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第3話 ギルドと教会 3

「すみません、ユーヤさん。この後少しお時間いいですか?」


 話し合いが終わったのでガンゾも教会へ帰り、それに続くように俺たちも部屋を出ようとしたところで声をかけられる。

 驚いて振り返るとそこには受付の金髪お姉さん、もといレーテルさんが立っていた。


「何よ? 話があるならここで言っちゃってちょうだい」


 俺に聞いているはずなのに、何故姉貴が答える。しかも妙に喧嘩腰。


「あ、いえ。個人的なことですので、ここでは……」


 姉貴が威嚇するように睨めつけると、レーテルさんは困ったように顔を伏せた。それを見た姉貴はグルリと首をまわし、今度はこっちを睨んでくる。

 何でこの人、全方位に敵意振りまいてんの?


 今にも掴みかからんばかりの迫力に思わず一歩後退すると、母さんがそっと姉貴の肩を掴む。


「まあまあアキちゃん、お話があるのは裕也にみたいですし。邪魔しちゃ悪いですよ」


 そのままやんわりと俺から遠ざけながら説得してくれるが、姉貴の目は全然納得していない。

 もうそのまま宿まで連行して行ってほしい。


「はは、実は彼女を書記として呼んだのはこの件があったからなんですよ。どうしても話したいことがあるらしくて。ユーヤさん、よろしければ聞いてやってくれませんか? 我々は外に出ますので、このままこの部屋を使ってもらって構いません」


 それにしてもレーテルさんは急にどうしたんだろうと思っていると、何故か今日一番の笑顔を浮かべているスラフさんが説明してくれる。


 確かにこの後特に用事があるわけじゃないけれど、扉の方に引き摺られながら殺気を放ち始めている姉貴が怖すぎだ。

 腹が減ってるんなら晩飯先に食べ始めちゃっていいから、そんなに睨まないでほしい。


「安心してください。この部屋は特別製でして。余程高位のスキルでも使わない限り、中の様子は分からないようになっています」


 いや、俺が心配しているのはそこじゃないんだけど。


 と、それを聞いてふと気付いてしまった。

 レーテルさんと密室で二人っきり? そして向こうは人に聞かれたくない話がある? もしかしてこれはあれか、告白ってやつじゃないのか?

 その考えに行き着いた瞬間、急に動悸が早まるのを感じた。


 いやいやいや、落ち着け俺。女は見た目で選んではいけない。よく考えろ。まずは健全なお付き合いをさせていただいて、お互いのことをよく知り合ってから――。


「ユーヤさん」


 声をかけられ、我に返る。

 あれ? 皆いつの間に出て行ったんだろう。


 気がつけば部屋の中には俺とレーテルさんの二人しかいなかった。


「は、はい。何でしょうか」


 慌ててレーテルさんの方に向き直って返事をしたけれど、緊張で声が上ずってしまう。

 やましい気持ちはない。断じて。


「エルフの、【アーティファクト】を持っていますね?」


「?」


 さあ一体何を言われるんだろうとドキドキしていたら、告げられたのはそんな台詞。

 意味がわからず呆けてしまったけれど、次の瞬間あることに気がついて、思わず懐に手を当てた。


 【アーティファクト】っていうのが何かは分からないけれど、俺の持っているものでエルフに関連するものといったらあれしかない。

 ニーラスが最後の時に俺に託したイヤリング。あれから常に肌身離さず持ち続け、これに関してだけは家族の誰にも話していない。


(何でこの人が知っている?)


「警戒しないでください。ただ私には『視える』だけです」


 俺が懐に手を当てたまま一歩後ずさると、レーテルさんはいつものように冷静な口調で語りかけてくる。

 簡単には信用出来ない。

 俺が緊張した面持ちで黙っていると、レーテルさんは徐ろにその長い金髪をふわりとかき上げた。


 陽の光を反射してきらきらと輝く金色の髪。レーテルさん自身の美貌と相まって幻想的にすら見える光景だったけれど、俺はそれよりもある一点に目を奪われていた。

 普段は長い髪に隠れて見えなかった部分――先の尖った、その耳に。


「エルフ……だったんですね」


「はい。この町では風当たりが強いので、普段は隠しているんです。勘のいい人は種族までは分からなくても、人族でないと気付いるみたいですが」


 今まで全く気づかなかったけれど、普段彼女の担当する受付が空いている理由はそれが原因だという。確信はなくても、一度疑惑の目で見られれば彼女にそれを覆すことはできない。

 ギルドの方針では種族差別はしないということになっているけれど、やはり人間以外の種族に対する偏見は消えないようだ。


「先ほどお話のあった【三聖教】。あれにも私たち人ならざる者たちには、神の加護がないことになっていますので」


(国で最も広まっている宗教が否定しているのか。それは面倒だな)


 そこでレーテルさんは急にニコリと微笑んだ。

 至近距離で見る唐突な笑顔に、思わず顔を赤くしてしまう。


(初めて笑ってるところ見た! やっぱり凄い美人だ)


「貴方はこの耳を見ても嫌そうな顔をしないんですね。精霊に好かれているのも、その辺りが理由でしょうか」


 その言葉に、はっと記憶が蘇る。

 森の中、降り続ける雨、息も絶え絶えなその姿。彼も同じようなことを言っていた。


「ニーラスの知り合いですか?」


 同じ種族。それもこの辺りでは珍しいエルフだ。知己の仲だったとしてもおかしくはない。


「彼は私たちエルフ族を治める存在であるハイエルフ族。その第三王子です」


 俺の質問に首を横に振りながら答えるレーテルさん。

 どうやら知り合いというわけではないみたいだけれども、彼女の言葉が本当なら一方的に知っていてもおかしくはない。


(あいつ王子だったのか)


 何で冒険者なんかやっていたんだろう。そういえば確か『求める道が』とか何とか言っていた気がする。


「とはいえ出奔した時点で全ての地位と権利を剥奪された、はぐれエルフでしたが。ユーヤさん、改めて聞きます。彼から何か預かってはいませんか?」


 ニーラスは所縁のある人なら向こうから気付くと言っていた。もしかしたらレーテルさんがそうなんだろうか。

 懐からそっと、傷つかないようにハンカチに包んでいたイヤリングを取り出す。

 包みを開き中身を見せると、彼女は目を見開いた。


「やはり、我らの王家に伝わる【アーティファクト】です。まさかニーラス様が待ち出していただなんて……」


「え」


(これってもしかして盗品なの? ちょっと待てニーラス、お前なんて物を渡してるんだ!)


 てっきり遺品だと思っていたのに、そうなると話は別だ。色々と事情も知っていそうだし、ややこしいことになる前にレーテルさんに渡してしまった方がいいかもしれない。


「あの、レーテルさん。もしよかったらお願いが――」


「ユーヤさん、お願いがあります。私も彼と同じく妖精郷を出奔した身。易々とは帰れないのです。どうかそれを妖精郷に入れるエルフに渡してはもらえないでしょうか。それはハイエルフ、いえエルフ族全体にとって掛け替えのない宝なのです」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 慌ててレーテルさんの言葉を遮る。

 俺が全てを言い終わるよりも早く、向こうの方からとんでもないお願いをされてしまった。


 簡単に言わないでくれ。エルフってだけでも珍しいだろうに、妖精郷に入れるエルフだって?

 大体どうやって説明したらいいんだ? お宅の宝を奪った王子に今際の際に託されました、とでも言えばいいのか? 

 それに俺たちには地球に帰るという大きな目的がある。なるべく寄り道はしたくない。


「無茶を言っているのは承知の上です。ですが該当するエルフを探してくれというわけではありません。ユーヤさん達はいずれこの町を出ると聞きました。その旅先で運よく出会えたらでいいのです。お願いします」


 俺が困った顔をしているのに気付き、必死な様子で頼み込んでくるレーテルさん。

 自身も妖精郷を出奔したと言っていたのに、何が彼女をここまで駆り立てるんだろうか。その姿に思わず心を動かされそうになる。


 そうだ。何もこちらから探さなくていいのなら、別にいいんじゃないか?


「……分かりました。これはこのまま俺が預かっておきます。ですがもしそのエルフに出会えなかったら、どうしようもありません。その時は諦めてくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 実質預かるだけで何もしないと言っているようなものなのに、あっさりと頷くレーテルさん。


(それでいいのか?)


 本当に大切なものなのかそうでないのか、いまいちよく分からない。言っておくけど、本当に探さないよ?


「貴方の周りにいる精霊がきっと導いてくれます。私が貴方に気付いたように」


 俺の疑念を他所に、レーテルさんは何か確信を持ったような表情で頷く。


 精霊、精霊、精霊。ニーラスもそうだったけれど、何かにつけてそれだ。

 いい機会だ。折角だし聞いておこう。


「精霊って何なんですか? ニーラスがそれらしき光の粒を纏っているのは見たことがありますが」


 ドラゴンに襲われた時、スフィの横に立つニーラスの周囲に浮かんでいた光の群れ。色は違うけれど、俺がドラゴンのブレスをくらった時にも見えた。


「私たちエルフ族の故郷、妖精郷にある大樹から生まれると言われている、この世界のあらゆる所に存在するものたちです。普段は人の目に映ることもなく、自由にそのあたりを漂っているのですが、お願いされたり自分の気に入った相手を助けるために力を発揮する際、可視化します。私たちエルフの中でも一部の者は、意識すれば普段から彼らの姿を見ることができるのです」


 そこでレーテルさんは一度言葉を区切り、まじまじと俺の顔を見つめてきた。

 興味、好奇心。普段は無表情なレーテルさんの顔に、様々な感情が浮かぶ。


 どうでもいいけど、もう少し離れてくれないだろうか。無意識なのか、少しずつ近づいてくるレーテルさんに、ますます顔が赤くなってしまう。


「珍しいことですが、《ファミリー》の皆さんは精霊に興味を持たれています。特にユーヤさん、貴方は凄い。長年生きてきましたが、ここまで好かれている人は初めて見ました」


 本当に綺麗です、と呟く彼女に俺は照れ隠しも込めて、思わず聞き返してしまった。


「な、長年?」


「忘れてください」


 二度目になる彼女の笑顔は、少し怖かった。

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