第4話 再会 2
先日Bで4でBなゾンビを倒すゲームを購入したのですが、これ面白いー!!
男の投げた小袋が俺たちの頭上を通り越していく。
予想外の展開に俺が動きを止めてしまっている横で、姉貴はすでに動き出していた。
地面を捲り上げながら一瞬で最高速にまで達する加速で走り出し、その勢いを殺すことなく高く跳躍。
放物線の頂点を越えて、徐々に高さを下げつつあった小袋を空中で奪い取る。
賊も含めて、その光景を見ていた周囲の人たちが口を広げて唖然としているが、俺だって驚きだ。
どう見ても四メートル以上の高さがあったし、そもそもどうやったらあんな動きが出来るんだ?
姉貴の言う『高ステータスでのゴリ押し』だけでああはいかないと思う。いかないよな?
日本にいた頃から姉貴は運動神経の塊というか何というか、とにかく自分の身体を動かすのが本当に上手い。格闘ゲームのキャラかよって、思ったことも何度もある。
この世界に来る前から空中コンボ染みたことも出来ていたし……うん。化け物だな。
「さーてっと、何が入っているのかなぁ♪」
「……き、貴様ぁ! それを返せぇ!」
今にも鼻歌を歌い出しそうなほど、それはもう楽しそうに姉貴が袋に手を突っ込んだところで、ようやく賊たちが再起動した。
小袋を受け取ろうとしていた側は馬車の中にも何人か仲間がいたらしく、外の出来事に気がついて慌てて外に飛び出してきている。
けれども残念ながら彼らが姉貴のもとへ到着するより、袋の中身が取り出される方が遥かに早い。
「何これ?」
慌てふためく賊たち前で姉貴の手に握られていたのは、ピンポン球サイズの赤く輝く半透明の石。
普段見慣れてるやつの何倍も大きいが、間違いない。魔石だ。
「魔石? ドラゴンのよりはちょっと小さいけど、結構な大きさね」
ふうん、と呟くと姉貴はそれを袋に戻し、こっちに向かって投げて寄越す。
中身の正体が期待はずれだったのか、目に見えてテンションが下がっている。
すでに袋どころか、賊に対する関心すら殆どなさそうだ。
「糞ガキィッ! そいつを寄越せぇっ!!」
ただ残念なことに、賊の方はまだまだ袋に夢中のご様子。
しかも袋を奪った張本人である姉貴ではなく、今現在それを持っている俺の方にヘイトが向いている。
(勘弁してくれ……)
盗品らしきものは返してもらったし、俺としてはこのまま逃げてくれるなら別に追う気はなかったのに。
気が付けば、街の中から現れた増援のおかげで馬車の辺りで頑張っていた二人組の賊も制圧されている。
ここで俺から袋を取り返そうと揉めている間に、手の空いた冒険者がこっちにも来るだろう。
そうなれば全員纏めて捕まってしまう可能性が高いというのに、そんなにこれが大切なんだろうか。
(まあ、悪党の事情なんて知ったこっちゃないけどな)
とりあえず邪魔になりそうな小袋をマジックバッグに仕舞い込むと、こっちに向かってくる賊に対応しようとして──。
「あらあら、泥棒さんはいけませんよ?」
「まあ、詳しい事情は分からんが……。状況的に間違いなくクロじゃろうしな」
正面から来ていた、袋を投げた男は準備万全で待ち構えていた母さんと爺ちゃんに叩きのめされ──。
「はいはい、解散解散。全く、こんな騒動まで起こして迷宮都市から逃げ出してくるから、どんな凄い物なのかって期待してたのに……」
馬車からやってきた連中は、無造作に振るわれた姉貴の拳で片っ端から殴り飛ばされた。
「えーと……」
まさかここまで一方的な、まるで弱い者いじめみたいな戦いになるなんて……ちょっとは思っていたけど。
エンブラの時とは違って今回は相手が明らかな犯罪者っぽいし、変な目で見られたりしないよな?
「確保―!」
若干の不安を抱えながらどうしようかと考えていたら、いつの間にか近くまできていた冒険者達が倒れている賊に手縄をかけていく。
その手際の良さには眼を見張るものがあるけど、容赦のなさも一級品だ。
完全に意識を失って倒れ込んでいるやつも、姉貴に殴られて顔面が変形しているやつも、皆揃って一片の慈悲もなく引きづられていく。
俺はその様子を見て内心引いていたんだけど、周りで逃げかけていた人たちは違ったらしい。
これで騒動も終わったのだと、安心したような表情で列を再形成し始める。皆逞しいな。
「おーっす、ご協力ありがとうございますですってな。あんたらも冒険者だろう? ちょいと見てたけど、とんでもない強さだな」
俺たちも元の位置からは若干離れてしまっていたので列に戻ろうとしていたら、冒険者らしき男が声をかけてきた。
こちらに近づいてくる男に対して、賊を連行している冒険者が挨拶したり会釈したりしている。どうやらかなりの有名人らしい。
「悪い悪い。臨時で冒険者側の責任者を任されてて、色々と指示も出さなきゃいけなくてさ」
他の人に途中で呼び止められたりしていたことを謝りながら、男が目の前に立った。
(若いな)
少なくとも俺よりは年上だろうけど、そこまで大きく離れているようにも見えない。
身長は百七十センチくらいだろうか。
浅黒い肌に、日本では絶対お目にかかれない見事な赤色の髪の毛を、三つ編みにして後ろに下ろしている。
胸に見慣れないエンブレムが刻まれた軽鎧は、最近下ろしたばかりなのか殆ど傷がない。左側の腰からは二本のショートソードが提げられているが、そのうちの一本もかなり新しそうに見える。
「さて。そんで重ねて悪いが、あいつらから取り返したものを渡してもらってもいいか? ありゃ冒険者ギルドから盗まれたもんでな。まったく大胆なことをしやがるぜ」
「それは構いませんが……」
状況から見て盗品なのは明らかだったが、まさかギルドから盗まれたものだとは思わなかっった。
もしこの男がこれを奪還するように依頼されているというのなら、すぐに渡すのが筋だろう。
ただちょっと気になるのが。
「ここでアンタに渡すことは出来ないわね。後になって『私は受け取ってませーん』なんて言われてもめんどくさいし、ちゃんとした証人のいる所でなら構わないわよ」
姉貴の言う通り、初対面の彼をいきなり信用することは出来ない。
万が一持ち逃げでもされた場合、俺たちの方が泥棒呼ばわりされてしまう可能性もあるのだ。できれば一緒に冒険者ギルドに行って、誰か職員の前で引き渡したい。
「おぉっと、そりゃまあ当然の話か。けれどもこっちとしても急ぎの話でね。このままあんたらが列に並んで街に入るまで待って、仲良くギルドまでご一緒するというのも手間だしなあ」
顎に手をあててウンウンと唸る赤毛の男。
彼も出来るだけ早く依頼を達成したいんだろうけど、こっちとしても余計なリスクは背負いたくない。
「うーん、このエンブレムに誓ってあんたらに迷惑はかけないと誓うし、何とかならないか? ギルドを通して正式に謝礼も出るようにするからさ」
そう言って少し誇らしげに自身の胸元に刻まれたマークを示すが、俺たちにはそのエンブレムが一体何を示しているのか分からないのでちょっと困る。
大きく目を引く五本の線は、稲妻を現しているんだろうか? 白色の三本と黒色の二本が交互に並んで、歪な円形を切り裂くように斜めに走っている。
今までエンブレムと言えば冒険者ギルドのものか騎士団が使っているやつしか見たことがないので、これが一体どこの所属であることを示しているのかさっぱり分からない。
彼の様子からして結構有名なものなのかもしれないけども……。
「いや、そんな自慢気に見せられても知らないし。なに? あんたどっかの騎士団員なわけ?」
「……はぁっ!?」
俺たちがこうして話している間に、門の方の業務も再開していたみたいだ。
列が少しだけ前へと進み、それに合わせて俺たちも歩き始める。
一方男の方はというと、何故か呆然とした表情になって無言でその場に留まっていた。
別に付いてこないんだったらそれでもいい。別にこの魔石も直接ギルドに返してしまっても問題ないだろうし。
「あらあら。それにしてもこのままだと本当に日が落ちてしまいそうね」
「さっきの騒動がなくてもギリギリだったからねえ」
「むしろあの騒動の後、早々に業務を再開した点を評価すべきではないかの? 列の方も特に混乱なく並んでいるのも驚きなんじゃが」
「それよりあたし運動したからお腹空いたんだけど。裕也、何か出しなさいよ」
「干し肉でいいか?」
ワイワイと話しながらそのまま進んでいると「ちょおっと待ってくれ!」と男が追いかけてきた。
その顔にはまだ困惑の色が残っているが、俺たちがそのエンブレムを知らないことがそんなに驚くことなんだろうか。
まさかとは思うがいつぞや会った【三聖教】とやらの関係者とか言わないよな?
あの時の爺さんも【三聖教】のことを知らないと言ったら激昂していたし。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。本当に知らないのか? このエンブレムを? あんたらもある程度は実力のある冒険者だろ?」
最早賊から奪い返した魔石のことよりも、俺たちがそのエンブレムを知らないことの方が気になってしょうがないみたいだ。
何度も何度もエンブレムを指し示し、終いにはもっとよく見ろとグイグイ近づいてくる。
やめろ! 胸を押し付けるな!
「痛い痛い、胸当てが顔に当たってる! 離れろ! 暑苦しい!」
流石にこんなことをされて、これ以上丁寧に対応する気は微塵もない。
肩に手を当てて思いっきりつき飛ばそうとすると、それよりも早く男はクルクルと宙を舞っていた。
痺れを切らした姉貴が首根っこを掴んで放り投げたみたいだ。
「うおおおおお?」
男は器用に空中で体勢を立て直しながら、危なげなく地面に着地した。
よかったな。俺の見たところ姉貴の怒りレベルはそこまで高くない。
これがひどくなると放り投げたうえで空中コンボを決めつつ、とどめで地面に叩きつけられていたぞ。
「あんた一体……」
「エミール遅い! 何をやっているのさ!」
男が驚愕の目で姉貴を見つめていると、いきなり現れた女の人が思い切りその頭部を叩き倒した。
きょとんとした男の表情から対してダメージを与えられていないと思ったのか、そのまま二発三発と続けて叩く。
「い、痛い。痛いって!」
「事が終わったらすぐに報告に戻れと、姉さんに何度も言われただろうに。こんな簡単なお使いも出来ないようじゃ、いつまでも下っ端呼ばわりされてしまうよ?」
ある程度叩いてスッキリしたのか、女の人は腰に手を当てて男を見下ろした。
(……ん?)
って言うか、あの人どこかで見たことがあるような?
「すみませんって! ただ賊からブツを取り返したのが俺でも依頼を受けてた他の奴でもなくて、そこの見たことない冒険者たちだったんですよ。しかも連中、このエンブレムを見ても『知らない』なんて言い出し始めて」
「ニュフ?」
そこでようやく俺たちの存在に気が付いたのか、女の人がこっちを向く。
頭の上に乗った猫耳がピンと上を向き、見開かれた目の瞳孔が開く。
ここで漸く俺以外の皆も気が付いたのか、全員そろって「あ!」と声を上げた。
「……もしかして、スフィ?」
かつてヨイセンという商人を護衛した時に一緒になった、獣人だけで構成された冒険者チーム。
そこに所属していた冒険者の一人が、さっきの男以上に驚愕した表情をして立っている。
「ユーヤ……? アキナ……?」
「へ? スフィさんの知り合いで?」
じゃあ何でこのエンブレムのこと知らねえんだよ! と騒ぐ男の頭を一顧だにすることなく今日一番の威力で叩くと、スフィは俺に飛びついてきた。
「よかった……。本当に良かった……。これでも心配したんだからね?」
「心配してたのはこっちですよ。重症だって聞きましたから」
ドラゴンという災厄によって護衛クエストに参加していた冒険者の半数以上が殺され、生き残った人間もかなりの傷を負った。
スフィの怪我もひどく面会謝絶とすら言われていたはずなんだが、何でこんなところに?
しかも滅茶苦茶元気そうだし。
「あの後色々あってね。ここじゃなんだし、街の中で話そうか」
強烈なスキンシップに戸惑っているうちに、スフィは俺の手を取って門に向かって歩き出す。
為すが儘にされそうになっていると、それを二人の声が慌てて止めに入る。
「裕也! あんたいつまで手を握ってるの! それにスフィも! 久しぶりに会ってテンション上がるのは分かるけど、少しは落ち着きなさいよね!」
「ちょ、ちょ、ちょ! スフィさん! 勝手に順番を抜かしたらまずいですよ! 犯罪者を連行するのとはわけが違うんすから!」
興奮する二人を前に目をパチクリとさせると、スフィは大きく溜息を吐いた。
「ニュフフ。獣人というのは感情を表現する手段が人間より少しだけ直接的なのさ。それにユーヤも嫌がってはいないだろう?」
「な!」
「それからエミール、この人たちは事件の当事者なんだ。事情聴取のためにも、速やかにどこか落ち着いた場所で話を聞く必要がある。そのくらいの権限は渡されているだろう?」
「いや、まあ。そう言われればそうですが……」
急に怒りの矛先を俺に変えて顔を赤く染める姉貴と、顎に手を当てて首を傾げるエミールと呼ばれた男を他所に、スフィは俺を引っ張ったままグングン進んでいく。
「ユーヤ達はダモスは初めてだろう? まずは《セントラル》へ向かおう。話したいことが沢山あるんだ!」
第1章で登場した猫耳獣人スフィさん、再登場です。
怪我が治っている上に、裕也たちよりもかなり早い段階でダモスに到着している理由は次話明らかになります。




