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プロローグ

 剣と魔法のファンタジー世界。


 誰もが一度は夢見たことがあるんじゃないだろうか。


 跋扈する魔物の群れを剣を振るい、魔法を放ち、駆逐することを。

 強敵を倒し、得たお金で装備を整え、更なる強敵に挑むことを。

 時には洞窟の奥に眠る宝箱から未知の宝物を探し当て、時には襲い来る魔物の群れからヒロインを守り抜き。

 そして世界を滅ぼそうとする魔王を倒し、一躍国の英雄に。


 ゲームで、漫画で、小説で。


 個人差はあれど、そこに自分を投影し、物語の中に入り込めたらと夢想したことのある人は多いはずだ。


 言っておく。


 そんないいもんじゃない、と。




   ◇




『ウォォォンッ!』


 木々の生い茂る森の中に、獣の雄叫びが響き渡る。


 顔面に飛び掛ってきていたスライムを跳ね除け安心したのも束の間、今度は左手の茂みから狼が飛び掛ってきた。


 でかい。俺の腰以上の高さはある。

 大きく広げられた口にズラリと生え揃った鋭い牙、振り上げられた前足から伸びる太い爪。どっちをくらっても、痛いだけでは済みそうにない。


 咄嗟に体を横にそらして突進を避け、がら空きになっている胴体に剣を叩き込む。


『ギャンッ!?』


 振るった剣は狙い通りに狼の腹部を切り裂き、宙に血の線が走った。


 会心の動きと狼の悲鳴に思わず笑みが浮かんだけれど、残念ながら致命傷には至らなかったみたいだ。

 姿勢を崩しながら不恰好に着地した狼はすぐに体勢を立て直すと、血走った目で俺を睨みつけてきた。


 今ので仕留められなかったのは残念だが、決して傷は浅くないはず。

 油断なく剣を構えなおして、唸り声を上げる狼に向き直る。


(いいぞ、そのまま真っ直ぐ来い。次で終わりだ……!)


 ジリジリと間合いを計りながら、頭の中で次の動きをシュミレートしていると、狼の背後の茂みからガサガサと音がした。

 嫌な予感を覚えながら視線を向けると、新たに二頭の狼が姿を現す。


 まるで「加勢に来たぜ」とでも言わんばかりに、傷を負っていた狼の横に並び立つ二頭を見て、俺は即座に判断を下した。


(……よし、逃げよう!)


 目の前には血に飢えた【魔物】が三匹。それに対してこっちの手には剣が一本だけ。加えて俺は何の【スキル】も使えない上に、今日が初陣なのだ。


 方針が決まればすぐに行動あるのみ。

 俺は目くらましにと足元の地面を蹴り上げ、狼たちに向かって土を巻き上げた。目にでも入ってくれれば儲けもの。少しの間でも視界を塞げたら、それだけで十分だ。


 けれど今はその効果を確認している余裕もない。

 とにかくここから離れようと急いで体を反転させた瞬間――視界いっぱいに緑色のスライムの姿が広がった。


(しまった! さっきのやつか!? そういえばトドメ刺してなかった!)


 後悔するが、もう遅い。一瞬後、俺はこのスライムに貼り付かれているだろう。

 上手く引き剥がせたとしても、その時には後ろから狼たちが追いついてきているはずだ。いや、もしかしたらもうすぐ後ろにまで迫ってきているかもしれない。


 絶望を感じながらも、とにかく顔を庇おうと反射的に手を上げ――目の前でスライムが爆散した。


「あっづぁぁああっ!?」


 高温に熱されたスライムの飛沫を、至近距離からもろに被る。

 幸い反射的に手で守っていたお陰で直接顔にはかかっていないけれど、あまりの熱さにその場で転げまわってしまう。


「はぁ、はぁ……」


 数秒後、熱さが引いたところで慌てて顔を上げる。


 そうだ。一体何が起きたのか分からないけれど、呆けている場合じゃない。今俺は魔物の群れに囲まれるという、絶体絶命のピンチの真っ只中なんだ。


 今更だと思いながらも、いつでも剣を振るえるように構え、周囲を確認する。


 けれど予想に反して俺の目に映ったのは、首を斬り飛ばされ、あるいは顔面を叩き割られた狼たちの死体。

 そしてその中心で、心配と呆れの混ざったような表情で俺を見下ろす姉貴の姿だった。


「怪我はない? 裕也」

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