表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/92

第8話 憧憬 4

 宿の裏手の井戸で念入りに全身を洗い、血の臭いが取れたのを確認する。

 一応服も簡単に洗ってみたけれど、血まみれになっていた上着だけはどうしようもない。これは母さんにお願いしようと決め、予備に持っていた上着を羽織ってから食堂へ向かった。


 普段《銀の稲穂亭》一階にある食堂には宿泊客だけじゃなく、食事のみを目的に訪れる人も多い。けれど今日は例の事件の影響なのか、いつもよりも人が少ないみたいだ。


 宿屋側へと通じる通路の入り口に立って、先に来ているはずの姉貴と親父の姿を探していると、若干暇そうなセリーの姿を見つけた。向こうもこっちに気がついたらしく小走りで近づいてきたので、これ幸いと魔光草を渡すことにする。

 マジックバッグの中は時間の流れが外と違うのか、生物を運んでも鮮度が落ちるのが遅い。

 取り出した花は採取した時と変わらず青白い輝きを放ち、それを目にしたセリーは喜びの声をあげた。


「うわぁ! ユーヤさん、ありがとうございます! えへへ……、とっても綺麗……」


(苦労したかいがあったな)


 花を取り出す時、思わず森を抜けるまでの苦労が頭をよぎったけれど、セリーの笑顔を見てそれも吹き飛んだ。こんなに喜んでくれるのなら、また取りに行ってもいいとすら思ってしまう。


「本当にありがとうございます。……すぐに作らないと」


 最後の方がよく聞こえなかったけれど、頬を赤らめてお礼を言ってくるセリーに気にしなくていいと答える。セリーの貸してくれているマジックバッグはとても便利な代物だ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだ。


「枯れちゃったらいけないので、しまってきますね」


 お母さーん、と厨房の方に向かって叫ぶセリーを微笑ましげに見ていると、ガッと力強く肩に手を回された。

 並の人間なら肩が砕かれそうな程の威力。今この場にいる人間でこんなことをしそうな人物なんて一人しかいない。恐る恐る横を見ると、案の定物凄く不機嫌そうな姉貴の顔が目の前にあった。


「あ、姉貴……?」


「裕也くーん? 随分楽しそうじゃない? あたし達を待たせておいて、いい度胸ね」


 この目はやばい。そのままゆっくりと後ろを振り返ると、テーブルを囲んで座っている家族全員が、何故かニヤニヤとした笑みを浮かべながらこっちを見ていた。

 よかった。不機嫌そうなのは姉貴だけのようだ。いや、ちっともよくないか。


「ごめん! ちょっと頼まれていた物を渡して――」


「いいから席につけ」


 弁解の言葉を並べようとしたけれど、有無を言わせない迫力で遮られる。俺は黙って頷くと、これ以上姉貴を刺激しないように神妙な顔つきで親父の横に座った。


 テーブルの上には既に家族全員分の料理が並べられていたけれど、まだ誰も手をつけていない。湯気の量から見て、かなりの時間が経っている。徐々に冷めていく料理を目の前にお預けを食らわされていた姉貴の機嫌は、推して知るべしだ。


「裕也、さっき襲われた件もあって晃奈は機嫌が悪いんだ。あまり怒らせないようにしないと」


「分かってるって。確かに待たせたのは悪かったけど、俺が出かけてたのはあの花が目的だったんだから勘弁してくれ」


「いや、多分晃奈が怒っているのはそっちじゃなくて」


 俺と親父が小声で会話している間に姉貴も席につき、母さんが「いただきます」と両手を合わせたので慌ててそれに続く。

 何となく気まずい沈黙の中黙々と手と口を動かしていると、やおら爺ちゃんが口を開いた。


「裕也、進士と晃奈から話は聞いたが、町中で人に襲われたようじゃの?」


「ん? ああ、結構強いやつだった」


 ついさっきのことを思い出しながら答える。


 不意の事だったとはいえ、姉貴を含めた俺たち三人からまんまと逃げおおせたんだ。決して弱くはない。


「……そうか。晃奈も言っておったが、明日朝一でギルドに報告に行くとしようかの。念の為に今夜は部屋も全員一緒じゃ」


「分かった」


 そのまま何か考えこむように難しい顔をする爺ちゃんの雰囲気に呑まれ、俺たちは珍しく無言のまま食事を終えると、全員で男部屋の方へと戻ることにした。


 最近はずっと男女別に部屋を借りているので、家族会議以外で一つの部屋に全員が集まるのは久しぶりな気がする。

 そんなことを考えながら部屋に戻ったのはいいけれど、ここで一つ問題が発生した。


(どうやって寝るんだ?)


 男女別に借りている二部屋はどちらも三人部屋だ。当然部屋に用意されているベッドは三つ。そして俺たちは五人。

 小学生でも分かる簡単な計算だ。二人余る。


 一つは姉貴と母さんで使うとして、残り二つをどう分配しよう。


「じゃあ皆、おやすみなさい。進士さん、【危険察知】お願いしますね」


「うん」


 俺が部屋の中央で悩んでいると、母さんと親父は何の躊躇も見せずに右側のベッドに潜り込んでしまった。


(あれ?)


 いや、二人は夫婦だから別におかしくはないんだけど、いつもの流れなら姉貴と母さんのペアじゃないのか?

 そのまま口を挟む間もなく、二人は掛け布団を被ってしまう。


(じゃあ俺は爺ちゃんとか?)


 姉貴の性格から言って、ベッドは一人で使いたがるだろう。

 そう考えて左側のベッドへ向かう爺ちゃんに付いていこうとすると、急に腰のあたりを捕まれ、ベッドの上に放り投げられる。


「あ、姉貴?」


 慌てて上体を起こそうとするが、姉貴は手早く靴を脱ぐとベッドの上に飛び乗ってきた。


「電気消すよー。おやすみー」


 俺が抗議する間もなく親父達が就寝の挨拶を交わし、灯りが消える。

 こうなったら仕方がない。この歳で姉貴と同衾することになるなんて思わなかったけれど、一晩だけの辛抱だ。


 ところで《銀の稲穂亭》は特別豪華な宿屋というわけではない。ベッドのサイズもそこまで大きくはないので、二人で寝ようと思ったらかなり密着する必要がある。

 なので少しでも端の方にいようと暗闇の中で身を捩っていると、後ろからそっと頭を抱きしめられた。思わず身を固くすると、そのまま優しく後ろに引き寄せられる。

 後頭部に当たる柔らかい感触に恐怖と気恥ずかしさを感じていると、姉貴がそっと耳元で囁いた。


「大丈夫よ裕也。あんたは私が守ってあげるから」


(あれ? 昔同じようなことがあったような……)


 いつになく優しい姉貴の声音に、幼い頃の記憶が頭を過ぎる。


(あれはいつだったっけ?)


 ――泣いている子供と、それを抱きしめ背中を撫で続けるもう一人の子供。


 記憶の底に沈んでいるその光景を掘り返そうと目を瞑る。

 けれどゆっくりと頭を撫で続ける心地いい手の感触と疲労に負け、その風景を鮮明に思い出すよりも先に、俺は意識を手放してしまった。




   ◇




 飛び交う話し声。数メートル先が見通せないほどの人口密度。そんな中にあって誰も彼もがただ一点、建物の奥に注意を向けている。


 翌朝、ギルドを訪れた俺たちを出迎えたのは、そんな喧騒に満ちたホールだった。

 ただ騒がしいだけならいつも通りの風景だ。

 朝は大声で挨拶を交わしながら、今日受けるクエストを探し元気に出かけ。昼は全力で魔物狩り、あるいは他の雑多なクエストをこなす。夜はその日のクエストの成功と、無事に生き残れたことを仲間と共に酒場で祝う。冒険者にはそんな騒がしい連中が多い。


 けれども今日は違う。いつもの『明るい』騒がしさじゃない。

 いつ爆発してもおかしくない、不満や怒り。そんな負の感情を無理やり押し込めているような、今にも決壊しそうなダムから少しずつ水が漏れ出しているような、そんな雰囲気。

 時間帯の割に人数も多い。


「昨夜の事件の影響のようじゃの」


 周囲を見渡す爺ちゃんに倣って聞き耳を立ててみると、確かにそれらしい会話がそこかしこから聞こえてくる。

 曰く町の中に殺人犯が潜んでいるらしい。曰く既に犠牲者は数十人を超え、かなりの人数の冒険者も殺されている。犯人の正体は新種の人型の魔物だ。実は複数犯らしく、何か大きな組織が関与しているらしい。

 爺ちゃんの言うとおり、飛び交う話題は事件のことばかりだ。

 ただ、噂や憶測が先行しているせいで誰も事件の詳しい情報を知らないみたいだ。ここにいる大多数が建物の奥、受付に並ぶ長蛇の列を眺めながら、ギルドからの正式な発表を待っている。


「いいから犯人について分かってることを教えろって言ってるんだよ!」


 周囲の様子を観察していると、列の前の方から怒鳴り声まで聞こえてきた。

 大騒ぎだ。悪いけれど人が死ぬなんてこと、この世界では日常茶飯事だと思っていた。塀に囲まれている町の中で殺されたっていうのが、問題なんだろうか。


「皆、私達も並びましょうか」


 いつも通りのおっとりとした口調の母さんの言葉に我に返る。

 異常なまでの喧騒に気を取られたが、いつまでもホールで棒立ちしているわけにもいかない。俺たちは昨晩のことを報告するためにここに来たんだ。


 流石にこの状況ではどの受付も混んでいたので、大人しく列の後ろに並ぶ。

 順番を待っている間にも、ギルドの中には次々と冒険者がやって来た。昨日の事件について情報を求めてきた冒険者もいれば、何も知らずにクエストを受けに来た冒険者もいる。

 ホールの中の人口密度は目に見えて増え、それに比例して皆の興奮度も上がってきている。列の先頭の方からは相変わらず怒声が響き、ホールの方からも不満の声が上がり始めた。これはまずいかもしれない。いつ爆発してもおかしくない状況だ。


 高まる熱気に親父が不安そうな表情を浮かべ、爺ちゃんが目を細める。母さんと姉貴はいつも通りに見えるけれど、さり気なく俺の側に寄り立った。

 一瞬即発の雰囲気の中、俺も何が起きても動き出せるように心構えをすると、受付の右手。二階へと続く階段の上から大声が響いた。


「静粛にっ!」


 たった一言。それだけでホール中に溢れかえるほどの冒険者達が、一斉に押し黙る。その声量に俺たちを含め、近くにいた人間は残らず耳を抑えながら、恨めしげな表情で階段を見上げた。


 なんて馬鹿でかい声だ! 一体誰だ?


 さっきまでとは打って変わって、静寂に満ちたギルド。その中の全ての視線を集めながらゆっくりと階段を降りてきたのは、発達した筋肉に押し上げられパツパツになっているギルド職員の制服を着た男、ナッシュだった。

 ナッシュは階段の中腹まで降りると、自分に向けられる多くの視線に全く臆した様子もなく口を開く。


「ギルドより今回の事件に対するクエストが発布されることが決定した! クエスト受注者には事件の詳細についての情報を開示する。対象ランクはC以上! それ以下の者、受ける気のない者はすぐに通常業務に戻れ!」


 対象ランクC以上。このアルラドの町では滅多にない高ランククエストだ。他所の町まで依頼人や物品を届ける護衛クエスト以外では、極稀にしか発生しない。

 ギルドは今回の事件をそれ程危険なものだと判断したのだろうか。

 ナッシュの言葉を聞いて、大多数の冒険者達が落胆したようにホールを出て行く。

 このアルラドの町にいる冒険者の平均ランクはあまり高くない。聞いた話ではCランククエストですら滅多に発行されないので、高ランクになった冒険者のほとんどが他所の町に出て行ってしまうかららしい。


 条件を満たし残った冒険者達は、ナッシュに続いて降りてきた別の職員が貼りだしたクエスト表に群がり、一部の冒険者はクエスト受注者から情報を貰おうと考えているのか、その様子を思案顔で眺めている。


 なんにせよ、漸く騒ぎも収まった。

 このまま列に並んでいてもいいのだけど、せっかく目の前に役職の高そうな人がいるんだ。そっちと話せるのなら、それに越したことはない。


 アイコンタクトで家族全員の意見が一致したのを見て、上の階へ戻ろうとしているナッシュの方へ向かう。


「おや、《ファミリー》か。君たちも今回の騒ぎを聞いて?」


 代表して親父が声をかけると、ナッシュはわざわざ下まで降りて応対してくれた。他のギルド職員もそうだけど、ドラゴンの件があってから俺たちに対して特に丁寧な物腰になっている気がする。


「いえ、その事件の犯人さんかは分からないんですけれど、実は昨晩アキちゃん達がちょっと変わった人に襲撃を受けまして」


 母さんが話し始めると、ナッシュはそれを遮るように手のひらをこっちに向けてきた。


「失礼、その話は上で。支部長に直接お願いします」


 まるで何かを警戒するように周囲に視線を巡らせ、ナッシュは口早に答える。その態度に疑問を覚える間もなく、ナッシュは階段を登り始めてしまった。


「……行きましょうか」


 俺たちは顔を見合わせると、母さんの言葉に頷き、それに続く。まさかまたアルラド支部長、スラフに面会することになるとは思っていなかったけれど、彼に話せと言うのならそれに越したことはない。


 三階まで上り、以前スラフ達と初めて会った部屋の前を通り過ぎ、ナッシュはその奥の部屋の前に立った。どうやらここにスラフがいるみたいだ。

 見たところ三階にはこの二部屋しか存在しない。一番いい場所にあるし、ここが支部長用の執務室かなんだろうか。


「失礼します」


 俺たち全員がついて来ていることを確認すると、ナッシュは扉にノックをした。かと思ったら部屋の中からの返事も確認もせず入室してしまったので、俺たちも開かれたままの扉から慌ててそれに続く。


 部屋の広さは十畳程度。窓はなく、部屋の所々に落ちている灯りを放つ魔道具だけが唯一の光源になっていて、壁一面の本棚には何やら難しそうな本がぎっしりと並んでいる。床には所狭しと雑多なものが置かれ、ほとんど足の踏み場もないほどだ。何だか埃っぽいし、はっきり言って、汚い。

 そんな部屋の奥、支部長という役職には似つかわしくないほど質素な机の前にはこの部屋の主、スラフが座っていた。


「ナッシュさんですか。どうしたんです?」


 ナッシュの後ろに続いてきた俺たちの入室に気がついていないのか、下を向いて何かの書類書き続けたままスラフが口を開く。


「《ファミリー》の皆さんをお連れしました。昨晩謎の襲撃者に遭遇したようです」


「え、《ファミリー》?」


 その様子にナッシュが若干呆れたような声で返事をすると、スラフは漸く顔をあげた。

 どうやら本当に俺達の事に気がついていなかったみたいだ。慌てたようにペンを置き、こっちに向き直る。


「ちょうどよかった。ようこそ《ファミリー》の皆さん。汚いところですが、どうぞ好きな所に座ってください」


(どこに?)


 椅子どころか立てる所を探すのも一苦労しそうな部屋の惨状に俺たちがきょろきょろとしていると、ナッシュが上手く荷物を避けながらスラフに近づき小声で話しかける。


「この部屋の来客用の椅子は、先日貴方の命令で全て処分しています。来賓室を使うのがよろしいかと」


「おや、そうでしたっけ。すみません皆さん、以前集まって貰った部屋に移動願います」


 前も思ったけれどこの若さでギルマスなのに、本当に優秀なんだろうか。




   ◆




「では皆さん、詳しく話していただけますでしょうか」


 ナッシュの案内で一行は一旦執務室を出るとその隣、以前ドラゴン退治の報酬をもらった三階にあるもう一つの部屋に移動した。


 全員が席についたのを確認するとスラフが口を開き、それに晃奈と裕也、そして進士の当事者三人が昨晩起こったことを詳細に説明する。

 三人の話をほうほうと相槌を打ちながら聞いていたスラフだったが、全てを聞き終えると眼鏡をかけ直し、姿勢を正した。


「ほぼ決まりですね。ボロボロの外套を身にまとった人物、ですか。タスヴォの町でも事件のあった日の前後に同様の格好をした人物が目撃されていたようですし、その線で町の出入りを担当している警備兵のほうにも当たってみましょう」


 三人の話はスラフに何らかの確信を抱かせるには十分だったようだ。チラリと視線を向けられたナッシュが早速行動すべく、一同に一礼すると部屋を出て行く。


「タスヴォ?」


 ナッシュが部屋を出て行くと同時に裕也が疑問の声をあげた。

 スラフの口ぶりからしてそこでも被害があったようだが、始めて聞く名前だ。


「ええ、ここから最も近い町です。皆さんが向かっていたエンブラとは正反対の方向にあるのですが、実は先日そこで連続殺人が起こりまして。少し前にぱたりとやんだと報告は受けていたのですが、どうやら犯人はこの町に移動していたようです」


 答え、スラフは椅子に深く腰をかけなおすとふう、とため息をついた。


「犯行は常に夜間。一晩に何人もの犠牲者が出たこともあります。最初の犠牲者はタスヴォの町長が雇っていた町の警備兵。続けて他にも何人かの警備兵が殺され、タスヴォでの最後の事件ではFランクとはいえ冒険者が殺されました」


 それを聞いて斎蔵が顔を顰め、スラフがそれを肯定するかのように頷く。


「実は昨晩はEランクの冒険者が一人殺されました。偶然かもしれませんが、より強い人間を標的にしています。今回発布したクエストを難易度Cランクと定めたのも、それが理由です」


 例え全ての犯行が不意打ちで行われていたとしても、にわかには信じられない話だ。


 冒険者が殺される。それは即ち犯人も教会で神の信託を受けている人物ということになる。

 例え最下位のFランクであっても、一般人が振るった剣では余程の名剣でない限り、ほとんど刃が通ることすらないだろう。

 信託による職業の獲得とステータスの上昇。それは覆しようのない、一般人と冒険者の歴然とした差だ。


「我々ギルドは犯人は冒険者、もしくは騎士団崩れ。いずれにせよ教会で信託を受けた人間であると考えています。冒険者がそう易々と一般人に殺されるとは考えられません。そこで皆さんにお願いがあります」


 スラフの目に真剣な色が宿る。続けて告げられた言葉は、ある意味裕也たちの予想通りの内容だった。


「この事件の解決に力を貸していただきたい。冒険者が殺された。事はギルドが仲裁するような簡単な諍いと言ったレベルを超えています。町を超えてまでの犯行から、何がしらの怨恨という線も薄そうです。ギルドは犯人を冒険者全員の、冒険者ギルドの敵と判断しました。何としてでも処罰しなければならない」


 処罰。この場合、素直に騎士団への引き渡しを指すわけではないというのは、裕也たちにも理解できた。


「先程下から冒険者の方々の憤りの声が聞こえました。己の命を対価に明日をも知れぬ戦いを繰り広げる彼らにとって、同じ冒険者は戦友であり家族でもあるのです。家族を殺された彼らの怒りは正当なものであり、仇を討ちたいと思う気持ちも理解できますが、相手の力は未知数。ギルドとしてもこれ以上の犠牲者は出したくありません」


 スラフの言葉に熱がこもる。

 冒険者同士が家族というのであれば、彼らを纏め上げているギルドは父親のような存在ともいえる。スラフ自身もまた、犯人に対して怒りを覚えているようだ。


「アルラド近郊では最高であるBランクの冒険者二名を擁し、幼体とはいえドラゴン討伐の実績もある《ファミリー》。あなた方の力が必要なのです。どうか力を貸していただきたい」


 立ち上がり頭を下げてまでのスラフの真摯な訴えに、しかし裕也たちは首を縦に振ろうとはしなかった。どころか困ったような表情を浮かべ、顔を見合わせている。


「勿論報酬は払います。皆さんはエンブラ行きの護衛クエストを探していると聞きました。ギルドにクエスト依頼があれば、優先的に回させてもらいます」


 あまり乗り気でない様子の面々にスラフが慌てたように言葉を続けるが、一行の様子は変わらない。


「あのね、スラフさん。悪いけど、あたし達はこのクエストを受ける気はないわ」


 《ファミリー》のリーダーである晃奈が口を開いたが、告げられた言葉はスラフの望んでいたものとは全く異なっていた。


「それは、何故ですか?」


 極めて異例な形ではあるが、これはれっきとしたギルドからの指名依頼だ。

 報酬にはかなりの額が用意されるし、ギルドから最大限のサポートも得られる。事件の概要を考えても、普通の冒険者ならば二つ返事で引き受ける条件だ。にも関わらず、《ファミリー》のメンバーからは全く意欲を感じられない。


「スラフさん、一つお聞きしたいのですが、殺人事件というのは冒険者が解決すべき案件なのですか?」


 次に唖然とするスラフに声をかけたのは進士だった。普段は気弱そうな印象を受ける中年だが、今は明らかに迷惑そうな顔を隠そうともしていない。


「いえ、普通は町の警備兵。もしくは騎士団の管轄です。ですが今回は普段とは状況が異なります。相手は信託を受けた人物と考えられる上に、町にはほとんど騎士団も残っていない。もう一つの高ランクパーティであるバールさん達も今は遠方の町に行っているのです。ギルドも最大限のサポートはします。どうか考え直してはいただけないでしょうか」


「そう言われましても……」


 一気に言い切りスラフは再び頭を下げたが、返ってきた返事は芳しくない。

 それもそのはず。彼と裕也たちの間には大きく意識の違いがあった。


 裕也たちがこの世界に来てかなりの時間が経つ。大人組は当然、裕也も命のやり取りに対しては大分割り切れるようになっているし、自分の身を守るためならば人を殺めることにも抵抗はない。

 勿論、殺された人やその知人のことは可哀想だとは思う。犯人に対する憤りもある。それでも自ら進んで殺人犯と相対しようという気にはなれない。自分たちは警察ではないのだ。


「……」


 顔をあげたスラフは指名依頼という形では《ファミリー》の面々が動かないというのを悟った。

 報酬の金額を上げても意味がないだろう。彼らが何を求めて家族全員で冒険者になったのかは分からないが、どうも金銭が目的とは思えない。強いて言えばエンブラに向かいたがっているようだが、そんなこと多少無理をすればギルドに頼らずとも彼らだけで十分可能な難易度だ。


(こうなったら)


 できればこんな手段は取りたくない。《ファミリー》との関係悪化も十分に考えられる。優秀な冒険者と仲違いをするデメリットは計り知れない。

 それでも今回の事件は、そのデメリットを上回って余りある危険性をはらんでいる。早急に事件を解決しなくては犠牲者が増え続けるのは明白だ。今までの傾向から考えて、恐らく今後は冒険者ばかりが狙われる可能性が高い。

 冒険者ギルド、その一つの支部を預かる身として、それは到底容認できることではない。


「……どうしても受けていただけないというのであれば、ギルドから緊急クエストを発行させてもらいます」


「それは……!」


 スラフの言葉に裕也たちは顔を強張らせた。


 緊急クエスト。

 読んで字のごとく、ギルドが緊急時に発行する特別クエストだ。通常のクエストよりも遥かに難易度の高いことが多く、最も重要な点は対象となるランクの冒険者にクエストへの強制参加義務が発生するということだ。


 裕也たちは知らないことだが、過去アルラドの町において緊急クエストが発布されたことはない。スラフはこの事件をそれ程危険なものだと判断していた。


「……分かりました。お受けしましょう」


 狼狽する一家の中で、一番初めに立ち直った加奈子が口を開く。その顔にいつものような笑みは浮かんでいない。明らかにスラフのやり方に不満を持っている様子だ。


「ありがとうございます。ではこれを」


 安堵と申し訳なさの入り混じったような表情を浮かべながら、スラフが懐から何かを取り出す。

 不満の色を隠そうともしないながらも、裕也たちは机の上に置かれたそれを興味深げに覗き込んだ。

 野球ボール程度の大きさの金属製の球体に、突起が一つ付いている。この世界にきて変わった物は数多く見てきたが、これもまた初めて見る品だ。


「スイッチを入れた数秒後に激しい光を放つ魔道具です。本来は魔物への目眩ましなどに使われる物なのですが」


 早速手にとり突起部分を弄り回していた晃奈が、スラフの言葉に驚いて動きを止める。

 要は閃光手榴弾のようなものだ。こんな狭い屋内で炸裂したら大惨事になりかねない。


「これを下でクエストを受けた冒険者、及びサポート役のギルド職員全員に持たせます。彼らには町の中を巡回してもらい、犯人を発見した場合即座にこれを上空に投げてもらいます」


 つまりは信号弾代わり。索敵部隊が主力に敵の位置を知らせるための道具。そして今回主力となるのは。


「光を確認し次第、《ファミリー》の皆さんは現場に急行してください。皆さんだけで敵を無力化できればそれが一番ですが、一度はアキナさん達からも逃げおおせた相手です。すぐに応援も向かわせますので、危険だと判断したら無理はせず、時間を稼いでください」


「ふむ、して相手への対処はどうすればよいかの? 無力化と言っても相手も並ではなさそうじゃ。下手に手を抜いたりは出来んぞ」


 顎に手をやりながら質問をする斎蔵にスラフは軽く頷くと、一人ひとりの目を見つめる。


「殺してしまって構いません。仮に生きたまま捕らえても、後にギルドで処理するだけです。騎士団にも口は出させない。これはアルラド支部だけではありません、冒険者ギルド全体としての決定です」


 犯人は殺す、と、

 先程まで必死に頭を下げていた時とは違う、晃奈ですら気圧されそうな雰囲気を漂わせながらスラフは断言した。


「早速ですが、クエストは今夜から開始されます。皆さんはそれまで十分に仮眠を取り、休んでいてください」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


色々あって前話からかなりの期間が空いてしまいました。申し訳ありません。


今後ともよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ