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第4話 異世界家族会議 1

 草原の先に広がっていた林を抜けると、遠くの方に巨大な影が見えた。やがてそれがその町全体を囲っている、一繋がりの巨大な壁なのだと判別できる距離にまで近づいた時。


「どこがここからそう遠くもない、よ!」


 姉貴がキレた。


 昼にバール達と別れてから、数時間が経っている。

 空腹を我慢して我慢して我慢して、ようやく町を囲む壁の入り口が見えたのはもう日も沈みかけている夕刻だった。


(この世界でも夕焼けは赤いんだな)


 真っ赤に照らされている町の外壁に、地球との共通点を見つけてちょっと安心する。実はここまでの道中、何度か兎のような生物に襲われていたのだ。


 人間を敵視しているかのように飛び掛ってきたその生物の行動には、ここが平和だった日本とは違うのだと嫌でも実感させられた。


 ちなみにその兎はドラドラコのように需要があるのか分からなかったので、全て返り討ちにした後、その場に放置してきている。

 せめて食用になるのかさえ分かれば、この空腹を紛らわすことも出来たのに。


 代わりにと言ったら変だけど、兎と戦っている時にやっぱり家族全員身体能力が上昇していることが判明した。実際に激しく体を動かしてみて、全員が確信したのだから間違いない。


 俺も一度その突進をまともに喰らってしまったけれど、大して痛みを感じることはなかった。

 速度と質量から考えて、昨日までの俺ならその場に悶絶していてもおかしくなかったはずなのに、そのまま首根っこを捕まえて、木の棒を振り回している姉貴の方に放り投げる余裕さえあった。ナイスホームラン。


 閑話休題。


(ここがアルラドか)


 外から見る限り、決して小さくはない。にも関わらず、町全体が四、五メートルほどの高さの壁に囲まれている。


 土と石で構成されたその壁を見ていると、一体どれだけの労力を費やしたのだろうと感心するが、外にドラドラコのような生物が生息している以上、どんなに大変でも必要不可欠な備えなのかもしれない。


 開け放たれている門へと続く、踏み固められた道を歩いていると、こっちに気付いた門番らしき人達が警戒するように見つめてきた。別に疚しいことはないので、そのまま堂々と門の目の前まで歩き続ける。

 このまま普通に通過してもいいのかなと考えていると、そこでようやく門番達が近づいてきた。


「よぉ。初めて見る顔だが、アルラドは初めてか? 俺はここの門番の責任者なんだが、ギルドカードか何か、身分を証明できるものがあったら見せてくれ」


 革で出来た簡単な鎧に、同じく革製の鞘に収められた剣。全員が似たような格好をしている一団の中から、周囲より若干年齢の高い責任者だという男が話しかけてくる。


「すみません。田舎から出てきたばかりで、身分を証明できるようなものは持っていないんです。それがないと町に入れないのでしょうか?」


 普通こういうのは親父が対応すべきなんだろうが、ファンタジー世界に対する知識と咄嗟の機転という点から、今回は母さんが対応した。

 今後のこともあるし、せめて知識については爺ちゃんと一緒に勉強してもらうべきだな。


「いや、なくても入れるが、その場合仮の証明書を発行するのに一人頭十ドルク必要だ。金は持ってるか?」


 田舎から出てきたと聞いて侮っているのか、無遠慮にじろじろと母さんの体を眺めると、責任者は鼻で笑うような仕草を見せた。後ろにいる連中も、姉貴の方を見ながらニヤニヤと笑っている。


 すげぇ。こいつら命が惜しくないんだろうか。


「いえ、先ほどお話したとおり田舎者でして。お金どころかこちらの貨幣制度についても存じていないんですの。よろしければご教授いただけますか」


 普段なら即ぶち切れコースのはずなのに、母さんは変わらない笑顔で会話を続けている。姉貴も気にしないような素振りを見せてはいるが、こめかみに血管が浮かび上がっていた。

 流石にここで暴れるのはまずい。何とか理性が怒りを抑えこんでくれたようだ。


「おいおい、一体どんな僻地から来たんだ? 仕方ないな」


 態度は最悪だが仕事はきちんとするようで、責任者は耳をほじりながら、面倒くさそうにここの貨幣制度について教えてくれた。


 それによると通貨の基本単位はドルクといい、銅貨一枚で一ドルク。銀貨で百、金貨で一万だそうだ。

 日本円に換算した場合、一ドルクが何円くらいの価値なのかは分からないが、それは追々物価を見ながら判断すればいい。


「本来金が無ければ入れないんだが、そこの嬢ちゃん。あんたが持っているのはドラドラコじゃないか? そいつを譲ってくれたら五人分、五十ドルク俺が立て替えてやってもいいぞ」


 急な提案に思わず全員で顔を見合わせる。


 確かにそれは助かるが、それじゃ町に入ったところで無一文だ。宿どころか飯にもありつけない。かと言って現状他にお金を得る手段もないし、と考えていると。


「そいつは正当な値段じゃろうな? わし等はここに来る途中バールという冒険者達に、こいつを売れば当座はしのげると聞いた。その仮の証明書というのはそんなに高いのかの?」


 爺ちゃんが責任者を睨みつける。その鋭い眼光に、男はビクリと体を震わせた。


「バ、バールさんの知り合いだったのか。そいつを早く言ってくれ。悪い、言い間違えたみたいだ。そいつの前足についてる鉤爪片方分。それだけでいい」


 目を逸らしながら答えると、他の門番に姉貴からドラドラコの死体を受け取らせる。


 爺ちゃんの眼光にビビったのもあるだろうが、それよりもバールの名前の影響の方が大きそうだ。そんなに有名な人だったんだろうか。


「あらあら、言い間違えたのならしょうがないですね」


 ニコニコと笑いながら応じる母さんだが、その目は全く笑っていない。

 男も何か言い知れない圧力を感じ取ったのか、額に汗を滲ませている。


「本当に悪かった。……ん、流石にそれじゃ無理か。おいちょっとお前、詰所にナイフがあっただろう。取って来い」


「はっ」


 ドラドラコを受け取った門番が鉤爪を剥ぎ取ろうとしているが、かなり頑丈にくっついているらしく、苦戦している。終いには剣を抜き、長い刀身をやりにくそうに突き立て始めたのを見て、男に返事をした別の門番が門の傍にある小さな小屋に向かおうとした。


 だがそれよりも早く姉貴が側にしゃがみ込み、その鉤爪をあっさりと、無造作に毟り取る。


「はい、これでいい? あたし早く町に入りたいんだけど」


 そのまま責任者に向かって鉤爪を放り投げると、絶句する一同を無視して死体を担ぎ直す。


「あ、ああ……。これが仮証明書だ」


「ありがとうございます」


 呆然とした表情で懐から出された紙切れを、親父が受け取った。


「はー、ようやく町ねー。お腹も空いてるけどお風呂もいいなー」


「母さんはまず食事を取るべきだと思うわ。腹が減っては何とやらよ」


「まずは宿。拠点の確保をすべきじゃろ」


「ええと、何をするにしても、まずそのドラドラコを換金しないといけないんじゃあ?」


「冒険者ギルドだっけか。どこにあるんだ?」


 貰うものも貰ったし、もうここには用はない。雑談をしながら、ポカンとしたままの兵士達の横を通り過ぎる。


 開いたままの門をくぐり抜け、町に足を踏み入れようという時、後ろから我に返った責任者の男の声が聞こえた。


「嬢ちゃん! それだけの力があるなら、騎士団か冒険者ギルドに入りな! 身分証も貰えるし、あんたなら稼げるぞ!」

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