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第14話 護衛クエスト 3

 ゴトゴトと荷馬車が揺れる。


 サスペンションやゴム製のタイヤなんて文明の利器はない。お陰で地面の凹凸がそのまま衝撃となって、ダイレクトにお尻に響いている。


(痛い……)


 アルラドを出発して半日。俺は早くも音を上げていた。


 踏み固められただけの道、周囲に広がる草原、時々森。行けども行けどもこの景色の繰り返しだ。

 出発当初こそ初の護衛クエストということで気を張っていたが、午後になる頃にはそんな気持ちは吹き飛んでいた。。


(腰もやばいけど、それ以上に暇だ。これが八日も続くのか)


 姉貴はこの衝撃が気にならないのか、荷物の隙間でゴロゴロとしているし、爺ちゃんはヨイセンさんが別に雇った御者と話し込んでいる。スフィも見張りを兼ねて、出発してからずっと幌の上だ。


 携帯、ゲーム機、マンガ本。日本にいた頃なら暇つぶしの道具なんていくらでもあったけど、今手元にあるのは無骨な剣が一本だけだ。流石にこれを眺めていても楽しくはない。


 そこでふと、懐にしまっていた袋のことを思い出した。

 出発前にセリーがくれたマジックバッグ。これが使えれば荷物の持ち運びが格段に楽になる。

 まずは試しにと、早速袋にポーションの入った瓶を入れてみた。


(……?)


 おかしい。何も起こらない。


 内側が見た目以上に広がっているという感じでもないし、袋の上から瓶の膨らみが分かる。念の為にもう一本入れてみたが結果は同じ。どこからどう見ても普通の袋だ。この調子ならあと十本も入れれば、一杯になってしまう。


 セリーは使えないって言っていたけれど、まさか不良品じゃないよな?


「何をやっているんだい?」


 どうせ暇だしとそのまま弄り回していると、幌の上からスフィが顔を覗かせていた。俺が返事をする前に、スルリと音もなく降りてくる。


「ああ、マジックバッグか。縛り口に魔石が縫い付けてあるだろう? それに手を当てて魔力を流し込むんだ。何、難しく考えることはないよ。スキルを使うときと同じさ。頭の中で想像してごらん。初めてでも意外と簡単にできるものさ」


 とても親切に教えてくれるのは嬉しいんだけれども、実はスキルが使えないので同じと言われてもよく分からない、なんて言えない。

 仕方なく、さぁほら、とこっちを見つめてくるスフィに促されるまま、魔石に手を当てる。


 今までに魔石を目にする機会は何度もあったし、実際に魔物の体内から取り出したこともある。けれどもそこに魔力を込める、なんてことをやるのは初めてだ。


(ええい! イメージ、イメージだ! きっと大切なのはイメージ!)


 いつだったか、姉貴がスキルを使うときのコツについて、そんなことを言っていた気がする。


 魔物から取り出したての魔石、魔道具に使用されている魔石。あれらには半透明な石の中に、淡い輝きが灯っていた。きっとあの光が魔力の篭っている証。あれをイメージするんだ。

 頭のなかで念じながら、石を握った手に意識を集中する。


 すると急に、ほんの僅かだけれども、体の中から何かが抜けていく感覚があった。魔石に目を向けると、その内部に小さな輝きが灯っている。


 同時に、マジックバッグの膨らみが消え、中に入っていた瓶の重さが消失する。空っぽの袋の分の重みしか感じない。念の為に中に手を入れてみると、指先に瓶が触れ、問題なく取り出すことも出来た。


「おお!? 凄い!」


「ニュフフ。皆初めは驚くね。とにかく便利だから、余裕があったらもうちょっと大きいサイズを買うのをお勧めするよ」


 スフィは俺がマジックバッグにどんどん物が入っていく様を見て驚いている、と思っているようだ。確かにそれにも驚いたけれど、一番驚いたのはそれじゃない。


 初めて体験する、魔力を消費するという感覚。なんと言えばいいのだろう、体力とは違う、気力のようなものが体から抜ける感じだ。本当に微々たるものだが。


 俺が一人で感動していると、姉貴が寝転がった姿勢のまま、横腹に軽く蹴りを入れてきた。


「ぐふぅ!?」


「よかったわね、初めて使い道ができたじゃない。ところでスフィ、見張りはいいの?」


 どうやら姉貴には全てお見通しのようだ。

 ニヤニヤと笑う姉貴とそれを恨みがましく睨みつける俺を見て、スフィは目をパチクリとさせる。


「ニュフ? 今日は問題ないと思うよ。この近辺にこの大所帯を襲おうなんて考える魔物はいないだろうし、いてもオツムの弱い雑魚だね。盗賊も出るとしたらもうちょっと先だ。何でかは知らないけれど、中央の馬車の上にニーラスの他にダルノのやつもいるし、奇襲を受けることはないよ。気になるならアキナが上に行くかい?」


「いや、パス」


 少しは迷えよ。




   ◆




「前方に三。あ、もう消えた。右手の茂みの奥の方にもなにかいるけど、遠ざかってる。これは魔物じゃないのかな?」


 中央幌馬車の荷台。


 うんうんと唸っている進士の横顔を、ニコニコと笑みを浮かべた加奈子が見つめている。


「新しいスキル、どんな感じですか?」


 【危険察知】。

 ゴブリン討伐時に進士が新たに覚えたスキルだ。

 発動中は術者を中心とした一定範囲内に迫る危険因子の位置と数を、自動で術者に知らせてくれる。スキルの対象となる脅威度は調節することも可能だが、覚えたての進士ではまだ上手く扱えておらず、初めのうちは周囲の羽虫にすら反応していた。


「いいですね。そのスキル。僕達も覚えたいなぁ、ねえトリズ」


「そうですね、自動というのが羨ましいです。でもスキーフ、私達の職業では無理じゃないかしら」


 荷台の後方部には、スキーフとトリズが寄り添うように座っている。有事の場合はすぐに飛び出せる位置にはいるが、二人とも見張りに向いたスキルを持っていないため平時はすることがなく、基本的にイチャイチャしていた。


「そうですなぁ、私は商人ですが、そのスキルは非常にうらやましい。試しに私も冒険者に登録してみましょうかな」


 はっはっはと笑いながら御者台に座っていたヨイセンが振り向くと、彼と御者に挟まれる形で座っていたセリネが不思議そうな顔をする。


「パパ、冒険者さんになるの?」


「そうだねぇ。最近治安の悪い町もあるみたいだし、セリネを守るためにも本当になるかもしれないね。初めから役に立つスキルが使えれば御の字だしね」


 そう言いながらヨイセンが頭をくしゃくしゃと撫でると、セリネは満面の笑みを浮かべた。


「可愛いわね。ねぇスキーフ」


「そうだねトリズ。僕達もあんな子供がほしいね」


「もう、スキーフったら!」


 ヨイセンたちの様子を見て、更にいちゃつくカップル。それを見ると加奈子も進士に腕を絡めた。


「うふふ。あの二人羨ましいですね、進士さん」


「え? 加奈子さん、どうしたの急に? う、腕ひしぎはやめてね?」


 スキルの調整に集中していたせいで唐突に加奈子が腕を絡めてきた理由がさっぱり分からず進士が狼狽していると、その返答が不服だったらしく加奈子の目に剣呑な光が宿った。



「もうこのクエスト嫌だ。アクスの奴、何で俺がこの馬車担当なんだ」


 馬車の上。中の空気に耐え切れず、ダルノは出発直後に自ら見張り役を買って出て、幌の上で周囲を見渡していた。

 足元から聞こえてきた悲鳴に顔を顰め、彼にしては珍しくリーダーのアクスに対する愚痴を呟く。


「お前もそう思わないか?」


 同意を求めて隣にいるニーラスに話しかけるが、彼は考え事でもしているのかこちらを見向きもしない。


「どいつもこいつも。前の馬車は楽しそうだよな」


 そう言ってため息をついたダルノは、羨ましそうに前方を見つめた。




   ◇




「前方……三」


 呟くと同時にヴィラルの弓から矢が放たれ、茂みから飛び出してきたフォレストウルフ達の先頭の一匹の脳天を正確に打ち抜く。


『ギャンッ!?』


 残った二匹はいきなり仲間が殺されたことに驚きの声を上げ。


「残念、遅い」


 次の瞬間、一匹はミロナに頭部を切り飛ばされ、もう一匹はルードに袈裟懸けに斬りおろされた。


「終わりー、っと。ミロナちゃん早いねー。二匹とも俺がやっちゃおうと思ってたんだけど」


「獣人だからね。獣のように早いのさ」


 血糊を振り払いながらルードが陽気に話しかけたが、ミロナは皮肉げにそう返すと馬車の方に戻っていった。


「あれ? もしかして俺嫌われてる?」


「気にするな。あいつは人嫌いなのさ」


 ルードがおどけて見せると、フォレストウルフの死体から魔石を採取しながらアクスが答える。


「そりゃ、あれかい。やっぱ差別されてたから?」


「それもあるが、下手に突っつくなよ。明日からは護衛人が一人減るだけできつい」


 無造作に魔石を懐にしまいながらアクスが注意すると、ルードは自分の体を抱きしめ大袈裟に震えてみせる。


「怖い怖い。ま、俺も命は惜しいから大人しくしてますか。でもこんなクエスト、あんたらだけでも大丈夫だろ」


「だといいんだがな」


 確かに前の町からも、その前の町からも、ヨイセン達の護衛は《ハチェット》だけでこなしてきた。


 今回大幅に人員を増やしたのはヨイセンが新たにもう一台馬車を購入したという理由もあるが、アクス自身が嫌な予感に襲われヨイセンに相談した結果のものである。出来ればもう少し日程も遅らせたかったのだが、ヨイセン自身が先を急いでいたためそれは叶わなかった。


(フォレストウルフってのは、この辺りに出るはずのねえ魔物だ。噂じゃ近くにゴブリンも出たらしい。アルラド最強の冒険者と言われているバール達の長期不在。大型生物の目撃情報。公にはされていないが、神官を伴った騎士団の出兵。何か匂うぜ)


 胸の内に巣食う嫌な予感を振り払うように、アクスはフォレストウルフの死体を茂みの奥に蹴り飛ばすと、ルードと共に馬車に戻った。




   ◆




「もう駄目。背中もお尻も痛い。ちょっと歩いてくる」


 アルラドを出て三日目。予定通り進んでいるらしいので、そろそろ道半ばだろう。


 先頭馬車は時々魔物に襲われているらしいけれど、全て鎧袖一触。たまにはこっちにも襲ってこいよ、なんて不謹慎な考えが浮かんでしまうほど本気ですることがない。


 そんなわけで特に意味もなく馬車の中で柔軟体操をしていると、ついに耐え切れなくなった姉貴が外に飛び降りた。

 今までずっとゴロゴロしていたけれど、とうとうこの延々と続く振動に堪えたらしい。かくいう俺はとっくに降参していて、馬車の中と外を行ったり来たりしている。


「ニュフ。堪え性がないね。こうして待つのも冒険者として必須スキルのうちだよ」


 姉貴が出て行くと、積荷を枕に横になっていたスフィがむくりと体を起こした。ちなみに今は爺ちゃんが上で見張りをしている。


「そうなんですか? 実際俺も退屈でしょうがないんですけど」


 せめて何か本でも用意しておけばよかった。今まであまり漫画以外の本を読んだことはないけれど、何もないよりはマシだ。


「このくらいで根を上げていたらまだまだだね。僕達なんて物音一つ許されないような状況で、丸三日ダンジョンに潜っていたこともあるんだよ?」


「ダンジョン?」


 その単語に思わず反応してしまう。


 ダンションといえば、剣と魔法のファンタジー世界を語る上で欠かせない要素だ。蔓延る魔物の群れ、そして最奥に眠るお宝。考えただけでもワクワクしてくる。


「そうそう。事前情報じゃもっと下級のはずだったんだけど、転送魔法陣に引っかかっちゃってね。Bランククラスの魔物が巣食ってるエリアに飛ばされちゃったんだよ。あの時はやばかったなー」


 瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。


(今、何て言った?)


 ケラケラと笑うスフィ。その口から聞き逃せない、聞き逃してはいけない単語が飛び出した。


「転送魔法陣なんてものがあるんですか!? それとそのダンジョンについても詳しく教えてください!」


 俺が予想外に食いついたせいか、スフィはキョトンとしている。


 けれどそんなことはどうでもいい。もしかしたらこれはとても重要な手がかりかもしれないんだ!


「お願いします!」


 興奮のあまり、半身を起こした状態のスフィに詰め寄る。


「それは、別にいいけど」


 俺の剣幕に押されるようにスフィが説明してくれようとした矢先、ダン、と勢いよく爺ちゃんが御者台に飛び降りて来た。突然のことに二人揃って思わずそっちに顔を向ける。


「武器をとれ。何か近づいてきておる」


 手に槍を持ち、馬車の遥か後方を睨みつけながら、爺ちゃんは真剣な声音で呟いた。




   ◆




「右側に十一、いや十二。左側に十。範囲内に出たり入ったりしていてよく分からないけど、後ろの方にも十以上いる」


「魔物? いや、違うな。この感じは人間……盗賊か!」


 進士から報告を聞いてダルノが幌から顔を出し、そっと周囲に目を凝らす。


 先頭の馬車も事態に気づいているようだ。戦闘時以外では食事の時でさえ外に出ようとしないヴィラルが、相方のルードと一緒に外を歩いている。

 アクスも何気ない風を装って、中央馬車に接近してきていた。


「ダルノ、気づいているか?」


 ゆっくりと歩くアクスに中央の馬車が追いつくと、アクスは幌の中に向かって声をかけた。


「あぁ、シンシがかなり優秀でな。接近自体はかなり前から。右に十二、左に十、後方にそれ以上らしい」


 ダルノの答えにアクスはふむ、と数秒考え込む。


「下手に逃がすと後の禍根になりかねねぇな。全員殺す。車間を詰めて、ぎりぎりまで引き付けろ。タイミングは任せる。俺は後ろの連中にも伝えてくる。ヨイセンさん、構いませんね?」


「そうだな。君達のことは信頼しとる。私達は中に隠れているとしよう。セリネ、おいで」


 アクスがヨイセンに確認を取ると後方に向かう。それを見てヨイセンとセリネ、そして御者が中に入ると、入れ替わりにダルノとニーラスが御者台に座った。


 前方を見ると先頭の馬車が速度を落し、ゆっくりとこちらに近づいているのが見える。御者台に座っているのはミロナのようだ。


(流石ミロナ、分かってるじゃねえか。さて、久々に暴れられるかね)


 今まで溜まっていた鬱憤を晴らせそうだと予感し、ダルノは嬉しそうに口を歪ませた。




   ◆




「というわけだ。後方が一番きついかもしれねぇが、車間も詰めるしすぐフォローに入る」


(ついに来た!)


 盗賊らしき集団が接近していると聞いて、全員の顔に緊張が走る。とうとう訪れた対人戦の機会に、俺の額にも汗が浮かんだ。


 問題はないはずだ。。今まで散々魔物と戦い、そして殺してきた。この世界に来てから、命を奪うという行為に何の躊躇も罪悪感も感じなくなったことは確認済みだ。


 襲いかかってくるであろう盗賊に対してアクスが提案した作戦は、非常にシンプルだった。


 引き付けて殺す。言葉にすればそれだけだ。


「念の為に聞きますけど、やっぱり全員殺さなきゃだめ、ですか?」


 そう言った瞬間、アクスは突然俺の胸倉を掴み、顔を近づけてきた。


「お前馬鹿か? 逃げ帰って仲間を呼ばれでもしたら面倒だろうが。別の人間が襲われる可能性もある。それともまさか、そのランクにもなって人殺しは初めてか? よかったな、今日が初体験だ。記念に何かプレゼントでもしてやろうか?」


 心底馬鹿にした声音で喋ると、そのまま突き飛ばされる。


「確認しただけですよ」


 たたらを踏んで荷台に手を付きながら、俺は吐き捨てるように答えた。


 確かにアクスの言う通り、俺は人を殺したことなんてない。当然、出来れば殺したくもない。


(けれども)


 傷は完全に塞がり、跡すら残っていない脇腹を撫でる。あの時、僅かな油断でゴブリンに刺された脇腹。あの苦い記憶は、色褪せてなんかいない。

 皆と自分を守るためならば、躊躇するつもりはない。


 震えはない。

 やれる。

 たとえ人間が相手でも。


 意思を視線に乗せて、アクスを正面から睨み返す。


 アクスがほう、と表情を緩めた瞬間、すぐ傍で轟音が発生し、馬が驚いて足を止めた。


「姉貴!?」


 音の発生源に目を向ける。


 姉貴の右足。そこから伸びる地面に放射状にヒビが入っていた。


(地面を踏み砕いたのか?)


 とんでもない脚力だ。だがそれよりも恐ろしいのはその顔だ。俯きがちな姿勢のせいで前髪に隠れているけれど、俺には分かる。


「お前! やつらが警戒したらどうするんだ!」


 アクスが珍しく焦った声音で詰め寄ると、姉貴は俺がやられたようにその胸倉を掴み、アクスの顔を自分より低い位置に軽々と引き下げた。


「黙れ犬っころ。お前から殺すぞ」


 地の底から響くような、どこまでも暗く、低い声。


 間違いない。完全にキレている。


 普段俺や親父に厳しく当たり、時には暴力に近いものをふるう姉貴だが、ある一線を超えた相手に対するそれは普段の比じゃない。

 家族を侮辱した者、傷つけた者。姉貴が本当に『敵』と定めたものに対する行為は、苛烈の一言だ。そして今、アクスがその『敵』と認識されかかっている。


 当のアクスはおろか、その怒気を向けられていないはずの俺と爺ちゃん、スフィですら動けなかった。馬は足を止め、御者の人など顔を真っ青にして震えている。


「裕也を馬鹿にするな。必要ならあたしが全員殺してやる。お前は後ろでキャンキャン吠えていろ」


 言い含めるように、ゆっくりとそう告げた姉貴が手を離すと、アクスはたたらを踏んで後ずさった。


「……作戦に変更はない」


 掴まれていた胸元を擦りながらそれだけ言うと、アクスは未だに固まっているスフィの側に寄る。そのまま二、三言葉をかけると、それ以上は何も言わずに先頭の方に戻っていった。


 重く緊張した空気が残る中、この空気を作り出した張本人が明るい声をあげる。


「裕也、あんたは中で休んでてもいいのよ」


 ついさっきまでの剣幕が嘘だったかのような、普段通りの声。


 固まっていた空気が動き出し、スフィが大きく息を吐き出す。そして俺はこう答えることにした。


「大丈夫だ。そっちこそ俺が守ってやるから、休んでてもいいぞ」




   ◆




「見てたぜ。処罰しないんだな」


 早足で中央の馬車の横を通りすぎようとしたアクスに、御者台から身を乗り出したダルノが声をかける。


 今までアクスは怪我などで足手纏いになったものを見捨てたことはない。しかし命令違反や独断専行など、チームに不利益をもたらすと判断した場合は容赦なく鉄拳制裁を加え、最悪その場で追放したこともある。


 敵の近くで無意味に大きな音を立て、リーダーの胸ぐらを掴み上げる。普段のアクスなら絶対に許さない行為のはずだ。


 にも関わらず、アクスは晃奈を罰していない。そのことにダルノは軽い驚きと安堵を憶えていた。


(下手なことをしたら《ファミリー》との仲が険悪になる可能性があるしな。今の段階でそれはまずいか)


 仮にも五人全員がDランクのチームだ。無駄な衝突は避けたいとアクスは思ったのだろう。

 そう結論づけたダルノだったが、返ってきた答えは彼の予想とは異なるものだった。


「俺には無理だ」


「は?」


「《ファミリー》の他の連中がどうかは知らんが、少なくともアキナはBランク並の実力はある。俺の手に負える相手じゃない」


「……マジかよ」


 《ハチェット》のメンバーはリーダーであるアクスを含め、全員がCランク。冒険者歴もそれなりに長いベテランだ。それ故に冒険者にとってランクの差というのが、どれ程絶対的な力の差なのか、ダルノは身に染みて理解していた。


 冒険者登録をしてから破竹の勢いで全員がDランクまで駆け上がったチームだという噂は聞いていたが、まさかそこまでだとは。


「ダ、ダルノさん! あ、アクスさんもいたんですか。連中、近づいてきています!」


 呆然としていたダルノだったが、幌から身を乗り出して叫ぶ進士の声に慌てて我に返る。


「アクス!」


「ああ、思ったより早いな。さっきのを見て仲間割れしたとでも思ったのか?」


 叫ぶダルノにそう返すと、アクスは苦虫を噛み潰したような表情をして、先頭の馬車に向かって走り出した。

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