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第11話 冒険者ライフ 4

「頭低くしなさい。あれよあれ」


 腹ばいになって崖下を覗き込んでいる姉貴に小声で手招かれ、腰を落しながら近づく。そのまま横に到着すると、一緒に腹ばいになって崖の下を覗き込んだ。

 崖の高さは十五メートルくらいだろうか。底は平地で、幅五メートルくらいの広さがある。もしかしたら昔は川が流れていたのかもしれない。そして。


(いる)


 探すまでもない。崖の底は奴らでいっぱいだった。


「あれがゴブリンか」


 人間に近い骨格。緑色の肌。毛のない頭部に尖った耳。ボロ切れだけを纏った格好に、醜悪な顔をしている。平均的なサイズは俺の腰よりちょっと上くらい、一番大きい奴で俺の胸くらいと、そこまで大きくはない。

 ほとんどが素手だが、中には簡単な道具を持っている奴もいる。

 見た目は予想していた通りだ。物語に出てくるような姿とそう変わらない。


「結構いるな」


「見えておるだけで四十、といったところかの。あの中にどのくらいおるのかは分からんが」


 崖下でうじゃうじゃと動き回るゴブリン達の奥、爺ちゃんが示した先に洞窟の入り口のようなものが見えた。


 どうやらゴブリン達はあの中で何か作業をしているらしく、時折中から出てきては土を外に捨てている。


「もしかして、あれが巣?」


「みたいです。さっきから見ているんですけれど、土を捨てに出て来る頻度から見てまだそこまで深くはなさそうですし、このまま退治しちゃいませんか?」


 親父の疑問に答えると、珍しく母さんが好戦的な意見を出した。


 出発前にギルドで調べたゴブリンの特性。知能が高く雑食で、人間の女を狙って攫うこともあるという。繁殖力も高いというし、このまま放っておくのは危険だ。


「よし、わしと加奈子さんが左から、裕也と進士は右から攻める。幸い崖下はそこまで広くない。囲んで一匹も逃がさんようにの。晃奈は上から魔法で援護しておくれ」


 全員が頷くと爺ちゃんが作戦を説明した。援護と言っているけれど、姉貴の魔法がこっちの主戦力だ。この位置から【ファイア】を撃ち続けるだけで、かなりの数が削れるだろう。


 ゴブリン達に気付かれないよう、静かに移動を開始する。少し離れたところで慎重に崖を降りると、岩肌に身を隠しながらゆっくりと接近していく。


『もしもし、聞こえますかー?』


 所定の位置につくと、母さんから【念話】が届いた。向こうももう配置についたのだろうか。

 親父に頭を指差し、【念話】が届いていることを伝える。


『ああ、こっちは準備オッケーだ。いつでもいけるぜ』


『じゃあアキちゃんに魔法で合図をしてもらうよう、お願いしてきますね。この【念話】を切って三十秒後くらいに始まると思いますので、構えておいてください』


 そっと顔だけを外に出す。崖の上でも姉貴が顔だけ出して、下を覗き込んでいるのが見えた。


『了解』


『では切りますねー』


 母さんの声が聞こえなくなると同時に親父に向かって右手に三本の指を立て、左手で丸を作る。それだけで察した親父は、コクリと頷くとゴブリン達の方に視線を向けた。


(二十七、二十六……)


 ゴブリン達の鳴き声が聞こえる。知能は高いらしいし、会話をしているのかもしれない。


(二十二、二十一……)


 何匹かは周囲を警戒するように見渡しているが、俺たちに気付いた素振りはない。


(十八、十七……)


 三十秒がとても長く感じる。緊張で口の中に溜まった唾を、頭を上下に振って無理やり飲み込む。

 その瞬間、ドォンという爆音と共に、ゴブリン達の中心に火柱が上がった。


(合図!? 早くないか!?)


 驚いている間にも立て続けに爆発が起こり、次々と火柱が上がる。


 最初の一発で群れのリーダー格らしい一番大きい個体を仕留めたようで、ゴブリン達は混乱しながら走り回っている。


『裕也、始めて!』


 焦ったような母さんの【念話】が届き、弾かれたように前に飛び出す。


(そうだ。今がチャンスだ!)


 逃げるようにこっちに駆けてきた一匹を、横合いから斬り飛ばす。


『グギャギャッ!?』


 後続の数匹が突然飛び出してきた俺に驚き、足を止める。その間にもう1匹を斬り殺すと、ようやく事態を理解したのか一斉に襲い掛かってきた。


(噛まれたら痛そうだな)


 牙をむき出しにした獰猛な表情にそう思う。けれども。


「遅い!」


 飛び掛ってきた先頭の一匹の胴を薙ぎ、返す刀で次の一匹を袈裟掛けに斬り下ろす。それを見て怯んだ三匹目の首を、横から飛び込んできた親父が一撃で斬り落とした。


「裕也! このまま包囲を縮めよう!」


「ああ!」


 単体ならDランク。ドラドラコよりも格下の相手だ。数こそ多いがそれも散発的に向かってくる上に、ほとんどが無手で連携も取れていない。特に苦戦することもなく、次々と斬り捨てていく。


「ごめん裕也! 一匹抜けた!」


 親父の声に反応して振り向くと、小さなゴブリンが走り抜けて行くのが見えた。

 子供か?


「任せろ!」


 数歩で追いつき、後ろから横薙ぎに剣を振るう。しかし何かに躓いたのか、そのゴブリンがいきなり転んだので攻撃を空振りしてしまった。


『キー!』


 怯えたようにこちらを見上げてくるその姿に多少の罪悪感が生まれるが、冷静に剣を構えなおす。

 魔物は人を襲う。むこうも生きるために仕方がない面もあるのかもしれないが、この世界に来て二週間。そんな考えでは生き残れないのだと、俺は嫌というほど学んだ。


「悪いな」


 せめて一息にと剣を振り下ろそうとすると、俺と子ゴブリンの間に別のゴブリンが飛び込んできた。


(母親か?)


 ゴブリンの性別なんて分からないけれど、そう直感した。我が子を抱きしめ、震えながら目を閉じている。


「あ……」


 その姿に、思わず振り下ろしかけた剣を止めてしまう。


 一瞬の逡巡、気の迷い。それが仇になった。

 次の瞬間、腹部に激しい痛みが生まれ、思わず後ずさる。


(痛え! 刺された!? 何に?)


 お腹を押さえながら顔を上げると、子ゴブリンが母親の影からナイフを突き出している。その先端は血で赤く染まっていた。

 俺がダメージを負ったのを見ると、二匹はニタリと笑みを浮かべ、止めを刺そうとサッと身構える。


(くそっ! 結構深く刺された!)


 額に汗が浮かぶ。この世界に来て一番の重傷だ。片手で剣を構えるが、少しふらついてしまう。


 体勢を立て直す暇は与えないとばかりに、素早く子供からナイフを受け取り、母親が飛び掛ってくる。


「裕也!」


 事態に気付いた親父がこっちに駆けてくるが、間に合いそうにない。


 倒せなくてもいい。何とか時間を稼ごうと剣を構え――目の前にまで迫ってきていたゴブリンの上半身が吹き飛んだ。


「は?」


(前にも同じようなことがあった気が……)


 突然の出来事に子ゴブリンはポカンとした表情を浮かべていたが、次の瞬間頭部を粉々に踏み砕かれ、即死した。


 子ゴブリンの頭があった場所からゆっくりと足を上げたのは、姉貴だった。

 そのまま少しの間痙攣していた子ゴブの体を見下ろしていたが、くるりとこっちを振り向くと、恐ろしい形相で詰め寄ってくる。

 落ち着いて? 俺は敵じゃないですよ?


「ありがとう。助かったよ、姉貴」


「じっとしていなさい! 母さん、早く【ヒール】かけて!」


 お礼の言葉に耳も貸さず、ぐいと服を捲し上げられる。


 どうやらいつの間にか戦闘は終わっていたようだ。

 駆け寄ってきた母さんにヒールをかけてもらいながら辺りを見回すと、爺ちゃんと親父が生き残りがいないかを確認している。


「はい、終わりましたよ。気をつけてくださいね」


 いつもより長めのヒールが終わると、傷はすっかり塞がっていた。若干跡は残るかもしれないけれど、このくらいなら気にする必要はない。


 ヒールの凄さに改めて感心していると、ゴチンと頭を殴られた。


「まったくよ! 攻撃するのを躊躇って怪我するくらいなら、戦うのなんてやめなさい! 自分が死んじゃったらどうするの!」


 どうやら一部始終を見られてしまっていたらしい。恥ずかしい。


「悪い、反省するよ」


 ゴチン。

 心の底からの言葉だったのに、また殴られた。理不尽だ。


「どうやら治ったようじゃの。晃奈の言うとおり、躊躇すれば危ないのは自分自身じゃ。前にも言ったはずじゃがの」


「分かってるよ。次はない」


 今回怪我をしたのが自分自身でまだよかった。もしこれが他の誰かだったら、悔やんでも悔やみきれない。

 両頬を叩いて気合を入れる。


(大丈夫。次からは絶対に躊躇わない)


 爺ちゃんはしばらく無言で俺を見つめていたが、こちらも目を逸らさず見つめ返しているとすっと離れていった。それと入れ替わりにまた声をかけられる。


「裕也」


 今度は親父か。


「辛いのなら言ってほしい。後ろで隠れていてもいい。僕は決して笑わない」


「だから大丈夫だって」


「普通に考えたら、家族全員でこんなことをやっているのがおかしいんだ。自分の子供に、こんな……」


 確かに日本で考えたらありえないよな。

 けれどもここは日本じゃない。それに。


「自分で選んで決めたことだ。気にすんなって。何度も言うけど大丈夫だ」


「そうか……。そろそろ日も暮れる。魔石を回収したら帰ろう」


「ああ」


 一応全員に許してはもらえたようだ。





 その後魔石を回収した俺たちは、道中何度か魔物の襲撃を受けながらも無事にアルラドに戻ることができた。


 ギルドに報告をして外に出る頃には完全に日は落ちていて、宿の晩飯の時間も終了していた。母さん達大人組は追加料金を払って何か食べるつもりらしいけれど、俺は一足先に部屋に戻ることにした。今は食欲より睡眠欲の方が勝っている。


「裕也」


 とにかく早く横になりたい。

 その一心で部屋の鍵を開けたところで、姉貴に呼び止められた。


「何だよ。凄い眠いんだけど」


 嫌そうな顔をしながら振り返る。

 正直返事をするのも面倒だ。この顔を見て察してくれ。


「…………」


(何だ?)


 人を呼び止めておきながら、姉貴は俯いて立ち尽くしているだけだ。


「何も用がないんならもういいか? おやすみ」


 姉貴が一体何をしたかったのかは謎だが、もう眠さのあまり思考に靄がかかり始めている。 朝になってから考えようと思った瞬間、姉貴が動き、正面から抱きしめられた。予想だにしなかった唐突な展開に、眠気が一気に吹き飛ぶ。

 背中に回された手。胸に感じる確かな柔らかさ。汗の匂いに混じる女性特有の香り。

 これが家族でもない赤の他人なら、興奮のあまり卒倒していたかもしれない。


 けれども相手は姉貴。俺は別の意味でドキドキしていた。


(何? ベアハッグ? やめてください死んでしまいます!)


 今の姉貴がその気になれば、俺の背骨を折ることくらい容易いことだ。

 俺は次の瞬間にでも襲い来るかもしれない激しい痛みを予想して戦々恐々としていたのだが、そのまま何事もなく開放される。


「おやすみ」


 そして告げられる就寝の挨拶。

 永遠に眠り続けろ、という意味でもなく、純粋に言葉通りの挨拶だ。


「え? ああ、おやすみ」


 戸惑う俺を置いて、姉貴はそのまま自分の部屋に入って行ってしまった。

 その後姿を見送り、気が変わって戻ってこないうちにと、俺も急いで部屋に入りベッドに潜り込む。


(助かった。けど、一体何だったんだ?)




   ◆




「意思の疎通ができません! 討伐を許可しま――」


 叫ぶ神官が言葉の途中で踏み潰され、大地に赤い花を咲かせる。

 既にやられたのか、それとも逃げ出したのか。もう一人いたはずの神官も姿が見えない。


(ともあれ、これで正式にあの糞ったれ野郎に攻撃することができる!)


 鈍く銀色に輝く鎧に身を包み、剣で前方を指し示しながら、ポータ騎士団アルラド支部隊の隊長は声を張り上げた。


「隊列を組みなおせ! 後衛、詠唱開始! 前衛は防御に徹して時間を稼げ! 絶対に抜かれるな!」


 隊長の命令に即座に反応し、前衛が防御スキルを発動する。彼らの前方に光の壁が何枚も出現すると同時に、部隊全員が薄く輝く膜に覆われる。


 その様子を馬上で確認しながら、隊長は敵を見据えた。

 大きい。彼がこれまで相手にしてきたどの魔物よりも、はるかに巨大だ。

 近頃近辺で目撃証言の相次ぐ大型生物。その討伐のため、魔物を駆除しながらの行軍中のことだった。森の中で視界は悪かったが、彼らは常日頃から厳しい訓練を繰り返している。たとえ次の瞬間目の前どのような魔物が現れたとしても、十分に対処できるはずだった。だが。


(まさか上空から来るとはな)


「攻撃をしかけてきた時点で敵じゃないですか。これだから宗教屋共は」


 忌々しげに舌打ちをすると、横にいた副官が毒づく。


「言うな。我らは野蛮な冒険者共とは違う。三神の加護を受け、使命を果たす者だ。こやつの首でも持って帰ればどちらが本当に優れているのか、民も気付くはずだ」


 とは言え副官の言うことも最もだ。攻撃を受けた時点で反撃に転じていれば、ここまでの被害は出なかったかもしれない。既に部隊の三分の一が失われている。


「それにしても隊長の予想はズバリ的中でしたね。宗教屋共は気に食いませんでしたが、後からゴチャゴチャと言われるよりはよっぽどいい」


 軽口を叩きながらも、副官の目は鋭く前方を睨みつけている。隊長がその横顔に頼もしさを感じていると、後衛部隊から報告が届いた。


「詠唱完了。いつでもいけます!」


「よし、放て!」


 合図と共に放たれた色とりどりの光の矢が、敵に向かって一斉に殺到する。避ける間もなく相手に着弾。爆音と共に視界が煙で塞がれる。


「前衛防御姿勢! 気を抜くな! 次弾準備! 魔力の足りない者はポーションを飲め!」


 油断なく命令を飛ばす隊長だったが、その目は勝利を確信していた。

 詠唱を必要とする高威力の多属性魔法による同時攻撃。簡単な城門くらいなら正面から破壊できるほどの威力がある、彼らの誇る最強の攻撃だ。いかに敵が強力な魔物といえども、生物が耐えられるような代物ではない。


 地に倒れ伏す敵の姿を想像しながら煙が晴れるのを待っていると、その奥で赤い輝きがチカチカと光っているのが見えた。


(木に燃え移ったか? すぐに消火しなければ)


 山火事は下手な魔物より危険だ。隊長が新たな命令を出そうとした瞬間、煙を引き裂くように赤い光の筋が放たれ、光の壁を軽々と破壊し、彼らをなぎ払った。


「は?」


 そんな副官の声が聞こえたような気がしたが、その時には隊長も宙に吹き飛ばされていた。受身をとることもできずに、地面に叩きつけられる。全身の痛みを堪えながらも慌てて身を起こすと、部隊は壊滅状態だった。


(何だ今のは!? 何が起こった!?)


 生き残った者は十名にも満たず、それも皆が満身創痍である。隣にいたはずの副官の姿も見えない。


 やがて煙が晴れると、体の所々から煙を上げているが、ほぼ無傷の敵の姿が現れる。


(そんな馬鹿な!)


 敵の正体については見当がついていた。それでも十分に勝算はあると思っていた。まさかここまでだとは。

 心が折れそうになる。生き残った団員たちも、皆絶望の表情を浮かべていた。


(こんな奴が町を襲ったら……)


 ギリ、と隊長は歯を食いしばると、生き残った騎士のうちの一人に近づく。そして呆けた表情を浮かべていたその顔を叩くと、手持ちのポーションを全て渡した。


「はっ! た、隊長?」


「貴様、確か【加速】のスキルを使えたな。ここからならエンブラの町の方が近い。死ぬ気で町に向かい、このことを報告しろ」


「し、しかし隊長は?」


「貴様の逃げる時間を稼いでやる。早く準備をしろ。このままでは我らは無駄死にだぞ」


 この怪物が町を襲う。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。体裁を気にしている場合ではない。冒険者と手を組んででも、早急に討伐隊を編成しなくてはならない。


 慌ててポーションを飲む部下を庇うように前に立つ。生き残った騎士達も彼らのやり取りを見て悟ったようだ。震えながらも剣を、杖を構え敵に対峙する。

 誰一人として逃げようとはしないその姿を隊長は非常に誇らしく、そして申し訳なく思った。


「行け!」


「【加速】!」


 体を輝かせ、弾かれたようにその騎士が走り出すと同時に、隊長は敵に向かって駈け出した。一拍遅れて、残った全員がそれに続く。


(舐めるなよ。せめて一太刀はくらわせてやる!)

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