第12話 護衛クエスト 1
ゴブリン討伐を終えてから二日目の朝。
(――眩しい)
窓から差し込む陽の光が顔を照らしている。本当ならもっと寝ていたかったのに、お陰で目が覚めてしまった。
寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすと、部屋には誰もいない。どうやら少し寝坊してしまったようだ。
枕元に置いてあったタオルで顔を拭う。ここには水道がないので、これが洗顔代わりだ。宿の裏手に回れば井戸があるけれども、そこまで顔を洗いに行くというのも面倒くさい。
顔を拭き終えるとベッドから降りて、部屋を出た。あまり遅くなってしまうと朝食の時間を過ぎてしまう。朝食を抜く気はないし、別料金を払うなんて勿体無い。
食堂の入り口でもう食べ終わった親父と爺ちゃんとすれ違ったので、挨拶だけして席につく。
久しぶりに一人での食事だ。
貴重な時間を噛みしめながら、運ばれてきたトレーからパンを掴んだところでドカリと、向かいの席に姉貴が腰掛けた。
「おはよ。どう? もう疲れはとれた?」
話しかけられたら無視するわけにもいかない。仕方なくパンを口に運んでいた手を止めて、頬杖をつく姉貴に目を向ける。貴重な時間、終了。
「おはよう。そりゃ流石に丸一日寝てたしな」
この世界に来てから俺たちの身体能力は飛躍的に上がっている。それでも朝から晩まで森の中を歩き回った上に戦闘もこなすとなると、その疲労は尋常じゃなかった。
母さんのヒールもポーションも、流石に疲労を回復する効果はない。例え世界が変わろうと、人間疲れた時はゆっくり休むのが一番なのだ。というわけで、昨日は久々の休暇になり、俺は宿屋で丸一日中ゴロゴロしながら過ごしていた。
目の前にいる化け物は違ったみたいだが。
昨日家族の共有財布を掴んで元気よく宿屋を飛び出して行った姉貴は、俺の返事を聞くと満足そうに頷いた。
「もうちょっと休んでもよかったんだけど、裕也が問題ないなら今日にでも護衛クエストを受けに行くわよ。都合よくすぐに出発するやつがあるとも限らないし」
どれだけ強くなっても、未だに姉貴の中で俺は貧弱だと思われているらしい。いや、反論はできないけれども。
「昨日買い物ついでに下見してきたんだけど、ここからだとかなり距離もあるみたいだし、やっぱり王都に直接向かうやつはないわね。面倒でも一つずつ町を経由していくしかなさそうよ。最短距離で行くなら、次はエンブラって町がいいと思うんだけど」
「えーっ!? ユーヤさん達、エンブラに行っちゃうんですか!?」
唐突に耳元で大声を出され、姉貴共々思わず仰け反ってしまう。
丁度姉貴の分の朝食を運んできてくれたセリーに、会話を聞かれてしまったらしい。
うるさいやつが来た、とばかりにため息をつく姉貴を手を降って抑える。俺も思ったけれども。
「急にどうしたんですか? エンブラっていったらここから結構ありますよ? 馬車でも一週間はかかっちゃいます! はっ、やっぱりDランクになっちゃったからですか! そうなんですよぉ、皆ちょっとランクが上がるとすぐに他の町に行っちゃうんです。確かにここでは高ランクのお仕事なんてないかもしれませんけど、それって逆に言えば安全ってことですよ。別にいいじゃないですか、無理してお金を稼がなくても。そうだ! 将来が不安でしたらもっと安定したお仕事なんてどうですか? た、例えばうちのお手伝いとか。例えば! 例えばの話ですよ!?」
手に持ったお盆から姉貴の前に料理を並べながら、猛烈な勢いで捲くし立てるセリー。かと思ったら、今度はお盆を胸に抱えながらモジモジし始めた。忙しい子だな。
「いや、俺達王都に用事があるんだよ。そのエンブラってのは通過点」
「王都!?」
多少落ち着いたのを見計らって声をかけたのだが、そしてゆくゆくは~、とその場でクルクル回っていたセリーが驚愕の表情で動きを止める。
確かに話を聞く限り、かなり遠そうだしな。エンブラってところまでで一週間となると、王都までどれだけかかるんだろう。
「いいからさっさと仕事に戻りなさい。他のお客さんが待ってるでしょ。手伝いが欲しいなんて寝言言う前に、さぼってないで働くことね」
尚も何かを言い募ろうとするセリーを、姉貴が片手でしっしと追い払う。
実際姉貴の言うとおり、何人か他の客がこっちを見ている。セリーもそれに気づいたらしく、う~、と恨めしげな声をあげて離れていった。
それにしても。
「姉貴、大人気ないぞ」
流石に邪険にしすぎじゃないか? 仮に俺と同い年だったとしても、姉貴より三つ年下になる。もうちょっと言い方ってものが。
「アンタには分からないでしょうけど、あのくらいでちょうどいいのよ」
何故か自信満々の姉貴にそれ以上何も言えず、その後は黙々と食事に取り掛かった。
姉貴は年下の扱いにそんなに自信があるのだろうか。
「ああ裕也か。おかえり」
部屋に戻ると親父がベッドでゴロゴロしていた。爺ちゃんは槍を磨いていたが、二人揃ってとてもリラックスしている様子だ。
(そういや、予定じゃ今日も休養日だったな)
二人には悪いけれど、その予定は姉貴の判断で急遽変更することになる。
せめてもう少しくらいのんびりしていようと、食堂での会話を思い出しながら剣帯の点検をしていると、部屋の扉が勢い良く開いた。
「男連中! もう疲れはとれたわね? いよいよ護衛のクエストを受けに行くわよ。はいこれ、昨日買っておいた新しい武器。それと裕也はこれつけておきなさい。何もないよりはましでしょ」
案の定、来訪者は姉貴だった。すぐ後ろには母さんもついて来ている。
突然のことに親父と爺ちゃんが目を白黒させている間に姉貴は言いたいことを言うと、ベッドの上にガチャガチャと新しい装備を放り出す。そしてそのまま返事すら待たずに、来た時と同じようにさっさと出て行ってしまった。
「下で待っていますね」
それだけを告げ、母さんも姉貴に続いて部屋を出て行く。
「やれやれじゃのう」
磨いていた槍を壁に立てかけ、諦めたような声音で爺ちゃんが呟くのと同時に、フリーズしていた空気が再起動した。
とりあえず、と鎧を着込み、ベッドの上の新しい武器を手に取る。
「確かもう二、三日休んでからって話だった気がするんだけど……」
上着の裏の剣帯にナイフを差し込みながら、疑問の声をあげる親父。何を今更。
「姉貴達の予定が気分で変わるなんて、いつものことだろ。お、いいなこの剣。今まで使ってたお下がりの剣とは違う。ゴブリン様様だ」
姉貴が買ってきた新しい剣を鞘から抜いてみる。
新品ということもあって、輝きからして違う気がする。そこそこ値も張ったに違いない。冒険者になりたての頃の俺たちだったら、手が出せないような品だ。
「Cランクは違うのう。魔石の売却込みで一万ドルク以上の稼ぎだったんじゃろう? 護衛の方も同等の報酬なら、次の町で全員分の防具も新調しておきたいのじゃが」
同じように穂先のカバーを外して新しい槍の状態を確認していた爺ちゃんが、ベッドの上に目を向けた。そこには俺にと置いていかれた、鉄製の胸当てが置かれている。
「まずは武器、っていうのが姉貴らしいよな。これは服の上からでいいのか? お、サイズもぴったりだ」
早速装備して腕を回してみたり体を捻ったりしてみたが、特に動きを阻害する感じはしない。それほど重くもないし、単純に防御力が上がったと考えるととても助かる。
「もう一日休みたかったなあ」
姉貴達を必要以上に待たせることが何を意味するのか忘れてはいないのだろう。ぼやきながらも準備を終えた親父が、一足先にと扉に手をかけた。
ちなみに俺達が普段部屋着にしているのも、外で鎧の下に着ているのもこの世界で買った衣服だ。なるべく日本で着ていた衣服に近い意匠のものを選び、そこに更に母さんが手を加えている。お陰で着心地も違和感を感じないし、動きやすい。
この世界に来た時に着ていた服は、鞄の底で眠っている。地球との繋がりの証拠となる唯一の品だしな。なるべく大切にしておきたい。
全員準備が出来たので、下に降りて宿の前で姉貴達と合流する。ギルドに向かう道中、姉貴は朝食の時に俺にしていた話を皆に繰り返していた。
「エンブラ、のぅ。この世界に来てから早二週間。確かに帰れるなら早めに帰りたいところじゃ。儂も最短距離で王都に向かうのには賛成じゃ」
「僕は帰ったら職探ししないと。こんなに長い間無断欠勤だなんて、確実にクビですよ……」
あまり早いとちと勿体無いがの、と笑う爺ちゃんとは対照的に、悲痛な表情を浮かべる親父。
「俺も出席日数がやばい。事情を話しても信じてくれるわけないしなぁ」
「あたしは単位多めにとってるから、まだ大丈夫かな。必修科目はどうにかしないといけないけど」
俺と姉貴は学校のほうの心配だ。出来れば留年は避けたいところだけれど、無理だよなあ。
「あらあら。それよりもしかしたら全国ニュースになっているかもしれませんね。一家揃って神隠し、なんて。インタビューとかされちゃうのかしら」
こちらは特に心配事がないのか、母さんは嬉しそうに笑っている。
こっちの世界での暮らしにも慣れてきた。冒険者としての活動も順調だ。日本に帰るという最終目標まではまだ遠そうだけれども、少しずつ前進している実感はある。
少しくらいこの生活を楽しんでも罰は当たらないだろう。
ギルドの扉をくぐると、一気に喧騒に包まれた。いつ来ても騒がしい限りだ。
ここに来る冒険者は、何もクエストを受けることだけが目的じゃない。仲間たちとの雑談や、顔見知りとの情報交換の場として利用する人も大勢いる。むしろそっちがメインという人もかなりいて、現に俺たちに声をかけてくる冒険者も一人や二人ではない。
挨拶を返し、勧誘を断りながら、俺たちはいつものように掲示板に向かった。
目的はエンブラまでの護衛クエスト。今まで見る限りでは、護衛クエスト自体は、ほぼ毎日誰かしらが出しているクエストだ。今日もあるといいんだが。
皆で手分けして、掲示板に張られた依頼書を端から端まで探して回る。結果見つかったのが。
「エンブラ行きは一件、だけみたいね。昨日は他にもあったんだけど、もう決まっちゃったのかしら」
腰に手を当て残念そうな顔をしながら、どこかに見落としはないかと姉貴は掲示板に顔を戻した。
「一件あるだけでもよかったじゃない。やっぱりここでは数少ないCランクでのお仕事ですし、人気があるのかしら」
唯一見つかったその依頼が書かれた紙に、全員の視線が集中する。
『急募、アルラド~エンブラ間の護衛任務。片道のみ。』
クエストランク:C
依頼人:ヨイセン
募集人数:十名程度。
報酬:一人頭五千ドルク。
※希望者はこの紙を剥がさず、ギルドカウンターに申し出ること。
「やっぱり他にないわね。とりあえずそれ、聞きに行きましょうか」
他に選択肢はない。剥がすなと書いてあるので、俺たちはそのまま受付に向かう。
「ヨイセン様からの依頼ですね。《ファミリー》の皆様を除きますと、現在二名の冒険者が受注を希望しております」
困った時の金髪お姉さん。この人の記憶力はどうなっているのだろう。何の書類も見ていないのに、スラスラとクエストの内容を話し始めた。
「募集人数を見てもらえれば分かりますように、こちらのクエストは複数の冒険者、チームで【レイド】を組んで頂き、協力して遂行してもらいます。その他細かい点につきましては、本日十四時に当ギルド二階の会議室にて、依頼人と他の冒険者との簡単な打ち合わせを行いますので、そちらでご確認ください」
「このクエストって、受注希望者は早いもの順なんでしょうか?」
「いえ、全ての希望者の方に打ち合わせに来ていただき、人数過多の場合はその際にギルド職員と依頼人による簡単な面接で決定させていただきます。クエスト受注が確定するのもそのタイミングとなります」
母さんの質問によどみなく答えるお姉さん。
面接か。そういえば受けたことないんだよな。高校入試は筆記だけだったし。
「どうする? 俺はとりあえず、打ち合わせに出るだけ出ておけばいいと思うけど」
何か問題があればその時に断ればいい。クエスト受注が確定する前なら、特にペナルティもないはずだ。
「あたしは賛成」
「そうねぇ」
「わしもええと思うぞ」
皆が賛同してくれる中、親父だけが首を捻っていた。何か不満なことがあるのだろうか。
「というか、今の所これしかエンブラ行きの護衛クエストがないんだよね? 次に来るのがいつになるのか分からないし、これにするしかないんじゃあ?」
皆の視線が集中する中、親父は不思議そうな顔で疑問を口にした。
なんだ、そんなことか。気持ちは分かるけど、甘いぞ親父。
「甘いわ父さん! 今朝セリーが言ってたんだけど、ここからエンブラまで一週間はかかるそうよ。その依頼人や他の冒険者がいけ好かない野郎だったらどうするの? あたし三日ともたないわ!」
決して褒められるような内容の発言じゃないというのに、胸を張って、偉そうに宣言する姉貴。
(ですよねー)
三日どころか一日ももつか怪しいところだ。
他の冒険者ならまだしも、依頼人ですらぶっ飛ばしかねない。護衛のクエストを受注しておいてその依頼人をぶっ飛ばすなんてクエスト失敗どころか、絶対ギルドからペナルティをくらうに決まっている。
「姉貴の言うことはおいておくとしても、他のメンバーは見てから決めるべきだと思うぞ。こっちの身が危険になりそうな面子だったら困るしな」
これはとても重要な事だと思う。この辺りではほとんど苦戦することもなくなったが、エンブラの近くでもそうとは限らない。護衛対象がいて、どんな強敵が現れるかもわからないのに、味方に足手まといがいるなんてことは避けたい。
「というわけで、とりあえず希望するけど実際に受注するかどうかは、その顔合わせの時にじっくり考えさせてもらうわ!」
「かしこまりました。では十四時にギルド二階、一番手前の部屋にてお待ちください」
どう考えてもギルド職員に向かって堂々と話すべき内容じゃない。にも関わらず、お姉さんは一切表情を変えることはなかった。これが大人の対応ってやつか。それとも皆言っていることだから、今さら気にしないのか。
予定も決まったので、後はそれまで何をして過ごすかだ。悩んだ俺たちは、母さんの提案で資料室で時間を潰すことにした。このクエストを受けて町を出れば、もうここに戻ってくることはないかもしれない。最後に見落とした情報がないかの確認の為だ。
期待していなかったと言えば嘘になるけれど結局何も見つからず、遅めの昼食を摂ってから待ち合わせの場所へ向かうことに。
ギルド右手側の階段を上がり、一番手前の部屋。何の変哲のないその扉を、親父が代表してノックする。
「失礼します。護衛のクエストの件についてお話を伺いに来たチーム、《ファミリー》ですが」
親父に続いて入室する。乱雑に椅子が置かれているだけで、他には何もない部屋だ。
そして部屋の奥、窓際には一人のギルド職員が佇んでいた。
「おや、早いな。あぁ失礼、私はナッシュという。今回のクエストの打ち合わせに立ちあわせてもらう」
ナッシュと名乗ったギルド職員は、組んでいた手を解くと一礼してきた。
それはいいんだけど、このナッシュというギルド職員、尋常じゃない。茶色い短髪に百八十センチ以上はある巨大な体躯。ここまではいい。問題は、かなりゆったりとした作りになっているギルド職員の制服が、膨れ上がった筋肉でパツパツになっていることだ。ちょっとでも激しく動いたら、すぐに破れてしまいそうに見える。
冒険者の中にも凄い体の持ち主はいるが、彼らにも決して引けをとっていない。
(ギルド職員より冒険者やってる方が似合いそうだ……)
俺と同じことを思ったのか、先頭にいる親父もふわー、と小さく驚いた声を上げている。
「少し待てば他の冒険者も依頼人もじきに来るだろう。席に座っているといい」
壁にかけられた時計に目を向けるナッシュに勧められるまま、俺たちは後ろのほうの席に固まって腰をかけた。
再び腕を組み直すナッシュにチラチラと視線を送りながら、時間が過ぎるのを待つ。遅れてはいけないと思って、十五分前に来たのは早すぎだったんだろうか。
やがて十四時十分前にもなると、続々と冒険者達が入室してきた。二人組以上のチームにソロ、全員見たことがない人ばかりだ。
誰もがナッシュに声をかけられるまでもなく、慣れた様子で思い思いの席に座る。
考えてみればこのクエストのランクはC。ソロでは勿論、チームでもDランク以上の冒険者しか受けることすらできないのだ。
この町で一番ランクの高い冒険者はBで、しかも一チームしかいないと聞いたことがある。つまりソロで来ている人はこの町で二番目、チームでも一線級の実力者たちなのだ。面識がないのも、普段活動しているエリアや時間帯が全く違うからなのかもしれない。
が、それにしても多い。俺たちを含めて十人以上いる。募集人数は十名程度って書いてあったけど、もしかすると面接をすることになるかもしれない。
(やっぱり志望動機とか聞かれるのか?)
そんなことを考えていると、扉の向こうからドタドタと大きな足音を響かせながら階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。全員の視線が集中する中、勢い良く扉が開き、とても恰幅のいい男が部屋の中に入ってくる。
一体どれだけ走ってきたのかは知らないけれど、ハアハアと息を荒らげ、滴る汗を何度も拭うさまは、とても戦いの中に身を置く冒険者には見えない。
「いやはや、お待たせしてすみません。おや、まだ定刻ではなかったですかな?」
汗を拭い終えると、額に張り付いていた金髪をサッと撫で上げ、男は時計に目を向けた。
そうは言っても五分前だ。結構ギリギリな時間だと思うが、この人が依頼人なんだろうか。
その場にいた全員がなんと答えるべきか迷っていると、開け放たれたままの扉の向こうから再び複数の足音が聞こえ、小さな影が飛び込んできた。
「パパー!」
小さな影はそう叫びながらまた汗を拭い始めた男に駆け寄ると、勢い良くその足元に抱きつく。
パパと呼ぶからには、この子はあの男性の子供なんだろう。父親と同じ金色の髪を腰まで伸ばした女の子は、抱きついた足に嬉しそうに頬を擦りつけている。
「ヨイセンさん。町中とはいえ、護衛を置いていかないでいただきたい」
その様子に男が頬を緩めていると、女の子に続いて、困ったような声を発しながら四人組が入室してきた。
四人全員が、頭から足の先までをフード付きのローブで覆っている。外見だけでは表情どころか性別も分からない。とりあえずさっき喋った先頭の人物は声色から男だと分かったが、それだけだ。日本でこんな格好をしていたら職質間違いなしである。
そして彼の言葉によると、この恰幅のいい男がヨイセン。今回のクエストの依頼人だ。
「すまんすまん。てっきり遅刻したのかと思ってね。この懐中時計はもう古いね。エンブラでもっといい魔石と交換しようか。セリネも走らせてしまってごめんね」
「大丈夫ー!」
頭を撫でられた女の子が、満面の笑みを浮かべる。
「何あの可愛い生き物」
「アキちゃん達にもあんな頃があったわよねー」
うちの女性陣も満面の笑みだ。
一頻り撫で終えセリネが足元から離れると、ヨイセンは俺達の方に向き直り、真面目な顔を浮かべた。
「少し早いかもしれないが始めてしまっていいかな? では改めて今回のクエストの依頼人、ヨイセンだ。商人をやっている。特に変わった内容ではない。荷馬車が三台。積荷と私、そして娘のセリネを無事エンブラまで送り届けてくれればいい。道中倒した魔物の魔石、素材は君達で分配してくれていいし、盗賊を撃退した場合も同様だ。装備品も好きにするといい。配置も夜警の当番も君達で全て決めてもらって構わないが、リーダーは彼とそのチームにやってもらう」
ヨイセンの言葉に周囲がざわつく。リーダーが決まっているとは思わなかったのだろう。つまり道中は、目の前に立っている四人組の指示に従わないといけないってことだ。
自己紹介をするつもりなのか、四人組が一歩前へ踏み出す。そして全員がフードを外した瞬間、ざわめきがピタリと収まり、居心地の悪い静寂が広がった。
「獣人……」
思わずといった風に誰かが声を上げる。
獣人。
犬耳や猫耳など体の一部だけが獣のほぼ人間に近い外観を持つ半獣人とは違い、より獣に近い風貌をしている種族を総称してそう呼ぶ。
動物がそのまま直立したような風貌に、高い身体能力とそれに見合ったスキルを所持していることが多い。ただ、その魔物にも見える外見から忌避感を持つものも多いそうだ。
ヨイセンは発言した冒険者をジロリと睨みつけると話を続けた。
「彼らはチーム《ハチェット》。見てのとおり四人中三人が獣人だが、全員がCランクのベテラン冒険者だ。いくつも前の町から私達を護衛してくれている。出発は明日の七時、報酬金は完全に成功報酬としてエンブラの町の冒険者ギルドで払う。以上だ」
ヨイセンが確認をとるようにナッシュの方に視線を向けると、問題ないと言うように頷く。
それを確認して《ハチェット》の獣人の一人がさらに一歩前に進み出た。
革製の防具の隙間から全身を覆う灰色の毛が見える。背中に大きな斧を背負った、犬の顔をした獣人だ。
「そういうわけだ。俺はアクス。見てのとおり狼の獣人だ」
ごめん、犬だと思った。
「正確には灰狼族ってんだが、まぁそれはいい。このクエストの最中は俺達が指揮を執る。気に食わねぇってやつは止めやしねぇ。今ならペナルティもねぇし、帰りな。いざって時に指示に従わねぇようなやつは邪魔だ」
アクスと名乗った獣人がジロリと全員を睨めつけると、何人かが気まずげに、あるいは憮然とした表情で出て行く。残った連中もあまり歓迎的な雰囲気じゃない。
ちなみに俺達は初めて見る獣人が珍しく、全員揃ってガン見していた。親父はポカンと口を開けているし、俺も失礼とは思いつつ口元を凝視している。
(すげえ、あの口でちゃんと喋れるんだ。どうなってるんだ?)
首から上だけだと完全にただの獣にしか見えない。発声器官が特殊なんだろうか。
残った連中を見渡しフンと鼻を鳴らすと、アクスはナッシュの方へ顔を向けた。
「どこへ行っても同じだな。冒険者ギルドは種族差別をしないんじゃなかったのか?」
「ギルドとしてはその方針だが、不心得者がいるのも事実だ」
話は終わったと判断したのか、嘆かわしいことだ、と頭を振りながらナッシュが前に出てくる。アクス達が壁際に寄るのと入れ替わるようにそこに立つと、懐から書類を取り出した。
「残った者は先ほどの条件で納得したということだな? 全部で十一人、人数もちょうどいい。では改めて受注確認をさせてもらう。チームは代表者、ソロは勿論本人が前に来てもらおう」
契約書にサインするために、冒険者たちがナッシュの前に並ぶ。その様子を見ながら、俺達は顔を突き合わせて最後の確認をしていた。
「で、どうする? 俺は別に問題ないと思うけど」
「荷馬車三台か。守らねばならぬ対象がちと多い気がするが……」
爺ちゃんが渋面を作る。確かに俺たちだけならちょっと厳しいかもしれないが。
「あたし達で全部やるわけじゃないんだし、大丈夫じゃない?」
「そうねぇ、あの犬の人達も慣れていそうですし」
姉貴と母さんの言葉に爺ちゃんも納得して「ふむ」と頷いた。あと母さん、あれ狼だって。
「じゃあ決まりでいいのかな? 晃奈、お願い」
「オッケー」
親父の言葉に頷くと、チームリーダーの姉貴が前へ向かい、手慣れた様子で名前を書く。
突然だが、実は俺たちはまだ自分の名前しか満足に書くことが出来ない。読むことは出来ても書けないのだ。そのことに気づき、せめて名前だけは書けないと不便だと練習した結果があれなのだ。
いつまでこの世界にいるのかは分からないけれど、今後のことを考えると時間を見つけて勉強する必要があるかもしれない。
契約も終わり全員が席に着くと、再びアクスが前に立った。
「これでクエスト契約は成立だ。このまま解散してもいいんだが、最後に自己紹介といこうや。簡単に得物と得意分野の紹介もしてくれ。その方が俺も布陣を考えやすいんでな」
おお、何だかワクワクするな。
確かに誰が何が出来るか分からないと編成もクソもない。俺達自身も互いに何が出来るか知っておいたほうがやりやすいし。
あとは単純に他の冒険者ってどんなことが出来るんだろう、といった楽しみもある。




