第23話 レギー 3
「あの子は《風来》の方たちに連れてこられてから、今まで一度も弱音を吐きませんでした。……とても強い子です」
事情はすべて聞いていますと声をかけてきたのは、この町の騎士団の長と名乗る一人の騎士だった。
貰い泣きしていた親父が馬車を止め一家全員が地面に降りると、彼の合図で騎士団と冒険者が作っていた囲みの一部が開く。
その中にいたのは老若男女様々な人たちで、馬車の姿を見るなり口々に誰かの名前を叫びながら走り寄り始めた。
「団の中に【遠見】のスキルを持つものがいましてね。あなた方の接近にはある程度早い段階で気が付けました」
荷台に乗っていた人たちも次々と馬車から飛び降り、その集団の中から知り合いを見つけようと自分の名前を大きく叫ぶ。
「コダール村だけではなく、ドルン一味に襲われたと思われる村々に親戚や知り合いがいた人たちが集まってくれています……」
そう言いながら先ほどとは一転、悲しげに顔を伏せる騎士団長。
その理由は明らかだ。
すぐに相手が見つかり、最初の姉弟のように再会を喜ぶ人はいい。
だが中には悲壮な声をあげ続ける人や、捕まっていた人に何かを聞き、その場に崩れ落ちる人の姿も見受けられた。
「ここから先は騎士団の仕事です。あなた方は冒険者ギルドへ向かってください。追って部下を向かわせます」
これ以上ここにいても何もできることはない。
言外にそう言われたが、実際にそうだ。
ただ感情が納得できずに動きを止めてしまった俺の肩を、爺ちゃんが優しくたたいてきた。
「救われた者もそうでない者も、等しく明日を生きねばならん。そこに儂らが入り込む余地などないし、関わるべきでもない。早々に離れるのが彼女たちのためじゃ」
「例え助け出したのが私たちだとしても、彼女たちにとってはつらい思い出の一部でしかないの。纏めて忘れてしまえた方が幸せかもしれないわ」
「……分かってるよ」
母さんの言葉に頷き、大丈夫だと爺ちゃんの手をたたき返す。
乗ってきた馬車と馬の今後に関しても全部騎士団が請け負ってくれるらしく、再び案内役を買って出てくれたさっきの騎士についてその場を離れる。
幸い町の人たちの関心はもっぱら馬車の周囲の方に向かっているらしく、俺たちに向けられる視線はもう殆どない。
「多少距離があるとはいえ、コダール村は立地的には隣村ですからね。皆気になっているのでしょう」
嫌な話ですが、と続ける騎士の話によれば単なる好奇心や興味本位で集まっている人も多いという。
「とはいえ、あなた方の活躍でドルン一味は討伐されました。迷宮都市の方が片付けば周辺の騎士団も通常業務に戻れるでしょう。隊長も二度とこのようなことが起きないようにと、部隊の再編や冒険者ギルドとのより密接な連携を検討しているようです」
そこまで話すと暗い話はここまでだ、とばかりに騎士の声が気持ち大きくなった。
「そういえば皆さん、ディサイの町は初めてだとか? だとすればここから先の光景には少し驚かされるかもしれませんよ」
さっきまで馬車で通っていたメインストリートと思われる道。案内された時には途中でそれてしまったが、ここはその先へさらに進んだ場所なんだろう。
幅二メートルほどの細い路地を抜けた先には騎士の言うとおりに、驚くような光景が広がっていた。
「へえ」「ほぉ」「あらあら」「これは凄い……」
通行規制が解けたのか様々な馬車が競うようにして道を行き交い、人々が往来する。
威勢のいい掛け声や怒声が飛び交い、何処からか陽気な客引きの声も聞こえてくる。
アルラド以上エンビラ未満と言っていたけど、とんでもない。今まで通ってきたどの町や村よりも活気にあふれている。
「迷宮都市の『反対側』からこの町に初めて来られた方は大抵皆驚かれます。中々のものでしょう?」
俺たちが呆気に取られているのに気が付いたのか、案内役の騎士が誇らしげに胸を張った。
「ディサイ──、《迷宮都市への連絡通路》なんて呼ばれることもありますけどね。逆に言えば迷宮都市に最も近くて栄えているってことです。そんじょそこいらの村や町には負けませんよ」
このジダルアという国において迷宮都市以南からやってくる人たちは、その立地上絶対にこの町を通ることになるのだそうだ。
当然、逆に迷宮都市から南の方へ向かう人たちもこの町を通ることになる。
人が集まれば需要が発生し、それを満たすために物資が集まる。動くお金は莫大なものになり、今度はそれを目的とする人が集まる。
迷宮都市の西側には王都があるのでまた別だが、北東側にも似たような町が存在し大変にぎわっているらしい。
「それでですね──」
歩き続けること三十分弱。
どうもこの騎士はもともとこういうふうに、初めてこの町に来た人を道案内するのが好きらしい。
あそこが武器屋でそこが雑貨屋。あの露店の野菜は割高だが新鮮で、そっち酒場のつまみは代変わりしてから味が濃くなったなど、道すがら地元の人ならではの情報を楽しそうに話してくれる。
そんな彼にこちらも楽しそうに親父が相槌を打ち、物価に関する情報には母さんが目を光らせる。俺と姉貴は皆に置いて行かれないようにしながら屋台や軒先の商品を覗き込み、爺ちゃんは道行く人の様子を眺めながら歩いている。
町の中心に近づくにつれますます人通りは多くなり、やがて周囲の喧騒で騎士の声が聞き取りにくくなるほどになった頃、ようやく目当ての建物が見えてきた。
「到着しました。あれが冒険者ギルド、ディサイ支部です」
指し示されたのは煉瓦と漆喰で建造された、この世界では何の変哲もない普通の外見をした建物。
しかも周辺に立っている他の建物に比べても一回り小さいせいで、騎士の言葉と冒険者ギルドであることを示す盾と松明のエンブレムがなければ普通に見逃してしまいそうだ。
「拍子抜けしてしまいましたか?」
ちょっと落胆していたのが表情に出てしまっていたのか、騎士が笑いながら説明を始めてくれる。
それによるとディサイの町における冒険者の需要というのは、他の町に比べると圧倒的に少ないのだそうだ。
迷宮都市から続くこの町の治安には領主も特に気を使っているらしく、周辺の魔物は殆ど騎士団が退治してしまう。失せ物の探索や各種素材の採取といった雑多な依頼も、手の空いた騎士団員で事足りる程度。
そもそもこの町を拠点に活動するよりも、ちょっと先の迷宮都市に行った方がはるかに実入りがいいということもあって、この町にはあまり冒険者がいないらしい。
実は門に集まっていたのと先ほど騎士団と一緒にいた人たちを合わせてほぼ全員なんですよ、という騎士の言葉も妙に納得できる。
つまりそれ程暇なんだろう。
「勤めている職員の数も少ないので、それ程大きな建物は維持できませんし必要ないのでしょうね。王都の方もここと似たような状況らしいですよ」
案内されるまま建物の中に入っても本当に殆ど人がいない。それどころか全くの別組織であるはずの騎士団員が中に入ってきても、気にしている人すらいないみたいだ。
「あら、もうお仕事は終わったの? 被害者の人たちは大丈夫だった?」
「俺は別任務。《ファミリー》をここまで案内するように言われたんだ」
顔なじみらしい四十代くらいの女性の職員が頬杖をついたままカウンター越しに話しかけてきたが、騎士の言葉で驚いたように目を見開いた。
「この人たちが? へええ……」
奥の方にいた他の職員も、それまでこっちを見向きもしなかったホール内にいた冒険者たちも、全員が全員まじまじと俺たちを見つめてくる。
暇な上に娯楽も少ないんだろうか。
「全員上にそろっているよ。それにしてもいいもの見せてもらったわ」
不躾とすら言える視線に姉貴の眉がピクリと動き、俺が慌ててフォローしようとしていると、おばちゃん職員は階段の方を指さした。
(いいものって俺たちのことか?)
よく分からないけれど、これ幸いと姉貴を引っ張って階段を駆け上がる。
確かにあの視線はちょっと変な感じだったけれど、時々姉貴や母さんに向けられる好色なものに比べたら全然ましなはずだ。
しつこいナンパをされたわけでもないし、降りかかる火の粉を業火で吹き飛ばすような真似は謹んでもらわないと。
このあたりの領主は優秀なので、迷宮都市で問題が起こっていなければドルンの件にも迅速に対応できていました。
ただしその場合、騎士団にかなりの被害者が発生していましたが……。
もしくは《風来》が事件を解決してしていたかもしれません。




