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第11話 殺人犯の正体 3

「爺ちゃん強えぇ……」


 まさに鎧袖一触って感じだ。

 この世界に来てから大暴れしている姉貴の影に隠れがちだったけれど、元々我が家で最強なのは爺ちゃんだったのを思い出す。

 そうだ。あの姉貴を人間兵器に鍛え上げたのはこの人なんだ。

 今なら素のステータスは姉貴の方がずっと上だろうし、俺だってそこそこ自信はある。それでも一対一で手合わせをしろと言われたら、全く勝てる気がしない。


 地面に縫い止められた犯人が悔しげに爺ちゃんを睨めつけているけれど、いくら回復力が凄くてもあの状態からじゃ、どうすることもできないだろう。


「これであいつも詰みね」


 姉貴も安心したような声を漏らす。


 爺ちゃんはあいつの驚異的な回復力を知らないだろうけど、意識のある相手に油断するような人じゃない。ギルドからの応援もこっちに向かっているはずだし、このまま逃がさないように全員で見張っていればそれで終わりだ。


 勝利を確信して爺ちゃんの元へ向かって走っていると、一番最初にそれに気付いた親父が「皆、止まって!」と叫んだ。

 慌ててそれに従って、親父の指差す方向を見る。


 二人の頭上。周囲の建物よりもさらに高い上空に、小さな魔法陣が浮かんでいる。

 爺ちゃんもそれに気が付いたみたいだ。咄嗟に槍を引き抜くと後方に跳び下がった。


 瞬間、空に浮かんでいた魔法陣の下に更に複数枚の魔法陣が生まれる。幾重にも展開された魔法陣、その間を潜るように赤い光が降り注ぎ、地面に着弾。犯人を巻き込んで爆発した。


 激しい熱と風が吹き付けてくる。二十メートルは離れていたはずなのに、凄い威力だ。

 風と一緒に砂や小石も飛んできたので、思わず両腕で顔を庇う。収まるのを待ってゆっくりと目を開けると、そこには真っ黒に焦げた地面と、全身がほぼ炭化しているような有様の犯人の姿があった。

 あれだけの威力だったにも関わらず、地面以外に被害は出ていない。しっかりと制御された攻撃だったというのが俺にも分かった。

 問題は、それが爺ちゃんがすぐ近くにいる状態で放たれたっていうことだ。


 ――今撃ったのは誰だ。


 冷えた頭で周囲を見渡す。見える範囲には他に誰もいない。


「静かに……」


 母さんが口に人差し指を当てて、ニコリと微笑む。その微笑みにどこか薄ら寒いものを感じて、言われた通りにして耳をすませていると、どこからか足音が聞こえてきた。


 ザッザッザと、多勢の人間が規則正しく足並みを揃えて歩く音。やがて俺たちの来た方向から現れたのは、全身を鈍く銀色に輝く甲冑に身を包んだ集団だった。

 揃いの白いマントに、胸には盾と薔薇の花弁を模ったマーク。

 前に見たことがある。騎士団だ。それもあのマークはこの辺り一帯を治めている領主のものだったはず。

 ぱっと見ただけで二十人くらいいる。この町にいた騎士団はドラゴンの討伐に失敗してほとんど残っていないはずだけれども、一体どこから来たんだろう。


 俺たちが警戒も露に突如現れた騎士団を睨んでいると、彼らは一糸乱れぬ動きで足を止めた。整然と並んだ列を割り、一人の男が先頭に歩み出てくる。


「はっはっは、流石は我が騎士団の誇る合成魔法。いつ見ても壮観だな」


 その先頭の男は俺たちを通り越して黒焦げになった犯人を見た後、クイッと面頬を親指で押し上げると、素顔を晒して笑い声を上げた。

 歳は四十手前くらいだろうか。彫りの深い顔立ちにチョビ髭。一際豪奢な鎧に値の張りそうな剣。


 そしてどうやら隠すつもりもないらしい。こいつが爺ちゃんごと犯人を攻撃した、いや指示を出した張本人だ。

 連中のリーダーっぽいようだけど、もしかしてこいつが。


「これもポータ様のご指導の賜物です。して、どうしますか? 最早顔の判別もできそうにありませんが、念のため身元を改めましょうか」


 ポータと呼ばれた先頭の男、その側に控えていた太鼓持ちのような男がそれに追従する。ポータには及ばないけれど、他の騎士たちよりも質の良さそうな装備だ。

 そしてどうやら俺の予想は正しかったらしい。


 ポータ。この辺りを収めている領主の名前だ。

 普段は領土内の別の町にいるらしく、実際に見るのは初めてだ。そう言えばアルラドに駐在する騎士の補充を兼ねて視察に来るって、ガンゾが言っていた気がする。


「ふむ、我が領土で罪を犯すような畜生よ。関係する者も皆調べあげたいところだが、ちと手間だな。ちょうどいい、そこに冒険者がおるではないか。雑事はやつらに任せるのがよかろう。なあ、レネゲス司祭よ」


「仰るとおりですな。そのくらいは役に立って然るべきかと」


 ポータと側近の二人の影に隠れて気付くのが遅れたけど、どうやらレネゲスも一緒みたいだ。ギルドで会った時もポータの為に途中退席していたし、仲がいいのかもしれない。

 端から見たら権力者に阿る悪徳神官にしか見えないけれど。


「ちょっと、急に現れて何様のつもりよ。大体さっきうちのお爺ちゃんを巻き込みかけておいて、それに対する謝罪はないわけ?」


 爺ちゃんを巻き込みかけたことに対する謝罪もなく、俺たちを指差しながら話を進める三人に姉貴が詰め寄った。


「何だ貴様は。この方を誰だと心得ておる。恐れ多くもこの一帯を治められている大貴族、ポータ=ミリトス様であらせられるぞ! 冒険者風情が頭が高い!」


 目は据わり、今にも剣を抜きそうな雰囲気の姉貴の前に側近の男が立ち塞がる。思わず足を止めた姉貴に更に怒声を浴びせようと口を開き、それをポータが手で制した。


「落ち着けグリュー。冒険者とは皆無知で無教養なのだ。このような者たちの言動にいちいち腹を立てる必要はあるまい。さて、巻き込むとは人聞きが悪いな。我々は囮役が敵を引き付けている隙に攻撃を仕掛けたまでだ。無論君の祖父とやらに危害を加えるつもりはなかった。現に怪我すら負っていないだろう?」


 言われて爺ちゃんの方を振り向くと、確かにどこにも怪我をした様子はない。

 流石に炭化した男にはもう脅威がないと判断したのか、今度は騎士団の方を警戒した様子でこっちに向かって歩き出していた。


 どうだね、と笑みを浮かべたポータの顔を睨めつける。

 この笑顔は明らかに俺たちを見下して、笑っているだけだ。言動の端々にも俺たちを侮蔑するような言葉があったし、爺ちゃんのことを囮役と言い切った。

 間違いない。こいつは爺ちゃんを巻き込んでも構わない心算であれを撃ったんだ。


「怪我をしてないだって? そういう問題じゃねえだろ。姉貴も言ってたけど、何様のつもりだ? お前」


 改めて、炭化した男の姿を見る。全身を黒く焦がして、倒れ伏している男の姿を。

 一歩間違えれば、爺ちゃんもああなっていたかもしれない。

 腹の底から黒い感情が沸き起こる。


 俺は初対面、それも年上の人にはなるべく敬語で話すようにしているけれど、こいつにそんなものは不要だ。こいつは――敵だ。


「貴様、ポータ様に向かってその口の利き方は何だ! 無礼であろう!」


 また前に出てきたグリューと呼ばれた側近が、俺とポータの間に割って入った。今度は剣の柄に手を添えている。この世界には無礼討ちのような制度があるんだろうか。


(まあ、どうでもいいけど)


 やるっていうのなら、受けて立つ。そもそも先に仕掛けてきたのはこいつらの方だ。


 俺たちの発している空気を察したのか、後ろで整然と並んでいた騎士たちが殺気立つ。姉貴たちもとっくにやる気だったのか、全員がいつでも武器を抜けるように構えていた。

 一瞬即発。何かささいな切っ掛けさえあれば、即座に爆発しそうな空気。誰もが無言で、互いに相手を睨めつけている。そんな空間を弛緩させたのは、一人の男の声だった。


「お久しぶりです。ポータ様。事前に連絡さえくだされば、お迎えに参りましたのに」


 いつの間に現れたのか、後ろにナッシュと数人のギルド職員を連れたスラフが、騎士団の横を通り過ぎながら近づいてくる。


「スラフ支部長か」


 この空気の中一人だけ笑みを崩していなかったポータが、スラフの姿を見た途端に苦々しげな表情になる。反対に笑顔を浮かべたままのスラフの方へ向き直ると、フンと鼻を鳴らした。


「一部始終拝見させていただきました。故意かどうかに関わらず、冒険者を本人の承諾無しに攻撃に巻き込みかけたのは事実です。後ほどギルドとして正式に抗議させてもらいますよ」


「抗議……抗議だと? たかが一支部長風情が何を言っている?」


 丸腰で完全武装の相手の前に立ち、それでも涼しい表情を崩さないスラフにポータが詰め寄る。


 この表情こそが本性なんだろう。スラフだけじゃない。俺たち全員を見下し、侮蔑し、軽蔑しきった顔。憤怒と嫌悪感を隠そうともせず、怒鳴り声を上げる。


「そもそも冒険者ギルドなどという野蛮な組織の支部を我が領土、その各町に置く許可を出してやってやっているのは私なのだぞ? それを本来なら感謝されるべき所を、抗議だと? 貴様らは我々の管轄に手を出さないように、細々と魔物でも狩っておればよいのだ!」


 感情が昂ぶってきたのか、顔を真っ赤に染め、口から唾を飛ばしながらスラフを睨めつけるポータ。対してスラフの表情は、微塵も崩れる様子がない。


「冒険者ギルド、そしてその支部の設置は国によって認められた事です。そして我々には貴方方を訴える権利もある」


「こ、このっ……!」


 流石にギルド支部長との揉め事は問題があるのか、ついさっきまで剣に手をかけていたグリューが、焦ったようにポータとスラフの間に視線を行き来させている。同じように俺たちに敵意の視線を向けていたレネゲスも、早くこの場から立ち去りたい、とでも言いたげな表情をしていた。


 ――ピシッ。


 言葉を詰まらせたポータと、悠然と続きを待つスラフ。不意に訪れた静寂の中、何かにひびが入るような、そんな音が響いた。


 ――ピシッ、ピシッ、パキッ……。


 断続的に聞こえてくる音に、その場にいた全員が発生源を探して視線を彷徨わせる。やがて無言のまま、全員の視線はそこに向けられた。

 全身を黒く焦がし、倒れ伏している男のもとへと。


 ――パキッ、ペキペキッ……。


 男の身に纏っていた衣服はほとんどが燃え尽きて、一部が炭と化した皮膚と癒着を起こしている。正直言ってあまり正視してはいたくない状態だ。どう考えても死んでいる。


 けれどもこの音は 間違いなく男の体から発生している。正確には男の体表、その所々が小さくひび割れていく音だ。


「そんな馬鹿な……」


 信じられない、と誰かが小さく呟いた。そしてその言葉は、この場にいる全員の気持ちを代弁していた。


 割れた部分から赤い光が漏れ出し、男の体を包む。黒く焦げた皮膚が剥がれ落ち、その下から火傷一つない新しい肌が顔を出す。


 日本にいた頃、アニメやゲームで不死鳥が灰の中から蘇るシーンを見たことがある。死からの再生。それはとても神秘的で、幻想的な美しさをもって描かれていた。

 けれども目の前のこれは違う。過程は一緒だけれども、それとは真反対のとてつもなくおぞましい、全く別の何かだ。


 全員が呆然と見つめる中、黒く炭化していた部分が全て剥がれ落ち、まるで生まれ変わったかのように全身に傷一つない姿となった男が立ち上がる。

 そしてトン、と軽い動きで二階建ての建物の上に跳び上がると、こちらを見下ろし笑い声をあげた。


「ヒ、ヒヒヒッ。ヒャハハハハハハハハハハッ」


 星明かりに照らされ、男の全身が浮かび上がる。

 一糸纏わぬその姿は、異様。ただその一言につきた。

 常人より遥かに青白かった肌は今や青に近い色に染まり、その全身には赤黒い血管のようなものが走っている。赤く怪しく脈打っているその所々からは何か結晶のようなものが飛び出し、仄かに光を放っていた。


 さっきの音の出処は、多分あの結晶だろう。見える範囲でも半分くらいがひび割れている。


(それにしてもあの結晶、あれはもしかして……)


 男の体から生えている結晶に見覚えがあるような気がして、ふと地面に目を向ける。


 姉貴が男を殴り飛ばした時に、地面に撒き散らされた物。

 血と歯と唾液。それらに紛れてそれはあった。


 ――魔石。


 間違いない。魔物の体内に存在し、その核ともいえる物質。何のためにあいつがこれを口に含んでいたのかは分からないけれど、俺たちが日々魔物を狩っては採取しているもの。ギルドが買い取り、魔道具などにも利用されているあの石だ。

 それが何であの男の肌から生えているのだろう。それも無数に。


「魔人……!」


 夜の町に高笑いが響く中、スラフが呟いた。同時に男が右腕を振り上げる。

 爺ちゃんがつけた傷はもう跡すら残っていない。炭の中から蘇った時に、全身の傷も回復したみたいだ。


 ひび割れた魔石から赤い光が溢れ出し、血管のようなものを伝って右腕に纏わりつく。全員が思わず身構えた瞬間、光が弾けた。

 俺たちが配られた魔道具のにも勝るとも劣らぬ輝き。唯一違うのは、その色が赤色だってことだ。


「おのれ、卑怯な! 総員、【詠唱】開始!」


 余りの光量に思わず目を瞑っている中、ポータの怒鳴り声が響き、騎士たちが呪文みたいなものを唱えだした。


 しかし、光が収まり目を開けた先に、男の姿はどこにもなかった。




   ◆




「とどめだぁっ!」


 横合いから飛んできた火球をくらい、体勢を崩したフォレストウルフに反対側から斬りかかる。上段から振り下ろされた剣は狙い過たず、その頭部をかち割った。


 倒れこんだフォレストウルフが確かに絶命したのを確認すると、トポスは剣についた血糊を振り払う。


「やったやった! これでもう何匹目だっけ?」


 ふぅ、とトポスが安心したように溜息をつくと、側の茂みをガサガソとかき分け、杖を手にした少年が顔を出した。


「六匹目だ。そのくらい数えておけよ」


「それこそ、そのくらい別にいいじゃねぇか。そんなことより凄えな! こりゃ今までで一番の稼ぎだ。今日はご馳走にしようぜ!」


 続けて同じくらいの年頃の少年が二人、杖を持った少年の後ろから顔を出した。


「いや、流石にもうどこも開いてないんじゃないかな」


 Eランク冒険者、チーム《ブレイブエッジ》の仲間を見渡し、トポスは苦笑を浮かべる。


 町が殺人事件で大騒ぎの中、ランクの低い彼らは町の南にある森で狩りをしていた。


 アルラドの町南部に広がる森林。その奥には魔光草の群生地がある危険地帯だが、森の外縁部はそうでもない。むしろ魔光草につられた魔物が単独で動いていることが多く、上手くやれば格好の狩り場になる。

 昨日裕也と共に行動していたトポスはそのことに気付き、早速仲間を連れて来ていたのだ。


 魔光草につられた魔物は凶暴さを増すが、その分理性や知性といったものが低下する。お陰でトポス達はうまく連携を取ることによって、普段よりも効率よく魔物を狩ることが出来ていたのだ。


「それにしてトポスの睨んだ通り、ここは美味しいな」


「《ファミリー》の人はお前を守りながら一番奥まで行ったんだって? やっぱり凄えよな」


 囮役を務めていた二人がフォレストウルフの傍にかがみ込み、魔石を剥ぎ取りにかかる。


「ああ、本当に凄かった! 色々と勉強もさせてもらったよ」


「この狩り場の存在、とかな」


 森の中に少年たちの笑い声が響く。しかし予想外に大きな音が発生してしまったことに気付くと、四人は慌てて口をつぐんだ。


「今日はこの辺にしとこうか。無理はよくないし」


「そうだね。これだけ取れれば十分だよ」


 杖を持った少年が、腰から下げられた巾着袋を揺らしてみせる。ジャラジャラと音を鳴らすその袋には、今日の戦果である魔石がしまわれていた。

 他にも爪や牙など、ギルドに買い取ってもらえる部位を全て剥ぎ終えると、四人は町に向かって歩き出す。


「んじゃ帰るか。この時間でも酒場くらいは――」


 先頭を歩いていた少年が後ろを振り返りながら口を開き――そのまま崩れ落ちた。


「……え?」


 生臭い、鉄のような臭い。

 嗅ぎ慣れたそれを撒き散らしながら、目の前で仲間がゆっくりと倒れていく。


 驚愕の中、それでも反射的に剣を構えたトポスが見たのは、赤く不気味に輝く光の軌跡だった。

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