第1話 エンブラ 1
「はあ!? 装備が出来てない!?」
ガヤガヤと喧騒で満ちたホールの中に、一際大きな姉貴の声が響き渡った。
突如発生した大声に、一体何事かと周囲の冒険者たちがこっちを向いている。それを愛想笑いで誤魔化していると、姉貴は続けてカウンターに両手を叩きつけた。
「何で? あれから結構日数も経ってるし、スラフさんだってここで貰えるって言ってたわよ!?」
「誠に申し訳ありません……」
上半身を乗り出し、そのままカウンターを乗り越えていきそうな姉貴の勢いに、受付のお姉さんも若干引き気味に頭を下げる。
その光景を見て、大方女冒険者が素材の買取価格にでもイチャモンをつけているのだろう、よくある光景だ、と周囲の冒険者たちの興味も薄れていく。
注目されなくなったのはありがたいけれど、これはこれで恥ずかしい。
流石に見かねた爺ちゃんが「やめんか」と頭を叩くと、姉貴は漸く大人しくなった。
まあ確かに姉貴の気持ちも分かる。アルラドで転送魔法陣に飛び込む直前にも確認していたけれど、その前からもずっと気にしてたからな。
かくいう俺も、内心ではちょっとガッカリしていた。
ドラゴンから得た素材で作られた装備! なんて心をくすぐるワードなんだろう!
でも残念なことに、どうやらそれが手に入るのは、まだ先のことになりそうだ。
◇
冒険者ギルド、エンブラ支部。
スラフが用意した転送魔方陣に飛ばされた先は、その二階にある物置だった。
普段はあまり使われていない部屋だったらしく、目を開けた俺達を出迎えたのは転送の衝撃のせいか、盛大に舞う埃の渦。
盛大に咳き込みながら慌てて部屋を飛び出した俺たちを発見したのが、今カウンターの向こうでペコペコと頭を下げているお姉さんだ。
どうやらスラフが転送魔法陣を使うということをエンブラ側に伝え忘れていたらしく、歓迎の挨拶どころか、危うく泥棒と間違われるところだった。
埃まみれの俺達を見て大声を上げるお姉さんに、集まってくるギルド職員。彼らにギルドカードを見せながら必死に状況を説明して誤解を解き、漸く一階のカウンターに案内されたのがついさっきの出来事だ。
エンブラ側の冒険者ギルドに非がないとはいえ、この仕打ちはあまりにも非道い。姉貴がいつもより輪をかけて攻撃的だったのも、これのせいだろう。
(っていうか、これ全部スラフのせいじゃないのか? もしまた会ったら、絶対に文句言ってやる)
俺が内心でそう決意していると、ギルドのお姉さんの横に一人の男が立った。続けてドサリと、何か重そうな物が入った革袋がカウンターの上に置かれる。
「素材が希少過ぎたのが裏目に出たな。ドラゴンなんて、見たことすらない奴の方が多いんだぞ」
「あんた誰よ?」
開口一番。どことなく横柄な態度でそう告げた男に、姉貴が訝しむような視線を向ける。
日に焼けた浅黒い肌に、引き締まった肉体。上半身はただの布切れなような服を羽織っているだけという涼しそうな格好で、腰からはジャラジャラとよく分からないものがぶら下がっている。
どう見てもギルド職員には見えないけれど、もしかしてお偉いさんなんだろうか。
「俺の名はバング。ギルドからドラゴンの素材を使って装備を作るようにと依頼された、ただの鍛冶師だ」
「バングさんはこの町一番の鍛冶師で、ここを拠点としている高ランク冒険者の方々は皆彼に武器の作製や手入れをお願いしているんですよ」
バングと名乗った男の自己紹介を、受付のお姉さんが補足する。けれど賞賛と取れるその内容を聞いて、バングは「よせ」と不機嫌そうに首を振った。
「ふーん。で、結局町一番の鍛冶師さんは、どうして装備を作ってくれてないわけ?」
爺ちゃんに窘められたお陰で行動にこそ移してないけれど、姉貴の言葉はどこまでも棘棘しい。表情も友好的と言うには程遠く、こんなところで油を売っている暇があるのなら、とっとと製作に戻れとでも言いたげだ。
「簡潔に言う。すまんが、この町で『こいつ』を加工するのは無理だ。設備も、そして何より俺の腕も足りていない」
そう言ってさっきの革袋を撫でるバングの表情は、どこか悔しげにも見える。
出会ったばかりで人となりも知らないけれど、ギルドの人に町一番の鍛冶師なんて言われているぐらいだ。彼も自分の腕に多少なりとも自信があったに違いない。
「鱗を継ぎ合わせただけの防具程度なら作れるが、折角こんなにいい素材なんだ。もっと腕のいい奴に纏めて一式拵えてもらった方がいい」
「その、そういうわけですので本当に申し訳ありませんが、装備ではなく素材のお引渡しということになります」
受付のお姉さんが再び頭を下げるのと同時に、他のギルド職員たちの手によって受付の奥から次々と革袋が運ばれてくる。
最初にバングが置いたものも含めて、これら全部にドラゴンから採れた素材が分けて入れられているんだろう。
「そんなぁ~……」
「す、すみません。お詫びの意味も込めまして、素材は多めに入れておりますので……」
ここでこれ以上文句を言ったところで、出来ないものは仕方がない。確かに期待を裏切られた感はあるけれど、そもそも装備への加工の話はギルド側からの善意による申し出だったはずで、それが取り分の増加に代わるだけだ。
力なくしゃがみこむ姉貴を置いといて、俺達は並べられた革袋をマジックバッグに詰め込み始めた。
「まあ仕方なかろう。こうして持ち運び出来るようにしてもらえただけでも、上出来じゃて」
爺ちゃんが言う通り、大きさこそバラバラだけど、全て分けて革袋に収められているというのはとてもありがたい。
自分たちで魔物を狩った場合、実は死体の解体と部位ごとの分類というのが非常に面倒なのだ。
魔石や爪、鱗のような部位はまだいい。こうしてギルドがしてくれているように、それぞれを纏めて革袋に放り込んでおけばいいだけだ。
問題はその他の部位。滅多にないが、心臓や目玉といった内臓系の部位が買い取り素材になっている場合だ。
これらはまず取り出すのに手間がかかる。その上柔らかいので扱いは慎重にしなければならないし、他の部位と混ぜて袋に入れるのもご法度だ。以前、素材から染み出した血や体液が混ざって悲惨なことになり、ギルドに買い取り拒否されてしまったこともある。
ならこの世界に来て初めてドラドラコを運んだ時みたいに、死体を丸ごとマジックバッグで運んで渡してしまえばいいじゃないかと考えたんだが、どうやらあれはギルドのサービスだったらしい。初見の一般人や新人冒険者。魔物の解体や素材採りのノウハウを知らない彼らに対する、初心者ボーナスみたいなものだと言われた。
当然Bランク冒険者を含む俺達がそんなサービスを受けられるはずがなく、実際にお願いすれば別途手数料を取られることになる。
(まあそもそもドラゴンの死体なんて、でかすぎて持って帰れないけどな)
そう考えると、解体してくれただけでも大助かりだ。あんなでかい奴を部位ごとに切り出してたら、いつまで経っても終わる気がしない。
「そうねえ。内臓とかを剥き出しでポンと渡されるよりはいいんじゃないかしら。確かに残念ですけど、鍛冶師さんは改めて探すことにしましょう」
「え、内臓!?」
明らかに不定形のものが入っていそうな、ブヨブヨと形を変える袋を楽しそうに突きながら話す母さん。その言葉に親父は慌てて自分の手にしている袋を凝視する。魔物の解体なんて、もう数え切れないほどこなしてきたはずなのに、未だに親父はそういうものに慣れていないみたいだ。
「当然だ。ドラゴンの体は血の一滴に至るまで、余すことなく貴重な素材なんだぞ? それともう一つ、これもお前たちの取り分だ」
そう言ってバングが最後にカウンターの上に置いたのは、他のに比べても一回り以上小さな革袋だった。
「何これ」
訝しげな表情をした姉貴がしゃがみ込んだまま手だけを伸ばして中身を取り出すと、握り拳よりもやや大きめなガラス玉のようなものが出てきた。
「これは……」
半透明の材質で出来た球状の物体。その中心部から、赤く強烈な光が溢れ出している。
よく見れば完全な球状というわけではなく、僅かに歪んだ形で表面もデコボコとしている。けれどもその凹凸がうまい具合に内部からの光を乱反射していて、まるで巨大な宝石のようだ。
「まさか、ドラゴンの魔石ですか?」
その輝きに吸い寄せられるように顔を近づけながら、親父が信じられないといった表情で尋ねるのに、バングは黙って頷いた。
確かにドラゴンは魔物の一種だ。ということは、当然体内には魔石がある。
それにしてもこんなに大きく、そして綺麗な魔石なんて、今まで見たことがない。
今回俺達が倒したのは幼体だったけれど、流石はAランクの魔物、ということなんだろう。魔石からして他の魔物とは格が違う。
「あのドラゴン騒ぎに関しては、結成された討伐隊に対する出費もある。それもあってこいつもドラゴンの解体と運搬の手間賃代わりにギルドが貰う、って意見もあったみたいだけれどな。実際に討伐したのはお前たちだ。それじゃ筋が通らねえだろう、ってことで――」
「おいおい待てよ! ドラゴンの素材だって!?」
魔石の放つ輝きに見とれてバングの話を半ば聞き流していると、突然ギルドホール中に胴間声が響き渡った。
(うわあ……)
瞬間、思わず顔を顰めてしまう。面倒事の匂いしかしない。
親父はポカンと動きを止め、爺ちゃんと母さんは大声のしたほうを一瞥すると何事も無かったかのように再び素材を仕舞い始める。姉貴は手にした魔石に見入ったままだ。
「何だあ? そこの家族連れみてえな連中は。ヨボヨボの爺までいやがる。何でこんな奴らがドラゴンの素材なんて貰ってるんだ?」
ノシノシと人垣を割って現れた声の主は、身長ゆうに二メートルを超える大男だった。
下はズボンを穿いてはいるけど、上半身には金属製の胸当てだけを装備した姿。平均よりも遥かに発達した筋肉の鎧は、その身長と相まって、見るもの全てを威嚇する出で立ちだ。
魔力っていう不思議な力があるせいか、この世界においては純粋に筋肉の量=腕力じゃない。その最も分かりやすい例が姉貴と俺だ。実は元々単純な腕力は俺の方が上だったんだけれど、この世界じゃそれも逆転している。
それでもやっぱり筋肉が多いに越したことはないし、この男も自分の見た目が相手に与える影響を十分に理解しているんだろう。まるで威圧するように周囲を睨め回しながら近づいてくる。まあ、それはともかく。
(こいつ、どこかで見たことあるような気がするんだけど)
同じような格好をしている冒険者は、他にも何人か見たことがある。けれどもこの男には、どこか既視感を感じる。覚えていないだけで、どこかで会ったことがあるのだろうか。
「そんな奴らにくれてやっても宝の持ち腐れだぜ? 俺に寄越しな。そうすりゃ、有能な冒険者がより強くなる。ギルドとしてもその方がいいんじゃねえのか?」
「ダインさん、この素材は彼らの働きに対する正当な報酬です。あなたにそんな権限はありません」
俺が頭をひねっているうちに、ダインと呼ばれた男はカウンターに手をついて、お姉さんに向かって話しかけ始めた。
あまりにも非常識なその態度に、さっきまでとは打って変わって、毅然とした態度で応じるお姉さん。その横に立つバングや奥から顔を覗かせている他のギルド職員たち、そして周囲にいる他の冒険者も厳しい視線を送っている。
「ちっ、相変わらずギルドの連中は固いなあ。じゃあ直接交渉させてもらうか。それなら文句ねえだろ? おい、オッサン」
「は、はい……?」
周囲の視線には気付いているだろうにそんな素振りは微塵も見せず、ダインという名前らしい大男が今度は親父に向かって話しかける。
その横柄な態度に流石にイラッときたけど、怯えた様子を見せる親父も親父だ。今の親父なら多分こいつより強いんだし、そんなにビビったりしないでほしい。
俺と同じことを思ったのか、母さんもこっそりと溜息を吐いている。
「話は聞いてたろ? どんな手を使ったかは知らねえが、俺によこしな。何、タダとは言わねえ。金は払うさ」
これはいけるとでも思ったのか、ダインは親しげに親父の肩に手を回した。対する親父の視線は泳ぎ、僅かに足も震えている。
金は払うなんて言ってるけど、絶対に正規の値段じゃない。これじゃただのカツアゲだ。親父じゃ話にならなさそうだし、そろそろ助け舟でも出すか。
「あーもう、何なのよアンタ! さっきからガタガタガタガタ煩いわね!」
一応ここはギルドの中、しかも受付の目の前なので穏便に済ませようと爺ちゃんと母さんとアイコンタクトを取っていると、その前に姉貴が切れた。
「父さんも父さんよ! こんな筋肉ダルマ、パパーっと畳んじゃえばいいのよ!」
「あぁ?」
魔石を袋に放り込むと、姉貴は勢い良く立ち上がってダインを睨めつける。
自分の肩よりも低い位置にあるその顔を見下ろし、ダインは怒りを滲ませた声を上げたが、直後にその相貌をだらしなく崩した。
「おいおい。ヨチヨチ歩きの糞ガキかと思えば、結構な上玉じゃねえか」
「あん?」
一瞬でよりさっきのダインよりも剣呑な表情になる姉貴。
(あ、やばい)
アルラドで何度も見たことのある光景だ。数秒後に起きるだろう出来事も、手に取るようにして分かる。
目の前で冒険者同士が剣呑な雰囲気になっているというのに、ギルドの人たちは口を出そうとする様子はない。この程度の諍いにはノータッチということだろうか。
周囲にいる他の冒険者たちに至っては、この騒ぎを楽しんですらいるみたいだ。皆が皆ニヤニヤと、笑みを隠そうともしていない。
「いいねえ。ドラゴンの素材も魅力的だが、あんたみたいな別嬪さんとも出会えるなんて、今日はついてるぜ。よく見りゃ、姉ちゃんの方もかなりの美人だ」
どうやら母さんのことは俺達の姉と勘違いしたみたいだ。
ダインが下品な目つきで口を開く度に姉貴の額に青筋が浮かび上がっていくが、母さんの怒りは予想よりも浅い。多分若く見られたことが嬉しいんだろう。
それでも予想よりは、といった程度で、怒っていることには変わりなさそうだけど。
「ちょっとこっちに来いよ。取引価格の交渉でもしようぜ」
二人の様子のどこに交渉の余地有りと感じたのかは甚だ疑問だけど、ダインは親父の肩から手を離すと姉貴の方へと手を伸ばした。
その腕を姉貴が掴み返し、驚いた表情を浮かべるダインの顔面に拳を叩き込む――そんな光景を幻視したが、実際にダインの腕を掴んだのは殺意に燃える目をした姉貴ではなく、ついさっきまで震えていたはずの親父だった。
「こ、交渉は出来ません。帰ってください」
言葉と同時にダインの体がフワリと浮き、背中から床に叩きつけられる。
(おお! 格好いいぜ、親父)
いつまでも昔の親父じゃない、ってことか。普段は丸められているその後姿が、とても頼もしく見える。
一方仰向けになっているダインの方は、対してダメージを受けていないのか、ゆっくりと無言で立ち上がると片手を挙げた。それが合図だったらしく、周囲の冒険者たちの中から数人の男たちが前に出る。
見るからに、どいつもこいつも悪人面だ。状況から考えて、ダインのチームメンバーだろう。
「表に出ろ。穏便に済ましてやろうと思ったが、やめだ」
彼らの中心に立ったダインが顎をしゃくる。
こういう輩の思考回路は、マジで意味不明だ。どう考えても悪いのは自分たちの方だろうに、微塵もそんな風には思っていないらしい。
肩を怒らせてギルドを出ていくダインの後ろに、嫌らしい笑みを浮かべた仲間たちが続き、残された俺達には好奇の視線が向けられた。
「上等よ。その喧嘩、買ってやろうじゃない」
どうしようか、と聞く前に、姉貴はそう呟くと喜々としてダイン達を追いかけて行ってしまった。
「晃奈め、やり過ぎんとええが……」
「あらあら、やる気満々ね」
「うわぁ、やっちゃった……。話し合いで解決したい……」
騒動の間も黙々と素材をマジックバッグに詰め込み続けていた爺ちゃんが歩き出すと、母さんと親父もそれに続いた。
そして最後まで見物したいのか、他の冒険者たちもが全員ゾロゾロとそれについて行く。
もしかして皆暇なんだろうか。
(まあ、丁度いいか)
アルラドでも感じたことだけれど、どうも俺達は初見の相手に舐められがちな気がする。別に強さを誇示したいってわけじゃないけれど、エンブラにいる間にこれ以上余計な輩に絡まれるのも面倒だ。
ダインって奴には運が悪かったということで、精々派手にぶっ飛んで貰おう。
◇
「喧嘩だ、喧嘩! 冒険者同士の喧嘩だ!」
「久しぶりだな、おい! 誰がやるんだ?」
「ダインのチームと、見たことねえ家族連れの連中だ」
「おいおい、ダインはCランクのベテランだろう? 相手はそれ分かってんのか?」
「しかも家族連れの方の女連中は、かなりの別嬪さんらしいぜ」
「まじかよ。ダインのやつ、羨ましいなあ」
ギルドの正面でダイン達と睨み合うこと数分。始めのうちは少数だった見学人の数は、あれよあれよという間に一気に膨れ上がり、今ではまるでお祭りのような騒ぎになっている。
誰も俺達を止めようとしないばかりか、楽しくて仕方がないといった様子だ。この町にも騎士団はいるはずなのに、警備関連の人が来る様子もない。
「うるっさいわね。まとめてぶっ飛ばそうかしら」
ダインはそれなりに有名な冒険者らしく、周囲の興味はもっぱら俺たちに向けられている。
純粋な好奇の視線がほとんどだけど、中には姉貴や母さんに下品な視線を向ける連中も多く、それが現在進行系で姉貴の機嫌を悪化させていた。
やり過ぎはよくないと思うけれど、今回は俺も姉貴の意見に賛成だ。こうも堂々と身内をそんなふうに見られて、あまりいい気持ちはしない。
「あらあら、アルラドよりも大分治安が悪そうね。王都に近いほうが、治安はよさそうなものですけど」
そして視線を受けているもう一人――困り顔の母さんは頬に手を当てて、のんびりと周囲を見渡している。その横に立つ親父は覚悟を決めたみたいで、面と向かってダイン達を睨みつけていた。
爺ちゃんは腕を組んだまま無言で佇んでいるけれど、やる気は十分みたいだ。さっきからこっそりと地面を足で叩き続けている。
「今更逃げられねーぞ! それとも泣いて詫びでも入れるか!?」
両手を広げ、周囲にもよく聞こえるように声を張り上げるダインと、それを聞いて益々沸き立つ見物人達。
自身を含めて、誰もがダイン達の有利を疑っていない雰囲気だ。
「それはこっちの台詞よ! 言っとくけど、こっちは泣いて詫びても許さないから!」
そんな空気にも一切臆さずに、それどころかダインよりも凶悪な事を言い返す姉貴。
その目は爛々と輝き、今すぐにでもダインの喉元を握りつぶしたいのか、両手が落ち着きなく動いている。
「上等だ」
姉貴の言葉を受けたダイン達の笑みがより嗜虐的なものになり、全員が一斉に腰から武器を抜き放った。
「って、おい!?」
「安心しろ。殺しゃしねえよ。ただかなり痛い目にはあってもらうがな。手前らも武器、使いたきゃ使ってもいいんだぜ?」
アルラドでも初めの頃は何度かこういう手合と揉めたことがある。多少荒事になったこともあるけれど、それでも双方素手でのやり取りだった。スキルは当然として、武器を使ったことなんて一度もない。
手加減。峰打ち。殺しはしない。
どんなに言葉を並べて、実際に心がけていても、道具を使えば事故の確率は大きくなるし、それが取り返しのつかない事態を招くことは誰にでも分かる。
「お前ら……!」
周囲も特に驚いた様子を見せていない。つまり今までにも同じようなことが何度もあったということだ。そして致命的な事故が起こったこともないのかもしれない。
けれども逆に言えば、こいつらは同じような手口を何度も繰り返してきたということだ。自分より弱い存在を衆人環視の中で甚振って、笑って――。
握りしめた拳に力が篭もる。
右手を腰に伸ばし、剣の柄を掴もうとして――その手が宙を切った。
「あれ!?」
そしてその時になって漸く思い出した。
(俺達まともな装備持ってないじゃん!)
実は俺たちは全員魔人事件のゴタゴタで武器や鎧が壊れていて、それから補充もしていない。
そういえば転移後にすぐに貰える筈だった、例のドラゴンの装備を当てにしていたんだった。
ダイン達の余裕そうな態度も俺たちの貧弱な装備を見て、というのが原因の一端を担っているのかもしれない。今も誰一人として武器を抜こうとしない俺達を見て、せせら笑っている。
(まずい、どうしよう)
不測の事態に内心で焦る。けれど、目の前で武器を構える相手と、平然と並ぶ横の家族を見て、すぐに思い直した。
(いや、別に問題ないのか?)




