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第4話 ギルドと教会 4

「第七回! 異世界家族会議!」


 そろそろ夕飯時だというのに、《銀の稲穂亭》に帰るなり姉貴に部屋に引きずり込まれる。

 何だ何だと混乱していると、いつものようにベッドの上で車座になって座らされ、唐突に家族会議が始まった。


(もう七回目になるのか)


不定期に開催されている家族会議だけれども、回を重ねるごとにこっちに来てからの時の流れを実感する。この調子だと二桁に届くのも時間の問題だろうけど、出来るだけ早く日本に帰りたい。


「今日の議長はあたしが務めます。まず裕也! あの後何があったのか全部吐きなさい!」


 炎を吐きかねないほどの剣幕で姉貴が詰め寄ってくる。


 議長、会議を私物化してないですか?


「ニーラスの知り合いだったみたいで、彼の最後を聞かれた」


 想定していた質問内容だったので、帰る道すがらあらかじめ考えていた口上を口にした。


 皆には悪いけれど、本当のことは話せない。

 このイヤリングのことは誰にも話さないでほしい。例え家族であろうとも、そうレーテルさんにお願いされたからだ。もしばれてしまっても、ただの遺品で通すことにしよう。

 そして不思議な事に、レーテルさんの件を除いても全てを皆に話す気になれなかった。こんなことは初めてだ。


(まあ別に今すぐ重要なことでもないし、本当に必要になったら話せばいいか)


 俺があっさりと答えたことに虚をつかれたのか、姉貴は一瞬キョトンとし、やがて納得したように頷く。


「そうだったの。そっか、何となく雰囲気似てたしね。彼女もエルフだったんだ」


 ニーラスのことについては前に全員に話しているので、皆正体を知っている。

 それでも今のやり取りだけでレーテルさんの正体にまでたどり着くなんて、勘が良すぎる。


(ボロが出ないように、この件についてはなるべく黙っていないといけないな)


「じゃあ次の議題~。何かある人~?」


 前のめり気味だった姿勢から一転、姉貴は足を前に投げ出すと投げやりな態度で会議を進行し始めた。

 急にやる気を失くすな。自分からやるって言ったんだろう。


「じゃあ私から一つ。進士さんと裕也、今日レストランからギルドに向かう途中のことを覚えていますか?」


「「?」」


 次に母さんに挙げられた議題に、俺と親父は揃って首を傾げる。

 特に何もした覚えはない。そもそもその時俺と親父は離れて歩いていたし、これといった会話もしていないはず。


(ええと確かあの時は意気揚々と先頭を歩く姉貴に俺と爺ちゃんが続いて、一番後ろに母さんと親父がいたんだよな?)


 おぼろげな記憶を掘り返してみても、何も問題は感じなかった。

 俺と親父だけでなく、話に関係のない姉貴と爺ちゃんも頭の上に疑問符を浮かべている。

 けれども目の前に座る母さんはそんな俺達の様子を見ながら、ニコニコと笑みを浮かべたままだ。

 細められた眼の奥に、剣呑な光を宿しながら。


「「っ!!」」


 瞬間、俺と親父は同時にあることを思い出して、勢い良く顔を見合わせた。


(親父も『あれ』を見ていたのか!?)


(もしかして裕也も!?)


 【念話】スキルもないのに、以心伝心でお互いの気持ちが通じ合う。

 原因に思い至った俺たちは震えそうになる体を抑え、笑みを浮かべたままの母さんの方へゆっくりと向き直った。


「思い出しましたか? 二人共、すれ違った女冒険者さんのおっぱいを凝視していましたね。あれはよくないと思―――」


 母さんが話している最中にも関わらず、俺の頭が意思とは無関係に上に向けて跳ね上がる。視界に天井が映り、鼻の奥に鉄の匂いが広がった。


(あれ? 何が、起こったんだ?)


「ぎゃあああっ、違う違う違う! チラっと目に入っただけなんだ。ごめんなさい、そこはそんな風には曲がらないです!」


 朦朧とした頭の中にどこからか親父の悲鳴が聞こえてくる。

 その悲壮な声に同情していると、頭上に影がさした。

 くるくると宙で回転しながら、踵を振り下ろしてくる姉貴。


「ちょっと待っ――!」


 叫びも虚しく、俺の頭は姉貴の踵とベッドの間に挟まれた。



 ひとしきり痛めつけられた後、【ヒール】を受ける。拷問でも受けている気分だ。


「いけませんよ? 男の人はチラっと見た程度のつもりかもしれませんが、女の人はじっと見られたと思うんです。ばれないとでも思ったんですか? デリカシーが足りません」


「「すみませんでした。もうしません」」


 未だに目の笑っていない母さんと気炎を吐いている姉貴に、二人揃って土下座で謝罪する。

 でもあれは男なら仕方がないと思うんだ。あんなに胸を強調した鎧なんてありえないだろう。流石ファンタジー、いまだに侮れないぜ。


(そう言えば姉貴と母さんは顔はいいけど、胸が――)


 そこまで考えた瞬間、全身に無数の氷の剣が突き刺さる様を幻視した。ぶわりと体中から冷や汗が溢れ、即座に思考を放棄する。


 危ない。一瞬でも遅かったら、確実にヤられていた。


「……そろそろいいかの? 次の議題はわしから。これからどうする?」


 一人蚊帳の外にいた爺ちゃんが呆れたように溜息を吐くと、皆がきまり悪げに居住まいを正す。


 これからどうするか。

 皆傷も癒えたし、体力も回復している。ここしばらくは各自で色々とクエストもこなしていたので、資金面の問題もない。ドラゴン討伐に関するゴタゴタも今日の一件で片付いた。

 はっきり言って、もうこの町に留まっている理由はないのだ。


「行こうと思ったらいつでも行けるのよね、エンブラ」


 姉貴も同じ考えだったのか、周りを見渡しながらぼそりと呟いた。


「そうねえ。道も大体憶えていますし、後はドラゴンに襲われたところから道なりに進めば着くと思うんですが」


 姉貴の呟きに母さんが頬に手を当てながら答える。

 俺が馬車の中でゴロゴロしている間、母さんはしっかりと道筋を憶えていたみたいだ。


「徒歩で行くのか? そう考えるとやっぱり遠いな」


「でもわざわざ馬車を購入するわけにも。馬の管理だって難しいと思うよ」


 あんな所まで徒歩で行く気にはならない。馬車ですら一週間かかる距離だ。

 何か移動手段がほしいところだけど、親父の言うとおりわざわざ馬車を買うってのもなあ。


「やはり護衛くえすとを受けるのが一番じゃろうな。寝床も確保できるし、流石に前のようなことにはなるまい」


 爺ちゃんの意見に皆が同意するように頷くが、実はここ最近その肝心の護衛クエストが見つかっていない。何となく原因は分かるけれども。


「あー、でも最近エンブラ方面に行く人、あんまりいないみたいなのよね。気になって調べてみたら、皆他にもドラゴンがいるんじゃないかって疑ってるみたい」


 俺と同じことに気がついていたらしく、姉貴はわざわざ調査までしたみたいだ。

 物騒な手段をとってなければいいけど。


「あらあら、それは困りましたねえ。そのあたりも含めて、明日になったらギルドの人にお話を聞いてみましょうか。もしかしたらゴブリンの時みたいに、貼り出されていないクエストがあるかもしれませんし」




   ◆




 太陽が地平線の向こうに落ちていき、町が薄闇に覆われ始める。

 日中に店を開いていた者たちは後片付けを始め、逆に酒場などはこれからが書き入れ時とばかりに威勢よく呼びこみを始める。


 家に帰るため、あるいは遊びに行くために人々が明るい表情で足を速める中、ガチャガチャと金属の擦れ合う音を立てながら、全身甲冑を着込んだ騎士の列が通りを練り歩いていた。


 揃いの白マントに、胸には盾と薔薇の花弁を模った紋様。

 その一糸乱れぬ統率された動きは、彼らの並々ならぬ実力と日頃の鍛錬の厳しさを物語っている。


 表通りを歩く総数二十名程度の本隊に、時折裏路地から報告のために数名の騎士が走り寄っては、また去っていく。

 その規模も含め、まるで周囲を威圧するかのような風体に、彼らを見る住民達の表情は若干不安げだ。時折すれ違う冒険者達の顔も険しく、中には露骨に舌打ちをする者もいた。



「ふん、殺人事件など起こらんではないか。我が騎士団に恐れをなしたのか? やはり民の平穏を守るに相応しいのは騎士だな。薄汚れた冒険者共には荷が重かろうよ」


「流石はポータ様。仰るとおりです。聞けば犠牲者の中には冒険者もいたとか。守るどころか逆に民の不安を煽るとは、全く持って役に立ちませんな」


 タスヴォの町。


 連日続いた殺人事件の報告を受けポータ直属の騎士団が見回りを行う中、町の中心部にある町長宅では三人の男が机を挟んで向かい合っていた。


 三人の中でも最も身分の高そうな、燦然と輝く豪奢な鎧に身を包んだ男が憮然とした口調で吐き捨てると、側近らしき男がすかさず相槌を打つ。

 ポータと呼ばれたその男は側近の言葉に頷くと、テーブルの向かいに座る男に視線を投げかけた。


「町長も安心するがいい。下手人が捕まるまで、二十名ほど騎士を増員させておこう。最も我が騎士団を恐れて、もう現れないとは思うがな」


「ありがとうございます。ポータ様の慈悲深さには感謝するばかりです」


 はっはっはと笑うポータに、ペコペコと頭を下げながら町長は内心で毒づいた。


(別にお前が来る前に事件は止まっていたんだ。犯人は他所の町に移動した可能性があるとギルドは言っていたが、俺も同意見だよ)


 連日続く殺人事件。生きている目撃者が誰もいないため町長も頭を悩ませていたのだが、ポータが町に来る数日前にパタリと起こらなくなっていた。

 他所の町に行ってくれたのならそれでいい。この町を預かる身としては願ったり叶ったりだ。それよりもこの男も早く出て行ってくれないだろうか。


 ポータ騎士団は規律を重んじ、決して民に危害を加えるようなことはない。

 しかしかの騎士団の物々しい雰囲気と高圧的な態度は人々を萎縮させ、怯えさせる。何よりポータ自身の冒険者嫌いの気質が騎士団にまで広がっているため、冒険者達との諍いが絶えないのだ。

 騎士と冒険者。共に神から【職業】の信託を受けた者たちの争いなど、町の自警団程度では止められない。


「ところでポータ様はこれからどちらへ?」


「うむ。実は先日アルラドに駐在させておる我が騎士団がドラゴンを相手に勇猛果敢に戦いを挑んだのだが、不幸にもほぼ壊滅してしまったのだ。その補充も兼ねて視察に赴こうと思ってな」


 ドラゴン? 確かギルドからそんな報告があったが、あれが討伐されたのはほぼエンブラの側ではなかったか? この男の領地ではなかったはずだが。


 町長が疑問に思っていると、ポータは話を続けた。


「我が騎士団がその命を犠牲に追い詰めたドラゴンに、偶々近くにいた冒険者が止めを刺しおったと聞いてな。これだから礼儀もわきまえぬ輩は困る。ついでにその業腹な面も拝んでやるとしよう」


 そう語るポータの顔は、憎悪すら感じるほど忌々しげに歪んでいた。

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