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第10話 冒険者ライフ 3

「そらよっ、と」


 迫る鉤爪を、左前に踏み出すことによってかわす。直前まで俺がいた場所に向かって跳んでいくドラドラコの後ろ足を狙い、すれ違い様に剣を振りぬく。


『キュアアアッ!?』


 両断。

 確かな手応えを感じながら後ろを振り向くと、両後ろ足を失ったドラドラコが地面に上手く着地できずに、頭から落下していた。


『フシュウウゥゥ』


 それでも器用に前足を使い俺の方に向き直りながら、まるで戦意を落とす気配のない瞳で睨み付けてくる。

 油断はできない。こいつはこの状態からでも、前足の力だけで飛び掛かることが可能なのだ。


 剣を構えなおす俺に向かって、今まさに飛び掛らんとドラドラコがその両腕に力を込めた瞬間、疾風のように現れた人影がその喉元に短剣を突き立てた。


『グヒュ!?』


 崩れ落ちながらも最後の足掻きとばかりに鉤爪を振るうドラドラコだったが、既に人影はその攻撃範囲にはいない。

 バタリと倒れ、喉から血を噴き出し、ピクピクと痙攣するドラドラコ。やがてそれも動かなくなったのを確認すると、人影――親父が近づいてきた。


「いやあ、やっぱり攻撃前の瞬間が一番隙が多いね」


 剣についた血を振り払い、鞘に収める。


「俺も親父くらいのスピードで動ければ楽なんだけどな。それにしてもさっきから関係ないやつばっかりだ。あっちはどうだろう?」


「さっきお父さんがそれらしき足跡を見つけたって連絡があったけど、それっきりだね」


 親父がドラドラコから魔石を回収している間、血の匂いにつられて他の魔物が来ないか、周囲を警戒する。

 もうこの辺りの魔物で苦戦するようなことはないと思うけれど、流石に不意打ちをくらうと危険だ。


「今更だけど、俺たちに探索系は向いてないような気がする」


 慣れた手つきでドラドラコを捌いている親父に声をかける。


「仕方ないよ。これを逃したら、次にCランクのクエストを経験できるのはいつになるか分からないんだ。アルラドの周りにそんなに強い魔物はいないしね」


「そうなんだよなあ」


 ついため息が出てしまう。分かってはいるんだけどなあ。





 俺達がこの世界に来て二週間が経った。


 達成したクエストはかなりの数になり、実力も認められ、つい先日冒険者ランクもDになっている。

 この昇格速度は驚異的らしく、冒険者の事情に詳しいセリーにも、かなり驚かれた。


 ランクが上昇するにつれて受けられるクエストの報酬も上がっているので、最近では魔物討伐の時間を減らしてその分を情報収集に当てている。

 そのお陰でギルドの資料室にある本もほとんど読み終えることができたのだが、残念ながら地球に帰る方法はおろか、異世界という概念すら載っているものがなかった。職員の人が言うには、ここにある以上の情報を手に入れたいのなら別の町のギルドに行くか王都の図書館、もしくは個人が秘蔵しているような書物しかないらしい。


 家族会議の結果、個人の秘蔵物なんてそもそも誰が持っているかすら分からないので、王都にあるという図書館に向かうことが決定した。道中にある他の町でも情報収集ができるし、今のところ最も建設的な案だ。


 ただここで問題になったのが、その王都までの道筋が分からないということだ。この世界にも地図はあるが、とても正確とは言えない。人に聞きながら進むとしても、限界がある。

 そこで俺たちが目をつけたのが護衛クエストだ。


 この世界では行商人などが町から町へと移動するときに、道中の安全のためにギルドを通して冒険者を雇うことが多い。しかも聞くところによれば、そのほとんどが三食飯付きに加えて荷台に余裕があれば、交代で休憩もとることが出来るそうだ。

 雇われた冒険者は魔物や盗賊など、あらゆる障害から依頼人とその荷を確実に目的地まで守りぬかなければいけない。距離や場所によって変わるらしいけれど、このアルラドの町からだとクエストランクは最低でもC。個人ならばベテラン、チームでも中堅どころの実力が求められる難易度のクエストだ。俺たちが今までに受けてきたクエストとはわけが違う。


 さすがにそんなものを初挑戦ランクのクエストに選ぶのは危険なので、せめて他のCランククエストを練習で受けてみようという話になった。

 ここまではよかったんだが、いざ他のCランククエストを探してみると、これが全くない。護衛依頼にしても二件しかないほどだ。以前見かけた『大型生物の目撃情報捜査』は対象がBランクになって、受けられなくなってしまっている。


(っていうか、まだ解決していなかったんだ)


「お、《ファミリー》じゃねえか。何かお探しものかい?」


 どこかに見落としはないかと全員で掲示板の前を行ったりきたりしていると、近くにいた冒険者が声をかけてきた。

 顔は知っていて話もしたことはあるけど、名前は知らない。最近そんな関係の冒険者の知り合いが増えてきていて、彼もそのうちの一人だ。


 家族ぐるみの冒険者、しかも短期間でランクを上げているということで、俺たちはそこそこ注目を浴びているらしい。何回か他のチームからの勧誘もあったくらいだ。


「護衛以外のCランククエストを探してるのよ。何か知らない?」


 そこまで親しいというわけではない相手に向かって、何の物怖じもせず姉貴が答える。目的のものが見つからず、苛立ちの混じった視線を向けられた男は、一瞬ビクリと怯んだ様子を見せた。


 有名になったのは《ファミリー》の名前だけじゃない。姉貴と母さんの凶暴性もである。

 と言うか、こっちの方が大きい気がする。

 そりゃ外見に騙されてちょっかいをかけてきた屈強な男共が、ただ一人の例外もなく全員床に沈めば嫌でも有名になるだろう。


「うーん、この町は比較的安全だからな。Cランク以上のクエストなんて早々ないぜ? ちょっと前から貼ってある何かの捜査依頼だって、単に近隣の町一帯に出されているだけらしいしな。お陰でソロでBランク以上のやつなんて、バールさん達以外この町には残ってないくらいだ」


 聞き覚えのある名前だ。こっちの世界に来て初めて出会った冒険者もそんな名前だったけれど、彼らのことだろうか。そう言えばアルラドを拠点にしているって言っていたけれど、あれから姿を見たことがない。


「そうだな、受付で直接聞いてみたらどうだ? もしかしたら貼られてないだけで、何かあるかもしれねえぞ」


 親切に教えてくれた冒険者に礼を言い、受付へ向かう。

 もうすっかり顔馴染みになったお姉さんに事情を説明すると、「少々お待ちください」と奥に引っ込んでいった。


 そろそろ名前くらい知りたいところだけど、中々機会がない。下手に時間が経ってしまって、今更聞きづらいのだ。


(他の人に聞くっていうのもなあ。名札でもあればいいのに)


 そんなことを考えていると、お姉さんは何かの書類を抱えて戻ってきた。


「お待たせ致しました。これはまだ張り出されていないクエストなのですが、昨日北方の森で活動していた冒険者が、ゴブリンの集団を目撃しています。証言によればその数はおよそ三十。今まで他の目撃情報がなかったことから、巣を作るために移動してきたと考えられます」


 ゴブリンというと緑色の小鬼みたいな見た目の魔物、というイメージがあるけれど、こっちでも同じなのだろうか。


「ゴブリン自体はDランクの魔物ですが、今回は数が多く、また既に巣が作られている可能性もあるため、これの確認及び討伐をCランククエストとして発行するそうです」


「グッドタイミングね。これでいいんじゃない? Dランク程度ならどうとでもなるでしょ」


「落ち着け晃奈。目撃証言だけで三十。実際はどれほどおるか分からんぞ」


 既に乗り気の姉貴に爺ちゃんがストップをかける。

 ありえないとは思うけれど、いざ行ってみて百や二百なんて数がいたら絶対に無理だ。目撃証言どおり三十体だったとしても、正面から相手になんてしたくない。


「はい。討伐が困難な規模の場合は撤退していただいて構いません。その場合はできるだけ正確な相手の数と、巣の位置の偵察をしていただけると助かります」


 そう言って、お姉さんは何故かじっと俺の方を見つめてくる。最近時々こういうことがある。

 初めのうちは、もしかして俺に惚れた? なんて甘い考えが頭に浮かんだけれど、どうも違うみたいだ。その視線にはまるで興味深い何かを観察しているような気配を感じる。未だに何のメリットも判明していない【学生】という職業が珍しいのだろうか。

 まあ、美人に見つめられて悪い気はしないけれども。


「え? 逃げてもいいってこと?」


 俺とお姉さんの間に強引に体を割り込ませるように入ってきた姉貴が、驚いたような声をあげる。


「はい。ゴブリンがこの地方に出るというのは非常に珍しいことでして。本来は真偽の確認のための偵察クエストを出すのが通例なのですが、上の者と話しましたところ《ファミリー》の皆様なら目撃証言が事実であった場合でも問題なく対処できるだろうとのことで、このクエストのことをお話いたしました。もし受けていただけるようでしたら、指名依頼ということで報奨金は相場より高めにお支払いいたします」


 急に割り込んできた姉貴に動じることもなく、相変わらず淡々と話すお姉さん。視線も前に戻してしまったし、結局何なんだろう。


「いいんじゃない? 危なかったら逃げればいいんだし」


「ううむ」


 腕を組む爺ちゃんの方を振り返り、確認を取る姉貴。爺ちゃんも考え込んではいるけれど、反対する気はないようだ。


「ではそれでお願いします」


 他に反対意見もないようなので、母さんが詳細な依頼内容の書かれた紙を受け取り、目を通し始めた。




   ◇




「それにしても大分奥まで来たな。本当に三十体もいるのなら、もうちょっと痕跡があってもよさそうなもんだけど」


 ガサガサと草を掻き分けながら進む。

 ここまで来るともう道らしきものすらなく、生い茂る木々で視界も最悪だ。不意打ちも警戒しないといけないので、自然と進行速度も落ちてしまう。


「本当につい最近よそから来たのかもしれないね。アルラドの町と間逆の方向から来たのだとしたら、痕跡がなくても不思議じゃないよ」


 後方を警戒しながら俺の後ろをついてくる親父。その顔には若干の疲労が見えるけれど、まだしばらくは大丈夫そうだ。

 そういえばこのまま見つからなかったら野宿することになるのだろうか、と俺が考えていると頭の中に母さんの声が響いた。


『もしもし裕也ー、聞こえますかー? 巣を見つけたので、進士さんと一緒にこっちに来てちょうだい』


 【念話】。母さんが最近覚えたスキルで、一定の範囲内にいる予め登録しておいた人と頭の中で会話できる、というとても便利なものだ。

 母さんしか使えないので他の皆は受信することしかできないけれど、一旦繋がればスキルが解除されるまでは普通に会話ができる。そしてこのスキルのもう一つの利点が、会話している相手の大体の位置がお互いに分かるという点だ。これのお陰で俺たちはある程度離れて行動することもできるようになった。


『了解。すぐに行く』


 母さんのいる方向を確認して【念話】を切る。


「親父、向こうが見つけたみたいだ。すぐに行こう」


 頷き返す親父の前に立って、皆のいる方向に向かって歩き出す。


 今はまだ母さんだけだけれども、この先皆が新しいスキルを覚えていく中、俺だけがスキルなしのままだったらどうしよう。足手纏いになってしまうんじゃないだろうか。


 俺は漠然とした不安を抱えながら、足を速めた。

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