第21話 レギー 1
【ドラゴンブレス】で消費した魔力は、ポーションを飲むことである程度回復できた。
だけどもそれだけでは一度魔力欠乏症にかかった影響を完全には治めることは出来ないらしく、しばらくは満足に身体を動かせそうにない。
とは言え、いつもなら意識を失ってぶっ倒れているところなので、こうして起きていられるだけまだマシだろう。
「ううむ、これが魔力欠乏症というやつか。確かにしんどいのぉ」
「そう言えば裕也以外、何気に初体験なのよね。裕也、あんた慣れてるんだし、ちょっと愛しのお姉様をおぶりなさいよ。……もしくは高貴な姫にするように、恭しく抱えて運びなさい」
「魔力使いすぎて脳にまで影響が!? まだ予備はあるし、もう一本ポーション飲んどくか?」
「……シッ!!」
どうやら姉貴と爺ちゃんも似たような状態らしく、いつもより覇気がないなと思っていたら、いつもより鋭いフックが顎先を掠めて放たれた。
揺れた脳が平衡感覚を維持することを諦め、身体がべしゃりと地面に崩れ落ちる。
「あらあら、皆大変そうですね。これは私と進士さんで頑張るしか──」
「いやいや、加奈子さんも休んでないと駄目だからね!? 顔真っ青だよ!?」
震えながら大地と熱烈な頬ずりをしていると、親父と母さんが騒いでいるのが目に入った。
どうやら妙に気合を入れている母さんを、親父が必死に止めようとしているみたいだ。遠目に見ても母さんの顔色も最悪なので、ここは親父に頑張ってもらいたい。
【ヒール】では怪我は治せても、失った血までは元に戻らないのだ。
「分かりました。そこまで言うのなら……」
親父とその様子を見ていた女の人達。
とにかくその場にいた全員の説得で、母さんも渋々休むことを了承した。
どうも今回あまり役に立てなかったことを後悔しているみたいだけど、その代わり普段はこっちが助けられてるんだし、気にしなくていいのにと思う。
しきりに「何かあったらすぐに呼んでくださいね」と親父に念押しし、親父も何故か馬車の前方の方角を気にしながらそれに応えている。
その様子に少し疑問を覚えたけど、朦朧とする頭では上手く考えが纏まらない。
いつまでも地面に横になっているのも嫌なので早く回復しろと念じる俺の前で、今後の方針が次々と決まっていく。
「どこにも異常はなさそうです」
「馬たちも元気そう。これならすぐにでも出発できます」
「なのですが……」
まずはいくつかに分かれたグループのうち、馬車の点検をしていたグループが報告を上げる。
捕まっていた人達は元々殆どが一台の馬車に押し込められていたわけだけど、今はそこにゴーレムに括りつけられていた四人と俺達の五人が加わっている。
数えてみたら合わせて十九人。結構な大所帯だ。
けれどもドルン達が使っていた二台の馬車のうちの一台はゴーレムが壊してしまっている上に、それを牽いていた馬も逃してしまっている。
仕方がないので残りの一台を使うしかないのだが、ここからディサイの町まではまだ距離があるらしい。
「人数が約二倍、単純に考えて重量も二倍になるわけじゃしの。四頭もおるとはいえ、ちと不安じゃのう」
残された馬を撫でながらため息混じりに話す爺ちゃんだが、その意見には同感だ。馬への負担も考えると、出来るだけ重量は少なくしておきたい。
かと言って捕まっていた人達を歩かせるなんていうのはありえない。
さっきまでの騒動で近くにいた魔物たちは逃げ出しているかもしれないが、それでもここは人里から離れた森の奥。どんな危険が潜んでいるか分かったもんじゃない。
とりあえず少しでも荷物を軽くしようと皆が荷台を漁っていると、姉貴が「ん?」と不思議そうな声をあげた。
「いや、一番でかくて邪魔なものがあるじゃない。もうこんなん必要ないでしょ」
(一体何のことを言っているんだ?)
そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
全員がその言葉に反応できずに固まっているうちに、荷台の側に寄った姉貴は『それ』を拳の裏側でコンコンと叩く。
「見た感じ連中が後から増築したものっぽいし、幌を張るための支えは別に付いてるわ。陰気臭いし、外しちゃいましょ」
姉貴が指していたのは、馬車の荷台部分に設えられていた木製の檻だった。
それに気付いた全員が感嘆の声を上げ、早速檻を外そうと接合部分を覗き込む。
「アキナさん、これは簡単には外せそうにないですよ。専門の道具がないと」
しかし程無くしてその声は落胆へと変わっていった。
年が近そうということもあってか、短い間にある程度姉貴と親しくなっていた女性が肩を落として話しかける。
接合部分は鉄板や釘、針金でしっかりと補強され、檻を組んでいる木材の組み合わせ部分も同じような状況。加えてその木材すらも一つ一つが直径二十センチを超える頑丈なもので構成されている、と。
「せめてノコギリがあればよかったのですが」
盗賊たちが自分たちを攫った後、ずっと閉じ込めてられていた監獄を思わせる檻。
その存在は彼女たちにとって忌々しいものでしかない。それが壊せないと分かった瞬間、彼女たちの表情が目に見えて曇ってしまった。
「大丈夫よ。そんなものいらないわ」
けれどそんな暗い空気を、姉貴は笑って吹き飛ばした。
何も問題はない。こんなものは簡単に壊せる。そう言わんばかりの笑顔で檻に近づく姉貴を見て、彼女たちも思い出したのだろう。
姉貴には【火炎剣】と【炎熱剣】がある。
後者はあのゴーレムの装甲だって簡単に切り裂けるような代物だ。こんな木製の檻なんて鼻歌交じりに焼き切ることが可能だろう。
なんて思っていたら。
「フンっ」
あっさりと素手で破壊してしまった。
木材をねじ切り、砕き、バラバラにして引っこ抜く。
「よし。これでだいぶ軽くなったでしょ」
いい仕事したぜ、と腰に手を当てて胸を張る姉貴を見て、周りの人達は少し引いていた。ちなみに俺はドン引きした。
これで本調子じゃないってマジかよ。全快したら鉄製の檻でも壊せるんじゃないか?
「ではすみません。御者はよろしくお願いします」
「そんな! こちらこそ助けてもらってばかりなんですし、せめてこれくらいのことはさせてください!」
一方こちらは御者台の側。
幸いにも捕まっていた女の人達の中に心得がある人がいたらしく、その人に御者をお願いして親父がその横に同乗。周囲の警戒と護衛を兼ねることに決まったようだ。
「檻もなくなりましたし、重量に関しては問題ないと思います。あとは先程の予定で進んだ場合の馬の疲労についてですが……」
彼女の話によれば馬に適度に体力回復用のポーションを与えていれば、ディサイの町まではほぼ休みなく進むことが出来るだろうとのこと。
馬のストレスとか大丈夫なんだろうかと親父が心配していたが、この方法は先を急ぐ場合なんかに一般的に用いられるもののようだ。
次に会ったときには高価なポーションを気前よく分けてくれたムグル達に感謝しようと思う。
「怪我をしている人や気分の悪い人はいませんか? 【ヒール】をかけますので、遠慮せず言ってくださいね」
「ポーションにもまだまだ余裕はあるし、今ならなんと無料よ」
母さんが声をあげる横で姉貴がつま先で俺を小突く。
言いたいことは分かったので、手だけを動かしながらマジックバッグから各種ポーションを取り出していくが、さっきから俺に対する扱いがひどくないだろうか。
俺魔力欠乏症の影響が抜けきっていない上に、他ならぬあなたの手で絶賛起き上がれない状態なんですが。
そんなことを思っているうちに全ての準備が整ったみたいだ。
次々と荷台に人が乗り込んでいく中、俺だけがポツンと取り残される。
「ちょっと待ってくれ!?」
ふおお、と気合をいれてなんとか立ち上がる。
良かった。少しは回復できたみたいだと思っていたら、一歩踏み出した瞬間バランスを崩してしまった。
「大丈夫ですか?」
あわや再び地面とご対面かと焦ったけど、その前に誰かがそっと体を支えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
そっと寄り添うように俺のそばに立っていたのは、ゴーレムを倒したあとに頭を撫でてくれたあのお姉さんだった。
「ふふ、お礼を言わないといけないのはこちらの方ですよ? さあ、歩けますか?」
「は、はい。大丈夫です」
歳は俺と殆ど変わらない気がする。
こんなに酷い目にあったのに、どこまでも優しく包み込むような笑顔を浮かべ、まるで本当の姉が弟に接するかのように優しく手を取り、荷台まで先導してくれる。
顔が赤くなっているという自覚がある。その距離感の近さと優しさにドギマギしていると、背後から凄まじい怒気が漂ってきていることに気がついた。
「あんた、いつまで人に迷惑かけてるのよ!」
「え、姉貴!? 先に荷台に乗っていたはずじゃあ?」
世の男子全員がそうだろうけど、女の人に手を握られて赤くなってしまっている姿なんて家族には決して見られたくない。
そして逆に身内のそんな姿もあまり見ていたくはないのだろう。
振り返って苛立たしげな姉貴の姿を確認した瞬間、俺の体は宙を舞い、荷台の中へと放り込まれていた。
「ぐへっ」
情けない声で背中から着地すると、目を丸くする皆の前でさっきとは別の理由で顔を赤くしながら起き上がる。するとまるでトドメを刺さんかとするように姉貴が追いかけてきて、その後ろで申し訳無さそうな顔のお姉さんが乗り込んでくるのが見えた。
「ちょ、姉貴ちょっとタンマ! 待って! 話を聞いてくれ!」
「制っ、裁!!」
その後散々ひどい目に会ったけど、皆がそれを見ながら笑顔になってくれていたのは嬉しかった。
──ディサイの町に付けば、全員が身の振り方を決めなければならない。自分を襲った悲劇と改めて対面し、辛い現実を突きつけられることになる。ならせめて今この瞬間だけでも笑ってくれればいいと、そう思った。
……だからと言って、姉貴の横暴を許す気は全くないけどな!
すみません! もう覚えている人はいないのではないかというくらい間が空いてしまいました!
また少しずつ進めていきますので、よろしければお付き合いください。




