第4話 次なる町は 2
「ふむ、こんなところかのう」
全員が武器と防具を選び終え、カウンターに並べていく。
俺も剣を二本と胸当てを新調することにした。
【魔力剣】を覚えた時は、これがあればもう武器はいらないんじゃないかとも思ったけど、昨日手刀でやったみたいに何かを刀身と見立てて発動させた方が魔力の効率がいいことに気が付いたからだ。それなら自分の手より本物の剣を使ったほうが絶対にいい。
それによく考えたら万が一の時に武器がありませんじゃ話にならないし、魔力はいざという時のために出来るだけ節約しておきたい。となると普段は今まで通りに普通の剣を使うようにするべきだ。
そう思って爺ちゃんの助言を受けながら選び抜いた二振りの剣。値段は高いが、品質はこの店の中でも上位のものだ。
自分の命を預ける物に出し惜しみはしない。特に今はお金に関しては困ってないしな。
他の皆も同じ考えのようで、それぞれが高品質なものを選んでいる。
それら全ての値段をバングが計算し始めようとしたところで、最後に姉貴がガチャガチャと音を立てながら何本もの剣をカウンターの中央に積み上げた。全部で十本近くもある。
こんなにたくさん使うのか?
「何よ?」
俺だけでなく、その場にいた全員から疑問の視線を向けられているのに気付いたのだろう。姉貴は腕を組みながらも、どこか決まり悪気な表情を浮かべている。
「いや、そんなにたくさん買ってどうするんだ? 予備にしたって多すぎないか?」
「うるさいわね。本命は一本だけよ。あとは使い捨て用に安物にしてるわ。って言っても他所のより質はいいし高いけど、お金ならたくさんあるでしょ?」
その本命らしき一本を手に取りながら説明してくれたのはいいんだが、さっぱり意味が分からない。
まさかこの姉上殿は日々の武器のメンテナンスを放棄して、少しでも切れ味が悪くなったらすぐに新品に持ち変えるつもりなんだろうか。
確かに今はお金に困っていないが、この先一体どうなるかは分からないんだぞ。そうでなくてもその考え方は色々と問題だろ。
「聞き捨てならないな。俺の剣を使い捨てだと?」
案の定、俺がそれ以上何かを言う前にバングの方が反応した。カウンターに上半身を乗り出すと、姉貴を鋭く睨みつける。
そりゃそうだ。自分の作ったものを使い捨てだなんて言われて、何とも思わないやつはいない。
「そうよ。普通の剣じゃ、あたしのスキルに耐えられないの」
その眼光に全く怯む様子もなく姉貴が言い返すと、他の皆は「ああ、なるほど」と納得したような声を上げた。
だがそんな説明ではバングには伝わらない。って言うか、俺もさっぱりだ。
「耐えられない? どういうことだ」
「やって見せたほうが早いわね。一本使うわよ」
バングが詳しい説明を要求すると、姉貴はカウンターの上に積まれた山の中から一本の剣を抜き取る。そして一言、初めて聞くスキルの名前を呟いた。
「【炎熱剣】」
瞬間、その手に握られた剣の刀身が赤い輝きを放つ。ただ光っているわけじゃない。膨大な熱量を孕んでいるのが分かる。
隣に立っている俺のところにまで熱い空気が届き、その刀身が揺らめいて見えるほどだ。
その状態のまましばらく立ち尽くす姉貴と、呆然とそれを見守る俺たち。やがて剣の方に限界が来たのか刀身がボロボロと崩れ始め、周囲に散乱した。
うおおっ、危ねえっ!
「分かった?」
姉貴から先の無くなった柄だけを受け取ったバングはその問いには答えず、床の上でブスブスと煙をあげる残骸を見つめる。やがて大きく溜息を吐くと、降参だと両手を挙げて腰を降ろした。
「熱だけじゃないな。刀身に送られた魔力が熱に変換される際にかかる負荷、それに耐えられないということか。とんでもないスキルだ」
(一目で姉貴のスキルの性質を見破ったのか?)
ただ腕がいいだけの鍛冶師ってわけじゃない。これがギルドが直接依頼する程の実力者。それでもドラゴンの装備を作るのは難しいのか。
どこか投げやりな様子で持っていた柄を放り捨てると、バングは両手を組んで俺達を見つめる。
「今の俺ではまだまだ足りないということか。ダイン達との一件を見ても半信半疑だったんだが、どうやら本物みたいだな」
いや、お前も見てたのかよ。
「……王都ジダルア、それと迷宮都市ダモス。俺の知る限り、この国でまともにドラゴンの素材を扱える鍛冶師がいるのは、この二か所だけだ」
迷宮都市と聞いた瞬間、姉貴の顔に喜色が浮かぶ。前にも思ったが、そんなに行きたいのか。
「ドラゴンの素材から作られた武器なら、そのスキルにも耐えられるだろう。それ以外を探そうとしたらそれこそミスリルやオリハルコン製のもの、魔剣の類でもない限り無理だ。一介の冒険者が手に入れられるような代物じゃない」
ミスリルにオリハルコン。ファンタジーな世界観では定番の響きだ。
案の定、爺ちゃんと親父は顔に疑問符を浮かべているが。
「今壊した分の代金はいい。これで買うものは全部か? いいものを見せて貰った礼だ。少しまけてやる」
そう言って代金の計算を再開するバング。
理由は分からないが、姉貴に剣を壊された時のどこか疲れたような雰囲気はどこにも感じられない。むしろ今までで一番元気そうなくらいだ。気持ちの切り替えが早いタイプなんだろうか?
そんなことを考えながら受け取った商品を身につけていく。予備の分はマジックバッグに詰め込んでから礼を言って店を出る直前、ふと振り向いた先でバングが見ていたのは俺達の方ではなく店の奥。カウンターの背後に掲げられたバットとボールだった。
「師匠……今どこで何をしてるのかは知らないが、あんたならあれに耐えられる剣を作れるのか? 俺も……俺にだって……!」
◇
朝早くに訪れていたにもかかわらず、バングの店を出る頃には太陽は既に空の真上を通り過ぎた頃だった。その後少し遅めの昼食をとって、午後からは情報収集のために全員分かれて行動することに。
バラバラになったのはその方が効率がいいからであって、決して五人で行動すると怖がられるからという理由からではない。決してない。そうそう、アルラドでもこうやって情報を集めていたしな。
そしてそのアルラドの時と同じように、俺は姉貴と一緒にギルドの資料室に篭ることにしたんだが、はっきり言って何一つ得るものがない。
多少距離が離れているとはいえ隣り合う町同士ということもあってか、置いてあるものが殆ど同じなのだ。唯一異なる点と言えばエンブラに関する郷土書が多い、という事くらいだ。
一応一縷の望みをかけて慎重に読み進めては見たけれど、当然帰る手がかりどころか異世界の存在を匂わせるような記述もなく、俺達は失意のまま宿に帰ることになった。
適当に晩飯を済ませて部屋に戻った俺達を迎えたのは、芳しくない家族の表情。どうやら他の皆も特に有益な情報は見つからなかったみたいだ。
俺達がこの異世界に来て、まだ二つ目の町。決して楽観視していたわけではないけれど、ここまで全く手がかりがないと少し落ち込みそうになる。
向こうも俺達の様子からある程度を察したのだろう。爺ちゃんが気難し気な表情で首を振った。
だがそれでも報告会は必要だ。いつものように全員が車座になると、母さんが口を開く。
「それでは第十回異世界家族会議、フロム・エンブラを行いたいと思います~。今日の議題は――」
「はいはい! あたし、迷宮都市に行きたい!」
落ち着けよ。
「ね、いいでしょ? ドラゴンの武具も手に入るんだし、それにダンジョンにも行ってみたい!」
さっきまでの空気は一体何だったのか、鼻息も荒くそう提案してくる姉貴に思わず唖然としてしまう。
その目はキラキラというよりギラギラと輝き、自分の欲望を隠そうともしていない。以前スフィという獣人から話を聞いた時も行きたそうな顔はしていたけれど、今日のバングの話でとうとう抑えが効かなくなったんだろう。
いや、俺も興味はあるよ? たしかにこの世界はとても危険だけれど、俺ぐらいの年代でダンジョンと聞いてワクワクしない男はいないと思う。
「あらあら。アキちゃんならそう言うと思ってたわ。やっぱりダンジョンはファンタジーの醍醐味よねえ。でも危ないことはしちゃ駄目よ?」
母さんは姉貴の意見に頬に手を当てながら、嬉しそうな顔をした。本人も興味があったのか、かなり肯定的な態度だ。
その一方で批判的な態度を示したのは、爺ちゃんと親父だった。
「……ふむ。確かに強力な武具が必要なのは分かるが、王都ではいかんのか? 当初の目的地でもあったわけじゃし」
「そうですね。それに晃奈、その迷宮都市がどこにあるのかも分からないんだよ? 王都の逆方向だったりしたら困るよ」
余計な寄り道はせずに、真っ直ぐ王都を目指すべきだというその考えも分かる。普通に考えて一国の中で一番情報が集まるのはその国の首都だ。
極端な話、俺だって調べ物をするのに多少は栄えているかもしれない地方都市と東京、どちらに行くのかを選べと言われたら勿論東京を選ぶ。
「大丈夫! 迷宮都市については場所も含めてある程度調べてあるわ! 仮に装備の件がなくたって行こうと思ってたしね!」
渋面の二人に向かって、テンション高く言い放つ姉貴。
まさか今日俺について資料室に来ていたのは、それを調べるためじゃないよな?
そのまま得意げに連々と話し出す姉貴によれば、迷宮都市ダモスは俺達が今通っている王都へと続く最短ルートからは少し離れた所にあるらしい。エンブラから真っ直ぐ向かうとすれば、いくつかの村と町を経由しなければならないらしいのだが。
「ダモスってこの国では王都に次いで栄えている町なんですって。当然そっち方面へ向かう人も多くなるし、護衛のクエストもいくつもあったわ。それに近くまで行けば寄り合いの馬車便も出ているそうよ」
下調べはばっちりみたいだ。
「王都から離れてるって言ってもそこまでじゃないし。ね、いいでしょ? 折角なんだし、行ってみたい」
「うーん、迷宮都市かぁ……」
「いいんじゃないか? この国じゃ王都に次ぐ大都市で、ドラゴンの素材から武器を作れる職人もいる。そこにしかない情報もあるかもしれないだろ」
姉貴の熱弁を受けても親父の渋面は変わらない。俺も迷宮都市行きには賛成だったので掩護射撃をしてみると、漸く親父も「なるほどねえ」と頷いてくれた。
「うーん。まぁ確かに前にも話は聞いていたし、少しでも手がかりがある可能性があるのなら――」
「ちょっとええかの?」
もう少しで親父も賛成派になりそうだというところで、爺ちゃんが手を挙げる。
別にそこまで深刻な話をしているわけでもないのに、その表情はさっきよりもさらに厳しい。一体どうしたんだ?
「少し前から気になっとったんじゃが、ええ機会じゃ。その迷宮都市云々の前に今一度わしらの方針を確認したいと思うんじゃが」
「方針?」
思わず首を傾げてしまう。
この世界に来た瞬間から俺達の方針は何も変わっていない。
『家に帰る』。
ただそれだけが目的のはずだ。そのために頑張ってきた。
「方針って言うか、家に帰るのが目的だろ? そのために情報を集めてるんだし、こうやって手がかりのありそうな場所を目指してるんじゃないか」
おかしなことを言う爺ちゃんだ。
他の皆も俺と同じ思いなんだろう。不思議そうな顔をして爺ちゃんの方を見つめている。
けれども他の誰かが続けて何かを口にする前に、爺ちゃんはこう言い放った。
「この世界は面白い」
「っ……!」
元々大きくはない目を更に細めた爺ちゃんの言葉に、全員が押し黙る。
まるで心の内を見透かされたかのような衝撃から。そしてその言葉に何も言い返せない気まずさから。
「儂等がこの世界に来て、もうかなりの時が経っとる。日本では完全に行方不明扱いじゃろう。捜索も打ち切られておるかもしれん」
畳み掛けるように告げられた内容に、ヒヤリと背筋が凍る思いがした。
そうだ。何で今までそのことを考えなかった? 無意識に考えないようにしていたのか?
不定期に行われているこの家族会議だって今日で十回目、もう二桁台だ。今頃日本で俺達の扱いはどうなっている? 俺の部屋は、俺達の家はどうなっている?
「時の経過と共にこの世界の在り方にも慣れ、幸いにもかなりの無茶が通る力も手に入れた。先日の事件の際にも実感したじゃろうが、余程のことがない限り命の危機とまでには至らんじゃろう。厳しい言い方をするようじゃが、そのせいで物見遊山気分が生まれておるのではないかの?」
誰も何も言い返せない。実際爺ちゃんの言う通りだからだ。
帰る手がかりが見つかるかもしれないから。強い武器が手に入るかもしれないから――どんなに言い繕っても、俺達が迷宮都市に行きたがっているのは、ただダンジョンを見てみたいという好奇心からだ。
そのまま皆が押し黙っていると、爺ちゃんから発せられていた重苦しいプレッシャーがふと弱まった。皆を見つめるその顔には何かを楽しむような笑みさえ浮かんでいる。
「さて、少しは反省できたかの? かなりの時が経ったということは、逆に言えば今更帰る時期が少々遅くなろうが大差ないとも言える。家に関しても親戚の誰かが上手く管理してくれておるじゃろう。早々に薄情な真似をされるような付き合いもしておらんしな。まぁ流石に儂が寿命でくたばる前には帰りたいがの」
ちょっと笑いにくいジョークを飛ばす爺ちゃんの笑みは、少しずつ底意地の悪そうなものに変わってきていた。
時々だけどふと思い知らされることがある。この人は間違いなく姉貴の爺ちゃんだ!
「ここでしっかり決めんかの? 勿論最終的な目的は帰還じゃし、その点について皆を疑ったことはない。じゃが折角こんな機会に恵まれたのじゃ。ちょいと余裕を持って色々と見て回るか、それとも余計な寄り道はせず真っ直ぐに家に帰る方法を探すのかを」
先程の話も踏まえての、と付け加えると爺ちゃんは姉貴の方へ向き直った。
俺達が冒険者になることを決めたあの日、自分が皆を守ると言った姉貴の方に。
「あ、あたし……。あたしは……」
その顔に浮かんでいるのは悔恨だ。
浮かれてしまっていた。調子に乗ってしまっていた。誓いを蔑ろにしていた。
いつのなく弱々しいその様子は、まるで自分を責め続けているように見える。
「晃奈」
俯いた姉貴が言葉を続ける前に、爺ちゃんが優しく語りかける。
「背負うな。確かに初めのうちこそ俺等は頼りなかったかもしれん。不甲斐なかったかもしれん。じゃが魔人の件に昨日の件……少しは認めてくれんかの? 皆自分で自分を守れるだけの力は身につけた。もうお前が背負う必要はない。自分がしたいことを、望むことを言えばええ」
「っ!」
顔を上げ、全員を見渡す姉貴。
親父も母さんもまるで姉貴を安心させるように微笑んでいる。勿論俺もだ。
いつまでも姉貴に守られてばかりの弟じゃない。魔人だって一人で倒せた。もう決して足手まといなんかじゃない。
姉貴は全員の顔を確認し終えると何かを吹っ切るように首を振り、いつものように大きな声を出した。
「あたしは……あたしはもっとこの世界を見て回りたい! 色々な所に行ってみたい! こんなこともう二度とない機会だろうし」
「……裕也は?」
姉貴の叫びに答えることなく、爺ちゃんは今度は俺に振ってくる。
「俺も、かな。確かにこの世界が危険だっていうのは分かってるけど、それでも色々と見て回りたい。体験してみたい」
剣。魔法。スキル。そして魔物。
日本で――地球で暮らしていれば決して目にすることなんて出来ない出来事。
そうだ。言い繕う必要なんてない。初めてアルラドに着いた時、冒険者になった時から俺はこの世界にワクワクしている。
恐怖を感じることもあった。経験したことのない痛みを感じることもあった。それでもこの好奇心は、冒険心は抑えられない。
俺達の様子を見て爺ちゃんはふむ、と満足そうに頷いた。
「爺の立場としては一刻も早く日本に帰って、日常に戻って欲しいところじゃがの。まぁ若者の希望を叶えてやるのも年寄りの仕事じゃて。それに儂にも好奇心がないと言えば嘘になるし、のう?」
片目を瞑りながらそう言った爺ちゃんは何故か少し嬉しそうな顔だった。見れば母さんと親父も苦笑を浮かべている。
「あらあら、そうですね。私も最近はちょっとワクワクした気持ちの方が強いですし。でも二人とも、前にも言いましたけど、ここはゲームや物語の中の世界じゃない。現実だと言うことは絶対に忘れないでね?」
「そうだね。晃奈も裕也も本当に危ない所には絶対に近づいちゃ駄目だし、関わっちゃ駄目だよ?」
「うん」
「分かった」
母さんと親父の言葉に頷く姉貴と俺。
その様子を見て母さんは殊更嬉しそうな笑みを浮かべると、大きく手を打ち鳴らした。
「さて、それじゃあ次の目的地も決まったことですし、次の議題に移りましょうか。そう言えば迷宮都市の他にも妖精郷なんて話もありましたが、皆さん誰か些細なことでもいいので、何か帰る為の手がかりか情報を見つけた人はいますか?」
「「「「…………」」」」
こうして今後の俺達の方針は決定した。
次の目的地は迷宮都市だ。




