第20話 【アーティファクト=吸血鬼(ヴァンパイア)】 2
二メートル程にまで伸びたところで槍の伸長は止まり、後方へ向けて跳んでいた加奈子の体からズルリと引き抜かれる。
「加奈子さん! 加奈子さん!」
「……っ! 大丈夫、ですっ!」
両腕を組み、首から上を死守。膝を丸めて腹部を庇い、同時に被弾面積を極限まで小さくする。
躱しきれないと悟った瞬間にとった咄嗟の行動だったが、どうやら英断だったようだ。
腕と足には決して浅くはない傷を負ったが、致命傷ではない。これでもし下手に打ち払おうとしていれば、一体どうなっていたことか。
あり得たかもしれない未来に冷や汗を流しつつ、穴の空いた腕と足に【ヒール】をかける。
皆を安心させるように微笑むと、加奈子はいつの間にかすぐ側に駆け寄ってきていた進士の手を借りて後方へと下がった。
(これは……しばらくは動けそうにないですね……)
機動力の要である足の傷が特に深い。出現時ならまだしも、明らかに成長している今の吸血鬼が相手ではただの足手まといだ。
悔しそうな加奈子の視線の先。伸びた肋骨を元の位置に収納した【吸血鬼】は全身を波打たせると、再びその姿を変形させていく。
右手の先に剣を、左手へ盾を生成。
この場にいる誰も知る由もないが、それはかつてドルン達のアジトを襲撃した三人の冒険者たち、そのリーダー格の男が装備していた武具と同型のものだった。
──より多くの血を、より多くの力を!
【吸血鬼】の頭の中で何かがそう叫び続けている。
そして言葉と共に脳裏に与えられる知識が、今までに吸収した犠牲者達の記憶のものであることを【吸血鬼】は朧気に理解し始めていた。
ならば拒む道理はない。それは己が得た戦果だ。そしてそれは『声』が望むものに必要なことなのだから。
『ギィィィ!』
雄叫びと共に、全身をより攻撃的な形へと変化させていく。
骨を剥き出しにしていた身体が、厚く頑丈な装甲で覆われる。異形の頭骨は重厚な兜へと形を変え、眼孔に宿っていた仄暗い輝きが深いスリットの奥に灯る。
それは『彼ら』が知る中で最強の存在。
後に《ファミリー》に破れはしたが、それでも尚『彼ら』はその姿に最大限の畏怖と脅威を訴えていた。
「こいつ……!」
変化を完了させた【吸血鬼】を見て、晃奈が憎々しげに呟く。
離れた位置で見守っている女性たちも声にならない悲鳴を上げた。
彼女たちが動揺するのも無理はない。
その姿はドルン盗賊団の脅威の象徴。数多の村を、人を襲い、数多くの冒険者をも打ち倒したあのゴーレムに酷似した姿だったからだ。
『オオオオォォォォォ!!』
オリジナルよりも、より禍々しく洗練されたフォルムの【吸血鬼】が咆哮を上げる。
剣を振り上げ、地面を抉るような勢いで踏み込むと、標的に向かって猛然と走り出す。
「むぅ!?」
向かう先は魔力の酷使で息の上がっていた斎蔵。
フラフラになった老人一人など脅威ではない。まずは弱者から殺せ、という頭の中の声に【吸血鬼】は愚直に従う。
「舐めるな」
しかし多少体調が悪かろうと、帯刀家一番の技量は伊達ではない。
大振りの振り下ろしを最小の動きで躱すと、がら空きとなった胴に一撃叩き込まんと槍を振るう。
「なんとっ!?」
だが急激に成長している【吸血鬼】の膂力は、斎蔵の予想以上のものだった。
空振りした剣の刀身が地面に叩きつけられた際に、轟音とともに大地を砕いたのだ。
巻き上げられる土と衝撃、そして砕けた足場が斎蔵の姿勢を崩す。
この状況で尚も攻撃を続けるほど、斎蔵は猪突猛進ではない。体勢を立て直すことを最優先とし、土煙の奥へと隠れた敵の攻撃に備えようと防御の姿勢を取る。
だがそのほんの僅かな行動の切り替えが、両者にとって致命的な差となった。
【吸血鬼】には物理攻撃が通用せず、痛覚も存在しない。加えて姿形を自由に変えられる存在にとって、体勢の良し悪しなど無意味にも等しい。
【吸血鬼】は自身に跳ね返ってきた衝撃をものともせず、土煙の中へと狙いを定めた。
加奈子との攻防で使用した攻撃方法が有用であることは学習している。ならばそれを繰り返すのみだ。
直前まで斎蔵が立っていた側の体の表面を波打たせ、加奈子を襲ったのと同じ血の槍を生成する。
その数は先程よりも遥かに多く、そしてその穂先には容易には抜けないように『返し』が付けられているという念の入れようだ。
『……ギィ?』
必殺の自信を持って放たれた攻撃。
だがその手応えのなさに、【吸血鬼】は思わず疑問の声をあげる。
土煙の中を突き進み、哀れな老人を串刺しにするはずだった槍の群れ。その全てが対象に掠ってすらいない。
首を傾げ、どういうことかと確認しようとするが、それよりも早く反対側から炎を纏った剣が襲ってきた。
未だ立ち昇る土煙は【吸血鬼】のみに有利に働くわけではない。
斎蔵のいた方角に注意を払っていた【吸血鬼】はその急襲に対して咄嗟に左腕を上げることしか出来ず、掲げた盾に燃える刀身が食い込んだ。
スキル【火炎剣】。
【炎熱剣】を覚えてからはその下位互換と思われがちなスキルだが、未だ【炎熱剣】の威力に耐え得る武器がない以上、晃奈にとっては主力級のスキルだ。
加えて消費魔力が少ないのがいいとは晃奈の弁だが、それでも彼女が使う【火炎剣】の威力は並の冒険者のそれを遥かに上回る。
「っ、だあああぁっ!」
生じた熱が盾を構成する血液を蒸発させ、周囲に蒸気を発生させる。
気合の声と共に晃奈が更に力を込めると、【吸血鬼】の左腕が盾ごと両断された。
『ギァァァァァァァァッ!』
痛みはない。
だがこの女の攻撃は危険だ、と失われた左腕を見て【吸血鬼】は改めて再確認した。
少しずつだが、自分の体を構成している物質を確実に消滅させてくる攻撃。故に現状何よりも優先すべきなのはこの女の排除だ。
【吸血鬼】の中の『声』も意見を一転させる。
怒りの咆哮と共に全身から槍を発現、全方位へと突き伸ばし、駄目押しとばかりに密かに地面に這わせていた己の一部からも刃を突き出す。
横から、足元から。更には伸びた刃の先からも更なる刃を生み出し、全周囲を攻撃する。
さしもの晃奈もその全てを躱し切ることは出来ず、手にしていた剣を弾き飛ばされた上に複数の傷を刻まれてしまう。
「ちっ!」
身体に括り付けていた紐が切れ、予備の剣が散乱する。体勢を崩し、倒れ込むように地面に両手をつく。
瞬間、今が好機とばかりに吸血鬼は素早く周囲の血液を本体に吸収した。
その右手に握られた剣により多くの血液が送り込まれ、刀身が脈打ち、肥大化する。
「……確かにあんたは厄介よ。このまま放っておけば誰も手をつけられなくなるでしょうね」
それは心からの言葉だった。
もしこの【吸血鬼】が晃奈たちと出会うより、ずっと前に生まれていれば。
ドルンよりももっと優秀な持ち手に操られ、より強い人間たちの血を取り込んでいれば。
この異常な成長性を見せる敵は、ドラゴンよりももっと恐ろしい怪物になっていただろう。
だがそれは仮定の話だ。
剣を振り上げる【吸血鬼】の背後。
血の槍衾からその射程外にまで斎蔵を抱きかかえて下がっていた進士が立ち上がる。
進士は苦しげに息を吐く斎蔵と、まだ血を流し続けている加奈子の方を見やると、ゆっくりと【吸血鬼】の背中へと向き直る。
「でも今はまだ、あたし達の方が上よ」
『?』
諦めとも違う、【吸血鬼】の記憶にあるどの犠牲者たちの最後とも異なる反応。
皮肉げに笑う晃奈に一瞬の疑問を覚えたが、構うものかと【吸血鬼】は剣を握る右手を振り下ろした。
武器を全て失い、無様に地面に手をついている晃奈に逆転の目はありはしない。
このまま敗者は無様に血をぶち撒け、屍を晒すだけだ。
──この女の血は、自分を更に上の段階へと成長させてくれるだろう。
『ギィィィィッ!』
今まで散々自分の身体を削ってくれた怨敵を前に【吸血鬼】が歓喜の咆哮を上げる。
この女を殺し、喰らえば残る敵などものの数ではない、と勝利を確信する。
あとはこのまま剣を振り下ろすだけだと思った瞬間、【吸血鬼】の視界は闇に染まった。
『ギァァァッ!?』
──まただ。どうしてこうなる?
──この敵達は誰一人として自分の思う通りに倒れてくれない!
もう何度目になるかも分からない攻撃の空振り。
目標を見失った刀身が、虚しく地面を叩く感触が手に伝わる。
即座にこの視界不良の原因が頭部に発生した違和感から来るものだと察したが、それを確認するには文字通り手が足りない。
ならばと、晃奈に斬り飛ばされた左手を再生しようとするが、それよりも早く耳元で何者かの声が響いた。
「変わった構造をしているみたいだけれど、視覚はその目のような器官で賄っているみたいだね。分かりやすくて助かったよ。それと君、応用力がないね」
【吸血鬼】の兜型の頭部。そのスリット一杯に黒いナイフを無数に突き立て、物理的に視界を塞いだ進士が囁く。
自在に身体を変形させられるのなら、全方位を見渡せるような構造にすればいい。
頭部に異常があると分かっているのなら、一度液状化させてから再構成すればいい。
腕が必要だからと同じ部位から生やす必要もないし、そもそも進士からすれば、律儀に動きの読みやすい人型を取り続けている理由もよく分からない。
声の主が自分の頭部周辺にいると察した【吸血鬼】が再び槍を発生させるが、視界の悪い土煙の中でも躱せていたのだ。無闇矢鱈と撃ち出されたものに捕まる進士ではない。
【吸血鬼】からは見えていないが、その背後に余裕を持って降り立つと普段の彼からは想像できないほど冷めた声で言葉を続ける。
「一度有効だと思ったら、ワンパターンの行動の連続。こんなもの誰でも避けられる。そろそろナイフを外す算段はついたかい? じゃあ【ブラインド】だ」
闇雲に剣を振り回しながら、復活した左手で頭部から生えているナイフの群れを払い落とした【吸血鬼】。今度はその視界がスキルによって塞がれる。
「本当に悪いのは君じゃなくて、君を作った人なのかもしれない。君を『そうあれ』と設定した人がいるとすれば、君も被害者だと考えるべきなのかもしれない。でも──」
──お前はここで斃れろ。
最愛の伴侶を傷つけ、血を流させた。如何なる理由がろうと、それは万死に値する行為だ。
「……僕も人のこと、言えないな」
混乱して滅茶苦茶に両腕を振り回す【吸血鬼】から視線を外す。
そこには両手を地面についたままの晃奈と、口内で白く光るスパークを発生させている裕也の姿があった。
コダール村の惨状を見て、感情に任せて動こうとした子供達。あの時はその行為を止めようとした。
けれどももうやめよう。
たった今、感情に身を任せて動いている自分にその資格はない。
そしてそのことに何一つ恥じることはないと思っている自分には。
「【ファイア】!」
地面に手を付いたままの晃奈の魔力が、混乱する【吸血鬼】の足元に収束する。
赤い輝きが術者の意思に従い爆炎を巻き起こし、反射的に身を丸めた【吸血鬼】の全身を空高く舞い上げた。
「これであたしも空っけつ。凌げたらあんたの勝ちよ、でも、まあ──」
赤熱化した土と、吹き付ける熱風。
それらを正面から浴びながら、これで終わりでしょと晃奈は不敵に笑う。
それが聞こえたのかは分からないが、【吸血鬼】は空中で素早く体勢を立て直すと、眼下で膝をつく晃奈を睨みつけた。
晃奈の残りの魔力のほぼ全てを注ぎ込まれた【ファイア】のスキルは、【吸血鬼】を構成する血液の二割ほどを吹き飛ばしている。
──だがそれだけだ。まだ戦える。まだ殺せる。
『ギァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
背の部分を羽型に変化させ、降下角度を調整する。
重力に任せて落下し、思い切り叩き潰す。
そう決めた【吸血鬼】の身体が大きく波打ち──白い光の奔流に飲み込まれた。
◆
母さんが刺され、爺ちゃんが倒れて、姉貴と親父が必死に戦っている間もずっと我慢に我慢を重ねてきた。
溜め続けた魔力が口から溢れ出しそうになるのを必死に押し留めて、更に収束を続ける。
そんな代物を姉貴が【吸血鬼】の全身を空中に跳ね上げた瞬間、一気に放出した。
光の奔流に飲み込まれた【吸血鬼】は一瞬で全身を蒸発させ、空中では未だに魔力の残滓が火花を散らしている。
間違いない。
今回の【ドラゴンブレス】は、俺が今までに撃った中でも一番の威力だ。
「……やった」
ぶっつけ本番、しかも碌なチャージ時間もなしで撃った時ですらドラゴンの頭部を吹き飛ばせたんだ。これを受けて生きていられる生物はいない。
だから姉貴、「お前、余計なフラグ建てんなよ」みたいな表情で睨まないでくれ。
「裕也。あんた今の台詞がもし『やったか?』だったら、ぶん殴ってたわよ」
「大丈夫だって。あれなら例えドラゴンの成体でも倒せてる自信があるね」
だからそういうの! と叫ぶ姉貴の声を聞きながら力なく腰を落とす。
あー、駄目だ。これまた魔力欠乏症だ。
毎回毎回なにかある度にこれで気を失ってるのなんとかしないとなあ、とふらつく頭で考えていると、背後でわっと歓声が上がった。
そう言えば攫われた人たち、今の今までずっと静かにしてたんだな。そりゃ目の前であんな化物が暴れてたら声なんて出せないか。
しかも途中でこっちがかなりピンチに見えるシーンもあったし、気が気じゃなかっただろう。中には俺より年下っぽい子もいたし、手でも振って安心させてあげないとな。
そう思って片手をあげた瞬間、チャリンと音を立てて空から何かが目の前に降ってきた。
「何よそれ」
「いや、俺に聞かれても……」
騒がしかった背後が一瞬にして静まり返る。
そりゃそうだ。どう考えたっていい予感がしない。
「あたし今動けないから。魔力けつぼーしょー」
暗に俺に拾えと命令してくるが、俺だってしんどいっつーの。
仕方なく身体に鞭打って拾い上げたそれは、十字を象ったアクセサリーのようなものだった。
大きさは簡単に手のひらに収まる程度で、色は赤。何だかよく分からない金属で出来ているっぽい。
そして趣味の悪いことに、十字が交差している部分には骸骨の頭部が模されている。
「なあ、もしかしてこれって……」
「もしかしても何もないでしょ」
俺たちがついさっきまで戦っていたのは【アーティファクト=吸血鬼】ってう名前の敵で、それを吹き飛ばしたらこれが落ちてきた。
加えてご丁寧にも『いかにも』なデザインだ。
ここまでくればよっぽど勘が悪くなければ分かる。
これが【吸血鬼】の正体。いや、本体だ。
「どれ、貸してみい」
とは言ってもどうしたものかと考えていると、近くまで来ていた爺ちゃんに【吸血鬼】を奪われる。
「爺ちゃん? どうするん──」
最後まで言い切る前に一閃。
下向きに放たれた槍の突きが【吸血鬼】を地面にめり込ませる。
「むう?」
訝しげな声を出す爺ちゃんが再びそれを手に取るが、砕けるどころか傷一つ付いてない。
「あらあら、じゃあ次は私が」
続けて【吸血鬼】はいつの間にか回復していた母さんの手に。
「ふんっ!」
まずは両手の拳で挟むようにして打撃を加えると、流れるような動きで爺ちゃんと同じく地面に打ち付ける。
轟音と共に地面が陥没し、周囲に僅かに亀裂が走った。
っておいおい、ついさっきまで腕と足に穴開けてた人の動きじゃないぞ。大丈夫なのか?
「あら、本当に頑丈ねぇ」
俺の心配を他所に感心したような声をあげると、今度は親父の方へそれを放る。
自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったのか、あたふたとそれを受け取る親父は困り顔だった。
「いや、加奈子さんとお父さんで無理なら、僕には絶対無理だよ……」
俺と姉貴は魔力切れでこれ以上動けそうもないし、現時点でこれを破壊するのは無理そうだ。
かと言ってこのままここに置いていくわけにも行かないし、いっそ地中深く埋めてしまうのも手だろうかと考えていると眼の前に白く輝く光の玉が無数に現れた。
「あら」「む?」「うわ!」
その突然の登場に母さんたちは驚いているけれど、俺にとってはいつものことだ。
彼らはいつもこうやって前振りなく現れる。
「久しぶりだな」
「って言うか今頃出てきて何なのよ。もう終わってるっての」
精霊。
そう呼ばれているこの存在は、度々俺の前に現れる。
そのどれもが俺が危険に陥った時なのだが、今回は姉貴が言った通り、殆ど全てが終わった後だ。
まあ彼らには彼らの都合があるんだろうし、そもそも俺は無償で助けてもらっている側だ。文句を言うのはお門違いだろう。
とは言えじゃあ一体何の用なんだろうと思っていると、彼らのうちの半分くらいがしきりに俺の腰の周りを飛び回り始める。そして残りの半分は親父の手の周囲──【吸血鬼】の周りだ。
「もしかして、持っていけって言うのか?」
俺がそう言うと、精霊たちは正解だとばかりに円を描いて回りだした。
腰の周りを飛んでいる思っていたのは、どうやら腰から提げていたマジックバッグを指していたらしい。
「大丈夫なのか?」
「いいんじゃない? 多分その中なら勝手に出て来たり出来ないでしょ」
「気軽に言うなよ……」
確かにこのマジックバッグは、所有者の意思なくして中からものを取り出すことが出来ないという便利アイテムだ。前に口を開けたままひっくり返してしまったことがあったけれど、何一つこぼれ出てくることがなかったことがあって判明した。
けど今はこんなんでも、死んだ人の血を啜るっていうおっかない魔道具だぞ? 俺が管理するのか?
「大丈夫。何かあったら大声で叫びなさい。それにその【アーティファクト】っていうの、ちょっと気になるのよね」
「「「「?」」」」
姉貴の言葉に全員が疑問符を浮かべるが、その理由はすぐに説明された。
【アーティファクト】とは神々が創ったと言われる神代の魔道具だとドルンは言っていた。
その『神々』という部分が姉貴には気になっていたようだ。
「あたし達がこの世界に飛ばされた原因も理由もまだ全く分からない。でも神様って言われるような連中がいるんなら、もしかしたら何か知ってるかもしれないでしょ。そう簡単に見つかるとは思わないけど、手がかりは多いに越したことはないわ」
なる程と母さんたちは頷いていたが、実は俺はもうすでに【アーティファクト】を一つ持っている。
【アーティファクト】なら何でもいいのなら、こんな【吸血鬼】なんて物騒なものは早々に破棄してしまいたい。
(けど今更言い出しにくい雰囲気だし、そもそもこっちは厳密には俺のものというわけでもないしなぁ。あー、駄目だ。全然頭が回らな……)
「裕也?」
急激な魔力の消費による意識の喪失。
もう慣れたものだからか今回は結構長く保っている方だけど、それも限界のようだった。
けれど霞む視界の隅で、何故か姉貴が俺の方を鋭く睨みつけているのに気がついてしまった。
ええ、ほんの僅かにだけど意識が覚醒しましたよ、お姉様。
もしかして俺が隠し事をしているとバレたんだろうか?
だとしたら、このまま意識を失った方が安全なんじゃあ……。
「いいからさっさとそれしまって、マジックポーション寄越しなさいよ。さっきから魔力欠乏症だって言ってるでしょ。あんたも飲んだら少しは楽になるんじゃないの?」
ああそっか。気づかなかった……。
◆
「あれは……」
突如森の奥に現れた光の柱。
地上から天へと向けて発生したそれは数秒の間彼らの目を釘付けにすると、何事もなかったかのように消え失せた。
その後我に返って慌てて部下に確認させようとする副官を視線で押し留め、ガイウスは面倒臭そうに切り株から腰を上げる。
「……帰りますよ。多分もうドルンは生きていないでしょう」
「は! ……は? いえしかし、【アーティファクト】はどうするので?」
狼狽する副官に視線を合わせようともせず、ガイウスは困ったようにため息を吐いた。
「回収任務は失敗。【アーティファクト】は行方不明扱いでいいでしょう。どこぞの馬の骨が手に入れていれば、後から幾らでも情報は入ってきます」
「では今の光の柱は? このタイミングであんなものが発生するなど、【アーティファクト】との関連性があるのは明らかです。そうでなくとも調査はすべきだと思いますが……」
「やめておきなさい」
不意に、ガイウスの視線が副官の顔を正面から捉える。その表情からは普段の気だるげな様子が微塵も感じられず、何かを警戒するかのように引き締められていた。
「あれは人間の放ったスキルです。私もかつて一度だけ見たことがある。『あれ』には関わらないほうがいい」
「……っ、了解です。総員、撤収するぞ!」
その顔から何かを感じ取ったのか副官はそれ以上何も言わず、即座に撤収の指示を出し始める。
動き回る部下たちを横目にガイウスは再び明後日の方向へと視線を向け、一人フラフラと歩き始めた。
(──【ドラゴンブレス】)
脳裏に浮かぶのは先程の光の柱。
間違いない。かつてとある事件の際に見た、ある冒険者が使用していたスキルだ。
もしあの光の柱の発生源に『あれ』がいるのなら、接触するのは危険すぎる。自分だけならまだしも、ここには大勢の部下も一緒にいるのだ。
ガイウスの指揮する王国第二騎士団に所属する騎士達は、その一人ひとりが地方騎士団の団長クラスの実力を持つ。しかもそれ程の力を持ちながらも、誰一人として日々の鍛錬を欠かしたことはない。
ガイウスを含む彼ら全員が、個々人での技量ならばともかく、集団戦ならば王国最強である第一騎士団をも凌ぐとすら自負している。如何に強力な敵が現れようと自分たちが負けることはない、と。
しかしそれでも尚、【ドラゴンブレス】を前にしたガイウスが即時撤退を選ぶことに躊躇はなかった。
任務の成否と天秤にかけても、『あれ』との接触は避けるべきである。
それがガイウスの出した結論だった。
(それにしても、本当に嫌なタイミングで現れてくれますね。ギルドからのクエストでしょうか? そう言えば確かドルンには賞金が懸けられていましたっけ?)
気になる点もあるが、まずは目先の問題だ。
「あぁ、面倒くさいですね……」
報告という名の言い訳の内容を考えながら、ガイウスは今日一番の深く大きい溜息を吐いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第3章最終決戦、これにて決着です。
次話にてエピローグ、続けて4章のプロローグとなる予定です。
感想、評価お待ちしています。




