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第3話 再会 1

誤字報告ありがとうございます!


自分では全く気が付けない……。

「でかいなあ……」

「だねえ。ピラミッドなんかもそうだけど、重機もないのに凄いよねえ」


 横にいる親父と一緒になってふわー、と気の抜けた声をあげる。


 迷宮都市ダモスの外壁。

 入り口近くの人や馬車と比較して、その高さは目算でおよそ二十メートル以上。


 日本には高さ三十メートルを超える石垣を持った城があるらしいが、こっちは巨大な街一つをぐるりと囲んでいる代物だ。一体どれだけの労力と年月をかけて作られたのか、検討もつかない。


「いや、高ステータスとスキルでゴリ押したら結構簡単なんじゃない?」

「「あぁ~、なるほど……」」


 言われてみれば、それもそうだ。

 確かにこっちの世界は現代日本に比べて、文明レベルという面では遥かに遅れている。

 けれどもそれ以外の部分となると話は別だ。


 何の変哲もない一般の人ですら神託を受ければあら不思議、オリンピックのアスリート顔負けの身体能力を手に入れることが出来る。

 駆け出しのFランク冒険者ですらそのレベルなんだから、もっと上位の連中なんて化け物みたいな奴ばっかりに違いない。というか姉貴が正にそうだ。

 それに加えて【スキル】だなんていう超常の力の存在を考えれば、ちょっと巨大な建造物の建築なんて案外楽なものなのかもしれない。

 そう思うとこの壁もそうだけど、ずっと遠くから見えていた街の中心にあるであろうあの巨大な塔も、ちょっとありがたみが薄れるな。


「それにしても長いわね。いつまで待てばいいのよ」

「あらあら。そういえば街の外で並ぶというのは、初めてかもしれませんね」

「Aランククラスの魔物が出た、ってムグル達が言ってなかったか? それの影響もあるかもな」


 うん。一通り壁を眺めるのにも満足したし、次は目の前に広がる現実を直視しよう。


 妙な落とし穴から脱出してから、もう三時間以上が経っている。

 あの騒動のせいで馬車が壊れてしまったので、そこから先はずっと徒歩。

 ダモス自体は穴に落ちる前から見えていたけれど、そこから歩いて移動となるとかなりの時間がかかってしまった。

 途中ダモスへ出入りする馬車と何台もすれ違ったけれど、徒歩で移動していたのは俺たちだけ。

 後ろからやってきた乗合馬車の人に同乗も勧められたが、もう目と鼻の先の距離なのにしっかりと料金は取ろうとしてきたので、「もったいないから駄目」という母さんと親父の言葉で却下された。


 そうこうしてようやく街の近くまで来れたと思ったら、今度は中に入るための順番待ちの行列が待っていたってわけだ。


「少なくとも今まで僕たちを追い抜いていった馬車も全部並んでいるわけだし、結構かかるんじゃないかなあ」

「ふむ。一台一台しっかりと荷台の中も改めておるしの。用心深いことじゃ」

「ってか、これ見てると他の町が不用心すぎる気がするわね。アルラドなんて仮の身分証発行してはいおしまい、だったじゃない」


 街の中から出てくる馬車も次々と出てくるわけじゃなく、一定の間隔をおいている。どうやら内から外に出る際にも、この検閲は行われているみたいだ。

 この国じゃ王都に次いで大きな街だっていう話だし、セキリュティの面から考えたら仕方ないことなんだろうけど。


「このままだと夜になっちまうぞ」


 もう日が傾き始めているというのに、俺たちの番が回ってくるのはまだまだ先のことになりそうだ。仮に日が落ちる前に中に入れたとしても、宿は空いているんだろうか。


「やっぱり馬車は必要だね。こんなことがあっても最悪中で休んでいられるし」


 この行列にうんざりしているのは俺たちだけじゃないらしく、周りの人たちは皆自分たちの馬車の荷台の中に潜り込んでしまっている。御者だけはいつ行列が動き出してもいいようにと手綱を握っているが、誰もがかなり退屈そうな表場だ。


「あらあら。確かにそのまま中で夜を過ごすことも出来ますし、やっぱり自分たちの馬車は欲しいですね」

「賛成賛成! どうせなら前によりいいの買おうよ! あたし次はもうちょっと大きいやつがいい。それから新しいクッションに毛布に……」


 この世界に来て冒険者になってから、屋外で夜を越すという経験は何度もした。

 幸いその殆どが屋根付きの馬車の荷台で眠ることが出来るという好条件のもとだったが、その場合は他の冒険者や依頼人も一緒というのが常だった。

 知り合って間もない人間と寝食を共にするのは、結構落ち着かない気持ちになる。

 いくらオリハルコン製の神経を持つ姉貴でも、多少は気になっていたんだろう。

 今回貰った馬車のお陰で気楽な家族水入らずの道中だったのが、大層お気に召していたみたいだ。


 母さんと親父も前向きみたいだし、馬車の購入は確定事項になりそうだな。


「大変だけど、レギーも頑張ってくれ」


 その馬車を引くことになる最高の愛馬を労るように撫でてあげると、レギーは嬉しそうにフオオオンと鳴いた。


「ま、それもこれも全部中に入ってからの話よね。ほんと、一体何時まで待ってりゃいいのよ」


 こうしている間も遅々として進まない行列を前に、買い物リストを指折り数えていた姉貴の機嫌が直滑降する。

 苛立たしげな表情を隠そうともせずに、その視線を俺の方に固定した。


(あ、やば)


 こういう時の姉貴は何時にも輪をかけた無茶振りをしてくることが多い。暇つぶしの一発芸でもしろなんていうのは可愛い方で、下手をしたら衛兵に文句を言ってこいとか自分たちの前に並んでいる連中をどうにかしろとか言い出しそうだ。


 ここで大切なのは、決して取り乱さないこと。

 余裕を持った態度で姉貴の注意を他所に逸らし、その矛先を俺以外の何かに向けるのだ。


「あーっと、そう言えばこの辺って凄い治安良さそうだよな。こんなに待たされてるってのに誰も文句一つ言ってないし、きっとダモスの内側も──」




「止まれぇっ!!」

「それ以上進んだらぶち殺すぞ!!」




「治安が何だって?」

「フラグ回収が早すぎて、俺もビックリだ……」


 うってかわってワクワクした表情を浮かべる姉貴と一緒に、突如発生した怒声の方に顔を向ける。


 周囲の人間も一体何事かと興味津々な様子だ。

 案外この辺りは本当に治安が良くて、こういったトラブルは珍しいのかもしれない。


「で、何だあれ?」


 騒動は俺たちが並んでいる列の先、ダモスの内と外とを繋ぐ門の辺りで起きたみたいだ。

 前の人たちが邪魔なので列の外へ体をずらして見てみると、門の向こうから二頭の馬に引かれた馬車が飛び出してきていた。その周りには騎手を乗せた五頭の馬が、馬車を守るかのように並走している。

 かと思っていれば、その連中は壁からある程度離れたところで全員がバラバラの方向に散開。誰もがお互いのことを見向きもせずに、遮二無二なって駆けていく。


「慣れてる、って感じの動きだね。悪人なのはわかるけど、一体何をしたんだろう?」


 親父の言う通り、何度も訓練を繰り返したかのような統制された動きも気になるが、ここまで出来る連中が一体何を仕出かしたんだろうか。


 パッと思いつく限りだと強盗や傷害だが、こんなに組織だって行動出来るような奴らがそんなに単純なことで逃げ出すとは思えない。

 何れにしてもまだ日も出ている時間帯に衆人環視の中で逃走劇を繰り広げるだなんて、リスクが高すぎる気がするんだが。


「あ、出てきた出てきた!」


 案の定、逃亡者たちを追いかけるために馬に乗った兵士たちが現れる。けれども初速の差が大きすぎるせいで、一番鈍重な馬車にすら追いつくには時間がかかりそうだ。


「成程のう。連中、恐らく待機しておった馬に何かしてから事を起こしおったな。人の出入りを管理しておる兵士が、この程度のことを想定しておらんわけがない」

「あらあら、確かにお馬さんの数自体が少ないですねえ」


 爺ちゃんと母さんが感心したような声をあげているが、言われてよく見れば馬に乗った兵士の数は三。賊に対して少なすぎるし、対応も遅い。

 このままだと全員に逃げられてしまうんじゃないかと思っていたら、その兵士たちよりも早く駆ける影が街の中からいくつも飛び出してきた。


「へえ」


 影の正体は冒険者だろうか。

 武器も防具もバラバラな彼らは、兵士を追い抜き瞬く間に賊たちとの距離を詰めると、馬上の人間ではなく馬の脚に向かって斬りかかる。その動きに躊躇はなく、直前に察した賊の攻撃にも一切応じるつもりはないようだ。


「クソがぁっ」


 俺たちがボーッと眺めている間に五頭のうちの二頭が落馬。その様子に業を煮やしたのか、唯一の馬車の中から質素な服装をした男が飛び出してくる。


「燃えつきろ! 【ファイアアロー】!」


 男の叫び声と共に十本近くの炎の矢が宙に生まれ、残りの無事な賊を追っていた冒険者達に向かって降り注ぐ。

 冒険者たちはそれぞれ矢を避けたり迎撃したりと誰も怪我は負っていないみたいだが、そのせいで走るスピードが格段に落ちてしまった。


「行け! 務めを果たせ!」


 仲間を鼓舞するように叫ぶ男の周囲に再び炎の矢が生まれる。

 すでに最初に追っていた標的を制圧した冒険者達がその男に向かって殺到するが、御者台に座っていた別の男が短剣を片手に応戦し始めた。


「あいつ、強いわね。って、あん?」


 二対多の状況でありながら接戦を繰り広げる賊に感心していると、他の方向に向かっていた連中の一人がこっちに向かって走ってきているのに姉貴が気が付いた。

 すでに足代わりの馬は倒されてしまったみたいだが、それを成し遂げた冒険者も倒れている。

 どうやら機動力を削ぐことに集中するあまりに、返り討ちにあってしまったみたいだ。


「おいおい、こっちに来るぞ。最近トラブルに巻き込まれすぎじゃないか?」

「最近っていうか、この世界に来てからずっとじゃないかなあ……」

「あらあら、誰かの日頃の行いが悪いのかしら?」

「それに関してはのーこめんと、じゃの。しかし本当に儂ら目掛けて走ってきておるの?」

「面白いわ、上等じゃない!」


 一般人の中にとけ込むためだろうか、極めて凡庸な服装をした賊が目だけはギラギラと輝かせながら駆け寄ってくる。

 右手には小さな袋に、左手には血のついた短剣。

 これまでの状況から考えるに、話し合いになんて絶対に応じないだろう。


(さっさと無力化して衛兵に引き渡すか)


 馬車の付近で暴れてる二人はともかく、こいつはそこまで強そうじゃない。加えて五対一という人数差もある。


(姉貴と爺ちゃんは直接身体を攻撃するだろうし、俺はあの短剣でも叩き落とせばいいか。……って?)


 前に並んでいた人たちが逃げ出すのを横目にそんなことを考えていたら、その賊は予想外の行動に出た。

 そのままこっちに突っ込んでくると思っていたら急に足を止め、代わりに右手に握っていた袋を放り投げたのだ。


「おお?」


 袋は俺たちの頭上を飛び越えて、その更に後方に並んでいた馬車の方へと飛んでいく。

 そこにはこうなることを予期していたように、袋を受け取ろうと構えている男の姿があった。


(しまった!)


 こんな時間と場所で馬鹿だなあなんて思っていたら、馬鹿なのは俺の方だった。

 連中はこの長い行列の中に仲間を忍び込ませていたのだ。


 今や混乱は拡大し、行列に並んでいた人たちの殆どが右往左往している。この中を抜けきることさえ出来れば、この人数がそのまま追っ手に対する壁になってしまう。


 そして今宙を飛んでいるこの袋こそが連中の本命。

 中身が何なのかは知らないが、絶対にろくなものじゃない。


 袋を投げた男も、それを受け取ろうとしている男も、計画通りだと言わんばかりの表情で笑みを浮かべている。




「はいあたしナイスカット!」



「「……は?」」




 けれどもその計画には、姉貴のような規格外の存在が介入してくる可能性は想定されていなかったみたいだ。

すみません。最近までずっとユナイトってました。


次回ようやく裕也達もダモスの中に入れそうです。ダンジョン内のお話はもうしばらくお待ちください。

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