第2話 ギルドと教会 2
「おい、見ろよ。《ファミリー》の連中だ」
「五人、全員いるな」
「あの噂、やっぱり本当なのか?」
「バール達もいたんだろ? 出鱈目とは思えねえぜ」
「じゃああの中に称号持ちがいるのか。どいつだ?」
「娘じゃねえか? 俺はあいつに殴られたやつが、縦に三回転したのを見たぞ」
扉をくぐりギルドに入った途端、ホールに屯していた冒険者達の視線が一斉にこちらに向けられた。
今までも常識はずれのスピードでランクを上げている家族ぐるみの冒険者、という理由で話題に登ることはあったけれど、最近ではそこにドラゴンを倒したらしい、という一文が追加されている。
遠巻きに囁き合っているだけで誰も近寄ってこないのは、姉貴にちょっかいをかけて文字通り地に沈んだ連中の数が、とうの昔に二桁を超えているのとは無関係ではないだろう。
ここにはCランク以上の冒険者もそうそういないみたいだし、しばらくそんな猛者は現れまい。
彼らの話にあった称号というのは、いつの間にか俺のギルドカードに追加されていた『ドラゴンスレイヤー』のことだ。皆にも聞いてみたけれど、俺以外の誰にも書かれていなかった。
称号についていつもの金髪お姉さんに聞いてみたところ、特定の功績を挙げた際に自動的にギルドカードに現れるものらしい。ステータスに数値として反映されはしないけれど、所持者はステータスの上昇などの恩恵を受けるそうだ。何度も思ったけれど、相変わらず不可思議な仕組みをしている。
「チーム《ファミリー》だな。久しいな。待っていた」
ホール中から突き刺さる視線を無視して受付へ向かっていると、急に横から声をかけられた。
そこに立っていたのは発達した筋肉に押し上げられパツパツの制服、茶色い短髪に鋭い目つきのギルド職員だった。
ええと、この人は確か。
「ナッシュ殿か。久しいの」
俺が記憶を探っていると、爺ちゃんが挨拶する。
そうだ、思い出した。護衛クエストの話し合いの時にいたギルド職員の人だ。
「色々と大変だったみたいだな。ではついて来てくれ。皆既に待っている」
あの一連の事件は、大変の一言で片付けていいようなものじゃない気がする。日本だったら間違いなく全国紙のトップを飾るレベルだ。
「皆? 皆って誰よ?」
姉貴が質問したが、ナッシュはそれに答えるつもりがないのか、無言で階段を登り始める。俺たちは顔を見合わせると、仕方なくそれに続いた。
「感じ悪いわね、こいつ」
「姉貴、聞こえるって……!」
階段を登りながら姉貴が声を出すのを慌てて止める。
物怖じしないと言えば聞こえはいいけれど、思ったことをすぐに口に出すのはやめてほしい。毎回俺がフォローするハメになる。
俺たちが小声でやり取りしている間に先頭を行くナッシュは二階を通り過ぎ、三階へと続く階段に足をかけた。
(そういえば、三階に上がるのは初めてだな)
普段使っている資料室も、以前話し合いで使った会議室も二階にある部屋だ。外から見る限り、この建物は三階建。つまり今から行くのが最上階になる。一体何があるんだろう。
やがて三階へ辿り着いたナッシュが手前にある扉にノックをした。
奥にももう一つ扉が歩けれど、他には何もない。三階はこの二部屋しかないんだろうか。
「失礼します。《ファミリー》の皆さんをお連れしました」
どうぞ、と部屋の中から聞こえた声に従い、ナッシュが扉を開く。
促されるままに入室して一番最初に感じたことは『豪華』の一言だ。
かなり広い部屋にも関わらず床一面には柔らかい絨毯が敷かれ、壁際にはよく分からないけれど値打ちものっぽい絵画や調度品が飾られている。備え付けられた机や椅子も黒い艶のある木材で設えられていて、この世界で見た中では一番の高級品だと思わせられた。
そして長方形をした机の窓側には初めて見るギルド職員が一人と、いつもの受付の金髪お姉さん。右手側には男の神官が二人座っている。
(ん?)
部屋の中を見回していると、手前側に座っていた神官が小さく手を振っているのが目に入った。やけに馴れ馴れしいな。
「って、ガンゾじゃん」
ガンゾ。俺たちが冒険者ギルドに登録する際に、職業診断を担当してくれた神官だ。一応お世話になってはいるし、ある程度の地位には就いている人のはずなんだけど、本人の性格のせいかいまいち感謝や尊敬といった念が湧いてこない。
俺が思わず呼び捨てると、ガンゾの横に座っていた初老の神官が眉根を寄せた。
「すみません、ガンゾさん。久しぶりなので驚いてしまいました」
ガンゾが焦ったように顔を振ってくるので言い直す。もしかしてかなり偉い人なのか?
「ようこそ。チーム《ファミリー》の皆さん。どうぞお座りください」
そうこうしていると奥に座っていた男のギルド職員に声をかけられたので、全員が左手側の席に腰をかける。
俺たち一家と神官の二人が向かい合わせに、ギルド職員の二人が上座に座る形だ。ナッシュは部屋に入ってから扉の横で後ろ手に手を組み、直立不動の姿勢をしている。
「皆さんお忙しい所、申し訳ありません。まずは自己紹介から。私はこの冒険者ギルドアルラド支部を預からせてもらっている、支部長のスラフと申します」
穏やかな笑みを浮かべながら丁寧な物腰でそう名乗ったのは銀髪碧眼、ややほっそりとした相貌に眼鏡をかけた、男のギルド職員だった。
(この人がここの支部長……)
それなら初めて見るのも納得だ。そんなに偉い人がほいほいと出歩いているわけもない。
それにしても若い。支部とはいえこの大きな組織の要職に就いているにも関わらず、どう高めに見ても二十代後半にしか見えない。もっと年配の職員を何人も見たことがあるけれど、年功序列という訳ではないみたいだ。
「そして彼女はうちの職員のレーテル。今回は書記として参加してもらっています」
続けてスラフに紹介された金髪お姉さんがペコリと頭を下げたので、家族一同でどうも、と反射的に頭を下げ返す。
ついに、とうとう、長い間不明だったお姉さんの名前が判明した。レーテルさんか。これからは名前で呼んでもいいのだろうか。いや、深い意味はないけれど。
そんなことを考えていると、次に初老の神官が口を開いた。
「私はレネゲス。【三聖教】の司祭だ。隣に座っているのはガンゾ、助祭だ」
司祭と助祭。やけに役職の部分を強調して話すレネゲスに、頭の中でこいつは面倒くさいやつ、とレッテルを貼る。
それと【三聖教】。多分あの神殿の宗教の名前なんだろうけど、初めて聞いた。一応有名なんだっけ?
しかし初めにスラフが話している時から気になっていたんだけど、このレネゲスという爺さん、さっきからジロジロと、まるで俺たちを値踏みするかのような目つきで見つめてきている。
そして当然のごとくギロリと睨め返す姉貴。確かに失礼だけど、問題は起こさないでくれよ。何か言われたらうちの姉は元々こういう目つきなんです、で通そう。
続いて親父が俺たち全員を簡単に紹介し終わったところで、再びスラフが口を開いた。
「では早速。バールさん達から事情の説明は受けていますし、先だってギルドカードの方も拝見させていただきました。《ファミリー》の皆さん、ドラゴン討伐の件、本当にお疲れ様です。幼体であったとはいえ、あれがもしどこかの町を襲っていたかと思うと……。冒険者ギルドを代表してお礼を申し上げます」
口にしたスラフと隣に座るレーテルさん。そして扉の傍にいたナッシュが一斉に頭を下げる。
仮にも支部長という要職に就いている人が、一介の冒険者に対して取った行動。それに一番慌てたのは親父だった。
「そんな! 頭を上げてください。偶々です。成り行きです。それにあの怪物と戦ったのはバールさんや亡くなった他の冒険者の方々も同じですし、僕らにしても実際に戦ったのは晃奈と裕也だけです」
「詳細は伺っています。皆さん、あなた方が最大の貢献者だと仰っていましたよ」
そう言うとスラフは、何か重いものが入った袋をズシリと机の上に置く。
「これはヨイセンさんからのクエストの達成報酬に、ドラゴンの死体から取れた魔石を含む諸々の素材の買取金、それとドラゴンを討伐してくれたことに対するギルドからの報酬金です。感謝の意をこめて、多少色をつけてあります」
かなりの金額が入っているであろう袋に、俺たち全員の視線が釘付けになる。その間にスラフは更に懐から封筒を取り出した。
「皆さんはエンブラを目指していると伺いました。今後エンブラに向かうことがありましたら、向こうのギルドにこれを渡してください。今回討伐されたドラゴンの素材はエンブラ支部が引き取っているのですが、それを基に作製された装備品を何点か提供してもらえる手筈になっています」
「え! 本当!?」
姉貴が喜色満面で声を上げるが、誰もそれを咎めようとはしない。俺も内心ではとても興奮していた。
ドラゴンの素材から作られた装備品! いやが上にも期待が高まってしまう。
「ええ、本当です。それと最後に今回の護衛クエストでの働き、ドラゴン討伐の実績をもって《ファミリー》の皆さん全員のギルドランクをCに。アキナさんとユーヤさんに関しましては、Bランクに昇格させていただきます。これに関しましては後ほど一階の方で手続きをお願いします」
至れり尽くせりだ。二度とあんな目にあいたくはないけれど、十分以上に元は取れている気がする。
皆が喜び、ありがたく報酬をいただこうと、代表して親父がテーブルに手を伸ばし、
「待つのじゃ進士」
その動きを、爺ちゃんの言葉が遮った。
「スラフ殿、わしらはいいが他の冒険者の方々、特に亡くなった者たちへの手当てはどうなっておる?」
それを聞いて一気に頭が冷える。
そうだ、亡くなった人たちやその遺族のことを考えると、手放しでは喜べない。
問われたスラフも沈痛な面持ちでそれに答えた。
「今回亡くなったのはアクスさん、ミロナさん、スキーフさん、トリズさん、ルードさん、ヴィラルさん、ニーラスさんの七名です。スフィさんは重傷。ダルノさんは軽傷ですね。モルトンさんはエンブラを素通りし、王都へ向かっていると本人から連絡がありました」
(そんなに死んだのか……)
目の前で死んだ人はともかく、皆うまく逃げ出していると思っていた。こうして改めて突きつけられると、いたたまれない気持ちになる。
「生き残った人たちには相応の報酬を支払いますが、ギルドに加入する際に契約したとおり、怪我や死亡に対してギルドは一切の補償も手当てもいたしません。遺族の方にも同様です」
はっきりと、一切の反論は受け付けないという声音で告げられる事実。
これが冒険者。これがこの世界で生きるということ。
目の前に置かれた袋がさっきよりも更に、とてつもなく重いものに見えた。
「冷たいようですが、これがギルドの方針です。それを受け取ることに罪悪感や拒否感を感じるかもしれません。しかし必ず受け取ってください。それはあなた方の働きへ対する、ギルドからの正当な報酬です。拒否は許されません。受け取った後でしたら捨てるなりばら撒くなり、どのようにしてもらっても構いません」
そう言われてもと俺たちが躊躇っている中、その袋をしっかりと掴んだのは意外にも親父だった。
「僕たちは生き残った。誰一人欠けることなく。これはそのことに対する報酬なんだ。そう考えればいい」
さっきまでの喜びようはすっかり消え、それでも躊躇うことなく袋を手にとった親父が微笑む。それを見た母さんがあらあらと笑みを浮かべ、姉貴と爺ちゃんも頷いた。
言い訳になるのかもしれないけれど、いい考えだと思う。俺もしっかりと親父の目を見据え、頷く。
「そちらの話は終わったか? では次にこれは教会からだ」
俺が親父から受け取った袋をマジックバッグにしまっていると、折角のいい雰囲気をぶち壊すかのようにレネゲスが事務的な口調で告げる。
続いて懐から小さな袋を取り出すと、放り投げるようにして机の上に置いた。音から察するに、どうやらそれにもお金が入っているみたいだ。
(教会から? 何で?)
俺たち全員が頭の中に疑問符を浮かべているのが伝わったのだろう、レネゲスはフンと鼻を鳴らすと説明を始めた。
「お前たちが倒したドラゴンは神官から正式に邪竜に認定されていたと、生き残った騎士団員から証言があったらしいのでな。それは邪竜討伐に対する教会からの報酬だ。喜んで受け取るといい」
(邪竜ってなんだ?)
ますます意味が分からない。
尊大な態度でこちらを見ていたレネゲスだったが、俺たちが誰も喜ぶどころか不思議そうな顔をしているのに気がついたようだ。訝しげな表情から一転、信じられないようなものを見る表情へ、そして憤怒の表情へと変わった。百面相みたいで面白い。
「貴様ら! まさか【三聖教】のことを知らぬわけではあるまいな!」
顔を真っ赤にして怒鳴るレネゲスには悪いけれど。うん、知らない。
「まあまあまあレネゲス司祭、彼らは田舎から出てきた無知な一家。魔物を狩るだけが脳の冒険者ですよ。司祭が相手をなさる価値もありません。それよりもそろそろポータ殿が来られる時期なのでは? ここは私めにお任せを」
口角泡を飛ばしながら勢いよく立ち上がったレネゲスを抑えたのは、それまで黙って座っていたガンゾだった。
止めるのはいいけれど、言いたい放題だな。
「ふん。それもそうだな。ガンゾ、この田舎者共に我らが崇高なる教義をしっかりと説明しておけ。それではスラフ殿、私は忙しいのでこれで失礼するよ」
ガンゾの説得にある程度の落ち着きを取り戻したものの、レネゲスはそう言い放つとバタンと荒々しくドアを閉め、部屋から出て行った。それと同時にガンゾが机に打ち付けんばかりの勢いで頭を下げる。
「本当にすいません! 申し訳ない! 勿論さっき言ったことは僕の本心じゃないです!」
本心だったらまたぶん殴ってたかもしれない。今ならかなりの威力があるだろう。
「レネゲスさんの狂信ぶりは有名ですからね」
しんと静まり返ってしまった部屋に、スラフの苦笑が響く。
「そうなんですよ。今回僕がついてきたのも、実はお目付け役的な要素が大きくて。止めたんですが、ドラゴンスレイヤーをこの目で見るって言って聞かなかったんです。どうも気に入らなかったみたいですが」
別にあんなやつに気に入られたくもない。こっちから願い下げだ。
「それよりその邪竜というのについて、教えてもらっていいでしょうか? 実は私達、その【三聖教】について全く知らないんですの」
「あ、はい。いいですよ。それにはまず簡単に【三聖教】について説明しましょうか」
母さんに促され、説明を始めるガンゾ。要約すると次の通りだ。
【三聖教】。
この世界で最も広まっている宗教で、人の神、天の神、竜の神の三神を崇めている。この世の全てはこの三神が創り出したものであり、人類が幾度の危機を乗り越え今なお繁栄しているのは、三神の加護のおかげらしい。ちなみに職業診断の時に使っていたクリスタルは三神から人類へ賜わされたとされる物で、未だに何で出来ているのか、どうしてあのようなことが出来るのかは分かっていないようだ。
そして三神と彼らが創り出したものに仇なす存在がいる。それが魔神だ。彼の生み出した魔物という存在は、人類を脅かす最大の敵なので人類のためにも、そして三神のためにも積極的に殺さなくてはならないそうだ。
邪竜と聖竜についてだが、三聖教では竜は聖なる生き物とされており、竜の神に連なる聖竜は人語を解し、人々を助けると言われている。逆に邪竜は人語を解さず、魔物と同様本能のままに人を襲う害獣なのだそうだ。ゆえに間違ってでも聖竜を倒してしまった場合は教会に睨まれる恐れがあり、逆に邪竜を倒すと竜の姿を借りた悪魔を倒したということで、さっきのように報酬金も貰えるらしい。
魔石がついていたら聖竜だって魔物と一緒じゃないのかと聞いてみたら、言葉を濁された。面倒くさい事情があるのだろう。
「で、さっきスラフさんも言っていたけど、レネゲスさんはかなりの狂信者でね。生来の我が侭っぷりもあって悪い方に有名なんだよ。あまり関わることはないと思うけど、間違っても彼の前で魔物以外の生き物を殺したなんて話はしないでね」
聞いておいてなんだけど、それを聞いての感想ははっきり言ってふーん、という程度のものだった。
日本じゃ宗教なんて、お祭り騒ぎの口実ぐらいにしか思ってなかったからな。いまいち実感がわかない。
他の皆も似たような気持ちらしく、姉貴なんて欠伸を隠してもいなかった。
「あ、あれ……?」
望んでいたのと異なる反応だったからか、ガンゾが困った顔をしていると、きりがいいと見たのかスラフが口を挟む。
「ところでガンゾさん、先ほどポータさんがいらっしゃる時期と仰っていましたが」
「え? ああ、ギルドにはまだ話がいっていないんですね。壊滅したアルラド駐在の騎士団の補充を兼ねて視察に来られるそうです」
それを聞いて、スラフが初めて困ったように顔を顰めた。
ポータ、ポータ……。どこかで聞いたことがあるような気がする名前だ。
「そのポータさんというのは?」
その表情によくないものを感じたのか、親父が疑問の声をあげると、スラフは首を振りながら答えた。
「この辺りを治めている貴族ですよ。こっちは大の冒険者嫌いで有名なんです」




