールはよっぽど強い権限を持っていたのか、完全に部外者である俺たちを引き連れながらも咎められることなく順番待ちをパスすることが出来た。

 手を握ったままの俺とスフィを姉貴がチョップで引き離してきたりと結構騒がしくしてしまったはずなのに、全く気にした様子もない。

 とは言え好奇心は抑えきれないらしく、衛兵だけじゃなく近くで並んでいた人たちからも無数の視線が注がれるのを感じる。


 流石に気恥ずかしかったので足早に門を潜り抜けると、それまでの些細なことなんて気にならなくなるくらい衝撃的な光景が目に入った。

 声こそあげてないけれど、他の三人もかなり驚いているのが見て分かる。


「これがダモス……」


 エンブラで初めてこの世界の街に入った時みたいに、思わず周囲をキョロキョロと見渡してしまう。

 予想していた通り門の内側でも行列が出来ていて、順番待ちをしている人を狙った売り子が大勢歩きまわっている。

 道の両側に所狭しと展開された屋台からは、引っ切り無しに呼び込みの声があがっていた。


 門の直ぐ側でこんなことをやっていたら通行の妨げになりそうだが、この街ではそんな心配は必要なさそうだ。

 ターミナルのようになっているこの付近の空間だけでも他の街で一番大きい広場以上の広さが確保されていて、キャラバンのような集団がいくつも行き来してもまだ余裕がある。

 馬車の主たちも慣れたものなのか、適当に売り子をあしらったり気になった屋台へ人をやって買い物をさせていたりした。


 ついさっき事件があったなんて微塵も感じさせない光景に圧倒されながら、次に足を踏み入れたのは街の中心部に向けて伸びている大通りのうちの一つだ。


(……やっぱ凄え)


 街に入って一番最初に感じたことなんだが、まず一つ一つの建物がでかい。

 最低でも三階建ての建築物が並ぶ街並みはそれだけでも壮観だが、そこを練り歩く多種多様な見た目の人たちはそれに輪をかけて目を引く。

 奇抜な髪型やファッションの人族を始めとして、人族に限りなく近い外見を持つ獣人だけでなく、殆ど動物と同じ風貌の獣人もかなりの数がいる。中には今まで見たことのない種族の人もいた。


(あそこの小さい髭モジャのおっさん達って、もしかしてドワーフか? マジで漫画みたいだ)


 まさにテンプレ通りの容姿だが、イラストで見るのと実際に生で見るのとでは全然違う。

 妙な感動を覚えているうちにも次々と珍しいものや目新しいものが目に入り、進めば進むほど活気が大きくなってくるのを感じる。


「思った以上に賑わってるのね。何か大きな事件があったって聞いたから、もう少し落ち着いてると思ってたわ」

「ニュフ? アキナ達は【大氾濫】のことを知っているのかい? 中々耳が早いね」


 感心したような声をあげる姉貴に、スフィが少し驚いた表情で振り返った。

 以前ムグルたちが話していた、この迷宮都市を襲った【逆流】と【大氾濫】という大災害。

 スフィの話によるとその二つの対処には決して少なくはない犠牲が出たそうだが、不幸中の幸いと言うべきか、一般市民への被害は全くのゼロだったそうだ。


「それでも《セントラル》付近の建物はちょっと壊れちゃったけどね。Aランクの魔物が飛び出してきたと考えれば殆ど無傷みたいなものさ。一番酷いことになっていたダンジョンの入り口も、翌日には元通りだったしね」

「へえ」


 大まかな説明によると、どうやら魔物の群れがダンジョンの外に出てきたので冒険者と街の兵士や騎士団が共同戦線を張っているうちに件のAランクの魔物が登場。なんやかんやあって《獣王》っていう凄腕の冒険者が解決したらしい。


(そう言えばムグルも《獣王》がどうのこうのって言ってたっけ?)


 たった一人でAランクの魔物を相手取れる冒険者。

 一体どんな人物なのか、この街にいる間に一回くらい見てみたい。


「ふうん。で、さっきから話に出てくる《セントラル》ってのは何なのよ?」

「ああ、そう言えば説明していなかったかな? 《セントラル》というのはあれさ」


 そう言ってスフィが指差したのは、ダモスから数キロ離れた場所からでも見えていた巨大な建造物だ。


「ダモスの心臓。ダンジョンの蓋。大戦の置土産。……人によって呼び方は様々だけど、あの建物こそがこの街の中心部だよ」


 ダモスでは、街に存在する全てが《セントラル》を中心として動いている。ただ大きいだけの建物なんかじゃないのさ、とスフィの話はそこで締め括られた。


 何となく無言になった俺たちはその後も幾つかの丁字路や交差点を挟みながら、大通りに沿って歩き続ける。

 やがてその《セントラル》の入り口へと続く巨大なアーチが見え始めた所で、それまで黙っていたエミールが口を開いた。


「それじゃあスフィさん、俺は先に行って軽く報告と準備をしてきます。この人達の案内はこのまま任せても?」

「勿論さ。ああそうだ、それと五人分の宿を手配しておいてくれないか? ついでにダルノにも伝言を。《ファミリー》が来た、と言えば飛んでくるだろうよ」

「えぇ……? いや、分かりました」


 そう言って改めて俺たちに訝しげな視線を向けてくるエミール。

 その表情からは「スフィさんがここまで気にかけるなんて、結局こいつらは何なんだ?」という疑問が透けて見える。


 スフィは道中様々な話をしてくれたけど、エミールに対して俺たちのことを一切何も説明してないんだよな。そして逆に俺たちもエミールについてよく分かっていない。

 多分今スフィが所属している集まりの一員なんだろうけど……。


「スフィ殿……」

「サイゾーさん、宿のことなら気にしなくていい。これから僕は事件の功労者である貴方達の時間を頂くことになるわけだしね。全部終わってから宿探しだなんて、申し訳が立たないよ」

「……かたじけない」


 爺ちゃんに続いて全員で頭を下げると、エミールは「それじゃ行ってきます」と《セントラル》の中に走っていってしまった。


「さて、それじゃ僕らも中に入ろうか」




   ◇




「「穴でっか! 深っ!」」

「ああ、それはダンジョンの入り口だよ。でも今用があるのはこっち。ダモスの冒険者ギルドはここの上層階にあるからね」

「え? いや、今なんて?」


 何やら準備してくると言って走り出してしまったエミールに代わり、のんびりと歩くスフィに先導されながら《セントラル》の中へと入る。

 街から遠く離れた場所でも視認できただけあって、近くで見るとその巨大さに圧倒される。単純な高さだけでも、二十階建てくらいのビル以上はあるんじゃないだろうか。


 中の広さもこれまたとんでもなく、今までこの世界で見た建物の中には比肩出来るものがない。

 例えば今俺たちがいるのは巨大なドーム状の構造をした一階部分なんだが、観客席のない野球場くらいの広さはある。

 あと何故かとんでもない広さの割にそれを支える柱が見当たらず、この上に更に超高層の建造物が乗っかっているのかと思うと、ちょっと不安になってくる構造だ。


 けれどもそんなことはどうでもいい。

 何より注目すべきなのは、この広間のど真ん中に開いた巨大な穴だ!

 思わず姉貴と声がハモってしまったけど、スフィが口にした衝撃の事実を前に気恥ずかしさも吹き飛んだ。


「ちょっと待ってくれ! ダンジョン? あれがダンジョンの入り口なのか!?」

「そうだよ。少なくとも僕の知る限り、世界で一番大きなダンジョンさ」


 二階へ続く階段を登るスフィを追いかけながら、改めて大穴を見下ろす。

 ダンジョンの入り口と言われると何となく横向きに空いた洞穴っぽいイメージがあったが、上から見た印象はまるで蟻地獄だ。

 円錐を逆向きにしたような構造の大穴に、冒険者たちが次から次へと呑み込まれるように降りていくのが見える。


「何だか嫌な感じがする……」


 親父もその光景に何かを感じ取ったのか、不安そうな顔で穴の方を眺めていた。

 もともとこのダモスに来た一番の目的は元の世界に戻るための情報収集、次にドラゴンの素材か武器を作ってくれる職人を探すことだ。

 ここに来るまではダンションにも潜る気満々だったけど、少し考え直した方がいいかもしれない。


(姉貴も妙に静かだし、無茶なこと言い出さなきゃいいが……)


 そのまま階段を登り続けて五階に到着すると、今度は魔力で動いているという昇降機に乗せられた。

 どうやら今向かっている冒険者ギルドのダモス支部は、《セントラル》の最上部である十七階から二十階を専有しているらしい。確かにこのまま階段でそこまで上がり続けるのは体力面では問題ないとしても、単純にめんどくさい。


「全員乗り込んだかな? それとしっかりと手すりを握っておいた方がいいよ」


 何本ものワイヤーで吊るされた箱に全員が乗り込むと、扉を閉めたスフィがスイッチやらレバーやらを操作する。するとガクガクと箱が揺れ、快適とは言えない乗り心地ながらも上昇を開始した。


(っていうかこれ、殆どエレベーターだよな?)


 今更だけどこの世界、このまま文明が進歩し続けたら魔法がある分、地球より凄いことになりそうな気がする。


「たしかにこれは楽だけど、五階まで階段で登るだけでも十分めんどくさくない? ここで働いている人は毎日ここまで登り下りしてるわけ?」


 手すりに捕まることなく仁王立ちしている姉貴が呆れたような声をあげるが、その意見には全面的に同意だ。

 聞けば他のフロアには大規模な商会がお店を出していたり富裕層向けの住宅物件があったりと、まるでオフィスビルとマンションが合体したかのような構造らしい。

 冒険者のように身体能力がバカ高い人間には苦でもないが、他の一般の利用者はそうはいかない。

 ここに用事がある人は毎日毎日五階の高さの階段を上って降りてしているとなると、とんでもなく大変そうだ。


「ニュフフ、その通り。それが億劫で下に降りることもなく、ここに寝泊まりし続けているって人もかなり多いのさ。僕が今所属しているファミリーもひとフロア丸々貸し切っているんだけど、そこで生活している奴も何人かいるんだよ」

「ファミリー?」

「ニュフ? ああ、そう言えばユーヤ達のチーム名は《ファミリー》だったっけ。ファミリーっていうのはね……」


 そこでガコリと一際大きな揺れと共に、昇降機が停止した。

 どうやら目的のフロアに着いたみたいだ。


「まあ、それも含めて全部話すとしようか。ようこそ《ファミリー》の皆様、ここが冒険者ギルドのダモス支部になります」


 箱から先に降りたスフィが、芝居がかったように一礼する。

 その奥に広がるのは広大なフロアを丸々一つ貸し切り、とても贅沢な使い方をされている冒険者ギルドだった。


 基本的な構造は他の支部と特に変わりはない。

 けれども左奥の方にかろうじて見える受付のカウンターは、軽く十を超える数の窓口が用意されている。

 中央の大広間に設置された掲示板はそれ自体が通路を作る壁のような配置をされていて、広間の中を歩きながらもその全部に目が通せるようになっていた。

 その通路の広さ自体も十分にスペースが確保されているので、気になった依頼の詳細を見るために何人かが足を止めても通行の邪魔になることはなさそうだ。


 そして最も俺の目を引いたのは、フロアの三分の一近いスペースを使った酒場のような団欒エリアだ。

 いくつもの机や椅子が無造作に置かれた空間は他の冒険者ギルドの支部にもあったが、ここは文字通り規模が違う。

 よく見れば大掛かりな厨房も併設されていて、食事や飲み物も提供されている。


「フードコートじゃん……」


 何かどこかで見たことのある光景だと思ったら、姉貴が見事にこの既視感の正体を言い当ててくれた。

 そうだ。これショッピングセンターでよく見る光景なんだ。

 誰も彼もが武器を携帯していたり厳つい鎧を着ているけれど、見ようによってはコスプレ集団がフードコートを利用していると見えなくもない。


 そしてもう一つ驚いたのが、冒険者を相手に食事や飲み物が提供されているような場なのにも関わらず、そこまで騒がしくはないということだ。

 中には大声で話している人もいるにはいるが、どこかこう、きちんと一線を引いている感じがする。

 ジョッキを片手に顔を赤らめている人もいるのを見るに、アルコールも提供されているはずなんだが。

 あと結構な人数が俺たちの方をちらちらと見ているな?


「気付いたかい? 冒険者というと粗野なイメージが先行しがちだけど、この街では違うんだよ。騒いで周りに迷惑をかける奴、協調性のない奴はここにはいないし、やっていけない。何せここでの稼ぎ口はダンジョンの中に潜ることだけだからね。他所とは違う」


 テーブルの間を縫うように進むスフィに付いていくと、やがてぽっかりと人気の空いた空間に出た。

 十人以上でも使える大きな角テーブルが二つに、小さめのテーブルがいくつか。

 目に入る範囲では他の席は半分近くが埋まっている状態だが、誰もそこには座ろうとしない。それどころか、近づくことすら避けている節がある。


「おや、誰もいないとは珍しい。僕らにとってはちょうどいいことに、我が同胞たちは今日も今日とて勤勉に働いているみたいだね」


 そんな怪しさ全開の席に躊躇うことなく近づくと、これもまた当然という顔でスフィは腰を下ろした。

 遠巻きにこっちを見ている人も何人かいるが、誰も何も言ってくる様子はない。

 少なくともある程度はここの流儀を知っているらしいスフィが堂々としているし、実際に問題ないんだろう。


 促されるままに全員が席に着くと猫耳の生えたウエイトレスさんが飲み物が入った人数分のコップと、おかわり用にとピッチャーを二つ持ってきてくれた。

 中身はただの水みたいだけれど、こっちの世界でこんなサービスを受けたのは初めてだ。


「遠慮しなくていい。今僕の所属している団体はこの街に結構貢献していてね。おかげでこんな風に色々と恩恵があるのさ。それとユーヤ、その子は【アーティファクト】だね? 待機状態には戻せるのかい?」


 指摘されるまで全然気にしていなかったけれど、魔道具とはいえ馬モードのレギーが飲食エリアにいるのは流石にまずいみたいだ。

 手をかざして球体に戻ってもらうと、テーブルの横に転がして移動させる。


 ひと撫でしてから席に着くと、そんな俺とレギーのやり取りには全く興味がない姉貴達はコップの中の水をガブガブと飲んでいた。

 よく考えたら今日は一日ドタバタしていて、殆ど飲まず食わずだったんだ。その事を思い出した瞬間、俺も猛烈に喉が渇いてきた。

 瞬く間に五人でピッチャーを一つ空にしたところで漸く人心地付くと、その様子を黙って見ていたスフィが笑みを浮かべる。


「相変わらずユーヤ達は変わっているね。この街でそんなことを言ったらぶっ飛ばされるだろうけど、世間一般じゃ『半獣人なんかから施しは受けない』って人族が大多数だよ? 彼女も僕がいるからこのテーブルに来てくれたんだろうけど、ここでさえ普段は余計な諍いを起こさないように人族のところには人族が配膳するよう気を使っているくらいだ」


 そう言えばそんな差別的な考えがあるって聞いたことがあるけど、全然気にしてなかったな。

 って言うか、本物の猫耳ウエイトレスさんなんて最高じゃないか? 

 見えないから服の下に隠しているんだろうけど、きっと尻尾もあるに違いない。

 スフィもそうだけど、もし許されるなら少しでいいからモフモフさせて──。


「痛い痛い痛いっ! 急に何すんだ!」

「変なこと考えてる気がしたから」


 いきなり太ももを抓り上げられたので文句を言ったら、下手人であるお姉様は全く意味の分からない理由を口になされた。

 横では何故か母さんに肩を掴まれた親父が、顔を青ざめさせてカタカタと震えている。

 この世界に来ていくつもの事件を乗り越えて、家族の絆が深まったと思っていたのは俺の勘違いだったみたいだ。

 相も変わらずうちの女性陣は理不尽の塊で、著しく凶暴な性質を秘めている。

 唯一被害にあってない爺ちゃんは、我関せずと視線を遠くに飛ばしていた。おのれ。


「さて、エミールが戻ってくる前に少しだけ話をしようか。ユーヤたちも僕がどうしてこの街にいるのか気になっているだろう?」


 抓られた部分を擦りながらスフィの話に全力で頷く。

 姉貴の暴力から逃げるためというのもあるけれど、気になっているのも本当だ。

 一体全体どんな手品を使ったら、重症だったはずのスフィが俺たちより先にダモスに辿り着けるというのだろう。

 加えてこれまでの様子から考えて、スフィがこの街に来てからそれなりの時間が経っているように見える。

 姉貴と母さんも興味があるのは同じようで、凶悪な圧を抑えてスフィの言葉に耳を傾けた。


「あの日、ドラゴンに襲われた日──」

 裕也たちは偶々獣人に対して表立った差別が行われている地域を通って来なかっただけです。


 それと半獣人と獣人まわりの設定をすっかり忘れていました。当該箇所は修正する予定です。

 あと前回の後書きで嘘を吐きました。スフィのお話は次話になります。すみません。

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