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第5話 憧憬 1

「ユーヤさん、ユーヤさん!」


 《銀の稲穂亭》の食堂。

 別料金を払って一人で昼ごはんを食べていると、お盆を抱えたセリーが話しかけてきた。


(久しぶりに一人だし、出来れば静かに食べたかったんだけどな)


 かと言って無視するわけにもいかない。俺はパンを千切る手を止めて、セリーの方を向いた。


「どうしたんだ?」


「実はお願いがあるんですけど!」


 ズイッという擬音すら聞こえてきそうな勢いで詰め寄ってくるセリー。

 前から人懐っこい子だったけれど、ドラゴンのせいでアルラドに戻ってきてからは特に顕著だ。加えて放っておくといつまでも喋り続けるので、早々に会話を切り上げる必要がある。


「んー、でも俺この後ギルドに行くつもりなんだ」


 これは嘘じゃない。

 前回の家族会議の翌日、早速家族全員でギルドの掲示板を確認しに行ったのだけれども、予想通り護衛クエストの依頼はなし。職員の人に話を聞いてみても、エンブラどころかその近隣の町にすら行きたがっている人がいないらしい。

 姉貴が調べたとおりドラゴンが原因らしく、現在周辺地域の調査はしているけれど、完全に安全が保証されるのはまだ先になるそうだ。

 それでも少ない可能性に賭けて、あれから三日経った今でも定期的に掲示板の確認は行っている。


(でも、このまま何もないと困るよなあ)


 流石にこれ以上ここで足止めをくらうのも問題だ。

 次回の家族会議の開催が近いことを予想して内心で溜息を吐いていると、セリーは「大丈夫です!」と元気よく叫んだ。


「知っていますよ。またエンブラに向かう護衛クエストを探しているんですよね。でもそれだけでしたら、他の人が確認しに行ってもいいじゃないですか。というわけでユーヤさんにお願いがあるんです!」


「お願いねえ」


 セリーの言うことにも一理ある。掲示板の確認なんて一人でも出来るし、今日も姉貴と親父が見に行くと言っていた。それならセリーのお願いというのを聞いてみるのも悪く無い。


 セリーが頼み事をしてくるのは珍しいし、何より彼女には借りがある。護衛クエストに出発する間際、彼女が貸してくれたマジックバッグは今も俺の腰にぶら下がっているのだ。

 再会した時に返そうかとも思ったのだけれども、セリーの「もう少し貸してあげます!」という言葉に甘えて、未だに借り続けている。

 実は正直すごく助かっていた。これ便利すぎ。


「で、お願いって何だ?」


 スープの入ったお椀に口をつけながら尋ねると、セリーはまるで言うべきかどうかを悩むみたいに、口をパクパクと開閉させた。


「実は私、魔光草が欲しいんです。それも茎や葉っぱじゃないですよ。花です。それも咲いている状態の!!」


 やがて意を決したように語られた内容に、俺は思わず首を傾げる。


「魔光草?」


 聞いたことがない。


「知らないんですか? 昼間はただの雑草に見えるんですが、夜になると綺麗な花が咲くんです。見つけるのはとっても簡単ですよ。何せ光っていますから」


 俺が不思議そうな顔をしているとセリーは少し驚いた後、その魔光草について簡単に説明してくれた。

 簡単に見つかるのなら自分で探せばいいのにと思ったけれども、それが町の外に生えているというなら話は別だ。

 最近全く苦戦していないせいで忘れがちだったけれども、一般人のセリーにとって町の外は危険過ぎる。グリーンスライム一匹に襲われただけでも致命的だ。


「最初はギルドにお願いしようと思ったんですけど、魔光草の採取って地域によって難易度が違うんですよ。この辺りだと大体Cランクくらいになるみたいで、とても私のお小遣いでは」


「Cランクって、この辺りだと最高ランクじゃないか! 見つけやすいんだろ? 何でそんなにランクが高いんだ?」


 アルラド周辺には単体でCランク以上の魔物は存在しない。

 おかげでドラゴンの捜索任務は例外として、Cランク以上のクエストなんてDランクの魔物が群れを作った場合や、他所の町までの護衛任務くらいしか見たことがない。


 ただ光るだけの草の採取が、そんな高ランクのクエストと同レベルとは思えないんだが。


「実は魔光草の花には特殊な効果があって、周囲にいる魔物をおびき寄せてしまうんです。しかも惹き寄せられた魔物は興奮状態になるっていうおまけ付きで。抜いてしまえばその効果はなくなるんですが、その前に興奮した魔物の群れに遭遇する可能性が高いので、とても難易度が高いんです。運がよければ何事もなく採ってこれるんですけど、危険を冒してまで手に入れても特に使い道もないので、中々お店にも売ってないんですよ」


「聞いている限り凄そうな花なのに、使い道がないのか?」


「はい。抜いちゃった時点でただの光る花ですから。数日と保たずに枯れちゃいますし」


 何だそりゃ。

 説明を聞けば聞くほど意味が分からない。セリーは何でそんなものが欲しいんだ?


「実はちょっとしたおまじないに使うんです。ユーヤさん、護衛クエストが見つかったら今度こそそれでエンブラに行っちゃうんですよね。その前にどうしてもって思って……」


 話しているうちにセリーの口調が尻すぼみになってくる。自分が無茶なお願いをしているという思いがあるのか、その表情も沈んできていた。


(Cランククエストか)


 こっちの世界にもおまじないなんてあるんだな。世界が変わっても女の子っていうのは、そういうのに興味を持つみたいだ。ただしこっちの世界じゃ前準備が命がけだけど。


「あ、あのやっぱりいいです! ごめんなさい! 忘れてくださ――」


「ちょうどいい」


 最後まで言わせず、立ち上がる。「え?」と目を丸くセリーの前で最後のパンを口に押し込むと、俺は安心させるように笑いかけた。


「折角Bランクに上がったことだし、腕試しがしたかったんだ。Cランクくらいなら問題ないさ」


(ちょっと格好つけすぎたかな)


 若干調子に乗ってしまったのは否定出来ないけれど、そろそろ俺も一人で何かをやってみたいと思っていたところだ。

 最近皆ばらばらにクエストを受けることが多かったけれど、俺にはいつも姉貴がついてきていた。そろそろ保護者無しでも大丈夫だっていうことを証明もしたい。


「ほ、本当にいいんですか? 頼んでおいてなんですけど、とっても危険ですよ?」


「本当にやばいと思ったらすぐに逃げるさ。こう見えて一度はドラゴンからだって逃げ切ったんだぜ?」


 少しおどけて答えてみせると、セリーはよっぽど嬉しかったのか、勢い良く抱きついてきた。


「ユーヤさん……よろしくお願いします!」





   ◇




 剣を携え鎧を着込み、厄介事は全て力づくで解決する存在。

 世間には冒険者をそういう目で見ている人が大勢いる。確かにそういう冒険者がいるのも事実だけれど、彼らのほとんどは決して粗野、野蛮というわけじゃない。

 日々荒事の中で生きているせいで言動が多少荒っぽくなっている人も多いし、自分の腕だけで生き抜いてきたという自負から無駄に偉そうな人もいる。


 けれどもただ力押しだけで、幾度もの死線をくぐり抜けることは不可能だ。

 魔物の生態や弱点、自分の活動する周辺地域の地理情報。それらの知識を得るために時には人に教えを乞い、時には本を読み漁る。


 そんな冒険者達のためにギルドが提供しているのが資料室。冒険者ギルドアルラド支部二階にある、この部屋だ。


「なるほど。セリーが驚くわけだ」


 セリーのお願いを聞くことにした俺はその足でギルドに向かうと、掲示板の前を素通りして資料室へ来ていた。


 魔光草について簡単な説明は聞いたけれど、ただ闇雲に光る花を探すわけにもいかない。

 ここはファンタジーな世界だ。他にも光る花があってもおかしくはないし、出来ればどんな場所に生えるているのかも知りたい。


 そんなわけで草花に関する記述のある本や採取クエスト用の参考資料を適当に見繕って、設置されているテーブルで読み始めること数冊目。件の魔光草は俺の予想以上に有名な植物だったみたいだ。

 どの本も冒頭に薬草や毒消し草の類といった、この世界の人々にとって最も馴染み深く最も需要のありそうな植物の解説が載せられている。そして魔光草はこの二つに並んでかなり大きく紹介されていた。


(掲載順から見ても、かなり常識的な植物っぽいな)


 以前聞いた【三聖教】のことといい、まだまだ知らないことは多そうだ。今後は日本に帰る方法だけじゃなくて、一般的な知識についてももっと勉強したほうがいいかもしれない。


 さて、肝心の魔光草についてだけれども、どうやらこの草はかなり危険な植物として認識されているようだ。

 セリーが言っていた通り日中は普通の雑草と同様特に害はなく、夜の間だけ光る花を開花させる。ところがこの花が厄介な代物で、周囲の魔物を惹き寄せる上に興奮状態にする効果があるそうだ。

 抜いてしまうとその効果は失われ、今のところ人工的な栽培に成功した例はなし。

 特に使い道はないみたいだけれども、前述の通り周囲の魔物を引き寄せるので、見かけたらすぐに処分するか逃げるかするのが正しいらしい。

 例外として腕に自信のある者はこの効果を逆に利用して、花に寄ってくる魔物を倒すそうだがお勧めはしないと書かれていた。


(ゲームで言う狩り場ってやつか)


 昔姉貴がやっていたゲームで、敵がリポップする地点に陣取って、ひたすら得点を稼ぐプレイをしていたのを思い出す。


 とは言っても、どう贔屓目に見てもはた迷惑な花だ。今回は採取が目的だけれども、今後見かけたらすぐに抜いてしまった方がいいかもしれない。

 その後も何冊か魔光草について書かれた本やアルラド周辺の地理が記された地図も読んだけれども、どの本にも肝心の生息地が書かれていない。せいぜいが他の草花に混ざって生えているので、開花する夜じゃないと見つけにくい、っていうことくらいだ。


(参ったな。夜になってから探し始めるっていうのも面倒くさいし、誰か人に聞いたほうが早そうだ)


 レーテルさんなら知ってるかな、と今も一階で受付をしているはずの金髪エルフのお姉さんの姿を思い浮かべる。

 美人のお姉さんとの会話を嫌がる男なんて世の中にはいない。例え知らなくても会話の切っ掛けにはなる。そうと決まれば善は急げだ。


 頭の中で手段と目的をごちゃ混ぜにしながら、読んでいた本を閉じて立ち上がる。すると、隣に座っていた人が話しかけてきた。


「もしかして魔光草を探してるんですか?」


「え?」


 年は俺より少し下くらいだろうか。茶色い癖っ毛にそばかすの浮かんだ頬、大きい目をキラキラと輝かせながら俺を見上げている男の子と目が合う。


「ああ、そうだけど。……誰?」


 ここにいるということは、冒険者なのは間違いない。現に纏っている緑色のマントの下からは、剣の柄が飛び出していた。


「ああっ、すみません。僕、トポスっていいます。《ファミリー》のユーヤさんですよね!? 初めまして!」


 トポスと名乗った少年は勢い良く立ち上がると、自己紹介とともに右手を差し出してくる。


「え? うん、よろしく?」


「うわぁ、ありがとうございます!」


 この世界で握手を求められたのは初めてだ。妙な感慨と共に右手を握り返すと、トポスは感激したような声をあげた。

 何をそんなに喜んでいるんだろう。最近少しは有名になってきた自覚はあったけれど、芸能人にでもなった気分だ。


「あっ、すみません。魔光草ですよね。僕、群生地を知っていますよ。よかったら案内します!」


 尋ねてもいないのに一方的に話し終えると、トポスは先陣を切るように歩き始める。


「いや、ちょっと待ってくれ!」


 俺は慌てて本棚に本を戻すと、その後ろを追いかけた。

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