第12話 盗賊 7
「ほっほっほ。いや中々どうして、お前さんもついとるのぉ」
頭の上から足首まで全身を覆うフード付きの白いローブに、金属製の仮面。その全面には幾何学的な紋様が描かれ、裾から伸びている皺の入った手には、その全ての指に指輪が嵌められている。
その声質と仮面の下部から覗く長く白い髭、そして年季の入った手の様子から老人であることは読み取れるが、裕也達が異世界ファンタジーと呼ぶこの異世界においても、その姿は異様であった。
「……けっ! 本当についてるんなら、そもそもこんな目には会ってねえんだよ」
手ごろな岩に腰を下ろして笑う老人の声に、その正面に立っていた大男は苛立たしげに舌打ちをすると足元の石を蹴り飛ばす。
肩を揺らす老人とは対照的に明らかに機嫌の悪そうな大男の様子に、偶々近くにいた男たちがビクリと体を震わせるが、触らぬ神に祟りなしとばかりに早々に作業へと戻っていく。
時刻は正午過ぎ。
昨晩の雨は嘘のように晴れ渡り、日の光が煌々と大地を照らしている。
しかし彼らが会話している場所は、天からの恵みが一切降り注がぬ深い闇の中。より正確に言うならば、大きな岩の根本に掘られた洞窟の中だった。
足の下に広がる地面はもとより目の前に広がる壁も、そして頭上に広がる天井さえも。その全てむき出しの土と岩で構成されている。
周囲には真新しい土の匂いに混じり、思わず顔を顰めてしまいそうになる不快な臭いが漂っているが、この場にいる人間でそれを気にしている者は一人もいなかった。
しかし置いたままでは邪魔になる。単純にそんな理由から、会話をしている二人以外の男たちは、洞窟内に散らばる臭いの発生源を外に運び出し続けている。
「いやいや、あの集落が限界だったのはお前さんもとうに気が付いておったのではないか? むしろ今までよく保ったと思うべきじゃ。それに何よりこうしてほれ、運良くゴブリン共の棲家を見つけることも出来た。大体の位置に検討をつけていた儂も探索系のスキルが無ければ見落とすレベルじゃ。やはりお前さんはついとるよ」
次々と外に運び出されていく物。時折ポタリポタリと赤黒い液体を垂らすそれを見ながら、老人は手にした白い杖を愉快そうにいじり始めた。
しかし目の前の老人が何を言おうとも大男――盗賊団の頭であるドルンの気が晴れる様子はない。むしろ眉間にシワを寄せ、益々不機嫌そうな顔をするばかりだ。
「確かにこいつらの巣はしばらく利用できそうだが、お陰でまた人数が減った。この【アーティファクト】の調子さえおかしくならなかったら、ちったあマシだったかもしれないんだけどよ?」
気に入らない。何もかもが気に入らない。
冒険者たちにアジトを発見されたことも、そのせいで棲家を変えなければならなくなったことも。そしてゴブリン共の巣を発見し、肝心な時に【アーティファクト】が上手く動作しなかったことも。
手にした【アーティファクト】の調子を確かめている老人を睨みつけ、言外にお前の不手際のせいではないかと非難する。
「ふむ。長時間の使用でも単純動作だけなら問題ないはずなんじゃが……。お前さん、ここに来るまでに寄り道をしてきたろう?」
手の動きを止めることなくこちらを見つめる老人の指摘に、ドルンはこれまでの態度が嘘のようにニヤリと大きな笑みを浮かべる。
「ああ、あいつらにもガス抜きは必要だったしな。それに意外といい商品を仕入れることが出来た。夕方には荷を積んだ後続の連中も到着すると思うが、きちんと『手入れ』してから納品してやるよ」
思い出すのは小さな村とそこに住む住人たち。平穏な朝が――何一つ変わらない翌日が迎えられると信じて眠りこけっていた連中。
他人の怯え、絶望、そして現状を受け入れられずに狂乱する様は何度見ても面白い。
彼らの存在だけが自分を満たしてくれる。己こそが強者であり、搾取する側なのだと認識させてくれる。
「……あまり数がおっても仕方ないんじゃが。……ふむ。そろそろデータも容量も十分じゃのう。よし、これで全部修理も終わったぞい」
「でーた? 何だそりゃ? それにこのアーティファクトってのは貴重品なんだろ? 借りてる俺が言うのもなんだが、もう少し丁寧に扱った方がいいんじゃないか?」
暗い笑みを浮かべて悦に浸っていたドルンだったが、急に投げ返された白い杖を慌てて受け取ると、訝しげな目で老人を見つめた。
「気にするな。さて、そろそろ儂は行くとするかの。最近は特に忙しくての、次は代わりの者が来るじゃろう。代金や諸々はそいつと相談してくれればええ」
「おう。それまでにはもっと商品の方も仕入れておくぜ。楽しみにしてな」
受け取った杖を振り軽く動作の確認をすると、ドルンは漸く親しげな声を出した。
それに応えることもなく老人が洞窟から出ていくと、今が機と見た子分の一人が傍にやって来る。
「ドルンのお頭、やっぱりあの爺は怪しいですぜ。今からでも遅くはねえ。いっそのこと――」
「んなこたぁ分かってるんだよ、馬鹿野郎」
子分が全てを言い終わる前に、拳骨を落として黙らせる。
頭を抑えて蹲る子分を横目に、ドルンは手にした白い杖を大切そうに撫で回した。
(――あれはそう、俺がただのゴロツキだった頃か)
騎士団には門前払いをくらい、冒険者にもなれず。さりとて普通の職業に就くには余りにも向いていないのは、他ならぬ自分自身が一番良く分かっていた。
結局定職に就くこともなく、道行く手頃な人間を見つけては人目のない所に誘い込み、金品を奪い取る日々。
だがそんなものが上手く続くはずもない。ある日あっさりと騎士団に捕まり、たっぷりと痛みつけられた後に道端に放り出されてしまう。
そんな時だ。ドルンの前にあの異様な格好をした老人が現れたのは。
痛む体にポーションを振りかけ瞬く間に傷を癒やしてしまうと、その老人はドルンにあることを提案してきた。「一つ仕事を頼まれてみないか?」と。
手渡されたのは一つの魔道具。
【アーティファクト=吸血鬼】。老人は魔道具のことをそう呼んでいた。
それを使って若い女を集めて欲しいと。数はそれ程必要ない。騎士団や冒険者が本格的に動き出してしまわないギリギリのラインを見極め、こちらから指定する、と。
微塵の躊躇いもなかった。
ドルンはその話を快諾すると、魔道具の力を使い老人の依頼をこなし続けた。やがてドルンは盗賊団を結成し、その規模は日を追うごとに大きくなっていき、今に至る。
集めた女達の行方やこの魔道具の出処、そして老人の正体。疑問はいくらでも湧いてくる。だが今やドルンにとってこの魔道具を整備できる老人は必要不可欠な存在だし、向こうにとっても余計な詮索をしてこないドルンは代え難い存在だろう。
(それに、いざとなったらよ――)
手の中で輝く白い杖に、愛おしげに目を向ける。
所詮この魔道具は借り物に過ぎない。しかし、この杖を手にした自分に敵う存在などそうはいないというのもまた事実。噂に聞くAクラスの冒険者ならまだしも、迷宮都市の騎士団が相手でも難なく相手できるはずだ。
ましてやあの老人を脅し言うことを聞かせることなど、赤子の手を捻るより容易い。
「――おい、何人か付いてこい! そろそろ積荷を連れた連中を迎えに行くぞ!」
だが今はまだ、その時ではない。少なくとも老人と自分達の利益が一致している間は。
そう結論づけ頭を切り替えると、ドルンは周囲に向かって声を張り上げた。
コダール村を襲った後、ドルンを含む先行部隊が偶々発見したゴブリンの巣を急襲したという場面です。
その際にゴブリンを相手にした子分が何人か返り討ちに遭っています。
ちなみに老人がドルン達を発見できたのは、白い杖に対して探索系のスキルを使用していたから。




