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第9話 冒険者ライフ 2

 食欲を誘う香ばしい匂い。

 焼きたてだ、と手渡された串に刺さる肉にその場で齧りつくと、口の中に肉汁が溢れた。


「美味い! これがピグーの肉か。こんなに美味いならクエストとか関係なしに狩りに行ってもいいな」


 昨日ギルドまでの道を教えてくれたおっちゃんの屋台。

 その前で俺と姉貴は、初めて食べるピグー肉の串焼きに舌鼓を打っていた。


「そうだろう? 野営中にこいつを見かけたらラッキーだ。その日の晩飯が豪華になる」


 まあうちの味には及ばんだろうけどな、と笑うおっちゃんの話にふんふんと頷きながらも串焼きを食べる口の動きは止まらない。

 本当ならもう一本欲しいところだけど、今日の昼飯は情報収集も兼ねていくつか露店を回る予定なのだ。他の皆もそれぞれどこかの店で食事をしている。


 午前中のクエストで今夜《銀の稲穂亭》に泊まるために必要な百五十ドルク以上は稼げたので、午後は町の中で情報収集をすることになった。これは全員で固まって行動しても仕方がないだろうということで、今は各々がバラバラに別れて行動している。親父は部屋を取るために一足先に宿へ向かったが、他の皆は夕飯時に集まる予定だ。


 おっちゃんに礼を言って、何故かついてきた姉貴と次の店に向かう。頼むから面倒事は起こさないでくれよ、ほんと。


 俺の心配を他所に特に問題は起きず、情報も順調に集まっていった。

 というか、町の誰もが親切で、こっちの質問にも嫌な顔一つせずに答えてくれる。


 この町では基本的に町の中の揉め事や街道付近の魔物退治を騎士団が、少し外れた場所の魔物退治や雑用なんかを冒険者が担当しているらしい。そこら辺の住み分けがきちんとできているのと付近の魔物があまり強くないのも相まって、町が魔物の脅威に晒されることは滅多にないらしい。それで誰もが騎士団と冒険者の両方に感謝の念を持っているそうだ。


 騎士団と言うのは、簡単に言えば国に所属する軍隊のことだ。この町にいるのはこの辺り一帯を治める領主が雇っている騎士団で、領主の名前をとってポータ騎士団というらしい。ちなみに町の門番はまた別の系統で、町長の雇っている自警団みたいなものだそうだ。

 騎士団は住民にも優しく、規律を重んじるためとても評価が高いのだが、最近は少し忙しそうらしい。まあそれは俺たちには関係なさそうだが。


 お腹が十分に膨れた後も情報を集めながら色々な店を冷やかしていると、いつの間にか神殿の前に戻ってきていた。

 《銀の稲穂亭》もすぐ近くだし、時間も丁度いい。そろそろ帰ろうかと思っていると、神殿の中から全身を鈍い銀色の甲冑で包んだ一団が出てきた。何か急ぎの用事でもあるのか、早足で歩いている。


(これがポータ騎士団か)


 お揃いの白いマントに、胸には盾と薔薇の花弁を模ったマーク。そして急ぎ足ながらも列を乱さずに歩くその姿。こう言っては何だけど、ギルドのホールに屯している冒険者には、決して真似できそうにない芸当だ。


 周囲の人達が騎士団に道を譲るように動いたので、俺たちもそれに倣う。別に跪いたりする必要はなさそうなのでそのままじっと眺めていると、一団が目の前を通り過ぎる際に神官が二人、彼らの後ろについて歩いているのが目に入った。


(何で神官が騎士団に付いて行ってるんだ?)


「裕也、そろそろ戻りましょう?」


 どこかで説法でもするのだろうか。

 どう見ても体を動かすのが得意とは思えない二人の姿に疑問を覚えたが、姉貴の声に我に返る。まあ別にいいか。




「家族全員で冒険者になったんですか。珍しいですね。え? いきなりEランクの魔物を倒したんですか? スライムって最初は結構手こずるって聞きましたよ。そのくせ魔石以外何も落とさないから人気もないんです。そう言えば森の中にはスライムの湧き出る泉があるらしいです。危ないから見かけたら絶対に近づかないで、高ランクの人にお知らせした方がいいですよ。砂鳥だってそこには近づかないんですから。ところでしばらくうちに泊まるのなら、何日分かまとめて払っちゃったらどうですか? 一日分しかお金がない? 刹那的ですね。冒険者らしいですが。でも初日からEランクをこなせるなら大丈夫ですね。冒険者になって一年経ってもEランクの魔物に苦戦する人だっているんですから」


 年が近いから懐かれたのか、晩飯を食べているとセリーが畳み掛けるように話しかけてきた。


 放っておくといつまでも喋りそうだったけど、他の客に呼ばれて慌ててそっちに走って行く。

 確かに同年代の冒険者というのは珍しいだろうから気持ちは分かるんだけど、給仕はセリーだけなんだから油を売っている暇なんてないだろうに。

 姉貴もセリーの不真面目な勤務態度が気に食わないのか、その後姿を目を細めて見ている。


 今日は各自昼飯も十分に食べていたのでお代わりをもせず、用意されていた分だけを食べると全員で男部屋の方に引き上げた。

 そう、今日は男女別れての二部屋を借りているのだ。ナイス親父。心休まるね。


「ではでは、第二回異世界家族会議を行いたいと思います。いつも通り、議長は私加奈子が務めさせてもらいますね」


 パチパチパチ。

 全員が思い思いの場所に腰掛ける中、母さんの開会宣言が響く。


「さて、今日は午後いっぱいを使って情報収集をしましたので、私から順に時計回りに得た情報を報告していきたいと思います。質問は報告者の話が終わった後にお願いしますね」


 母さんを皮切りに、各自今日町で得た情報をそれぞれ報告していく。

 どうやら母さんは親父が宿を取った後合流してギルドの資料室で、爺ちゃんは俺たちと同じように道行く人から情報を収集していたらしい。

 そして今日の活動で分かったことは次のとおりだ。




 まずこの国の名前はジダルア王国というらしい。大陸のほぼ中央に位置する国で、四方を山脈に囲まれている。ここアルラドの町は、国の中央にある首都ジダルアと南側の国境のちょうど中間くらいに位置しているらしい。

 また山脈を挟んで北側にあるヤンダール帝国、南側のウタルガ王国に挟まれており、少なくとも表面上は国家間の仲は悪くないようだ。


 この町ではあまり見かけないが、この世界には人間の他にも獣人やエルフ、ドワーフなど様々な種族がいて、人間以外の種族は亜人と呼ばれている。亜人は表立った差別こそされていないものの、この辺りでは人間より下に見られることが多いそうだ。ちなみに亜人と呼ばれると激怒する種族もいるそうなので、この呼び方はあまりしないほうがいいらしい。


 次に魔物についてだが、単純に体内に魔石がある生物を魔物と呼んでいるそうだ。魔物は基本的に人に害なす存在なので、積極的に退治すべきだという。

 そして魔物を退治すべき理由にはもう一つ、魔石の存在がある。この魔石というのは内部に魔力を宿した石のことで、これを加工し主動力とした魔道具は人々の生活に欠かせないものとなっている。そのためいくらあっても困らないのだそうだ。

 ちなみにこの魔石、内包された魔力が減ってもある程度の魔力を持つ人なら再充填できるし、魔石同士での魔力のやりとりも可能。さらに食べることで魔力の回復もできる。ただし、最後のはあまり褒められた行為ではないそうだ。それが直接の原因かは不明だが、過去に体内に魔石ができてしまい、自身が魔物となってしまった人や動物がいるらしい。他にも魔力が暴走する危険もあるそうだ。

 そしてこの魔石の効率のよい収集、および民間人の保護を目的として組織されたのが冒険者ギルドというわけだ。




「というところかの。魔物や道具等の種類は数が多いし、おいおい覚えていくしかないじゃろう。しかし文字が読めても意味の分からん言葉が多いのには参ったの。例えばぽーしょんとは何じゃ?」


 最後に報告をした爺ちゃんが顎鬚をさすりながら首を傾げる。


「回復薬の一種ですね。僕の聞いたところ外傷を治したり魔力を回復させたり、用途に応じていくつか種類があるそうです」


 きっと必死に調べたんだろう。数日前なら欠片も知らなかった知識を説明する親父の顔は、どこか誇らしげだ。

 けれどもまだまだ分からない単語は多そうだ。俺や姉貴ですら知らない固有名詞もたくさんある。爺ちゃんの言うとおり、魔物の種類なんかと合わせて少しずつ覚えていくしかないな。


「はいはい! 神殿については? 誰か調べた人はいないの?」


 思い出したかのように姉貴が叫ぶ。

 そういえば神殿についてはすっかり忘れていた。


「この国だけじゃなくて結構多くの国に広まっているそうだけど、特に強制されているわけではないそうよ。でも信者は多いから影響力は大きいって聞いたわ」


 母さんが簡単に説明するが、それだけじゃほとんど何もわからない。宗教には興味ないけれど、有名なら多少は中身も知っておいたほうがいいのだろうか。

 謎のクリスタルにギルドカードの作成。よく考えたらかなり謎も多い。


「あ、僕からも一つ。皆自分のギルドカードは確認してるよね。ステータスの欄にもランクみたいのが書いてあるんだけど、これ何だろう?」


 『生命力:二百九十七(D)』とか書いてある項目のことか。それは俺も気になっていた。


「ギルドの職員が言うには、冒険者ランクと同じようにステータスも強さによってランク分けされておるらしいぞい。普通はギルドランクと同程度らしいの。職業レベルとステータスは、魔物を倒すと少しずつ高くなっていくとのことじゃ」


 親父の質問に、さっきとは逆に爺ちゃんが答える。


「なるほど」


 経験値を得てレベルアップするってことか。分かりやすくていい。

 俺のステータスは最低でF、最高でCだ。その話が確かなら、俺は冒険者ランクの割には強いってことになる。


「他に質問のある人はいますか?」


 皆粗方聞きたいことは聞き終えたのだろう。母さんの言葉にこぞって首を振る。


「……それじゃあ私から質問するわね。誰か日本に帰る方法について手がかりを見つけた人はいますか?」


「「「「…………」」」」


 皆の様子を一目見て確信した。

 予想はしていたけれど、誰も何の情報を得られなかったみたいだ。


 その辺の町の人から情報を集めていた俺たちはともかく、ギルドの資料室を調べていた母さんたちも手がかりを得られなかったとすると、もうこの町に有力な情報はないのかもしれない。


(いや、それも当然か)


 そんな簡単に手に入る情報なら、もっと大勢の人が異世界を飛び回っていてもおかしくない。

 ふぅ、と母さんも困ったようにため息をつく。


「そうね。やっぱり簡単にはいきそうにないですね。ギルドの資料室も全部を調べたわけではないですし、時間を見つけてまた調べていきましょう。では次の議題です。冒険者になったとはいえ残金はが少ないことに変わりありません。明日からどうしましょう」


 これは決まっている。ここまで来たらもうこれしかない。


「とりあえず稼げることは分かったんだし、クエストを受けまくればいいと思う」


「裕也にしてはいいこと言うじゃない。がんがんクエストを受けてランクも上げちゃいましょ。この先他の町に行くとしても、もっとお金は必要なんだし」


 ぐっ、と拳を握り締めて、姉貴が同意する。


「そうだね。いざと言うときに備えてポーションなんかも買い貯めておきたいし、お金は多いにこしたことはないよ」


「武具もきちんとした物を揃えておきたいのう」


 親父と爺ちゃんも異論はないようだ。


「では明日からしばらくは冒険者のお仕事を頑張って、お金をたくさん貯めるということにします。他に議題がなければ閉会としますが、最後に男性の皆さん」


「「「?」」」


 何だろう。決めることは決めたし、今のところこれ以上話し合うようなことはないはずだけど。


「朝でいいのでお風呂に入ってください。少し臭います」


 慌てて自分の袖の臭いをかぐ俺達。


(うっ、確かに)


 考えてみれば、昨日の朝から外で動きっぱなしだったのだ。意識してみると結構きつい。


「裕也はまだ耐えれるけど、父さんとお爺ちゃんは無理! 加齢臭が半端ない」


「そ、そんな……」


 姉貴の言葉に崩れ落ちる親父と、そっぽを向く爺ちゃん。

 母さんもフォローする気はないようで、わざとらしく自分の鼻をつまんで見せる。

 と、母さんの方を見ていると額に激痛が走った。

 遅れて足元にチャリン、と金属質のものが複数落ちる音がする。


「痛っ、何するんだ! ってお金?」


「お湯代五ドルク、これは必要経費よ! ケチケチしないでよね!」


 ビッ、とこっちに指を突きつけてそう言い放つと、女性陣は部屋を出て行った。その後姿を見送り、俺達は気まずげに顔を見合わせる。


「寝ようか」


「そうじゃの」


 就寝の挨拶もそこそこに、もそもそと布団に潜り込む。


「じゃあ電気消すよー」


 親父が枕元のランプに手を伸ばす。

 別に電気で光っているわけじゃないんだけれども、この言い方の方がしっくりくる。


(電気か、早く家に帰りたいな)


 明日からのことを考えると不安もあるし、やるべきこともたくさんあるけれど、とにかく今日も色々あり過ぎて疲れた。

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