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第12話 殺人犯の正体 4

「報告によりますと、あの後コットンは南門方面へ逃走。門に多数の人間が詰めているのを見るや、駆け上がるようにして壁を飛び越え、町の外へ出たそうです。以降の足取りは掴めていません」


 報告書を片手にナッシュが話し続けるのを、俺たちは黙って聞いていた。


 冒険者ギルドの三階、来賓室。

 今この部屋の中にいるのは俺たち《ファミリー》の一家全員と支部長のスラフ、そしてナッシュの七人だけだ。


 犯人が姿を消した後、騎士団の連中は俺達の事なんて眼中にないかのように、すぐにその足取りを追うために行ってしまった。

 あいつらには言いたいことが山程あったけど、犯人を放置するわけにもいかない。仕方なく俺たちも犯人を探すために町の中を駆け回ったのだが、結局見つけることができないまま朝になってしまった。


 その後スラフの提案で一旦宿に帰って軽く睡眠をとり、昼過ぎにギルドに集合。

 そして現在、引き続き捜索をしてくれていたギルド職員や他の冒険者達からの報告の纏めを聞いている、というわけだ。


「完全に逃げられましたか」


 ナッシュの報告に特に驚いた様子もなく、スラフが頭をかく。


 このアルラドの町は魔物の襲撃に備えて周囲をぐるりと壁で囲んでいるが、その高さは精々三、四メートル程度。材質も積み上げた石の上から粘土を塗り重ねたようなもので、お世辞にも頑丈とは言えない。

 時間さえかければ誰にでも壊せるだろうし、冒険者ともなれば単身で乗り越えることも出来る。ましてや相手はひと跳びで二階建ての建物の上に登れるような奴だ。そのくらい朝飯前だったに違いない。


「で、あの魔石人間はコットンって名前の冒険者で間違いないのね?」


 そんなことには全く興味がない、と言わんばかりの態度で姉貴がスラフに問いかけた。


 確かに姉貴なら壁を乗り越えるどころか、粉砕して突き進んでいけそうだ。犯人の取った行動なんて、何の驚きもないだろう。


「かなり様子は変わっていたが、間違いない。あれはコットン本人だ。私も昔、何度か見かけたことがある」


 スラフに視線を投げかけられたナッシュが代わりに答えると、来賓室の中に沈黙が広がった。


 報告の一番初めに、俺たちはスラフさんから連続殺人犯の素性について粗方を説明されている。


 コットン。Fランク冒険者。ギルドからは死亡したと思われていたが、単に姿を眩ませていただけらしい。ただし今回の件で完全に登録を抹消されるようだが。


「本当にFランクなの? どう考えてもそこいらの冒険者より強かったわよ。やたら打たれ強いし。それに……体中に魔石が付いてた」


 けれどもその正体に姉貴は納得いっていないみたいだ。

 いや、姉貴だけじゃない。全身に魔石を埋め込まれたあの異形の姿。一家全員が疑問に思っている。


「魔人、と。そう仰っていましたね?」


 いつものように微笑みを浮かべたままの母さんが、言い逃れは許さないと言わんばかりの雰囲気を漂わせてスラフに質問した。


 昨晩、炭化した状態から復活したコットンの姿を見たスラフさんが発した一言。

 あの時はそれどころじゃなかったから聞き流していたけれど、スラフはあの異形の正体に心当たりがあるに違いない。


「やはり聞こえてしまっていましたか」


 母さんに続いて俺たち全員が黙って見つめると、スラフは観念したように口を開いた。


「魔人というのは亜人の一種です。非常に強力な種族で、詳しい場所は分かりませんが、このジダルア王国の遥か北、どこの国にも属さぬ未開の地に住んでいると言われています」


 確かこのジダルア王国の北方にはヤンダール帝国っていうのが広がっていたはずだ。未開の地ってことは、それよりも更に北ってことだろうか。とんでもなく遠そうだ。

 コットンはそんな所からここまで来たのか?


「魔人の最大の特徴は体のどこかに魔石を有しているという点です。私も初めて見ましたが、一部の魔物と同様、魔石内部に溜め込んでいた魔力を使用することも可能なようですね」


 昨晩、コットンが逃げ出す直前に放った強力な光。多分あれがそうなんだろう。魔石から漏れ出ていたあの光が、貯めこまれていた魔力ってことか。


「やはり長年Fランクに甘んじておったとは信じられんのう。実力を隠しておったのか?」


 説明を聞いた爺ちゃんが首をひねる。確かに聞けば聞くほど不思議だ。


 戦闘向きの種族で実力も十分。性格にはかなり問題がありそうだけど、そんなことはランクに関係ないとモルトンも言っていた。


「問題はそこです。彼はこの町で冒険者として活動していた頃は魔人ではなく、間違いなく普通の人間でした。あれは言わば後天的な魔人です」


「後天的な魔人?」


 また新しい情報が出てきた。後天的な魔人って何だ?


「はい。先ほどお話しした北方に住む魔人たちは生まれながらに魔石を宿し、その力を完全に制御している種族です。仮に彼らを先天的な魔人とします。対してコットンは元は普通の人間族でしたが、何らかの外的要因で体内に魔石を宿し魔人となった。つまり後天的な魔人、というわけです」


「そんなことが出来るんですか?」


 親父が思わずといった様子で声を上げるが、俺も同じ気持ちだ。


 その話が本当ならコットンはその何らかの外的要因とやらで、種族そのものが変わったということになる。多分特殊なスキルやアイテムを使うんだろうけど、この世界ではそんなことまでありなのか。


 スラフは親父の方を向き、次いで俺たち全員の顔を見渡すとスッ、と目を細めた。


「はい、可能です。……ここから先については内密にお願いします。人の口に戸が立てられぬのは分かっていますが、徒に吹聴されては困る内容ですので」


 その顔からいつもの穏やかな笑みは消え、部屋中に重苦しい空気が圧し掛かる。相手は丸腰、それも椅子に座っているだけのはずなのに、思わず額に冷や汗が浮かぶ。


 誰かがゴクリと喉を鳴らした音が響くと、スラフは元の表情に戻り、部屋中に放たれていた重圧はあっさり霧散した。


「驚かせてしまってすみません。ですがギルドの中でも、これを知る者はごく一部だけなのです。……過去にも何件か、人間が後天的に魔人となった事例がありました。彼らに共通していたのは、日常的にある行動をとっていたという点です。何だか分かりますか?」


 それだけ言われても、と俺達が顔を見合わせていると、スラフは懐から何かを取り出した。


 僅かに紫色のかった、指の先ほどの大きさの半透明の結晶。内部では薄い輝きがゆらゆらと揺れている。

 もう見慣れた、そしてコットンの体表から生えていた物質。


「そう、魔石です。彼らはこれを日常的に摂取、つまり食べていたのです。」


「それって……」


 そう言えば聞いたことがある。魔石を食べ過ぎたせいで体内に魔石が生まれ、魔物と成り果ててしまった人や動物がいると。


「はい。実際魔石を食べることによって多少魔力が回復するということは周知の事実ですので、ポーションの尽きた冒険者が緊急時にその代わりとするのは珍しいことではありません。しかしそれを恒常的に行うことによって、極稀に体内に魔石が生まれることがあるのです。それが後天的な魔人の正体です」


 話を聞く限り、それ自体に特に問題はないような気がする。


 どうやら魔人っていうのはかなり強力な種族らしい。この国じゃ亜人は差別されがちらしいけど、ギルドはそんなことはしないって方針だ。俺は御免だけど、種族が変わることに抵抗がないっていうのなら別にいいんじゃ?


 俺のそんな疑問を見透かしたかのように、スラフはちらりとこちらに視線を向けると話を続けた。


「ただし、後天的な魔人は理性を失い力に溺れ、まるで魔物のように本能のまま暴れることが多いようです。その危険性からギルドはこの方法を秘匿し、非常時以外の魔石の摂取をやめるように勧告してきました。力を求める冒険者は数多くいますからね」


 俺の考えが甘かった。強くはなれるけど、とんでもないデメリットだ。魔石を食べると魔物になるっていうのは、ギルドが流した噂だったんだな。


「成る程ね。それで、あのコットンってやつも暴走してるってわけね」


 いえ、と姉貴の言葉を首を振って否定するスラフ。


「確かに彼の言動からは少々まともではない印象を受けますが、一概にそうとは言い切れません。彼の行動には何らかの目的を感じます。初めは町の警備兵でしたが徐々に、より実力の高い者。そして今は冒険者を襲っている……」


「復讐、ではないでしょうか」


 そこでナッシュが口を挟んだ。何か思い当たることがあるようだ。


「二年もの間冒険者として活動しながら、コットンはFランクのままでした。当時彼がそのことで周囲の冒険者に馬鹿にされ、諍いを起こしているのを私も見たことがあります。力を得たことで、自分を馬鹿にしていた強者たちに復讐してやろう、という気持ちがあるのではないでしょうか」


 再び来賓室が静まり返る。


 冒険者同士の小競り合い程度にギルドは口を挟まない。ナッシュが目にした諍いというのもコットンが巻き込まれたトラブルのほんの一部だろう。


 冒険者はランクに対して敏感だ。

 冒険者のランクは強さと実績の絶対的な指標。高ランクであれば尊敬され、低ランクであれば軽く扱われる。駆け出しならともかく、二年間も活動を続けてFのままというのは、確かに物笑いの種にされていたとしてもおかしくない。


「成る程。アルラドは彼が冒険者として登録し、活動してきた町です。この町に戻ってきたのも偶然ではないということですか。目的を復讐だと仮定すると、彼の標的は当時からこの周辺一帯で最も強かったバールさん達のチーム。あるいは最近ドラゴンを倒し、名実共に彼らに次ぐ実力を持つ皆さん《ファミリー》かもしれません」


「それは、また私達が襲われる可能性があるということでしょうか?」


 親父が不安そうな声をあげる。


「はい。ですがあくまで可能性の話です。彼の目的が復讐というのも、推論でしかありません。ただ一つ言えるのは、この周辺で活動する冒険者全員が危険に晒されているということです」


「今更冒険者が危険、だなんて笑えないわね」


 姉貴は頭の上で手を組むと背もたれによりかかり、足をブラブラとさせ始めた。


 冒険者の活動は常に危険との隣合わせ。実際に以前の護衛クエストでも何人もの冒険者達が命を落とした。


 けれどもこの件は異常だ。

 相手は魔物じゃない。自分と同じ人間が命を狙ってくる。

 盗賊ともまた違う。ただ殺意のみを持った人間が、だ。


「今回の件については緊急事態ということで、近隣の町のギルド支部も全面的に協力します。さしあたり周囲の町の冒険者にも注意を促すと共に、バールさん達を発見次第アルラドに帰還していただくよう要請しました。彼らならばすぐに戻ってきてくれるでしょう」


 そういえばバール達はアルラドに転移できるスキルが使える、って言ってたな。文字通り一瞬で戻ってこれるはずだ。


「町の門には大幅な人員の増員を。こちらは我々ではなく、騎士団のほうで手を打ってくれているそうです」


 騎士団と聞いて反射的に眉をしかめてしまう。昨晩は有耶無耶になったが、連中が爺ちゃんに攻撃をしかけてきた件については何一つ解決していない。


「そう怖い顔をしないでください。昨晩も言いましたが、あの件については後ほどギルドとしても正式に抗議します。賠償金か謝罪文の一つでも出させますよ」


 納得はできないが、支部長であるスラフがこう言うなら仕方ない。


 それに少し時間を開けて落ち着いて考えてみると、貴族とやらと必要以上に揉めるのはあまり得策でない気もする。この件が済んだら、今後一切関わり合いになりたくない。姉貴ならそんなの関係ないと言い出しそうだが。


「あとは再び壁を越えて出入りされた時のために、ナッシュ?」


「はい。言われたとおりに仕掛けてきました」


 スラフに問われたナッシュが首肯する。


 仕掛けてきた、って何だ?


「コットンが再び町に侵入しようとした場合、恐らくもう素直に門を通ることはないでしょう。と言っても常に全方位の壁を見張るわけにもいきません。ここはそこまで大きな町というわけではないですが、流石にそれは無理です。ですので、ナッシュに結界を張ってもらいました」


「進入を阻む、という程のものではないが、壁を越えたり破壊したりしたものが現れた場合、即座に感知することができる。対応が後手に回るのは否めないが、これが今我々のできる最大限の対策だ」


 いや、十分凄いだろ。

 結界? この町の壁全体に? ナッシュって見た目からして脳筋キャラだと思ってた……。


 ほわー、と親父が驚いたような溜息を吐いていると、ドンドンとノックにしては乱暴な音と共にギルド職員の人が勢い良く部屋に入ってきた。


「君、今は……」


 突然のことにナッシュが顔を顰めて注意しようとするが、職員の方はそれどころじゃないみたいだ。驚く俺達の前で、ナッシュの言葉をぶった切って口を開く。


「すみません! ですが支部長、大変です!」




   ◆




「逃げられただと?」


「はい。申し訳ありません」


 アルラドの町、騎士団本部。訓練所も内包し、町の中でも有数の敷地面積を誇る二階建ての建造物。


 その二階にある部隊長室の椅子に座り、ポータはグリューからの報告を聞いていた。


 連れてきたほとんどの騎士たちは逃げた殺人犯の行方を追っており、残りの一部がしばらく活動不能状態だったアルラド支部の立て直しの為に走り回っている。


 窓の外で敷地内に生えてしまった雑草を引き抜いている騎士団員の姿を見ながら、ポータはふん、と鼻を鳴らした。


「壁を飛び越えるなどと、何と野蛮な。いや、やつは魔人だったな。野蛮なのも、やむなしか」


「……実はあの魔人の正体なのですが、どうやら冒険者のようでして」


「何だと?」


 年齢は三十後半と、領主にしてはかなり若い部類だが、ポータの能力は極めて高い。幼い頃から英才教育を施され、その政治的手腕もさることながら知識、そして個人の戦闘力においても並の冒険者よりも遥かに上だった。


 昨夜異形の姿を晒した殺人犯の姿を見て、ひと目でその正体が魔人であると看破したのも、騎士団の中では彼一人だった程だ。


「冒険者ギルドは魔人などという蛮族まで、冒険者として登録しているのか?」


 そんな彼の欠点は極度の冒険者嫌いであるということ。そしてこの国の人間ならば普通のことだが、種族差別主義者だということくらいであろう。


「種族による差別はしない、というのがやつらの看板ですので。それとあの場にいた家族連れのような冒険者についても調べましたところ、先日例のドラゴンを倒したと噂のチーム、《ファミリー》だそうです」


「《ファミリー》?」


「はい。どうやら奴らが魔人討伐の任の要だったようです」


 報告は以上のようだ。

 ポータは腕を組むと、何かを考えるように目を閉じた。主の思考の邪魔はすまいと、グリューは無言で佇む。


「そうか。やつらがそうだったのか……」


 ポータにとって冒険者とは忌むべき存在である。

 規律を重んじず自由気ままに日々を過ごし、報酬さえ貰えればと、騎士団の領分にまで土足で乗り込んでくる連中。国の認可さえなければ、即刻全員己の領土から叩き出しているところだ。


 実は犯人が元冒険者と聞いたとき、ポータは内心小躍りしていた。やつを騎士団の力だけで捕らえることができれば、それをネタに追い出すことはできなくとも、領内における冒険者ギルドの発言力を抑えることができると思ったからだ。


 しかし《ファミリー》の話を聞き、さらなる名案が頭に浮かんだ。

 上手くいけば先日のドラゴン騒ぎ、あの失態をも帳消しに出来るかもしれない。あの事件のせいでこの町での騎士団への信頼は地に落ち、逆に冒険者の評判は非常に高くなった。


 それに加えて冒険者たちによる街道付近の魔物退治。騎士団員の数が少なくなってしまったせいもあるが、本来ならそれは騎士団の領分のはずだ。


 こんな状況を作り出した要因でもある冒険者のチーム。魔人と共に彼らも一網打尽に出来るかもしれない。


 ポータが頭の中で計画を練っているとコンコン、とノックの音がした。


「入れ」


 ポータが頷くのを見て、グリューが扉の外に向かって声をかける。


「はっ。失礼します」


 入ってきたのは情報収集に向かわせていた団員の一人だった。


「どうした。何か新しい情報でも手に入ったのか?」


「はっ。先程南森の付近で冒険者の死体が発見されました。ギルド職員の検分によりますと、死亡していたのはEランクの冒険者四名。付近で魔物を討伐していた帰りに何者かに襲われた模様です。また大量の素材を所持していたのですが、その中に魔石のみがなく、恐らく持ち去られたのではないかと思われます。現在一連の事件との関連を調べているところです」


「そうか、ご苦労。下がってよいぞ」


「はっ」


 団員が退室するとポータがグリューに声をかける。


「どう思う?」


「間違いなく昨晩の魔人の仕業でしょう。恐らく魔力回復のために魔石を持ち去ったのだと思います。昨晩だけでかなりの魔力を消費している様子でしたので」


 主からの問いに、グリューは間髪いれずに答えた。


「私も同意見だ。さて……」


 再び少しの間考え込むと、ポータはニタリと嫌な笑みを浮かべ、立ち上がった。


「名案が浮かんだぞ。耳を貸せ」

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