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第5話 次なる町は 3

 方針が決まれば行動あるのみ。翌朝ギルドの扉を通った俺達は、脇目も振らずにクエスト掲示板の前へと向かった。

 早朝にも関わらず玄関前や通路、そして掲示板前にも他の冒険者の姿があったが、誰も彼もが俺達の姿を見るなり道を開けていく。


 別にダインやザインみたいに絡んで来いとは言わないけれど、ここまで露骨に避けなくてもいいじゃないか。

 俺が内心で溜息を吐く一方、先頭を歩く姉貴はそんな周囲の様子を一切気にしていないみたいだった。開けた進路を当然と言った表情で悠々と進んでいく。その鋼の精神力を少し分けてほしいくらいだ。


 さて、昨日姉貴が調べたという話によると、ここから迷宮都市に向かうまでには途中で三つの村と二つの町を経由するらしい。


 村と町の名前は分かっているのであとは経路だけなのだが、この世界には日本で使われているような正確で分かりやすい地図というものがない。何度か見たことがあるけれど、どれも要所の位置を大雑把に示した点と、簡略化された山や川が適当に描かれているだけのものだった。

 そうなると土地勘のない俺達では、道のような所をただまっすぐ進むしかなくなってしまう。もし途中で分岐道があればお手上げだ。勘を頼りに進むしかない。そのせいで初めてエンブラに来ようとした時は、町から町へと移動する商人の護衛クエストを受けたのだが――。


「何これ!? ほとんど何もないじゃない!」


 掲示板の前で姉貴が叫ぶ。

 その大声に遠巻きにこっちの様子を伺っていた他の冒険者達がビクリと震えたが、姉貴はそんなものは一顧だにせず、物言わぬ掲示板に向かって噛み付くようにして吼える。


「何で!? 昨日はあんなにたくさんあったのに!」


 憤懣やるかたないといった様子で、貼られている依頼書を片っ端から読み直す姉貴。それに倣って俺も掲示板を眺めてみるが。


「本当にないな」


 確かに依頼書の数自体はたくさんある。むしろアルラドよりも多いくらいだ。けれども肝心の護衛の依頼が、迷宮都市へと向かうために役立ちそうなものがほとんどない。僅かに発行されているものも、かなり先の日程を指定したものばかりだ。

 姉貴の言葉を信じるなら、昨日までは丁度いいやつがあったみたいなんだが……。


「――何だこれ?」


 ふと、食い入るように掲示板に顔を近づける姉貴を横目に、一歩下がって気がついた。

 様々な依頼の書かれた紙が乱雑に貼られた掲示板。その中央にギルドからの連絡版だろうか、やけに目立つ木の板がぶら下がっている。


「ええと、何々……。『盗賊に注意』?」


 そんな見出しで始まる内容は、最近台頭してきたとある盗賊団について書かれたものだった。

 昨今ではかなり規模の大きな盗賊団で、すでに近隣地域ではかなりの被害が出ているらしい。頭目の名前はドルン。緻密とは言えないが、目撃者の証言から作成された人相書きもある。その他にもかなり細かな情報が書かれているにも関わらず、依頼人も報酬金も記されていない。


 依頼書というわけでもなさそうなんだが、それなら何でこんな所に貼ってあるんだろう。ただの注意喚起文か?


「裕也、何してんのよ。あんたも真面目に探しなさい。って、何これ?」


 俺が依頼書を探していないのがお気に召さなかったのか、いきなりヘッドロックをかけてくる姉貴。

 そう言いながら俺の見ていたものが気になったのか一通り目を通すと、予想通りのリアクションをとった。


(ここで問題です。俺と姉貴は朝起きてから今までに、何回『何』と口に出したでしょうか。正解はCMの後)


 がっちりと頭を脇の下に固定され満足に体を動かすことも出来ないので、そんなしょうもないことを考えていると、頭にかけられた姉貴の腕に力が込められていく。っておい、ちょっと待て。


「盗賊? まさかこいつらのせいで護衛の依頼が減ってるんじゃないでしょうね?」


「姉貴タンマ! 絞まってる絞まってる!」


 抱えられた頭に激痛が走り、ギチギチと鳴り始めた腕を慌ててタップする。どう見ても俺より遥かに細い腕なのに、一体どこからこんな力が出てくるんだ?


「晃奈、一つ目の村の名はイルン村で二つ目がユチャニじゃったかの? 確かにどちらにも道中の護衛のクエストは出ておらんようじゃが……」


「って言うか、ダモス方面のやつがほとんどないのよ。他の方角にある村からは魔物の討伐や薬草の採取依頼なんかがたくさんあるのに」


「いいから早く手を離してくれ!?」


 俺たちの後ろから掲示板を覗き込んでいた爺ちゃんと会話しながらも、姉貴の力は一向に弱まる気配がない。割と本気で引き剥がそうとしても、びくともしない。

 おかしい。俺の【筋力】のステータスも結構上がっているはずなのに、この差は一体何なんだ?


「あらあら、じゃあ受付に行ってみましょうか。アキちゃんもその盗賊さんについて聞きたいでしょう?」


「確かにここでこうしてるより、事情を知ってそうな人に聞いたほうが早そうね」


 姉貴は母さんの提案に頷くと、漸く俺の頭を開放してくれた。痛む頭を抑えてしゃがみ込むが、親父以外誰も気に留めてもくれない。


(これ、そこら辺の魔物と戦ったときよりダメージ受けているんじゃないか?)


 大丈夫かい? と心配げに声をかけてくれるたった一人の味方の優しさに涙しているうちに、他の皆はもう受付の前へと辿り着いていた。どうやら俺達がエンブラに来たときに対応してくれたお姉さんがいたらしく、皆楽しそうに談笑している。


「この人でなし共め……!」


「ゆ、裕也。早く行こう。話を聞いてなかったら、後でまた怒られるかもしれない」


 姉貴のせいでこうなってるのに、そんなことで怒られてたまるか! と声を大にして叫びたかったが、その可能性は否定しきれない。

 俺は焦ったように手招きする親父に無言で頷くと、皆の方に向かって歩き始めた。





「迷宮都市方面ですか……」


 俺達が近づく前に、ある程度事情は話し終えていたみたいだ。そう呟いた受付のお姉さんは、困ったような顔で眉を顰めている。


「普段なら近隣で最も活気のあるルートなんですが、最近出没している盗賊団のせいで人通りも護衛の依頼もめっきり減ってしまっているんです」


 そう言って溜息を吐くお姉さんの様子からして、ギルドとしてもその盗賊団には頭を痛めているらしい。

 それもそうだ。ギルドへの依頼が減っているということは、それだけ収益も減少しているということだ。組織としては困った事態だろう。


「かなり凶悪な一味で、遭遇して生き延びた人が殆どいないんです。ギルドへの討伐依頼も来ませんし、何故か騎士団の動きも鈍いしで、先日痺れを切らしたうちの支部長があるパーティに指名依頼を出したのですが……」


 通常冒険者はギルドに届けられた依頼の中から、それぞれ自分の受けたいものを自由に選んで受諾するというシステムだ。対して指名依頼はクエストの依頼主がそのクエストを受けてほしい冒険者を指名し、その冒険者が了承して初めて成立する。

 その内容は特に高難易度であったり秘匿性の高いものであったりする場合が多く、依頼金も報酬も通常より高額だ。


 今回の依頼主はギルドということになるんだろうが、そんなものを任されたパーティだ。かなりの実績があるはず。けれど悲しそうに目を伏せるお姉さんの様子からして、よくない結果に終わったらしい。


「昨日、全員の遺体が確認されました。このルートの護衛依頼を出しているのは殆どが商人なのですが、やはり耳の早い人が多いみたいで……。昨日まで残っていた依頼も全て取り下げられてしまいました」


 そんな危険な道をわざわざ通る理由はない。少々儲けが減るとしても皆全く異なるルートを通るか、行き先を変更しているみたいだ。先の日程をしている人達は事態の沈静化を待っているんだろう。ギルドが無理でもいずれ騎士団が動くのは間違いないからだ。


 そして頭を抱えているのは商人たちだけじゃない。指名依頼を受けたのは全員がCランクのベテランパーティ。この町でダイン達に次ぐ強さを持つと目されていた実力者らしい。事前の情報からは十分な戦力だと思われていたみたいだが、予想外の結果にエンブラのギルド支部長も顔を真っ青にしているみたいだ。


 けれどこれは俺達にとっても困ったことになった。その話が本当ならしばらくは護衛クエストとなんて出てこないだろう。そしてお姉さんの俺達を見る目がどうにも怪しい。


「……ところでもし《ファミリー》の皆さんがそちらの方面に用があるというのでしたら――」


 ほら来た。

 その先は聞かなくても分かる。どうせ盗賊退治の依頼でもお願いしたいという話だろう。断ることは出来るだろうけど、万が一緊急クエストでも出される可能性を考えたら、この町に長居するのも面倒だ。


 確かに悪人は許せないし被害者は可哀想だと思う。それでもその全てに対して感情のままに対応していたらキリがないし、何より危険だ。魔人の事件の時にあそこまで積極的に動いたのは、トポスという友人が殺されたからだ。

 そしてそれについては昨日の家族会議でも十分に釘を刺されている。




   ◇




「――そうじゃ、今後のことにについてなんじゃが」


 家族会議も終わり、歯を磨いてベッドに横になった俺たちに爺ちゃんが忘れるところじゃった、と声をあげた。


「この先この世界を見て回るにつれて多くの悪党や、その被害者に出会うことになるじゃろう」


 この世界では日本に比べて物騒な事柄が数多くある。別に日本が平和そのものだなんて言うつもりはないけれど、事件に遭遇する確率はこっちの世界のほうが明らかに上だろう。

 事実、まだこの世界で日の浅い俺たちですらドラゴンに襲われ、魔人に遭遇し、騎士団と一戦を交え、チンピラに絡まれと、異常な密度での体験をしている。そしてその中には決して少なくない数の犠牲者もいた。


「しかしその全てに対して儂等が動く必要はないし、そうすることも控えてほしい。特に晃奈と裕也、二人は感情的に動きすぎる」


 それは、と思わず反論しかける。


 伝聞で聞いただけの事件ならそこまで気にはしないかもしれない。けれども目の前に悪事を働いている存在がいて、自分にはそれを倒せる力がある。仮に自分の力が及ばないとしても、出来るだけ力になりたいと思うのは普通じゃないだろうか。


 横になったままの俺達を見下ろす爺ちゃん。その真剣な顔に対して、適当に口約束をするのは簡単だ。けれどももしまた魔人の事件の時のようなことがあれば、俺は自分を抑えられないだろう。絶対に約束は守れるという自信がない。


「んー、出来るだけそうする」


 迂闊に口を開くことも出来ずどうしようかと悩んでいると、姉貴は何も気負った様子もなくヒラヒラと手を振った。


「うむ、分かってくれたらええ」


 明らかに俺よりも沸点の低そうな姉貴がどうしてそんな簡単に返事をできるのか、全く理解できない。そして納得した様子を見せる爺ちゃんも爺ちゃんだ。姉貴の性格はよく知ってるだろうに。


 けれどもその夜、俺は何も言い返すことが出来ず、そのまま眠りについてしまった。




   ◇




「――少し時間を頂ければ、ギルドからのクエストの手配をして報酬をお支払いすることも出来ます。すぐに支部長に確認しますので――」


「すみませんが、それは断らせてもらいます。晃奈、迷宮都市には別ルートで向かうか、事態が沈静化するまで諦める。いいね?」


 つい昨晩のことを思い出してボーっとしてしまっていた。ふと我に返ると、案の定盗賊退治のお願いをされかけていたみたいだ。

 条件を提示しようとするお姉さんの言葉を、いつになく強気な態度の親父が遮っている。一応姉貴に確認を取ってはいるけれど、半分強制みたいな口調だ。


「目の前にその盗賊が現れたのならともかく、自分から火の粉に突っ込む必要はないんだ。今回のところは我慢するんだよ」


「……分かってるわよ」


 昨日の今日ということもあって、姉貴も渋々ながら頷いている。


 残念だけれど迷宮都市は延期になりそうだ。親父の言うとおり、わざわざ自分から危険に飛び込む必要はない。俺達にはその盗賊の規模も実力も分からないのだから。


「そんな!? ドラゴンを倒し、ダインさん達を簡単に退けれる貴方達なら盗賊ぐらい! 報酬は通常のBランククエストの三倍は出します。ですから――」


 こんなにあっさりと断られると思わなかったのだろう。もしくは報酬に不満があると思われたのか、興奮した様子のお姉さんが立ち上がる。


 悪いけれどもう俺達の方針は決まっている。迷宮都市方面が駄目だというのなら本来の目的地を目指すだけだ。

 王都ジダルア。この国の首都に。



「――合格だ」



 尚も言い募ろうとするお姉さんに謝って後ろを振り向いた瞬間、いつの間にそこに立っていたのか、一人の男が俺達を見渡し破顔した。


「目の前に敵が現れたのならともかく、自分から火の粉に突っ込む必要はない。あんたの言うとおりだ」


 歳は三十前後だろうか? 無造作に切り揃えれた波打つような青髪。細められた両目から除く瞳の色は髪よりやや薄い水色を湛え、顎からは無精髭が生えている。

 胸元を大きくはだけた上着に膝下までを覆うズボン。そして右腕には緑色のスカーフが巻かれている。腰からは剣を提げてはいるけれど、どうにも冒険者には見えない。はっきり言って胡散臭さしか感じない格好だ。


「危険を顧みず困難に立ち向かうってのは、本来の意味で冒険者として正しい姿かもしれない。けれどそんなのは俺から言わせりゃナンセンスだね。生きて帰ってこそ意味がある。死んじまったらそこで終わり。後には何にも残らない」


 無言で見つめる俺達の視線を自分の言葉を清聴していると思ったのか、男は大仰に手を振り身を捩りながら話を続ける。


(……何だこいつ)


 あまり関わり合いになりたくないタイプだ。けれども何だろう、この感じは。

 一見すると只の変人のような印象を受けるけれど、何故か目が離せない。いや、離してはいけないような気がする。


 俺も家族の皆も、そして受付のお姉さんまでもが魅入られるようにして男の動きを追う。

 やがて心ゆくまで話し終えた男は最後に大きく一礼をすると、パチリとウインクを送ってきた。そこでようやく、その場にいた全員が動き出す。


「……その青髪に、その格好。もしかして《風来ふうらい》の?」


 受付のお姉さんの言葉に男は嬉しそうに頷くと、首から提げられたチェーンの先。胸ポケットに入れられていたギルドカードを取り出した。


「俺のことをご存知? それなら話は早い。お嬢さんには悪いけど、彼らのことは俺が借りてくよ」


 まるで見せつけるようにしてかざされたギルドカード。照明に照らされたその表面には『冒険者ランク:B』と記されていた。

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