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第14話 白い杖 2

 口の中でその名前を呟くと同時に、裕也の脳裏にコダール村の惨状が浮かぶ。溢れ出す負の感情が奴を討て、決して許すなと囁きかける。


(落ち着け。怒りに任せちゃ駄目だ。目的を間違えるな)


 今にも衝動に突き動かされそうになる体を押さえ込みながら、裕也はドルンの一挙手一投足に目を光らせる。

 一方ドルンはそんな裕也の視線に全く気づく様子もなく、荷馬車と仲間たちに向かって鷹揚に両手を広げた。


「おうお前ら、ちっとばかし遅過ぎるんじゃねえか?」

「へっへ、すいやせん。でも遊んだ分はちゃんと働きましたぜ? 追加の商品も仕入れておきやした」


 軽く窘められながらも自慢げに馬車を指差す部下に、ドルンは小さく溜息を吐く。


 新たな潜伏先を確保するために先行したドルン達とは別に、荷馬車を護衛していた後続組は全員が「もう少しだけ」と志願して村に残った。

 冒険者の襲撃による仲間の死と拠点の放棄、新しい住処を求めての宛てのない行軍は、元々忍耐力のない彼らにとって耐え難い苦痛の連続だったのだ。


 このままでは不満が爆発する。鎮圧するのは容易いが、余り禍根を残すやり方も問題だ。

 そう考えていたドルンが偶々見つけたのがコダール村。子分たちのストレスを少しでも発散させればと、ただそれだけの理由で襲ったのだ。


 ドルンが存分に暴れ尽くしたと思ってもまだ足りないと訴える一部の意見を受け入れたせいで更に余計な時間と人員を浪費したが、どこかで大きなガス抜きが必要だったのもまた事実。お陰で目の前の子分たちの顔は昨晩とは全く異なり、晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 生憎と新しく確保した拠点は快適とは言い難いが、これならばもうしばらくは不平不満も抑え込めるだろう。ドルンが村を離れた時よりも商品の数も増えているようだし、結果的にはこれでよかったと言える。


 ドルンは満足気に頷くと、商品の状態を確認すべく子分の指し示す先頭の荷台に近づいていく。

 一方その様子を見て慌てたのが、一行の左方に広がる木々に隠れていた裕也たちだ。


「あいつが攫われた人達の側に行くってのは、ちょっとまずくないか? 人質に取られるかもしんないぞ」

「ふむ、かと言ってあれで全員という保証もないしの。ここで事を起こして、どこぞ他にもおったら事じゃぞ」

「今は母さんたちの連絡を待つしか無いわね。大丈夫、いざとなったらファイアアローで撃ち抜いてやるわ」


 小声で相談しながらドルンの動向を見守る三人。

 やがて荷馬車の横に立ち、中を覗き込もうとかけられた布を捲りあげようとしたドルンは、左手に持ち替えた白い杖にふと目を落とした。


「「「……?」」」


 先端に青い宝石を配している以外、何の装飾もないシンプルなデザイン。

 事前の情報とこれまで観察していた盗賊たちの様子から、一味の中でドルンだけが神託を受けた人間であり、そしてその杖が彼の武器なのだと三人は推察していた。


 しかし今、その杖はまるで自らが意思を持つように明滅し、その柄に複雑な紋様を浮かび上がらせている。持ち手であるドルンもその杖の様子に訝しげに顔を顰めていたが、ハッとした様子で周囲に視線を巡らせた。


「誰か近くに隠れてやがる! 冒険者か!? 大人しく出てこい!」


 突如自分達の存在を看破したドルンに思わず身構える裕也たちだったが、幸いドルンはまだこちらの正確な居場所までは掴んでいないようだった。

 荷馬車を背に喚き散らすと、子分たちも慌てて周囲を警戒しだす。


「何で急にばれたんだ? 今までそんな素振りもなかったのに」

「あの杖に何か仕組みがあるみたいね。魔道具かしら?」

「何らかのスキルかもしれんしのう。しかしこれは困ったぞい」


 敵の全戦力と攫われた人達の位置を把握する前に交戦するのは出来るだけ避けたい。かと言って接近がばれているのにこのまま隠れ続けている理由もない。

 今はまだ混乱の中だが、下手に時間をかけて人質を取られると非常に厄介だ。


「仕方ないわね。残りは母さんたちが何とかしてくれるって信じましょ。いるかもしれない残りの仲間に連絡を取られないように逃げ出そうとした奴、それらしい素振りをした奴は優先的に潰すってことで」


 二人が頷くのを確認した晃奈が武器を構え、率先して飛び出そうとした瞬間、ドルンが正確に三人のいる方角に向かって杖を突きつけた。


「もしかして魔物か? どっちにしても構わねえ。やれ! ぶち殺せ!!」


 位置がバレた? どうして? という疑問の言葉が晃奈の頭の中を駆け、ほんの僅かに初動が遅れる。


 その隙が仇となった。

 ドルンの言葉と同時に飛来した巨大な何かが、三人の頭上に影を落とす。


「止まるなっ!!」


 自身もまた、後方に跳びながらの斎蔵の一喝。


 だがそれだけで裕也と晃奈には十分だった。

 硬直しかけていた体を反射的に動かし、それぞれが前方へと全力で跳び出す。


 直後、振り下ろされた巨大な質量が地面を抉り、捲りあげられた土砂と土埃が辺りを覆う。


「っ、何だこいつ!?」


 振り返りざまに剣を構えた裕也の視線の先。

 もうもうと舞う土埃の奥で、何か巨大な質量を持つものがゆっくりと立ち上がるのが見える。


(こいつが例のやつか?)


 バンスの推察にあった大型の魔物。盗賊たちの切り札。

 半ば確信と共に、その姿を見極めようと裕也は目を細める。


「……大きいな」


 正確なシルエットは分からないが、直立すれば三メートル近くはあるだろう。

 裕也自身は一目見た程度だが、以前晃奈が一人で倒したというBランクの魔物――レッドベアに酷似した体躯だ。


(くそ、この位置は厄介だな)


 周囲に展開する盗賊たちの動向も気になるが、目の前にいる大物から目を離すことが出来ない。これまでの情報が確かなら、この相手はCランクの冒険者を相手に痕跡一つ残さず完勝してのける実力を持つということになる。


(目の前には正体不明の敵、後ろには恐らくこいつを操っているドルンにその子分の盗賊たち。加えて人質を乗せた馬車、か)


 だが裕也が逡巡している間にも事態は動き続ける。


 砂埃の奥にいる巨体が完全に立ち上がり、右腕らしき部位を振り上げる。

 中にいる人達を人質に取るつもりなのか、杖を構えたままのドルンが先頭の荷馬車を覆う布を片手で掴む。

 斎蔵が裕也達二人の元へ向かうため砂埃を迂回するように駆け出し、盗賊たちは逆に二人が逃げ出せぬようにと陣形を組み武器を構える。そして幾つもの手斧やナイフが二人に向かって投げつけられる中、砂埃を突き破りながら飛び出してきた巨体に対し。


「だああああああああっ!」


 晃奈は正面からそれに飛び込んでいった。


 振り下ろされる巨大な前腕に怯むこともなく、炎を纏った刀身がすくい上げるように下から振るわれる。

 胴体を襲った刀身はガギィン、と硬質な音を響かせながら弾き返され、それでも尚前に踏み込んだ晃奈の背後に拳が振り下ろされた。


 盗賊たちの方に向き直り、飛来する攻撃が晃奈の元へと向かわぬようにと必要最小限のものだけを弾き返した裕也が、再び響いた轟音に背後を振り返る。

 そして白日の下に晒されたその姿に息を飲んだ。


(何だ、あれ? 魔物……なのか?)


 その姿はバンスの予測通りの完全二足歩行型、全高は約三メートル。その巨体を鑑みても不釣り合いなほどに巨大な両腕を除けば、ほぼ人型に近い。

 しかし頭部には口や耳、その他生物にとって必要そうな器官が見当たらず、ただ赤い輝きを宿すガラス玉のような瞳が一つ埋め込まれているだけ。

 鉱物のような鈍い光沢を放つ全身は、直線と曲線を組み合わせた幾つもの部品で構成され、その関節部が動く度にギシギシと金属的な音を立てている。


(いや、魔物って言うよりは……)


 そう、その姿はまるで――。


「【ファイア】!」


 叫び声と共に足元から炎が吹き上がり、巨体がそれを煩わしげに振り払う。その隙に地を蹴り裕也の側へと退いた晃奈は改めてその姿を確認し、裕也の気持ちを代弁するかのように大声を上げた。


「――ロボットじゃん!!」


「ろぼっと? 違うな。これは【アーティファクト】って言うんだとよ。いいもんだろう?」


 聞いたことのない単語を口走った晃奈を笑いながら、ドルンは手にした杖の柄を愛おしげに撫でる。


「俺も詳しくは知らねえが、とんでもなく貴重な魔道具らしいぜ。お前ら冒険者だろう? 聞いたことくらいあるんじゃねえか?」


 目の前のロボットに絶対の自信があるのか、最早ドルンは人質を取るつもりもないようだ。荷台の側に立ったまま、愉快げに裕也達に問いかける。

 しかしそんなことを言われても晃奈と斎蔵には何の話か分からない。

 ただ一人、裕也を除いて。


(【アーティファクト】だって?)


 思わず懐に入れてある物に手を伸ばしそうになる。

 そこに収められているのは一対のイヤリング。ハイエルフ族の王子であるニーラスが、今際の際に裕也に託したエルフの王家に伝わる宝。


(あのロボットもエルフに関係あるものなのか?)


 アルラド村にいたエルフ族、ギルド職員のレーテルはそのイヤリングはニーラスが故郷から持ち出したのだと言っていた。

 ならば目の前にいるこのロボットも、エルフ達の住むという妖精郷から盗み出されたものなのだろうか。

 少なくとも、このドルンという男が真っ当な手段でこれを手に入れたとは思えない。


「ふーん、なるほどね。じゃあロボットって言うよりは。ゴーレムって言った方が正しいのかしら」


 【アーティファクト】などと大層な呼ばれ方をしていても、魔道具の一種には違いない。そう結論づけた晃奈は、先程よりも幾分か気楽な様子でその巨体に向き直る。


「威勢のいい嬢ちゃんだ。……見た目もいいし商品に加えたいところなんだが、冒険者ってのは管理が面倒なんでな。ここで死んどけや」


 『商品』。

 その単語を聞いた瞬間。晃奈の目が釣り上がり、髪の毛が逆立った。


 ドルンの口ぶりとコダール村にいた少年の話から、その中身がどんなものかは容易に想像できる。どんな方法で集められ、どんな扱いを受けるのかも。


「裕也、剣!」


 盗賊達に激しい怒りを抱いていたのは裕也だけではない。

 晃奈もまた、村の惨状と少年の嘆きを思い出し、その心の命じるままに声を張り上げる。


 姉の怒声に近い叫びに裕也は即座に反応すると、マジックバッグの中から更に大きな袋を取り出す。ドルン達が呆気にとられる中、自身の胴体ほどもあるその袋を晃奈の方に放り投げると、裕也はそのままドルンの方に向かって駆け出した。


「うおお!?」


 例え子供と言えども冒険者。神託を受けていない身では、打ち合うことすら難しい。

 自分を睨みつける裕也を前にして、思わず叫び声をあげ後ずさるドルン。それと同時に再びゴーレムが動き出し、晃奈に向かって拳を振り上げる。


「てめえ等、時間を稼げ!」


 ドルンが命令するよりも早く、その場にいた盗賊たちは動き出していた。裕也とドルンの間に素早く体を滑り込ませると、壁となるべく武器を構える。


 彼らは知っているのだ。そのゴーレムがいかに強大な力を秘めているのかを。幾多の冒険者たちを屠ってきたその実績を。

 敵が何人であれ、多少の時間さえ稼げればゴーレムが全て片付けてくれる。

 何時も通り。そう、何時も通りやれば何の問題もないと。


 だがその認識はわずか数秒後に改められた。


 間違っていた、と。

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