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第17話 白い杖 5

「こんのおおおおおおっ!!」

「姉貴! 無理に攻撃しちゃ駄目だぞ!」

「分かってるわよ!」


 迫り来る巨大な拳を避けることなく、交差させた両腕で真正面から受け止める晃奈。

 レッドベアを彷彿させるその威力に骨は軋み、両足を支える地面が陥没する。

 攻撃を受け止めた両腕から全身へと伝わる鈍い痛みに思わず顔を顰めながらも、晃奈はその一撃を完璧に受け止めて見せ、声を張り上げた。


「裕也!」

「ああ!」


 晃奈の身を挺した行動で僅かに動きが止まったその隙に、右手を白く輝かせた裕也が阿吽の呼吸でゴーレムの背後に回り込む。

 だが相手もまた数多の冒険者たちを屠ってきた人形兵器。その動きを機敏に察知すると、素早く裕也の方に頭部を振り向かせる。

 臆することなく接近してくる裕也を、より脅威度の高い障害と認識。衝撃の余波で即座の反応が出来ないでいる晃奈を無視し、肩を突き出しながらの突進を繰り出す。


「くそっ!」


 視界に映るのは急速に接近するゴーレムと、その体に括り付けられた人質たち。彼女たちの存在がある以上、こちらからの攻撃には慎重を期する必要がある。


 裕也は舌打ちとともに【魔力剣】のスキルを解除すると、晃奈と同様にその突撃を両手で受け止めた。


 全高三メートルの巨人の突進。加えてその膂力はかつて晃奈が戦ったBランククラスの魔物、レッドベアと同程度と推察される程だ。

 必然、晃奈よりも力で劣る裕也がそれを完全に受け止めきれるはずもなく、轍のように地面を削りながら数メートルほど後退させられてしまう。


「これ受け止めるとか、姉貴どんだけだよ……!」


 腕の骨が折れていないのが不思議なくらいなほどの衝撃。エンブラで受けたダインの打撃とは、比較にならない威力だ。

 攻撃を制限されているとはいえ、このまま防御に徹し続けることは難しい。晃奈はともかく、裕也では早晩にギブアップしてしまうだろう。


 そう。防御に徹し続けるのであれば──。


「よし、ようやったぞ!」


 歯を食いしばり、目の前で光る赤い単眼を睨みつけている裕也の足元を這うように接近していた斎蔵が素早く槍を振り回す。最小限の動きで生み出された銀色の軌跡は、ゴーレムの左足に括り付けられていた女性の縛めを鮮やかに断ち切った。


「っと!」


 はらりと舞い落ちる縄には目もくれず、女性が地面に落ちるより早く抱きかかえると、斎蔵は急いで後方へと退避する。


「これで二人目だ!」


 標的を己の直ぐ側を通り過ぎた斎蔵へと切り替えたゴーレムが手を伸ばし、そうはさせないと大声を上げた裕也が注意を引く。


(残りもあと二人……!)


 作戦は概ね順調に進んでいる。


 初めゴーレムの体には両の足にそれぞれ一人ずつと胴体に二人──計四人の女性が括り付けられていた。

 ゴーレムが荷台を吹き飛ばした時の衝撃のせいか、それともあらかじめ盗賊たちによって痛めつけられていたせいか、もしくは精神的なものなのかもしれないが、とにかく彼女たちは全員が気を失っている。

 それを幸と取るべきか不幸と取るべきかは分からないが、両腕と両足を縛られた上に口枷を付けられている彼女たちは、ゴーレムが体を動かす度に振り回され続け、縛られた部分からは血が滲んできていた。


 一秒でも早く助け出したいのは山々だが、ゴーレムにダメージを与えられる攻撃は威力が高すぎて、下手すれば彼女たちごと斬りかねない。加えて相手の攻撃は一体目のゴーレムのように空振りさせることも出来ない。バランスを崩したゴーレムの下敷きになってしまう危険があるからだ。

 以上の理由から、大原則としてゴーレムの攻撃は全て受け止め続けること。そして攻撃を受け止めながら、隙を突いて一人ずつ救出していくという作戦という作戦になった。。


 ゴーレムが動く度、そしてその攻撃を受け止める度にも彼女たちは傷ついてしまうだろうが、この場ではこれ以外に取れる選択肢が思いつかない。

 後はもう時間との戦いだ。少しでも多くの傷を負わせないためにも、一刻も早く全員を助け出すしか無い。


「お爺ちゃんは早くその人を馬車に! 裕也、もう一回行くわよ!」


 ドルンが制御装置と呼んでいた白い杖が壊れたせいか、ゴーレムに知的な行動は見受けられない。

 自身に人質となりうる存在が括り付けられていることにも頓着せず、ただ目の前で動くもの──裕也達三人を敵と認識しているようだ。


「うむ、すぐ戻る」


 手短に返事をすると、斎蔵は手の中で眠る女性を抱え直し、暴れ続けるゴーレムを尻目に馬車に向かって駆け出した。


 二台縦に並んだ荷馬車の内、ゴーレムが収納されていた方の荷台にはもう誰も乗っていないことを確認している。故に斎蔵は戦闘が始まるやいなや、その手綱を切って馬を開放していた。この騒動の中で興奮されて、ゴーレムの注意を引かれては困ると考えたからである。

 そして先頭の荷馬車。未だに多くの攫われた人達が乗せられている方の馬車の側には、銀色に輝く戦士が不動の姿勢で護衛についていた。

 万が一ゴーレムの注意が馬車にそれた場合や魔物が現れた場合、その身を挺して時間を稼ぐためにと斎蔵が【ドッペルゲンガー】のスキルによって生み出した分身だ。


「すまぬがこの娘も頼む。残りはあと二人じゃ」


 斎蔵が荷台の中に呼びかけると、幌の隙間から伸ばされた無数の手が気を失っている女性を荷台の中へと運び入れる。


「さっきの子の傷はほぼ治りました。……ご武運を」

「ありがとう」


 その様子を確認し、去り際に後ろからかけられた声に応えると斎蔵は急いで戦場へと駆け戻る。

 四人のうちの二人。半分を助け出せたと言っても状況は決して良くはない。


(……それにしても)


 気丈なことだ、と斎蔵は思った。

 幌の隙間から覗いたいくつもの顔。一度は絶望に彩られていたはずの彼女たちの表情には、僅かばかりの明るさが見えた。それが心からのものなのか、それともそう振る舞おうとしてのものなのかは分からなかったが、誰もが前を向いていた。

 その姿に敬意の念を抱きつつ、斎蔵はつい先程のことを思い出す。





 二体目のゴーレムとの戦闘が始まってすぐ、復帰した裕也から受け取った複数のポーションを手に斎蔵は先頭馬車の様子を調べていた。

 三体目のゴーレムが潜んでいるかもしれないという可能性と、中にいるはずの攫われた人々の安否の確認の為だ。


 警戒しながら覗き込んだ荷台の中にいたのは、両手と両足を縛られ、口枷を嵌められた複数の女性。そのうちのほとんどはぐったりと横になり、残りの女性も力なく座り込んでいたのだが、何よりも斎蔵の目を引いたのは彼女たちの表情だった。

 外でこれだけの大騒ぎをしているにも関わらず、まるで興味を示そうとしていない。


 彼女たちの顔に浮かぶのは諦観。

 村を襲われ、大切な人を奪われ、自身はこうして攫われているという現実に深く心を傷つけられたのだろう。今こうして中を覗き込んでいる斎蔵にすら、ほとんどが無反応だ。

 この状況では下手に騒ぎ立てられるよりはいいとは言え、余りにも酷い。


 すぐにでも裕也達の手伝いに戻らなければならないと言う思いを抑え、斎蔵は檻の扉部分を断ち切ると【ドッペルゲンガー】で生み出した分身に彼女たちの戒めを解かせながら訴えた。


 ──自分は貴方方を助けに来た冒険者だ。取り返しがつかないほど遅れてしまって申し訳ない。貴方達を襲った悲劇は筆舌に尽くし難く、その傷がいつかは癒えるものなどと傲慢なことはとても言えない。


 ──だがこれだけは約束する。もう二度と、これ以上奴らに貴方達が傷つけられることはない。必ず安全な所にまで送り届けることを誓う、と。


 ただの気休めなのは分かっている。突如現れた見知らぬ老人にこんな言葉を投げかけられても、何の救いにもならないことも。


 だがその言葉に、彼女たちは反応を見せた。

 傷は深く、その表情は決して明るいものではない。

 帰る場所もない、帰りを待っている人が残っているかも分からない。だがそれでも自分達は生きているのだと、生きていけるのだと表情を歪ませる。

 そのほんの僅かな希望に、自分達には明日があるのだという喜びにそこかしこですすり泣く声が響く中、斎蔵は最後に告げた。


「じゃがもう少しだけ待って欲しい。お嬢ちゃん達の他にも、まだ助けを待っておる娘が何人かおるのでな」


 そして持っていたポーションを渡し、斎蔵は戦場へと戻った。

 その背中に感謝の念と期待を背負い、先程よりも力強く槍を握りしめながら。





「あと二人! なんだけど……!」


 馬車から戻った斎蔵を迎えたのは苛立ちを隠そうともしない晃奈の声だった。


 既に助け出した二人の女性は、それぞれが別の足に一人ずつ括り付けられていた為、比較的救出が容易だった。

 裕也と晃奈が二人がかりでゴーレムの注意を引き、斎蔵が助け出す、というシンプルな方法が取れたからだ。


 だが残る二人の場合はそれまでとは勝手が違う。

 ゴーレムの胴――正確にはその両脇腹に括り付けられている彼女たちは、二人共が同じ縄で繋がれている。

 つまりこれまでと同じ方法を取ってしまうと、暴れまわるゴーレムの足元に同時に二人の要救助者が落ちてしまうのだ。


「ああもう! 父さんと母さんはまだ帰ってこないの!?」


 言いながら裕也の方に向かった注意を再び自分に向けるべく、わざと大きな音を立てながらゴーレムに向かっていく晃奈。

 その後姿を目で追いながら、斎蔵も内心で歯噛みした。


 今この状態を維持できているのは、囮役が二人いるからこそだ。裕也と晃奈が交互に気を引くことで、ゴーレムは単調な動きを繰り返している。

 晃奈があっさりと一体目のゴーレムを撃破してしまった為に勘違いしてしまいそうになるが、あれは【炎熱剣】という強力なスキルの賜物であって、単純な身体能力で言えばゴーレムと一家最高のフィジカルを誇る晃奈との間にそれ程の差はない。むしろそのサイズ差から晃奈の方が不利なほどだ。

 つまり囮を一人にしてしまった場合にゴーレムがどのような動きを繰り出すのかが未知数な以上、その選択肢を選ぶのは余りに危険すぎる。


 かと言って、このままいつ戻って来るのか分からない加奈子と進士という援軍を待つのも限界がある。

 こうしている間にもゴーレムは動き続け、それに縛られている女性は傷ついていっているのだ。


「……晃奈、裕也! 少しでええ! 何とか其奴の動きを止めるんじゃ! 後は儂が何とかする!」


 これ以上は時間をかけられない。

 縛られている女性の肌に縄が食い込み、その皮膚を食い破って血を撒き散らしているのを見て斎蔵は決断した。


 これをやれば恐らくもう自分は動けなくなるだろうが、仕方がない。

 家族にも迷惑をかけ、いつの間にか姿を消しているドルンを探すことも出来なくなるが、本来の目的を達するのが最優先だ。


「っ! 頼むぜ爺ちゃん!」

「裕也! ちゃんと合わせるのよ!」


 斎蔵がこれから為そうとしていること。その内容の一切合切を問い質そうともせず即座にゴーレムの左右へと散り、自分の言葉を信じて構えを取る二人。その姿に内心で感謝を告げ、失敗は許されないと活を入れる。


(勝機は一度きりじゃ。決して外せん)


 緊張に固まりそうになる体をリラックスさせ、槍の握りを確認する。

 勝算は十分にある。あとはどれだけ自分の体が動いてくれるのか。ただそれだけだ。


「「だあああああああっっ!!」」


 斎蔵の準備が整ったのを横目で確認しながら、裕也と晃奈がゴーレムに襲いかかった。

 同時ではない。意図的につけられた、僅か一秒にも満たぬほどの差。

 そしてその僅かな差を正確に感知し、より早く自分に近づく方から順に殴りかかろうとするゴーレム。だがその反応こそが二人の求めていたものだ。


「散々ぶんぶんぶんぶん暴れまわりやがって!」

「いい加減パターン覚えるってのよ!」


 先に殴りかかられた裕也が引き込むようにしてゴーレムの右腕を受け止める。次いでその状態のまま横薙ぎに振るわれた左腕を、晃奈が力ずくで抑え込んだ。


 計算づくの行動と、予期されていた結果。

 二人は斎蔵の願いを見事叶え、斎蔵もまた二人の信頼に応えていた。


「――【ドッペルゲンガー】」


 大声を上げながら吶喊した二人に隠れるようにしてゴーレムの懐にまで接近していた斎蔵は、その勢いを殺すことなくスキルを発動させる。

 言葉と同時に虚空より生まれた銀色の塊は瞬時に槍を持つ人型へと成型され、術者である斎蔵と一緒に鏡合わせのようにゴーレムの両脇をすり抜けた。


(三体目の分身……!)


 驚愕とともに快哉をあげる裕也が見たのは斎蔵と銀色の騎士、それぞれの手に女性を抱えた二人の後ろ姿だ。


 だがゴーレムにはそんなことは関係ない。自身に括り付けられていた女性が消えたことも、そもそもそんなものが自身に付着していたことすら気付いてはいない。

 重要なのはただ一つ。自分の直ぐ側を駆け抜けた存在がいる、ということだけだ。


『ッッッッッ!』


 姿勢を崩して尻餅をつく裕也には目をくれることもなく、無防備に背中を晒している老人目掛けて拳を振るう。

 風を切り、関節部から咆哮のような音を立てながら迫るゴーレムの拳。しかし、それが斎蔵へ届くよりも早く、その懐には再び別の人影が潜り込んでいた。


「吹っ! きっ! 飛っ! べーっ!!」


 地面を踏み砕き、生じたエネルギーを全て上方へ。


 下から掬い上がるように振り抜かれた晃奈の【炎熱剣】が、ゴーレムの左腕と胴体を半ばから両断する。のみならず、崩壊していく刀身から吹き出した熱と炎がその残骸を蹂躙し、破壊し尽くしていく。


「おらあああああっ!」


 そしてダメ押しとばかりに炸裂する爆発。最早原型を無くした上半身は、晃奈の叫びどおり上空へと吹き飛ばされていった。


「ふぅ。やっとスッキリした」


 長く溜まったフラストレーションの全てを一気に解消し、満足げに額の汗を拭う晃奈。

 その足元で吹き荒れる火の粉を払いながら「熱っ! いやちょっとマジで熱い熱い!?」と転げ回る裕也に少し慌てて駆け寄るが、その表情には明るいものが浮かんでいる。


 これで今いる人質は全員助け出した。後は両親の報告待ちだが、主力がここにいた以上あの二人が残りの盗賊に遅れを取るとも思えない。例え人質がいたとしても盾にされる前に対処できるだろう。


 となると残る懸念は逃げ出したドルンだけなのだが、と裕也の腕を掴んで立ち上がらせながら斎蔵の方に視線を移し――悲鳴を上げた。


「お爺ちゃん!?」


 最後の力を振り絞るようにして地面に女性を横たえると、虚空へと消えていく銀色の騎士。

 その横で自身もまた手にした女性を同じように横たえた斎蔵が、崩れ落ちるように倒れ込んでいた。

 何とか5月中に投稿したかったのですが、申し訳ありません。ギリギリ間に合いませんでした……! お空の上で肉集め、タノシイナァ。 

 第3章、もうちょっとだけ続きます。


 斎蔵が救出役だったのは、一番技量を求められる立ち位置だからです。現時点では一家ナンバーワンの技の持ち主。

 後は裕也と晃奈がペアの方が息を合わせやすかったからですね。何だかんだで仲がいい。


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