第24話 レギー 4
誤字報告ありがとうございます!
修正すると記録が消えてしまうのを知らなかったので、どなたが教えてくれたのかが分からない……。
「ドルン一味の討伐に、攫われていた人たちの保護と護送。ギルドと騎士団に加えて《風来》のムグルからの分も合わせて──これが今回の《ファミリー》の活躍に対する報酬だ」
デン! と部屋の中央に鎮座するバランスボールくらいの大きさの金属球を前に、冒険者ギルドディサイ支部支部長は満面の笑みを浮かべてそう言った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………え?」
時間にして十数秒。
その場にいた全員がたっぷりと沈黙した後、俺の口をついて出たのは疑問の声だ。
そりゃ確かに今回の件は報酬目当てでやったことじゃないし、終わった後も別にそれを期待していたわけでもない。
それでもこれはどうなんだと思う。こんな馬鹿でかい金属塊を渡されて「どうだ? 嬉しいだろう?」みたいな顔されても反応に困る。
こんなサイズのもの持ち運ぶだけでも苦労しそうだし、何より使い道がない。
実は貴重な金属だから鋳つぶして何か装備でも作れということかもしれないが、現状俺たちはドラゴンから取れた良質な素材を持っている。これがゲームとかによく出てくるオリハルコンとかミスリルだっていうのなら話は別だけど、絶対そんなことないだろう。
「私どもからは馬に引かせるための幌付きのキャビンを用意させていただきました。ご家族様五人全員が乗り込み、かつ多少の荷物も積めるものを用意しましたので後程ご確認ください」
俺たちが何と言えばいいのか考えあぐねていると、今度は支部長の横に立っていた別の男が話し始める。
この世界では珍しく髪を油で固め清潔感のある服装をしたこの人は、ロヴォス商会の人間だと名乗っていた。
どうやらムグル達を雇っているっていうのがその商会のことらしく、彼らは独自に俺たちに贈り物をしたいとこの場所で待っていたそうだ。
お抱えの冒険者の恩を返すためにポンとそんなものをくれるだなんて、なんて太っ腹なんだろうとは思うけど。
「ええと、キャビンをですか?」
「はい。既にこの町の支店の方に用意してありますので、後程ご案内させていただきます」
こちらもこちらで「ふふふ、喜んでるな」とにこやかな笑みを絶やさない。いいんだけど、いきなりそれだけを貰っても扱いに困る。
俺たちは肝心要の、それを引くための馬を持っていないのだ。
「はあ、ありがとうございます……?」
「……?」
冒険者ギルドの階段を上った先にあった応接室。
そこで待っていたやや粗野な風体のギルド支部長とロヴォス商会から来たという男。そして遅れて遣わされてきた騎士団員。
それに俺たち五人を加えた計八人が何とも言えない表情で見つめあう。
「何か問題があったか……?」
ここでようやく俺たちの表情が優れないことに気が付いた支部長が、困惑したように言葉を続ける。
「既にドラゴン討伐の際にかなりの金銭を貰ったと聞いているし、今回は実用的な物品を渡そうという話になったんだが……」
何でこれで喜ばないのかが不思議でしょうがない、といった雰囲気だ。
「実用的って言われてもこんな馬鹿でかい金属の塊、一体何に使うのよ? 遠投用の武器?」
首をかしげる三人の前で姉貴が金属球を両手でつかむ。
そのまま抱え上げるようにして頭上に持ち上げると、支部長が慌てて声をあげた。
「ああ! ちょっと待った待った! 『起動』前に乱暴に扱っちゃいかん!」
「『起動』?」
俺がオウム返しにそう呟いた瞬間、姉貴が抱え上げていた金属球からピッと電子的な音が鳴った。
正確には金属球の表面に触れていた俺の手のあたりから、だが。
いやだって姉貴が「遠投用の武器?」なんて言うものだから、本当にそのまま投げつけかねないと思って咄嗟に手を伸ばしてしまったんだ。
流石にそれはないと分かってはいても、一パーセントでも可能性があるなら一応警戒はしておこうと思ってね?
「何やってんのよ、裕──」
結果、姉貴が俺の名前を呼び終えるよりも早くその金属球は瞬時に『起動』。
球体の表面に幾筋もの光が走ったかと思うと、そこを境にいくつものパーツに分解し瞬く間に馬の形へと変形。
その勢いのまま姉貴の頭を前足で踏み潰すように床に叩きつけると、その見た目からは想像できないほどふわりと優雅に立ち上がった。
「あ……」
四足の足で応接室の床を踏みしめ、フオオオオンと何かが振動しているような音を放つ金属製の馬。その瞳にあたる部分は白色に発光し、細身ながらもその全身からは力があふれ出しているように見える。
そしてその右前足の足元には亀裂の入った板張りの床。「ふ、ふふふフフ……」と不穏な笑い声を響かせながら、首から上を床下にめり込ませるようにして姉貴が倒れこんでいる。
何が起こってしまったのかを理解し、その金属球が変形にかけた時間よりも早く顔面から血の気が引く。
「……あ~、もしかして本当に知らんかったのか。そりゃ悪いことをしたな。そいつは【アーティファクト=軍団】。最初に手を触れながら『起動』と発言した人間を主人と認識する、馬型の知性ある魔道具だ。勿論性能は本物の馬と遜色のない、いやそれ以上のものだぞ」
(これも【アーティファクト】? っていうか何でそんな貴重そうなものを?)
支部長の言葉に頭のどこか冷静な部分が疑問を呈するが、その他大部分はそんなことを考えている場合じゃないと最大音量で警鐘を鳴らす。
「まあ確かに【アーティファクト】なんだが、そいつは結構な数の同型機が発見されててな。色々理由もあって、そこまでの価値はない。とは言っても──」
「う……がぁーーーーっ!」
支部長の言葉をぶった切り、自分の頭を押さえ続けている【軍団】の前足を掴んだ姉貴が怒声と共に飛び起きる。
そのまま右手の腕力のみでレギオンを振り回すと、壁へ向かって投げつけた。
「ちょ──」
あまりの早業に俺はおろか、母さんや爺ちゃん達までもが反応も出来ないままに非難の声を上げかける。
直後に発生する破壊と騒音を覚悟して反射的に身をすくませるが、レギオンはふわりと宙で一回転すると、何事もなかったかのように無音でその場に降り立った。
「──【アーティファクト】であることには変わりないし、その性能は折り紙付きだ。普通の馬よりは役に立つと思うぞ。しかし俺も実際に起動する瞬間を見たのは初めてだな。いいもの見せてもらったぜ」
目の前で発生しかけた大惨事に口元を引き攣らせながらも、説明を続ける支部長。
一方そんな御託に興味はないとばかりにグルリと首をこちらに向けた姉貴に、俺は咄嗟に逃走の構えを取る。
「裕ぅぅぅ也ぁぁぁ?」
怒っている。
近年稀にみるレベルの激昂ぶりだ。
この世界に飛ばされる前夜に空中コンボを決められた時の記憶が蘇るが、あれの比じゃない。
両手をだらりと下げ、ゆっくりと体を揺らし始める。
脱力から転じての稲妻のような一撃。それはレベルと共に上昇した俺の防御力をも容易く貫くだろう。
数秒後に訪れる約束された未来を想像し観念して目を閉じようとすると、俺と姉貴の間に大きな影が割って入った。
「お前……!」
【アーティファクト=軍団】。
意図せぬ出来事だったとはいえ、主人と登録された俺を守ろうとしてくれているのか。
そう思った瞬間、鈍い黒色の光沢を放つその後姿がとても頼もしく、それ以上に愛おしく感じられた。
「レギー……! いいんだ! 気持ちは嬉しい。けれど、ここでお前を失いたくない!!」
いくらレギーがあの吸血鬼と同じく【アーティファクト】だといっても、キレた姉貴の相手は分が悪すぎる。きっと紙屑のようにバラバラに引き裂かれてしまうだろう。
俺はレギーをそんな目に合わせたくなんてない!
「レギー……?」
「名前……かしら? あらあら、もしかして今つけたの? レギオンだからレギー、ちょっと安直だけど」
「こんな一面があったとは意外じゃのう。そういえば家では一度もペットを飼うた経験はなかったか……」
後ろで他の皆が何か話し合っている中、不安げにこちらを見返すレギーの胴を抱きしめ、その背をなでる。
心配するな。お前を悲しませるような真似はしない。この窮地だって乗り越えて見せるさ。
「……覚悟はできてるようね?」
レギーがフオオオオンと嘶くように音を立てて脇にどくと、さっきまでの剣幕が嘘のように穏やかな表情を浮かべた姉貴が一歩前に出る。
不慮の事故だったとはいえ仕方がない。この一撃は甘んじて受け入れよう。
俺もまた姉貴と同じように穏やかな表情を浮かべる。
事態についていけていない支部長たちが困惑しながら呆然と立ち尽くし、他の家族は何かを諦めたかのように盛大なため息を吐く。
直後、視界に映る姉貴の姿がぶれたと同時に──俺の意識は暗転した。
【アーティファクト=軍団】
同型機が多数発見されているうえに、ただ馬代わりとしての機能だけを求めるなら現代の技術でも似たようなものが作れる。
ほかにも一度起動して主人を登録してしまうと二度と変更はできない、主人が死亡した場合観賞用くらいにしか使えなくなってしまうなどの欠点があり、アーティファクトの中では価値は低め。




