三十六話 バンブーブーム
縄文生活も二十六年目。平成よりも縄文で生きた時間の方が長くなってしまった。時計もカレンダーも無い生活をしているのでぴったり今日が××年目、とは分からない。ずっとつけてる日記もここ数年はサボりがちで、毎日つける時期もあれば、二、三週間空いたりもする。何か変わった事が無ければわざわざ書こうとも思わない。
だいたい一日一、二行で済むとは言っても、二十年以上続けていると量も相当になる訳で。手作り藁(?)半紙はかさばるし、湿気に弱くてすぐカビるし、破れやすくて、保管場所にも気を遣うからあんまり増やしたくない。正直、日記はもういいかなーと思わなくも無い。特に最近は生活改善のアイデアメモばっかり書いてるしね。
そんな毎日が続く中でも、これについては熱を入れて書かざるを得ない。
バンブー・ブーム、到来。
ある日の事、旅好き白狼『とらべる』が一本の竹を持ってきた。緑に白みがかった、筒のような植物。独特の節と、笹っぽい葉っぱ。どこからどう見ても竹だった。
竹! 白狼に採取クエストを依頼して始めてマトモな物が来た!
興奮する私を不思議そうに見る『とらべる』を急かして早速竹があった場所に乗せて行ってもらう。
毎日毎日アレがあればアレできるのにな、あんな事いいな、できたらいいな、と妄想たくましくしていた私は竹の利用法で頭がいっぱいだった。
雨樋、水筒、傘、笛、物干しざお。竹馬を作ってみてもいいし、竹とんぼだってできる。というかもうなんだってできるよね。竹細工とかタケノコの水煮とか。夢が広がり過ぎてワクワクが止まらず、ついつい笑い出してしまい、私を乗せてびゅんびゅん森を駆けていく『とらべる』をビクッとさせてしまった。
しかし移動中に心配になってくる。昔の日本に竹ってあったのかな。かぐや姫の時代にはあったんだろうけど。なんか竹って中国なイメージあるし、日本原産なのかちょっと自信ない。ひょっとして海岸に漂着した物……?
「ねえとらべる」
「わふ?」
「竹……この筒みたいなのってどこで拾ったの? 海岸?」
「うー」
「違うんだ。じゃあ生えてたの? 地面からにょきにょきしてた?」
「グルル」
「そっかそっか。分かった、ありがと」
お礼に耳の後ろを掻いてやると『とらべる』は嬉しそうに喉をごろごろさせた。狼語は分からないけど、こう、ニュアンス的な、音程とか、そういうのでなんとなく言いたい事は分かる。イエス、ノーぐらいはね。今は背中に乗ってるから無理だけど、顔を合わせていればもっと分かる。
白狼に限った事じゃないけど狼は近くで見てみるとびっくりするぐらい表情豊かで、一緒に暮らしていると悲しんでるとか、喜んでるとか、怒ってるとかが顔を見るだけで分かる。ただし、私が変な生き物だからそういうのに敏感になっているのか、元々狼がそういう生き物なのかはちょっとよく分からない。
まあ私は生物学者じゃないし、その辺は気にしない事にしている。意思が通じるなら割とどうでもいい。そんな事より竹だ!
大きな川をひとっ跳びで飛び越えて、原っぱを駆け、山林をしなやかにすり抜けて数時間。ようやく『とらべる』が止まった。
「おおっ」
そこには確かに竹があった。森の切れ目から続くようにして立派な竹林がざわざわと風に揺れている。今はちょうど梅雨で、成長して竹になりかかったタケノコや、枯れて茶色になってカビっぽい黒いのが生えた竹やらが混ざって生えていた。いいねいいね。
私は『とらべる』から降りて、成長が遅い小さな竹の根元を軽く掘り返した。掘り返しても掘り返してもタケノコの根っこはまだまだ下に続いている。根っこですよこれ全部! 力強いよねー。
実は一つの竹林の竹の根っこは全部地下で繋がっている。雨後の竹の子という言葉があるように、タケノコが凄い勢いで育つのは、他の竹から根っこ経由で栄養を貰っているからだとか。
「とらべる、ちょっと掘るの手伝って」
「を゛っ」
『とらべる』と一緒になって手をまっ黒にしながら掘り返し、一抱えほどの竹の子を三本ほど掘り出した。
私は白狼ハウスの周りに竹林を造ろうと考えていた。竹が欲しくなるたびにここまで白狼に乗せてきてもらったり、お使いに出したりするのは不便だし、大変だから。タケノコを持ち帰って植えて育てれば一々移動しなくてもいい。
タケノコを掘り終わった後、もと光る竹なむ一筋ありけらないかな、と思ってしばらく散策してみたけど、空振りだった。私みたいな変な生き物がいるんだから月から追放された姫もいるかな、と思ったんだけど時代が違うしね。仕方ないね。
いつか竹サーの姫と会える日を楽しみにしつつ、帰還。
「あまてらす、おかえり」
お出迎えのタマモは尻尾をぶんぶん振りながらてってこ寄って来て、『とらべる』に乗せてきたタケノコに鼻先を寄せて臭いを嗅いだ。
「たべものじゃ、ない。がっかり」
「これは食べれないけど、育てれば食べれるのが採れるから。その時はタマモも一緒に食べよっか」
「? たべるの?」
「食べるよ。煮てアク抜きすると食べれるようになる」
「……きゅーん」
タマモはもう一度タケノコの臭いを嗅いで軽く歯を立て、しょぼんと尻尾を垂れ下げた。美味しそうじゃないと思ったらしい。
でもねタマモ。タケノコはちゃんと食べごろのヤツを煮て食べればおいし……おい……おいしくはないか。単品だと。タケノコは味を染み込ませて食感を楽しむものだから、肉汁と塩気を含ませて煮物にすれば美味しく頂ける。
とはいっても今年植えて竹林が広がるまで待つとなると、タケノコが採れるのは何年後になる事やら。
白狼ハウスの近くにタケノコを植えた翌日。どんな感じかなと見に行ってみると、早速枯れかけていた。
けっこう深くまで掘って持ってきたんだけど、もっと深くまで掘って長い根っこと一緒に持ってこないとダメかー。運ぶの面倒だけど、もう一度『とらべる』に頼んで……あ、『とらべる』また旅に出かけてたんだった。どうしよう道覚えてない。『とらべる』が帰って来るのを待ってからだと、梅雨が終わってタケノコが竹になってしまう。そうなるともう運べない。
まあまた来年で……いや!
ふと思いつき、家に戻って宝蜜を取ってきた。五倍くらいに薄めて、枯れかけたタケノコの根元にかける。宝水はすぐに土に染み込んでいった。
そう! 栄養たっぷりの宝蜜なら最高の肥料になる!
かも知れない!
ちょっともったいないけど先行投資と考えれば安い。遺灰なら確実に明日には立派な竹になってるんだけど、宝蜜だとどうなんだろう。どこまで効果があるのか予想がつかない。
一時間ぐらいじっと見ていても特に変化が無かったので、しばらく放置しておく事にした。
梅雨のせいで少し増水している山葵田のほとりで、タマモをお供に最初に『とらべる』が持ってきた竹を削る。石斧で大雑把に割った後、石器ナイフで少しずつ削り、水筒を作った。オマケに膝の上でウトウトしているタマモの顔を見ながら小ギツネの顔を彫る。ぬぬぬ、あんまり似てない。
表面を削って彫りなおそうとしたところで、タマモが耳をぴくぴくさせて起きた。犬歯を剥き出しにして大あくびをして、きょとんとした顔で私の手元を見る。
「これ、たまも? たまも?」
「あ、良く分かったね。そうだけど」
「たまも! たまも! ほしい!」
タマモは急に興奮しはじめた。
「えっ? い、いや、出来悪いし。消して書き直すからちょっと待って」
「けす? だめ! たまも、それ、ほしい! あまてらす、おねがい!」
「ええ……だってどう見ても顔歪んでるよこれ。タマモも不細工なのは嫌でしょ」
「なら、たまものたからものと、こうかん!」
「宝物ってあのツキノワグマの骨っこの事?」
タマモは去年の秋にオオガミが仕留めてきた三メートルぐらいあるとんでもないツキノワグマの腕の骨を大切にしている。タマモが骨を大切にしているという事は大切に齧るという事だから、歯型だらけになってるんだけど。それでも一番のお気に入りの骨で、他の白狼には絶対に齧らせない。
「そう! とってくる!」
「タマモストップ! そこまでしなくてもいいよ。はい、あげる」
「くあん! ほんと!? あまてらす、ありがとう!」
タマモは大喜びで自分の顔が彫りこまれた水筒を咥えると、山葵田の周りを走り回り転げまわり、「じまん、する!」ともごもご叫んで白狼達がいる方へ走り去った。
あんなのヘッタクソなの見せびらかされても恥ずかしいだけなんだけど……ま、まあタマモが喜んでくれたならいいか。
竹細工をしているうちに時間が経ったので、タケノコの様子を見に行ってみる。
するとそこにはぐっと持ち直して緑色の葉っぱを出し始めたタケノコと、その根元に群がる大量の黒い蠢きがあった。
蟻だった。
「うっ」
思わず後ずさる。見慣れたアリでもこんなにうじゃうじゃしていると気色悪い。そうか、宝蜜に寄って来たのか、そうか……
タケノコが復活したのはいいけど、これはどうなんだろう。蟻の大発生に繋がったりしないんだろうか。
しかしよく見ると蟻の群れから出ている蟻の行列の端の方にトカゲや蛙が待ち構えていて、フィーバータイムと言わんばかりにばっくばく食べまくっている。
なんという食物連鎖。これなら大丈夫っぽい。
三ヶ月も経つと、一本のタケノコは日の光と宝蜜の養分をたっぷり吸って見事な竹林になっていた。これだけ育てばかぐや姫をお迎えしても恥ずかしくない。
二ヶ月目ぐらいの時に収穫したタケノコは時期が悪いのか急成長の反動か大味で水っぽくスカスカしていて不味かったので、タケノコ料理は旬の時期まで諦めて竹で色々道具を作っていく事にする。
まずは雨樋。雨が降ると白狼ハウスの屋根の端から流れ落ちる水がその下の地面を抉ってびっしょびしょのぬかるみになるので、縦に半分に割った竹の節を削り取り、屋根から落ちた水を受けて川の方へ流れるようにする。竹の伐採と節取りは白狼達が協力してくれた。牙で削り取るというか喰い千切るから断面が荒っぽいけどそこは仕方ない。私一人で石斧を半分振り回されながら振り回して作業したら一体何倍時間と労力がかかるんだって話で。
それから水筒の量産をした。
タマモに水筒をあげてからというもの、タマモが散々自慢して回ったせいか、白狼達がやたらと似顔絵入りの水筒をねだって来ていた。いつも王者の風格でどっしり構えているオオガミまでもじもじしながら頼んできたのだから人気の高さが分かる。
水筒の口には木を削って作った栓を詰めてある。これを抜いて中の水を飲んで、飲み終わったらまた栓をしてこぼれないようにする訳なんだけど、困った事にタマモや白狼は栓を外すのはなんとかできてももう一度付ける事ができない。栓を外す時も外すというよりも噛み千切っているし、肉球と爪では栓を持って水筒の口に詰めるなんて器用な事はできない。
だからタマモの水筒は栓も口も取ってしまって、コップのようになっている。それに麻紐をつけて首にかけ、燻製肉とか、骨っこを入れて持ち歩いている。白狼達に作る水筒? も同じ作りにした。
どちらかというとタマモや白狼にとっては本体よりも似顔絵の方が重要らしく、二十匹以上の白狼達に水筒作りを頼まれた私は描き分けに四苦八苦する事になった。
白狼の顔の見分けはつくし、特徴も分かるんだけど、残念ながら彫刻の腕が追い付かない。どうしても全部同じような顔になってしまう。
そこで苦肉の策として、顔と一緒にその白狼の名前を彫りこむ事にした。結果は上々。白狼達は大喜びで、特に入れるものがなくてもいつも竹筒を首から下げて誇らしげに暮らすようになった。首輪代わりにウォッカの小樽を付けた雪山救助犬を思い出す。
宝蜜をあげるのを止めると成長速度は普通になり、そうしてまた一つこの地域に名所が増えたのだった。
アマテラスは根っこ根っこ言っていますが、正確には地下茎です




