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第1話 落とし穴!? 1

3200メートル……! 勝敗は、始まる前に決まっていた……!

しっかりと準備することの大切さを学びました。

(びっくりした~!)


 まだ心臓がバクバク鳴っている。


 腕と足、背中に頭。とにかく全身をやたらめったら打ちまくったみたいだけれど、痛みはほぼ感じない。

 もし日本にいた頃に同じ目に遭っていたら、よくて骨折。下手をすれば命すら危うかったかもしれない。

 そう考えるとこの程度で済んでいるのも、こっちの世界に来て異常に身体が頑丈になったお陰だ。異世界様々だな。


(いや、ちょっと待てよ?)


 そもそもこっちの世界に来ていなければ、こんな目に遭うこともなかったんだ。

 危うく騙されるところだった。

 おのれ異世界、許すまじ。


(って、今はそんなことよりも)


 一体何が起きたんだ?


 急に高いところから落下したような感じがしたが、俺たちがいたのは普通の地面の上。

 遠くに見えた謎の巨大建造物に気を取られてはいたけれど、レギーの進行方向にも特に変わった様子はなかったはずだ。

 索敵係の親父が気づけなかっただけで、何か遠距離系の攻撃でもくらったんだろうか?


 とはいえもう起こってしまったことを考えていても仕方がない。まずは現状の確認をしないと。


 ゆっくりと立ち上がると、手を伸ばして周囲を探る。

 とりあえず手の届く範囲に障害物はない。さっきまで座り込んでいた地面の部分にも触れてみたが、若干湿っているだけでなんの変哲もないただの土だ。

 そして頭上。

 はるか上の方にぽっかりと空いた穴の向こうに、僅かながら青空が見える。けれども陽の角度のせいなのか、ここまで殆ど光が届いていない。

 まだ目が慣れていないせいもあって、周囲は暗闇同然だ。


 以上の様子から俺が導き出した、この状況は……!


「……穴の中?」


 そうとしか思えない。

 それもレギーも含めた俺たち全員が、誰も気づけないうちに落っこちてしまったんだ。かなり巧妙に隠蔽されていた落とし穴の可能性が高い。

 と、そこまで考えて大事なことを思い出した。他の皆はどうし──。


「──っ!?」


 不意に、暗闇の奥で何かが動いた気がして、思わず腰を落として身構える。


 出来れば声を出して呼びかけたいところだが、もしこの状況が人為的なもので、加えて俺たちに敵意を持っている人間が仕掛けたものだとしたら迂闊な行動は取れない。

 こんな物騒な考え、日本にいた頃には絶対しなかったはずなのに。


(これじゃまるで爺ちゃんだ)


 とは言っても、この世界で生きていくにはこのくらいでちょうどいいと思う。こっちの世界はあまりにも、危険と悪意が多すぎる。


 腰から提げている剣は無事だ。鞘も含めて歪んでもいないみたいなので、その場で静かに抜き放つ。

 怪しい方向に向けて半身で構え、いつでも対応できるようにしていると。


「ゆ、裕也かい?」


「え!? 親父!?」


 穴に落ちる直前まで御者台の隣に座っていた親父の声が後ろから聞こえ、反射的に振り返ってしまう。


(しまった!)


 何をやってるんだ俺は。

 安堵と驚きで大きな隙を晒してしまった。

 俺が敵ならこの瞬間を見逃さない。


「親父! 下がってろ!」


 後ろに向かって警告しながら、慌てて構えを取り直す。

 けれどもさっき何かを感じた方向からは何も向かってこず、それどころかそんな気配は無かったかのように静まり返っている。


「あ、ごめん。それ僕だ」


「は……?」


 もう二度と油断するものかと俺が気を張っているというのに、親父は何でもないかのようにそんなことを呟いた。

 俺が思わず間抜けな声を出してしまったと同時に空中に明かりが生まれ、バリバリと何かを破壊するような音が周囲に響く。


「二人揃ってまっぎらわしいのよ!!」


「眩しっ! って姉貴!?」


 今度こそ完全に声のした方に身体を向けると、横倒しになった馬車の幌部分を引き裂きながら姉貴が飛び出してくるのが見えた。

 急に明るくなったと思ったら、この明かりの正体は姉貴のファイヤーボールか。


「暗闇ん中で剣は抜くわ高速で動くわ! もう少しで両方ぶっ飛ばすところだったわ!」


 剣を抜いてる俺が言うのもなんだけど、それは物騒すぎるだろ。




   ◇




「つまり親父は近くに誰かがいるのは分かっていたけど、暗くて敵か味方か分からなかった。だからわざと気づかれるように動いて、そっちに気を取られた間に後ろに回り込んだら俺だったと」


「ごめん。回り込んでる途中で裕也だ、って気づけたんだけど……」


 【暗殺者】という職業の補正なのか、親父は暗闇に強いみたいだ。

 ほとんど何も見えていなかった俺のことも一方的に認識できてたみたいだし。


「んで、姉貴たちは荷台の中から俺たちの様子を伺っていた。しかも隙あらばぶっ飛ばしてやろうと思っていたと」


 俺が非難するような視線を向けると、姉貴はプイと視線をそらした。

 母さんはそんな俺たちを面白そうに眺めている。

 そう言えば母さんは【念話】スキルの副産物で、家族が一定距離内にいるのを察知できるんだったっけ。もしかしたら動き回っている二人が俺と親父だって気付いていたのかもしれない。


「しかしこの穴は一体なんなんじゃろうな。自然にできたものとは考えにくいがのう……」


 爺ちゃんの言葉につられて、改めて周囲の様子を観察してみる。

 俺の予想通りここは大きな穴の底らしく、途中どこかに引っかることもなく一直線に落下してきてしまったみたいだ。

 深さは大体二十メートルってところだろうか。壁には凹凸が多いが、地面は綺麗に均されている。落下地点の土は捲れ上がっているが、着地の衝撃も殆ど殺されていないだろう。

 なのに全員精々が擦り傷や軽い打撲程度で、そこまで大きな怪我は負っていない。本当に頑丈になったもんだ。


 代わりと言ってはなんだけど、折角貰った荷馬車の方はグシャグシャだ。

 横倒しになっているだけならまだしも壁や床に大きな亀裂が入っていて、車軸も完全に折れてしまっている。

 ここまで壊れてしまったら修理するより新しいのを買った方が絶対に安い。

 今回馬車のありがたみはよく分かったし、迷宮都市に安いのが売ってればいいんだけど。


「ってそうだ! レギーは!?」


 俺はなんて薄情なんだ。家族全員が揃って無事なことに安堵してしまったのか、一時的とはいえレギーのことを忘れてしまうだなんて。


「そう言えば見かけないわね。まあ危険が迫ったら球体になることもできるみたいだし、隅の方に転がってるんじゃない?」


 言われて漸く存在を思い出した、とばかりの表情を浮かべる姉貴。

 一応気にはしてくれたのか、新たに三つ火球を浮かべて穴の中を満遍なく照らしてくれた。


「レギー! どこだレギー!」


 姉貴の言う通り、レギーには緊急時に自動で球体モードに変形することができる機能がついている。

 アーティファクトなだけあって元々かなり頑強な上、弱点の関節部が内部に収納されるので、よほどの事がない限り損傷を受けることはないと貰った時に説明を受けた。

 少なくともこの程度の高さでどうにかなることはないと信じたい。


「あらあら、心配性ね」

「いや必死すぎでしょ」

「気持ちが分からないわけじゃないけども……」

「なに、そのうち落ち着いてくるじゃろ」


 皆何を呑気に喋ってるんだ。もっと必死になってくれよ。もしかしたら変形が間に合わずに馬車の下敷きになってるかもしれないんだぞ。


 いっそこの残骸を吹き飛ばしてしまおうかと考えていると、上の方からフオオオンと聞き馴染みのある声が聞こえた。


「っ! レギー!」


 よかった! 無事だったんだ!


 上を見上げると、地上からこっちを覗き込む可愛いレギーの頭が見える。


 残念ながらいくら可愛くて賢いレギーでも、流石にあそこから俺たちを引き上げる方法は思い浮かばないらしい。

 心配するように鳴きながら、しかし己の不甲斐なさを恥じるように頭を振っている。


「あ、いた」

「あの仕草は確か魔力を強請っておる仕草、じゃったか?」

「あらあら、危険を感じて即座にキャビン部分との連結を解除。穴の向こうまで一息に飛び越えたのかしら?」

「凄いなあ、僕らは誰も動けなかったのに。あ、でもその急な動きで燃料の魔力が足りなくなっちゃったのかな?」


 これ以上レギーに心配をかけるわけにはいかない。

 こんな穴が何だって言うんだ。今の俺なら簡単に脱出できるさ。


「待ってろレギー! すぐに戻るからな!」


 何故か白けたような目をしながら一向に動こうとしない皆をおいて、壁の部分に手をかける。

 ロッククライミングの経験はないけれど、いけるという確信があった。この程度なら技術なんて必要ない。身体能力だけで強引に登りきれる。


 僅かな出っ張りに引っ掛けた指に力をこめ、腕の力だけで身体を持ち上げる。蹴りつけるように足を壁にめり込ませて強引に足場にすると、再び腕を振り上げる。

 これを繰り返せば何の問題もなく地上につく。


 近づいてくる俺に嬉しそうな雰囲気を発するレギー目掛けてあっという間に五メートル近くを登った瞬間、不意にピシリと何かがひび割れるような音が響いた。


「?」


 手をかけた部分の強度が俺の体重を支えれるほどじゃなかったのかと思い、慌てて指も壁に突き立てる。

 しかしどうやら音の発生源は俺の手元じゃなかったみたいだ。


 じゃあ一体何の音だ?


 浮かんだ疑問を検討する間もなく、壁に張り付いていた俺の首元付近の土が内部から剥がれ落ちる。


 同時に鈍い輝きを放つ刃物が飛び出し、逃げ場のない俺の顔面を襲った。

裕也以外はレギーのことをあくまで魔道具の一種、精々がペットロボットというくらいの認識です。

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