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第3話 次なる町は 1

 悪事千里を走るという言葉があるが、俺たちがやったことは悪事なんかじゃない……はずだ。にも関わらず、俺たち《ファミリー》とダイン達とのいざこざは、あっと言う間にエンブラ中に広まっていた。


 曰く、とんでもない連中がやってきた。Cランク冒険者でさえ赤子扱いする五人組、家族ぐるみの冒険者。

 曰く、泣こうが喚こうが容赦なし、気に入らない相手は動けなくなっても痛め続ける。

 曰く、過去に何頭かドラゴンも討伐している。


 かなり誇張されている気がするが、完全に否定も出来ないという微妙な内容。問題はこれをそのまま受け止めてしまうと、まるで俺たちが手のつけられない悪人であるかのように聞こえてしまうということだ。


 詳細な容姿までは伝わっていないみたいだが、最初の一文だけで俺達のことだと特定するのは簡単だ。お陰で宿を取るのに苦労した。

 例えばこうだ。




「いらっしゃい! その格好、冒険者かい? 五人だね? ……五人?」


 扉を開くなり威勢よく声をかけてきた店主が、俺達の格好と人数を確認すると途端に顔中に汗を滲ませ始めた。尋常ではない様子だ。

 ダインの攻撃をわざと受けたことに対する罰として姉貴にぶん殴られた頭を擦りながら、一体どうしたんだと見つめていると。


「えー、あー、すみません。生憎部屋が埋まっていまして。五人はちょっと無理です、はい」


 と、急にオドオドと視線を彷徨わし始める。


 おい、さっきまでの様子だとそうは見えなかったぞ。


「部屋は一緒でも分けてもらっても構わないのですが」


 親父がそう提案したのだが。


「いえ! 一部屋も空いておりませんので! 申し訳ありませんがお引き取りください!」


 と半ば追い出すような形で断られてしまった。

 続く二軒目でも同じように断られ、三軒目に到っては店主が俺達の顔を見るなり。


「もしかしてドラゴンスレイヤー!? ごめんなさい! 殺さないで!」


 と喚きだし、会話にすらならなかった。


 流石にこれは困ったと相談のためにギルドに戻った俺達を迎えたのは、慌てたようにさっと道を開ける冒険者達。お前らもかよ。


「そうですね。ダイン達はよく揉め事を起こしていたので、町の人達の中には迷惑がっていた人も大勢いたのですよ。とは言ってもその実績も実力も確かなので中々文句も言えない。ところがそこへ現れた貴方達がそんな彼らを一方的に、かつかなり執拗に痛みつけた。そのせいで彼ら以上に恐ろしい存在だと思われてしまったのではないでしょうか」


 さもありなんと頷く受付のお姉さんの返答に、思わず肩を落としてしまう。


(恐ろしい存在って……)


 普通は高ランク冒険者、それもドラゴンスレイヤーともなれば尊敬まではいかなくても、一目置かれるような存在じゃないのだろうか。ダイン達の件にしても、悪党を懲らしめた正義の味方という認識をしてくれた人達がいてもおかしくはないはずなのに。


 この町ではダインのような一部の人間のせいで、『冒険者』という存在に対する印象が悪くなってしまっているのかもしれない。

 そう思いながら隣を見ると、俺と同じような考えに至ったのか。


「結局全部あいつらのせいじゃない!」


 と憤る姉貴の姿が目に入った。


(あ、こりゃ無理だ)


 前言撤回。仮に俺が通りすがりの通行人であの現場を目撃していたら、確実に悪人認定してるね。率先して通報しているかもしれない。

 何しろ「もっと痛みつけておくべきだったかしら」と怖いことを呟き始めた姉貴の目つきは、どうみても極悪人のそれだったからだ。指名手配犯の人相書きだって、もう少し優しげな表情をしているぞ。


「よろしければギルドと提携している宿屋を紹介しましょうか? サービスの質はやや落ちてしまうかもしれませんが」


 俺たちがこれからの方針で頭を悩ませていると、受付のお姉さんが助け舟を出してくれる。


 それは助かる。ギルドと提携しているというのなら宿屋側も断らないだろうし、少々サービスの質が悪いといってもこのまま宿が決まらないなんてことになる方が大変だ。


「あらあら、それは助かります。ではお願いしてもいいですか?」


 ここで時間を食って、その宿屋の部屋が埋まってしまうなんて事態になったらもうどうしようもない。ここはギルドの厚意に甘えるべきだ。


 代表して母さんがお礼を言うと、お姉さんに呼ばれた他の職員が早速その宿屋まで案内してくれることになった。


 やれやれ。これでひとまず一件落着だ。

 とは言えこのままじゃ若干後味が悪い。何か汚名返上できるような機会があればいいんだが。




   ◇




「へえ、アルラドよりいいものが揃ってるのね」


「当然だ。俺が鍛えた剣だぞ」


 翌日。

 この町でドラゴン製の武具が手に入らないということに関してはもう諦めるとして、とりあえず最低限の装備を整えようと武器屋を訪れた俺たち。

 オススメの店はないかとギルドに尋ねて紹介されたのがここ、バングの経営する武具屋だ。どうやら彼は鍛冶師とこの店の経営を兼任しているらしい。


 普段は鍛冶師の仕事が忙しいので滅多に営業はしていないらしいが、ギルドに紹介された俺たちが訪ねると渋々と店を開けてくれた。本当なら今日も忙しかったのかもしれないと思うと、ちょっと悪いことをしたかもしれない。


 店の壁には様々な種類の刀剣類がかけられ、棚には数々の防具も置かれている。そのどれ一つをとっても、素人目にもかなり高いレベルの品だと分かるようなものばかりだ。

 ギルドの人が言っていたこの町一番の鍛冶師、というのは誇張じゃなかったらしい。


「本当に大したもんじゃのう。以前ギルドに貰ったもんの上をいっておる」


「ギルド? ああ、あんたらアルラドにいたらしいな。あんな田舎にいる鍛冶師共になんざ負けるかよ」


 カウンターに座るバングは、爺ちゃんの言葉にフンと鼻を鳴らす。


「じゃがここまでの腕を持つお主でもドラゴンの素材は持て余す、と?」


 そこで初めてバングの顔に悔しそうな表情が浮かんだ。


「ドラゴンの素材から武具を作るには、ただ腕がよけりゃいいってもんじゃない。魔道具の作製技術も必要になってくる」


「魔道具の、ですか?」


 疑問の声を上げたのは親父だ。手には選んでいる最中のナイフを握っている。


「そうだ。高ランクの魔物の素材はそれ自体が魔力を帯びている。ものによっては素材そのものが魔道具として機能するようなやつもあるくらいだ。それを知らずに他の素材と同じように扱ったら下手すりゃ大事故、上手くいってもそこいらの武具と変わらない出来になっちまう。前にも言ったが、今の俺ではまだ無理だ」


 そう言ったバングの表情は変わらず悔しげなままだったが、決して諦めを含んだものじゃなかった。


 日本にいた頃部活で似たような表情を何度も見たし、俺自身もそんな思いを抱いたことがある。

 今は無理でも、必ずいつかはその領域に到達する。そう決意した表情だ。


「ところであれは何なの? 魔力を帯びてるように見えるけど、あれはあんたが作ったわけじゃないの?」


 その場にいた全員が姉貴の指差したものに注目した。


 バングの座るカウンターの頭上。そこに一本の昆と球がかけられている。

 売り物ではないみたいだが大切な物のようだ。店内は決して清潔とは言えない環境にも関わらず、埃一つ被っていない。


 何だあれ? 武器、と言うよりはバットとボールのように見えるんだが。


「……分かるのか?」


「前に似たような雰囲気のものを使ってる人を見たからね」


 そこまで言われて俺も気がついた。武器自体が妙な気配を纏っている。

 確かにどこかで似たような雰囲気を感じたことがある気がする。


(あれは確か……)


 降りしきる雨。眼下で暴れる巨大な影。そしてそれに対峙する一人の大男。


 脳裏にとある光景が鮮明に映し出される。

 そしてようやく思い出した。あれは、あの雰囲気は……!


「バールの魔剣っ!」


 アルラド最強の冒険者バール。彼が使っていた、たった一振りでドラゴンの片翼を切り飛ばし、胴体に裂傷を与えた武器。あれと同じような印象を受けるんだ。


「魔剣、か。これはそこまで上等なものじゃない。魔道具と武器の中間、中途半端な代物だ。魔力を込めて棒で対象を示すと、球の方がそこへ飛んでいく。それだけのものだ。言うまでもないだろうが、売り物じゃない。俺が師匠のもとで最後に作った――試作品だ」


 そう語るバングの口調は、何か懐かしい思い出を楽しむかのようなものだった。


 最後に作ったものが試作品ということは、その師匠との別れは唐突なものだったのかもしれない。つまりあれはバングの思い出の品なんだろう。


「何か勘違いをしていないか?」


 俺もしんみりとした思いでその昆と球を見ていると、バングが呆れたような表情を浮かべていた。


「言っておくが師匠は死んではいないぞ。元々流れの鍛冶師だったのに俺が無理やり弟子入りしていただけだしな。俺が最低限のことを習ってそいつを作ってすぐ、どこかに行っちまっただけだ。今頃どこで何をしているんだか。――と、くだらない話をしたな。とっとと選べ。なるべく高いのにしろよ。金は持っているんだろう? ドラゴンスレイヤーの《ファミリー》さんよ」


 余計なことを話したとばかりに後ろを向いてしまったバングだが、その偉そうな態度には照れ隠しが入っているのがバレバレで、俺たちは思わず笑顔で顔を見合わせてしまった。

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