表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/92

第16話 雨天、激闘 1

2015/04/04 修正

「本来魔方陣っていうのは魔法系のスキルの威力や精度を高めるために用いられる、一種の補助装置みたいなものなんだけどね。転送魔方陣っていうのはちょっと変わっていて、発動時に触れている人や物を、物理的な障害を無視して別の場所に飛ばすのさ」


 アルラドを出て四日目。

 昨日は話の途中で盗賊が襲ってきたせいで聞きそびれてしまったので、改めてスフィに転送魔方陣の説明をお願いした。

 横に座っている姉貴と爺ちゃんも事の重要性は分かっているらしく、いつになく神妙な顔つきで耳を傾けている。


「二つの魔法陣間を行き来できるっていうタイプもあるみたいだけど、僕が今まで見たことがあるのは、一方通行のものばかりだね。それも大概罠だし」


「それはどのくらい遠くまで飛ばせるんだ? あとどんな場所にでも飛ばせるのか?」


 何日も寝食を共にしていれば口調も砕ける。俺は皮袋の水を飲みながらスフィに質問した。


「うーん、その魔法陣を制作した人のレベルによるかな。噂だと一国間くらいの距離を転送できるものもあるみたいだよ。それと場所だけど、地面の下とか変な場所じゃなかったら大体どこでも飛ばせるんじゃないかな?」


 俺の聞きたかった答えとは微妙に違うけれど、仕方がない。まさか異世界に飛べる魔法陣はあるのか、なんて聞くわけにもいかない。

 俺がそう思っていると、姉貴が手を挙げた。


「異世界に飛べるようなやつはないの?」


(姉貴ー!?)


 スフィは少しの間キョトンとすると、何か思い当たることがあったのか、クスクスと笑う。


「ニュフフ。もしかしてアキナは妖精郷に行きたいの? あそこは無理だよ。エルフしか入れないし、他の種族が入ったら問答無用で攻撃されちゃうよ。それに噂じゃエルフにしか使えないスキルでしか出入りできないみたいだし」


 そんなところがあるのか。話から察するにエルフと所縁の深い場所みたいだ。結構物騒な場所みたいだけれど、もしそこに帰る手がかりがあるのなら、いつか行く必要がある。

 また一つ増えた新たな可能性に悩んでいると、爺ちゃんが小声で話しかけてきた。


「裕也、えるふとは何じゃ?」


 まさかエルフを知らないのか。こういうのに興味が無い人でも単語くらいは聞いたことがあると思っていたんだけど。

 いや、確かにこういうファンタジー物が描かれた話が普及し始めたのって、割と最近なのか?


「簡単に言うと人種の一つだよ。俺の知識が正しければ、耳が尖ってて美形が多い種族だ」


 なるほどのぅ、と頷く爺ちゃんからスフィと姉貴の方へ視線を戻す。


「ちょっと待って。じゃあ転送って魔法陣を使わなくてもできるわけ?」


「そうだよ。って言うか、転送魔法陣は転送系のスキルを使える魔道具、って考えて貰ったほうがいいかな。でも転送系のスキルは限られた種族や職業でしか使えないし、かなりレアだよ。僕も話に聞いたことがあるだけで、実際に使い手をみたことはないな」


 知っていることはこれで全部話してくれたのか、スフィは座ったまま、うーんと伸びをする。

 魔法陣については大体わかった。でもあと一つ、聞きたいことがある。


「悪いけどもう一つだけ。ダンジョンについて教えてくれ」


 ダンジョンと聞いて姉貴の目が輝きだした。分かり易すぎる。


「ニュフ、ダンジョンねえ。この辺りに出たなんて話は聞いたことないけれど、もっと王都に近いところなら結構いるんじゃないかな。迷宮都市近くになら、それこそ掃いて捨てるほどいるしね。ま、気になるなら実際に行ってみたほうが早いさ。君達の腕なら下級のダンジョン討伐くらいなら楽勝だろうし」


 スフィの言い方に違和感を感じた。ダンジョンがいるって何だ?

 俺が質問しようとすると、丁度馬車がゆっくりと速度を落とし始め、御者から昼ご飯の時間だと告げられた。

 食事は毎回中央の馬車で配布されるので、各馬車の代表がそこまで受け取りに行っている。確か今回はスフィの番だったはずだ。


「ニュフ。もうそんな時間か。それじゃあ行ってくるね」


 尻尾を振りながら馬車を出て行くスフィを見送りふと振り返ると、爺ちゃんがまだ首を捻っている。どうやら今の話もよく分からなかったみたいだ。


「裕也、そのだんじょんというのは有名な魔物なのか?」


 確かにスフィの言い方だと、そう取ってもおかしくない。


「いや、俺の知識だと魔物の住んでいる迷宮ってイメージなんだけど。姉貴はどう思う?」


「仮説だけど、この世界のダンジョンってのは、内部で魔物を生成するタイプなんじゃないかしら。それならダンジョンそのものを一つの生命として扱っていても不思議じゃないわ」


 こういう方面の知識に関しては姉貴の方が上だ。そう思って振ってみると、もっともらしい意見が返ってくる。確かにそれなら納得がいく。


「ま、いずれにせよ王都の近くにはたくさんいるんでしょ? 嫌でも見ることになるだろうし、その時考えればいいわ。必要ならその迷宮都市に行ってもいいし。それより転送について色々と分かったのは大きな収穫よ。後で母さん達にも話してあげましょ」




   ◇




 アルラドを出て五日目の夕方。

 空一面に灰色の雲が広がっていて、いつ雨が降り始めてもおかしくない雰囲気だ。

 行程は予定より早く進んでいて、そろそろエンブラも近い。

 この先はアルラド周辺では見かけない魔物が生息している上に、最近ではその分布図にも異常が見られるので注意しておけと、今朝アクスから全員に通達があった。スフィは俺たちのレベルなら問題ないと笑っていたけれど、警戒しておくに越したことはない。

 そんなわけでいつでも戦えるように、と気を張っていたのも昼まで。朝から今に至るまで、この後方馬車どころか、先頭馬車のほうでも一切の魔物を見かけていないみたいだ。

 何も襲ってこないのなら、見張り番以外はすることがない。今は何の代わり映えもしない荷台内の様子を見ながら、ただゴロゴロしているだけである。

 いや、何の代わり映えもしないというのは語弊があった。実は今朝アクスの通達の時に人員の配置換えがあって、爺ちゃんとニーラスが入れ替わっている。

 何でもニーラスたってのお願いだったらしい。それ自体は別にいいのだけど。


「ニーラスさん。俺なんか見てて楽しいですか?」


 じっとフードの奥から俺を見つめてくるのだ。

 視線が気になるとか鬱陶しいというほどではないが、ふとニーラスの方を見るとじっとこちらを見つめている。

 最初は気のせいだと思い、やがてもしかして話に聞く同性に興味があるというアッチの人? と疑いと身の危険を感じ、何度も質問をしているのだが、返ってくる返答はいつも。


「楽しいわけではない。ただ彼らが君たち、いや、特に君を気にしているので私も気になってな」


 である。意味が分からない。


(彼らって一体誰だ? まさか脳内に飼ってる小人ってオチじゃないよな。何かやばい薬をやっているようにも見えないし……)


 ただこの視線の感じ。どこかで覚えがあるんだよなあ。前にもよく誰かに向けられていた気がする。

 そう言えばモルトンは盗賊の襲撃の後、姉貴に対してやけに慣れなれしい。

 当の姉貴はあいつが絡もうとしてくる度に半ギレしているんだけど、何故かそうすると余計喜ぶので最近ではスルーしているようだ。あいつはMなのかもしれないな。

 俺がそんなことを考えていると突然ニーラスが勢いよく立ち上がり、幌を捲くり上げて荷台の外に出て行ってしまった。


(結構揺れるし、酔ったのか?)


 電波フードにバカップル。引きこもり気質の弓使いにチャラい大男。M疑惑の変態にスフィ以外は他人と余り絡まない、むっつり獣人組。

 改めて考えてみると、とんでもないメンバーだ。変人の集まりじゃないか。

 まあ、このクエストもあと少しで終わる。そうすればもう会うこともないだろう。





   ◆





 最初に気付いたのは、アクスハチェットのメンバーだった。

 彼らは特に探索系のスキルを持っているわけではない。

 獣人特有の優れた五感、そして野生の直感を頼りに今まで生きてきた。

 だが時として、それらは他の優れたスキルをも凌駕する場合がある。今回がまさにそれであった。


「―――?」


 確信があったわけではない。ただ何かが近づいてくる。そんな予感がして、幌の上で寝転がっていたスフィはばっと立ち上がると、前方を見据えた。

 視覚、聴覚、嗅覚は何もないと告げている。だがこの肌のざわめきは何だ? いつだったか、誤って上位クラスの魔物と対峙してしまった時に感じたそれに似ている。いや、あの時以上だ。

 時を同じくしてアクス、ミロナ、ダルノも馬車の外に飛び出していた。半獣人であるスフィよりもより深く鋭く、全員が不穏な空気を感じたのだ。

 そして全員が、自分以外の皆も同じものを感じたのだと悟った。


「全員馬車を降りて身を隠した方がいい。幸い周囲は森だ」


 鋭く前方を睨みつけるスフィの横に、珍しく焦った様子で屋根の上に登ってきたニーラスが立つ。

 全身をローブで覆った謎の男。彼もまた、何らかの方法で異変を察知したのだろう。


「分かってる。アクスも気付いてるみたいだ。とりあえず下の皆に知らせないと」


 そう言って下に降りるべく体を反転させかけたスフィの視界に、それが映った。


(あれは……何だ?)


 大きい。まだ距離はあるが、鳥などとは比較にならないサイズの何かが、とてつもない速度でこっちに向かって飛んできている。


「まさか、そんな……」


 その正体に気付き、スフィが呟いた瞬間、アクスの怒声が響き渡った。


「全員外に出ろー!!」





「フッフッフーン」


 ここ数日モルトンは非常に上機嫌だった。

 彼の人には言えない異常な趣味。それは人を殺すことである。

 この世界においても殺人は当然重罪だが、相手が悪人であればその限りではない。場合によっては報奨金が出ることすらある。それを知ったモルトンは考えた。

 趣味と実益を兼ねるために、その殺してもいい悪人と最も多く出会える職業は何であろうか?

 騎士団は駄目だ。規律に縛られ、己に劣る人物に頭を下げねばならないなど、反吐が出る。ならば答えは決まっている。冒険者だ。何者にも縛られず、好きな時に好きなところへ行ける。

 東に賞金首がいれば探し出して殺し、西に盗賊が出れば根城を襲撃し皆殺しにしてきた。

 やがて趣味の合う連中を見つけ、チームを結成した。

 それまで誰かと協力するなんて考えたこともなかったが、やってみるとこれが楽しかった。

 実力の拮抗した者同士で、どちらがより多く殺せるか競うのは楽しい。自分より強い者の殺し方を見て、学ぶのは楽しい。自分より弱い者に見本を見せて、そいつが俺の真似をするように殺しているのを見るのは楽しい。

 先日の盗賊戦はとてもよかった。久々にたくさん殺せた。

 そしてその時見つけた最高の逸材、アキナ。あの年齢にして己に勝るとも劣らぬ実力に、何の躊躇いもなく人を殺せるその神経。聞けばあれが初めての殺人だったらしい。

 いい。あいつと一緒に肩を並べて人を殺して回ったら、どんなに楽しいだろう。あのチームは王都に向かうと聞いた。上手く説得したら、仲間に入ってくれないだろうか。

 そんなことを考えながら鼻歌混じりにナイフを磨いていると、突然アクスとミロナが外に飛び出していった。


「何だぁ? 獣共が、無駄に動くなよ。毛が落ちるじゃねぇか」


 顔をしかめて呟くと、馬車の中で腕立て伏せをしていたルードが、よっと掛け声を上げて起き上がる。


「気にすんなよ。小便でもしたくなったんじゃないのか? いやいや待てよ? 二人そろってってことはもしやこれは逢引!? 唐突に燃え上がる愛の炎に突き動かされたのか!? どう思うよヴィラル!」


「知らん……」


 ルードに声をかけられると、積荷の一角がごそりと動き声が聞こえた。アルラドを出てからずっと、ヴィラルは必要な時以外はそこから出ていない。

 大仰に肩をすくめ再び腕立て伏せを始めるルードを見ながら、モルトンもナイフ磨きを再開しようとした瞬間、周囲にアクスの怒声が響き渡った。


「全員外に出ろー!!」


 その声音から尋常ではない事態を読み取り、反射的に外に飛び出す。

 遅れてルードとヴィラルが飛び出すのを背後に感じながら、アクスの姿を探す。

 いた。前方に何かあるのか、その狼面に驚愕を貼り付けている。


「ああん?」


 つられるように前を見ようとした瞬間、モルトンの全身が総毛だった。考えるよりも先に全力で横に飛ぶ。

 森だ。あの中に身を隠さなくてはいけない。

 モルトンに続いて馬車から飛び出したルードとヴィラルが見たのは、突然目の前でモルトンの姿が消えた瞬間だった。自分達より格上なのは感づいていたが、動きを目で追えないほどの差があるとは思っていなかった。

 その動きに感嘆と不審を覚えながら、すぐ側にアクスとミロナがいるのを見つけ、声をかける。


「アクスさん。突然どうし―――」


 問いは最後まで発せられなかった。

 何か巨大なものが頭上を通り過ぎた。そう気付く間もなく、立っていられない程の突風がルード達を襲う。

 姿勢を崩した彼らの視線の先で、中央の馬車を吹き飛ばしながら『それ』は降り立った。






「エンブラに着いたらまずは宿の確保と装備の新調じゃな。昨日の奴らの装備を貰えたらよかったのじゃが、流石に死体から剥ぎ取るわけにもいかんしの」


 正座して座る進士と加奈子の前で、斎蔵は顎鬚を撫でながら今後の予定を確認していた。


「そうですね。お父さんが聞いた妖精郷、でしたっけ? そこがもし異世界のことを指しているのでしたら、それに関する情報も集めないといけないですね」


「あらあら、私は迷宮都市というのも気になりますわ」


 軽い雑談を交えながら荷台の片隅で話し合っていると、突然ダルノが外に飛び出して行った。


「……どうしたんだろう?」


 進士が疑問の声をあげ、目を細めた斎蔵と加奈子が、それぞれの武器を手元に引き寄せる。


「何かあったようじゃのう。む?」


 今さっき出ていったはずのダルノが、数秒と経たないうちに再び馬車の中に戻ってきた。

 そのまま真剣な表情でヨイセンとセリネに近づくと、有無を言わさずに二人を脇に抱えあげる。


「失礼。舌を噛まないように気をつけてください」


「ダ、ダルノ君? 一体何事かね?」


「ダルおじちゃん?」


 過去数回の護衛任務中、ダルノがここまで焦った様子を見せたことはない。ヨイセンとセリネは脇に抱えられた格好のまま、狼狽した声を上げた。


「説明は後で。お前達もすぐ外に出ろ。身を隠すんだ」


「全員外に出ろー!!」


 全員がダルノの言葉に従おうと腰を浮かした瞬間、アクスの怒声が響き渡る。

 その声を聞き終える前に、二人を脇に抱えたまま馬車を飛び出すダルノ。他の全員もそれに続こうと幌に手をかけた瞬間、進士の【危険察知】スキルが最大限の危険を主に伝えた。


「え? 何これ……」


 【危険察知】のスキルは、迫り来る危険の脅威度をも教えてくれる。

 今まで襲ってきた魔物たちよりも、この前の盗賊たちよりも、それら全てを足したよりも尚高い脅威度。

 あまりの衝撃に進士が思わず足を止めてしまい――天地がひっくり返った。




   ◆




 アクスの怒声に慌てて御者台の方から顔を出した瞬間、轟音と共に中央馬車が吹き飛ばされたのが見えた。


「は?」


 同時に吹き付けてくる突風に、反射的に目を庇う。


「何だよ、一体!」


 風が収まった後視界に広がったのは、半壊した中央馬車と周囲に投げ出された人。そしてその奥で馬を咀嚼している巨大な生物だった。

 でかい。俺たちが乗っている馬車もかなりの大きさのはずだけど、その倍以上ある。

 その生物は口に含んだ馬を嚥下すると、空に向かって口を開いた。


『グオオオオオオオオォォッ!!』


 カッと、まるでその咆哮に呼応するかのように雷が光る。続いてシトシトと地面に落ちてくる水滴。

 雨が、降り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ