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第13話 白い杖 1

「――見つけた」


 バンスの指し示した方角。コダール村から続く痕跡を追い続けること数時間、進士の【危険察知】に反応した気配を追うこと数分。

 漸く視界に捉えた二台の荷馬車を前に、裕也の口から自分でも驚く程冷たい声が出た。


 荷馬車は明確な道らしきものもない鬱蒼と草木の茂る中を、十余人程の男たちに囲まれながらゆっくりと縦列で進んでいる。


 荷台を引く馬の数はどちらも四頭。通常より大きめの荷台の形は直方体で、目を凝らして見れば格子状の檻に厚手の布を被せて中が見えないようにしているのが分かる。

 明らかに普通の用途で使われているものではない。


 簡素な武装をした男たちの大半は先頭馬車の周囲で並進し、時折下卑た笑みを荷台に向けるとまるで弄ぶようにその側面に拳を打ち付けていた。


 ――あの中にコダール村から、もしかしたら他の場所からも攫われた人たちが乗せられている。


 そう確信した瞬間、裕也の頭に血が昇り、両足に力が漲る。走りながら更に前傾の姿勢を取り、今すぐにでも全力疾走に移りそうな自分の体を――意志の力で必死に抑えつけた。


「……裕也」

「分かってるよ、姉貴」


 背後からかけられた声に、後ろを振り返ることなく左手を振って応える。


 今の自分達ならば瞬く間に距離を詰められる距離だ。

 見たところそれ程脅威になりそうな存在も見当たらない。高めに見積もっても以前護衛の依頼の時に戦った盗賊たちと同程度という印象を受ける。


 だがそれでも裕也たちはそれ以上盗賊たちに接近しないよう、速度を落として慎重にその後を追った。

 出発前に決めた作戦の為。その目的の為に。




   ◇




「――賊を追う前に一つ。この行動の目的は奴らの殲滅ではない。囚われた人々の救出が最優先じゃということを念頭に置いてほしい」


 その場にいる人物の中で最も五感に優れていたバンスが残された足跡や匂いから盗賊たちの向かった方角に検討を付けている間、裕也達ファミリーは村の中央広間で作戦会議を行っていた。


 姉を攫われた少年の訴えは直ちに受け入れられ、誰もそのことに対して異論はない。

 斎蔵ですらも、盗賊達に対して事を起こすということに躊躇いはなかった。


 だが心残りはある。

 これから取る行動の上で、彼らが人を殺めることは最早避けられないだろう。しかしその行いそのものを目的としてほしくない。そうすることを普通と思ってほしくない。

 その思いと共に出たのが先程の言葉だ。

 勿論攫われた人々の救出が最も大事なことというのが本心なのは間違いないが、そんなことはこの場にいる全員が分かっている。

 そして斎蔵のその思いもまた、この場にいる全員に伝わっていた。


「分かってるよ、爺ちゃん」


 だからそんなに心配しないでくれ、と返した裕也に斎蔵は深く頷く。


 この世界では命の価値が軽すぎる。

 恐らくこの先、このようなことは幾度となく起こり得るだろう。このような地獄を幾度となく目にすることだろう。それは日本に帰るため、この世界を渡り歩く上で決して避けられないことだと全員が予感していた。

 そして時にはその手を血で汚す、そうする必要のある選択を迫られることもあると。

 間違っていると批判する人がいるだろう。命を奪う行為そのものが悪だと詰る人がいるだろう。


 だがそれでも、決して止まりはしない。

 日本に――家に帰り、過去を振り返った時に後悔しないように。己の為した行いを恥じることのないように。


 斎蔵、加奈子、進士、晃奈、そして裕也。一家全員の思いと決心を一つに、方針は決定された。

 これは今日この時、この場限りのものではない。この先帯刀家が異世界で活動を続け日本に帰るその日まで、決して変わることのない方針だ。


「攫われた人達は絶対に全員助け出す。けれどそれを邪魔するってんなら、容赦はしない」


 裕也の言葉に、今度こそ斎蔵は何も言わなかった。




「――まだ話の途中だったか? 少し悪い報せがある」

「おいおいどうしたんだ? まさかお前さんの鼻でも連中の逃げた方角を見つけるのは無理だったのか?」

「やっぱり時間が経ちすぎていたのかな」


 大まかな方針を固め細部を詰めていく一家の前に、周囲を探索していたバンスが戻る。その後ろには村の片付けをしていたムグルとレフリの姿もあった。

 二人はバンスの言葉に懸念を口にしながら表情を曇らせている。


 明け方近くまで降り注いだ大雨に撃竜煙。細かい痕跡をかき消すには十分すぎるほどの材料だ。加えて相手も馬鹿ではない。万が一の追手に備え、何かしらの対処もしているはずだ。

 いくらバンスが常人より遥かに優れた五感を持つ獣人だといえども、決して万能ではない。


「ムグル、何度も言うが俺は猫の獣人だ。犬の奴らほどの嗅覚はない。……だが大体の方角は検討がついた。連中こんなことをしでかしておきながら、かなり急いでもいたようだな。先行組も後続組も、痕跡を消そうとした形跡すら無い」

「後続?」

「ああ。恐らくこの村を襲う際に周囲を見張る組と実際に襲う組とで、部隊を二つに分けたのだろう。少々毛色の異なる痕跡が二種類あった。周囲を見張っていた組は村の奥までには入らず、先にこの場を離れたようだ」


 本人は謙遜しているが、バンスの嗅覚も人並み外れている。加えてこれまでに培ってきた観察眼の前では僅か数時間前の出来事など、手に取るようにして分かるのだろう。

 毎度のことながらとんでもない奴だ、とムグルとレフリは苦笑いを浮かべる。


「だが、その周囲を見張っていた組の痕跡に気になる点があってな。幾人もの足跡の中に人のものとは思えない、巨大なものが混ざっていた。恐らくこの足跡の持ち主こそが、連中の切り札。ドルンという無名の盗賊が、ここまで勢力を拡大させることの出来た要因だ」

「足跡ねえ。首魁のドルン自身がかなりの大男って話だが……」

「そんなレベルではない。それに微かにだが、今までに嗅いだことのない匂いを感じた。恐らく大型の魔物ではないかと俺は睨んでいる」

「いやちょっと待ってくれ。盗賊が魔物を飼ってるっていうのか?」


 得られた情報から推察を続けるバンスにムグルが合いの手を入れる中、思わずといった様子で裕也が待ったをかける。


 人間に従う魔物。今までそんな話は聞いたことがない。

 確かに地球にも凶暴な動物を手懐け、飼い慣らし、まるで家族や従者のごとく扱える人がいる。それでも事故というものは起こり得るし、ましてや相手は魔物だ。

 その危険性が並の動物の比ではないことは、身をもって実感している。


「あくまで噂程度の話だけど……」


 裕也の疑問に答えたのは、何かを思案するように目を伏せるレフリだった。


「世の中には魔物を使役する職業、或いはスキルが存在するらしい。もしドルンがそれに類するものを使えたとして、あまり公にはしづらいことだ。ギルドが冒険者に対して嘘をつくメリットなどないだろうし……騎士団の下で神託を受けていた可能性がある。だとすれば奴をただの盗賊だと侮るのは危険なんじゃないだろうか……?」

「安心しなさい!」


 手にしたスタッフで地面を小突きながら、裕也達に説明するように、自分の考えを纏めながら言葉を続けるレフリ。

 その声に不安の色が浮かぶにつれ、横にいるムグルが何か言いたげに顔を向けるが、そんな流れを断ち切るかのように晃奈が声を上げた。


「ちょっと大きな魔物程度、あたし一人でも十分よ! 前に戦ったBランクの魔物だって敵じゃなかったしね。どんな奴が相手だって、攫われた人全員ちゃんと助け出してあげる!」


 相手の力は未知数。どころか、ここにきてかなりの不安要素が加わった。

 しかし晃奈は雄々しく、そして自信満々に言い放つ。


 自分達は絶対に負けない。何も心配はいらない、と。


 《ファミリー》、《風来》、――そして馬車の中で横になるように言われながらも外の様子に聞き耳を立てていた、姉を攫われた少年。そこにいる全ての人に届くように。




   ◇




「……それらしい奴はいないわね。どこら辺で合流するつもりなのかしら」


 ゆっくりと進む盗賊の荷馬車の右方。木の影から顔を突き出した晃奈が周囲を確認する。


 バンスの推察が正しければ巨大な足跡の持ち主は二足歩行型、数は一。直立すればその身長は三メートル近いだろう、とのことだった。


 盗賊たちの進む方向は空間が開けているが、それ以外は枝葉を払いのけなければ真っ直ぐ進めないほどに草木が生い茂っている。日は既に傾いてはいるが、その光は遍く周囲を照らし出し、動くものを見逃すこともなさそうだ。


「先行組が先にアジトに戻ってるんだとしたら、こいつらが向かってるのもそこのはずだ。他にも攫われた人達がいるかもしれないし、予定通りもうしばらく付いていくしかないんじゃないか?」


 同じく木の陰に身を隠しながら、晃奈とは別の方向を見ていた裕也が返事を返す。


 盗賊たちの馬車を発見してから既に数時間が経っている。あまり気の長くはない晃奈はとうの昔から言動の端々に苛立たしさを滲ませ始め、今も体を隠した木の幹をガリガリと指の腹で削っている。

 音を立てずに行われるその行動と強靭な力に内心冷や汗をかきながら、裕也は晃奈とは逆に時間を追うにつれ冷静になっていた。


 盗賊たちは馬車の中にいる人に危害を加えようとはせず、ただ前へ前へと進んでいるだけだ。今更焦って飛び出す必要など何処にもない。

 例えアジトを見つけたとしても攫われた人達の安全の確保が最優先だ。下手な行動を取って人質にでも取られたら目も当てられない。


『――もしもし、聞こえますか? 緊急の連絡です。進士さんの【危険察知】に反応がありました。前方から複数の反応が近づいてきているそうです。恐らく盗賊さん達の仲間です。お義父さんはすぐにアキちゃん達と合流してください』


 裕也が盗賊たちとの距離に気をつけながら次の木の陰に身を移そうとした時、不意にその頭の中に加奈子の声が響いた。


 【念話】。

 加奈子の保持するスキルの一つで、一定の範囲内にいる合意の元に登録した人物と、念じるだけで脳内会話が出来るというものだ。

 何の前触れもなく突然会話が届くので少々戸惑うこともあるが、携帯電話のような文明の利器がないこの世界では、非常に有用なスキルといえる。


『了解。母さん達はどうするんだ? このまま左側にいるのか?』

『ええ、そのつもり……ちょっと待ってね。予定が変わりました。私と進士さんは先行します』


 盗賊たちの合流も想定内の事態だ。打ち合わせ内容の確認も込めて裕也が尋ねると、盗賊たちの左方に陣取っているはずの加奈子達は、増員がやって来た方角へ先に向かうと告げてきた。

 念話には流れてこないが、恐らく一緒にいる進士が何かに気付いたのだろう。


 アジト、もしくは全ての人質の位置を把握するまでは全員で盗賊たちの後を付けること。それが村での話し合いで決めた基本方針だったが、そう何もかもが上手くいくわけもない。いくつかの展開を想定し、その対応策も話し合っている。


 そのうちの一つにとある事態が起こった場合、一家の中で最も足の早い進士と回復のスキルが使える加奈子が先行し盗賊たちのアジトと残存戦力、そして攫われた人達の位置を特定するというものがあった。

 そして進士と加奈子がその目的を終えるまでの間、残った裕也達が攫われた人達の安全を確保しつつ時間を稼ぐ。もしくは逆に『その男』を人質にして、全員に降伏を促す。 


「裕也、間違いないわ。――あいつよ」


 盗賊たちと共に進む二台の馬車。その進行方向から更に十人以上の男たちが現れる。


 裕也がそれに気付くと同時にそれまで一行の後方にいた斎蔵が、邪魔な草木を迂回しながら音を立てずに裕也と晃奈の傍に合流する。


「あいつが――」


 だが裕也は斎蔵の接近には一瞥もくれることなく、その集団を見つめていた。


 正確には集団の先頭。

 冒険者ギルドに張り出されていた人相書、そしてムグルから聞かされていた特徴。その全てと一致する男。手にした白い杖で自らの肩を叩いている、一際大きな体躯を誇るその男を。


「ドルン……!」

 すみません。また間があいてしまいました。

 モンスターをハントするワールドなゲーム、最高に面白いですよね。私は下手くそなのでまだ下級ですが。


 《ファミリー》の面々が人を相手にすること、命を奪うことに悩むのは今回で最後になると思います。本当はこの葛藤と克服をもっと上手く表現したいのですが、中々上手く言語化出来ない……。

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