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第22話 レギー 2

 ディサイの町を囲う壁が見えたのは、翌日の夕暮れ時だった。


 まだ万全の状態とは言い難いけれど、体のダルさも殆ど消えている。


 見えたという親父の声に幌の中から皆が我先にと荷台から顔を出し、小高い丘の向こうに覗く壁の一部を確認すると歓声があがった。

 幸い大したことはなかったけど道中も二回魔物の襲撃があったし、全員不安と緊張でいっぱいだったんだろう。

 最後まで気を抜くなと釘を差す爺ちゃんの言葉に頷きながらも、誰もが喜色を隠しきれていない。


 やがて丘を超え、その門の位置が目視できるまでに近づいた所で向こう側も俺達の存在に気がついたようだ。

 門番らしき人達がこっちを指さしたかと思うと慌ただしく動き出し、何人かが町の中へと駆け込んでいく。


「何だあれ?」

「分からないけど、もしかしてこの馬車が盗賊のものだから警戒されてるんじゃあ……」


 幌の上に立ってその様子を眺めていると、御者台に座っていた親父が不安そうな声を上げた。

 確かにこの馬車は元々盗賊であるドルン達の持ち物だ。もし俺達の知らない所でその詳細が周知されていたのだとしたら、彼らの対応も頷ける。

 なにせ一見すれば、悪名高い凶悪犯が町の正面から堂々と近づいてくるように見えるのだ。町の中に入っていった人達は、応援を呼びに行ったのかもしれない。


「町の規模はぱっと見た感じ、アルラド以上エンブラ未満ってところね。《風來》の連中の話じゃ今は常駐の騎士もそんなにいないらしいし、揉め事になっても軽く制圧できるわよ」

「いや、大人しくギルドカード見せればいいだろ!?」


 あまりの暴論に、隣りに座っていた姉貴に驚愕と非難の視線を向ける。

 何で戦うこと前提で話してるんだろう。他の人が言えば場を和ませるためのジョークに聞こえるかもしれないが、姉貴の場合それが本心からの言葉に聞こえるから不安だ。


 胸元に提げていた金属板を突きつけると、姉貴は「うっさいわね、分かってるわよ」とそっぽを向いた。

 最近あまり【ステータス】の確認もしていないけど、これは本来こういう時にこそ使われるべき物のはず。

 運転しない人の持ってる運転免許証みたいな扱いになっているのが悲しいけれど、公的に使える身分証明書ってだけでも最高だ。

 人によってはBランク冒険者っていうだけで、対応も変わってくるし。


「冗談よ冗談。それにほら、そんな心配もしなくてよさそうよ?」


 立ち上がり、肩を寄せてきながら門の方を指差す姉貴。つられてそっちに視線を向けると、何故か門番の人達がこっちに向かって手を振っているのが見える。

 簡素な兜の下には朗らかな笑顔を浮かべているし、どうやら俺達の来訪を歓迎している模様。

 今まで初めてくる場所でこんな出迎えを受けたことがなかったので、逆にちょっと警戒してしまうレベルだ。


「やけにフレンドリーだけど、罠じゃないよな?」


 つい疑ってしまうのは、母さんたちから聞かされた不審な騎士団の存在。

 ただ単に盗賊たちを討伐しに来ただけなのかもしれないけれど、それだとムグル達の話と辻褄が合わない。この付近にいる騎士団は今、迷宮都市の復興にかかりきりのはずだ。きな臭いことこの上ない。


「大丈夫じゃない? 罠ならもっと自然体で誘ってくると思うわよ?」


 姉貴も同じことを考えていたのかもしれないが、俺と違って早々に警戒を解いている。

 こういう時に頼りになる爺ちゃんも特に何も言わないし、彼らに敵対の意思はないんだろう。


 そうこうしているうちに町の中からぞろぞろと人が出てくると、その人達も俺達の方に手を振り始める。装備の種類に統一性がないのは多分冒険者だ。合流してきた他の兵士たちと合わせると結構な人数に見える。

 一体何が起こっているのか気になるが、俺にはもう一つ気になることがすぐ隣に。


(もう着くんだし、いい加減離れてくんないかな)


 昨日からずっと俺のそばを離れようとしない姉貴に視線を向ける。

 どうも昨日俺が女の人を前にだらしなく赤面していたのがお気に召さなかったようだ。

 これ以上身内が恥をさらさないようにと、あれからずっと俺の隣をキープして睨みを利かせてきている。

 確かに姉貴の気持ちもわかるけど、これはこれで恥ずかしい。

 はた目から見れば弟の世話を焼く姉と、姉離れできていない弟の図だ。高校生にもなってこれはない。

 やんわりとそのことを指摘しても暖簾に腕押しで、しまいには目に見えて機嫌が悪くなってきたのでそのまま放置してしまっているのが現状だ。


 こんなことで揉めて道中の空気を悪くしないようにと考えたうえで放置しているだけで、決してビビったわけではない。

 決してビビったわけではない。






「待ってたぜ!」

「よくやったな《ファミリー》!」

「本当に五人だけでドルン一味を討伐したのか?」

「《風来》が言ってただろ。ドラゴンスレイヤーがいるんだよ。ただの盗賊が何人いても敵いやしねえよ」

「怪我をしていたり体調の悪い者はいないか!?」

「おいおい、結構な人数がいるぞ。あいつらそんなに暴れてたのか」

「おい、道を開けるんだ! これ以上彼女たちに負担を強いるつもりか!」


 開け放たれたままの門の近くへ到着するやいなや、男だらけのむさ苦しい集団に取り囲まれた。


 俺たち全員が呆気にとられる中、さっきまで手を振っていた連中が好き勝手に喋り捲り、それをどかせようと一部の人が必死に声を張り上げている。

 好き勝手にしゃべっているのは全員冒険者みたいで、どうやら先にこの町を通ったムグル達から色々と聞いているみたいだ。彼らにとっては捕まっていた人たちよりも、俺たち《ファミリー》の方が気になるらしい。

 そしてそれを制止しようとしているのが、この町に常駐している騎士たち。彼らも同様に事のあらましを知っているらしく、こちらは良識的な対応を取ってくれている。


「騒がしくしてすまないな。ギルドカードを確認した。君たちについては通知が来ている。重ねてすまないが、彼らについて行ってくれ」


 冒険者たちを押しのけ近くに寄ってきた騎士の一人にギルドカードを見せると、慣れた様子で手続きを済ませ、何人かの騎士がそのまま馬車を先導してくれた。


 門をくぐった先に広がるのは馬車が四、五台並んで通れる程の広さの道。

 外へと続く門に繋がるのはその町の主要な道だと相場が決まっているので、ここを見ればその町のおおよその規模が推し量れる。

 アルラド以上エンブラ未満という姉貴の予測は正しそうだ。


 あれだけ騒いでいた冒険者たちは俺たちを一目近くで見れて満足したのか、町の中に入ると割とあっさり解散していった。

 それと入れ替わるように注がれるのは住民たちの好奇、興味、歓迎の視線。


 あらかじめ通行規制でもされていたのか他に馬車は見当たらず、騎士が先導するこの馬車に誰かが詰め寄ってくることもない。

 けれども道のわきには町中の暇人が集まっているんじゃないかと疑うほど、通行人で溢れかえっていた。

 荷台に一緒に座っている人たちは、冒険者の集団に囲まれた時から一言も言葉を発していなかったのだが、この光景を見てますます委縮してしまったようだ。不安げに身を寄せ合い、比較的年長の人がその肩を抱いている。


 そうこうしているうちに目的地が近づいてきたようで、道案内をしてくれていた騎士が速度を落として左に曲がるように手で合図してきた。


「この先です」


 何が? と聞き返す間もなくその騎士は先に角を曲がってしまい、姿が見えなくなる。


 思わず俺と顔を見合わせた親父が手綱を操り、馬車を左折されるとそこには予想外の光景が広がっていた。

 現代でいえばロータリー。もしくはバスターミナルといったところか。

 荷物の積載や出発を待つ駅馬車が数多く繋がれた開けたエリア。その一角に先に来て待っていたのだろう多くの騎士や冒険者たちが、かなり広めの空間を囲むようにして陣取っている。

 その目的は当然、俺たちの乗る馬車が停車するためのスペースの確保。そして――。


「お姉ちゃんっ!!」


 騎士と冒険者たちで構成された人垣の間から、一人の少年が飛び出した。


「――っ、カルゴ!!」


 ドルン達によって無残に滅ぼされたコダール村。そこで姉を助けてくれと泣いていたあの少年が馬車に向かって駆け出し、姉もまた少年の名を叫ぶと荷台の端に足をかける。


「ちょ、危な――」


 親父が止める間もなくカルゴと呼ばれた少年の姉は、まだ動いている馬車の上から身を躍らせると危うい体制で地面に着地した。


 姉と呼ばれていはいるが、俺からすればまだまだ少女の域を出ない年齢。

 道中で簡単な素性は聞いていたが当然神託など受けておらず、せいぜいが畑仕事でしか体を動かしたこともない。ましてやドルン達に攫われ、助け出されてからも荷馬車という狭い空間に閉じ込められ続けていた彼女に急な運動はこたえるはず。

 にも関わらず、彼女は着地の衝撃に顔を顰めることもなく弟に向かって走り出した。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「カルゴ、怪我はない? 良かった、良かった……!」


 地獄のような光景を見せつけられ、数秒先の我が身の安全すらも確かではない境遇に陥った。それでも二人とも己の身よりも、お互いの無事を望み続けていた。

 姉の方は俺たちの話で弟の無事を先に知ることが出来てはいたが、実際に目にすることで感情のたがが外れたんだろう。二人は人目もはばからずお互いを抱き合い、感情の赴くままに声を上げて泣いていた。


 どれだけ凄いスキルを手に入れても、だれだけ高いステータスを持っていても、全てを救うことなんてできなんかしない。


 コダール村の惨事だけじゃない。

 ああすればよかった。こうしていればよかった。

 例えこの世界より圧倒的に平和な日本にいようと、後悔のない選択をし続けることなんて不可能だ。


 けれどもこの光景を見て。二人が流している悲しみとは違う涙を見て。

 少なくともこの選択だけは正しかったと、胸を張れる気がした。

この町にいる冒険者は数も少ないし、あまり強くもありません。

ある程度腕に自信がある人たちは、すぐ近くの迷宮都市で活動してます。

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