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第10話 殺人犯の正体 2

 名前:帯刀晃奈   冒険者ランク:B

 職業:魔法剣士  職業レベル:二十四

 称号:なし

 生命力:三百八十八(C)  魔力:三百二十五(C)  腕力:四百九十(B)

 敏捷:三百(C)     器用:二百三十(D)




 これが現在の晃奈のステータスだ。

 平均して高数値だが、中でも飛び抜けて腕力が高い。


 Bランク冒険者の名に恥じぬその強大な力を、晃奈は日常生活において完璧に制御していた。そして神託を受けてから今日に至るまで、戦闘中ですらその全力が開放されたことはない。

 先のドラゴン戦においても、武器の損傷を気にして無意識に力を抑えていたのだ。


 だけど、と晃奈は思う。

 目の前でこちらを振り向きかけている男。この男だけは全力で殴らなければ気がすまなかった。


 ギルドから要請された連続殺人犯の対処、という今回のクエスト。他の家族は全員難色を示していたが、実は晃奈はその内容自体に反対ではなかった。

 あの場で晃奈が他の家族と同様に反対の意志を示したのは、対象が晃奈個人ではなく《ファミリー》というチームだったからだ。

 もしクエストを受けるのが自分だけだったなら、率先して引き受けていただろう。

 家族が進んで危険な目に合うのを容認はできない。その点においては晃奈と他の家族の考えは同じだった。ただ一つだけ違ったのは、犯人を自分の手で仕留めないと気がすまない、という点だった。


 ――この男は、許さない。


 昨晩不意打ちを仕掛けてきた、裕也に刃を向けたこの男だけは。




 屋根の上を駆け抜け、建物の間を飛び移り、ギルドから最短距離でコットンに走り寄った晃奈はその勢いを殺すことなく、大きく振り被った拳を顔面に叩き込んだ。

 全ての運動エネルギーが正確に伝わり、その場で停止する晃奈とは対照的に、コットンの体は勢い良く吹き飛んでいく。


 血と、歯と、口に含まれていた何か。

 それら全てを撒き散らし、体中の至る所を打ちつけながら地面の上を何度もバウンドするコットン。まるで曲芸のように縦に回転しながら十数メートル以上進んだ所で、ようやくその動きは停止した。


「あれ、死んだんじゃないか?」


 晃奈を追いかけて地面の上を走っていた裕也が、顔を青ざめさせながら呟く。


 後方から一部始終を見ていたが、どう見ても本気の一撃だ。

 日本でもあんな風に飛んでいったものを見たことがある。あれは確か交通安全に関する映像のワンシーンだ。大型車に跳ね飛ばされたマネキン人形があんな飛び方をしていたような覚えがある。

 映像とともに流れていたテロップには『即死』の二文字。


(今後姉貴を怒らせたら、あれをくらうかもしれないのか……)


 晃奈に追いついた裕也は戒めとともに、哀れな殺人犯の姿に黙祷を捧げた。


「じゃ、どんな面してるのか拝ませてもらおうか」


 他の家族が追いついてくるのを確認すると、晃奈がゆっくりと歩き出す。

 原型留めてるとは思えないんだが、と裕也が内心引いていると。


「晃奈、まだ意識がある! 油断しないで」


 と裕也よりも先に追いついていた進士が警告の声をあげた。


 展開している【危険察知】スキルに反応がある。

 生きているのが不思議なくらいの状態にも関わらず、奴にはまだ戦闘を継続する意志がある。


 進士の言葉と同時に、宙に炎の矢の群れが浮かんだ。とどめを刺すべく、右手を掲げた晃奈がコットンを睨めつける。


「アキちゃん、延焼には気をつけてね」


「分かってるわ」


 最後に追いついた加奈子のどこかずれた忠告に答え、右手を振り下ろす晃奈。

 その意思に従い、無数の【ファイアアロー】がコットンに向かって殺到する。

 どれか一つでも当たれば大火傷は必死。それでなくとも相手は晃奈の打撃をまともにくらっているのだ。裕也から見ればオーバーキルな気もするが、晃奈が躊躇する素振りはない。


「これで終わりよ!」


 降り注ぐ赤い雨が地面を抉り、爆発を起こす。

 しかし着弾の寸前、コットンは昨日と同様に勢い良く跳ね起きると【ファイアアロー】を掻い潜り、剣を抜きながら裕也たちに向かって駈け出していた。


(あれをくらってまだこんなに動けるのか!?)


 全員が動揺しつつも迎撃しようと剣を構え、進士が咄嗟に投げナイフを放つ。しかしコットンは体に刺さるそれをまるで意に介さず、どころか更に速度を上げて突っ込んできた。


「嘘っ!?」


 進士の驚愕の声を無視し、至近距離にまで迫ったコットンは、裕也に向かって突きを繰り出す。はためくローブの奥、ニヤリと歪んだ口の中で歯が光る。


(歯がある? さっき姉貴にへし折られたはずじゃ?)


 奥歯なら数本残っていてもおかしくはない。しかしどう考えても前歯は全滅していたはずだ。倒れている間に何か回復スキルを使ったのだろうか。


 眼前に迫る脅威を前に剣をだらりと下げたまま、裕也はそんなことを考えていた。

 あまりの速度に反応できていないというわけではない。勿論その刃を無抵抗のままに受け入れようとしているわけでもない。

 ただ、右肩の上に手が置かれた。それだけで、じゃあ任せよう、と思い体から力を抜いたのだ。


 手を置いたのは加奈子だった。

 力を抜いた裕也の体を後ろに引き、入れ替わるように前に立った加奈子は、突き出された剣の腹を左手の甲で外側に弾く。同時に右足を踏み込み、右肘でカウンター。鳩尾を穿つ。

 思わず動きの止まった相手の体に密着すると、流れるような動作で払い腰を繰り出し、地面に叩きつけた。


「かっ!?」


 苦悶の声を上げた男の口の中に歯が生え揃っていることに、裕也と同様疑問を覚えた加奈子だったが、まあ後で考えましょう、と抜き放ったメイスを振り下ろす。


 ボギュ、という嫌な音と共に、鉄の塊が顔面にめり込んだ。


 ピクピクと痙攣する手足を見てメイスを引き抜き、血を振り払う。

 鼻どころか、顔中の骨がメチャクチャになったのではないかという有様に、今度こそ晃奈達も警戒を解いて近づいた。


「加奈子さん、少しやりすぎなんじゃあ……」


「アキちゃんの全力を受けて動いていたんですもの。また動き出すかもしれないわ。進士さん、ロープか何か、縛るもの持ってないですか?」


「ごめん、持ってない」


 グロテスクな様相から顔をそむけ謝る進士から視線を外し、加奈子は続けて晃奈と裕也に視線を送る。二人にも進士に尋ねたのと同じことを聞いてみたが、揃って首を振るだけだった。


「あたしは動けなくなるまでボコボコにする予定だったし。まあすぐにギルドの人か誰か来るでしょ。もう一発、信号弾上げとく?」


 晃奈に顎で促され、裕也がマジックバッグを漁る。

 このクエストの本命は《ファミリー》だが、一応念のためにと裕也たちも光る魔道具を渡されていた。

 晃奈がそれを何とはなしに見ていると、不意に足元からミチミチという異音が聞こえるのに気付いた。


(――っ!)


 考えるよりも先に体が動いた。足元に倒れている男、その顔面がある位置に向かって、反射的に拳を振り下ろす。

 しかし必殺の威力を持って放たれたそれは、地面に大きな亀裂を作っただけだった。


(まだ動けるの!? 回復スキルなんて使ってた様子はなかったのに!)


 己の全力の拳と加奈子のメイス。この両方をくらって動ける人間がいるなど信じられない。あのバールですら、この二つをくらえば立ち上がることすら困難なはずだ。


 晃奈が追撃を繰り出すよりも早く、コットンは晃奈たちとは反対の方向に走り出した。

 勝てないと悟ったのか、後ろを気にするそぶりもなく跳ねるように駆けて行く。


「まずい、また逃げられる!」


 一瞬唖然とする面々だったが、いち早く我に返った進士が大声で叫んだ。

 相手は獣ではない。今取り逃したら二度と同じ手にはかからないだろう。捕まえるのなら今、この瞬間しかないのだ。


 焦る進士とは対照的に、コットンの駆けて行く方角を見た他の家族の反応は、ひどくのんびりとしたものだった。


「いや、大丈夫でしょ。あの方角なら」


 誰よりも犯人を捕まえることに熱心だったはずの晃奈の言葉に、進士もようやく気付いた。


 ああ、確かに。あっちに逃げるのなら大丈夫だ。




   ◇




「くそっ、何なんダあいつらは!」


 ズキズキと痛む顔を抑えながら、コットンは毒づいた。

 日増しに力は強くなっている。昨日は勝てないと思った相手でも次の日になれば倒せる、そう確信できる程急激な成長だ。

 なのに何故、あんな小娘共に勝てない。


(Bランクだと言っていたナ……)


 Bランク。近隣に生息する魔物の平均ランクが低い辺境のこの町では、恐らく最高のランクだろう。コットンの知る限りで最強の冒険者、バールも確かBランクだったはずだ。


 一度だけその姿を見たことがある。皆の賞賛の的、期待の星、憧れの存在。

 しかしコットンが彼の姿に抱いたのは、そんな感情とは真逆のものだった。


「クソガアァァァッ!」


 腹の底に溜まった黒い感情を口から吐き出す。いつしか潰れていた顔の痛みも消え、残るのはただただ憎しみのみ。


(俺はいつかバール達をぶっ殺す。あんなやつらに負けているようじゃ、まだまだ駄目だ。もっと、モット力がイル……!)


 走りながら懐に手を入れ、目的のものを漁る。ゴロゴロと手に当たるその感触にほんの一瞬だけ心が安まるが、すぐにまたその表情が険しくなる。


(数が足りナイ。回復力モ落ちている。モット、モット狩らなくては)


 もう町の中は危険だ。人相書きも出回っているようだし、今のままでまたあの連中に出会ったら、逃げきれるかどうかも分からない。

 外に出なくては、とコットンが考えていると、目の前の曲がり角からフラリと一人の老人が歩き出てきた。


 革製の鎧姿に背中の槍。警備兵が支給される規格品ではない。冒険者だ。


「邪魔ダ!」


 大方手柄欲しさに魔道具の光に釣られて来たのだろうと当たりをつけたコットンは、鬱憤を晴らすかのように老人に斬りかかった。


「死ね!」


 突然の出来事に呆けたようにこちらを見つめる老人。

 その顔に剣を振り下ろしたコットンだったが、次の瞬間右手に衝撃が走り、思わず剣を取り落とす。


「何!?」


 一体いつ抜かれたというのか、老人の手には槍が握られており、剣を握っていたはずの己の右腕には大きな傷が刻まれている。


「いや、まさか本当にこちらに向かってくるとはのう。晃奈たちだけで片は付くと思っとったんじゃが。いやはや、保険というのは掛けておくものじゃな」


(さっきのやつらの仲間か?)


 そっと視線を後ろに向けると、小娘共がこっちに向かって駆けて来ようとしているのが見える。挟み撃ちされるとまずい。


「で、お主が件の連続殺人犯で相違ないの?」


 クルリと槍を回し、先端をこちらに突きつけてくる老人。


 手強い、が、後ろの連中全員を相手にするよりはましだ。


 逡巡は一瞬。動かない右腕を庇うかのように左手を添え、袖の中に隠し持っていたナイフを三本、抜き放つ。


(昨晩連中かラ貰ったナイフだ。返してやるよ!)


 抜き放ちざま投げつけたナイフに、老人がやられればよし。無理でも気を取られた隙に、落とした剣を拾い上げれる。


 しかしその目論見は容易く崩れ去った。

 たった一振り。老人はただそれだけで飛来したナイフ全てを叩き落すと、剣を拾うべく伸ばされたコットンの左手を貫き、地面に縫いとめたのだ。


「ガアアッ!」


「無駄じゃよ。身体能力は高そうじゃが、お主どうも動きが見合っておらんの。まるで己の体に振り回されておるようじゃ」


 動かない右腕と、貫かれた左腕。両の腕を地面に投げ出し、まるで土下座をしているような格好のまま、コットンは憎悪を込めた眼差しで老人を睨み上げる。

 老人が油断する気配はない。右腕の回復にはまだ少し時間がかかる。後方から迫る連中が、すぐそこにまで来ている。


 ――左手を捨てるしかない。


 そう決意したコットンが強引に手を引き抜こうとした瞬間、何を思ったのか老人は槍を引き抜くと後方に飛び下がった。


 ――っ? 何だか知らねえが、これは好機だ!


 溢れ出る血を気にも止めずコットンが剣に飛びついたと同時に、周囲がまるで昼のような明るさに包まれ、コットンの意識は灼熱に飲まれた。

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