三十五話 Oh! My honey
「慣れる」事と「満足する」事は全く別の問題で、縄文生活も二十年目に突入し、すっかり白狼達にぬくぬく護られた縄文生活に慣れても、じわじわと燻り続ける不満の種は尽きない。
不格好なハンドメイド感満載の、染色皆無な地味服。砂糖なし蜂蜜一辺倒な甘味。小麦もない、大豆もない、米もない、壊滅的な食材事情。
最悪なのはこんなにモノが無いのに作れないし取り寄せもできない事。つらたん。
小麦粉や大豆、羊毛、食材その他を手に入れようと思ったら、海を渡らないといけない。丸木舟を作ろうとして挫折したのに、海を渡らないといけない。無理。沈没とか漂流以前の問題。遣唐使? 遣隋使? の船ですら沈んだのに、私が海を渡れる船を造れるとはとても思えない。遺灰があってもたぶん流石に無理。この島国の中から出られない。せめて私をこの時代に投げ込んだ誰かも、島国じゃなくて大陸にしてくれれば陸伝いにどこへでもいけたのに……いや砂漠に放り込まれて乾いて死んだりサソリに刺し殺されたりしながらさまようよりは良かったのかも知れないけど。
だからまあ、せめて日本にある資源だけは漁り尽くそうと、私は時々遠くに冒険に出かける若い白狼達に、何か面白いもの、変わったものがあったら持ってくるように頼んだ。縄文時代の日本にはまだまだ私が想像もしていなかったようなものが眠っているはず。現代知識に囚われた私では見逃してしまうものでも、見つけてきてくれるかも知れない。
自分で探しに行かないのは、日本全国津々浦々を隅々まで回るのはしんどいから。何かイイもの見つけてきてくれたら、上手く活用して白狼にも還元するからWIN-WIN。適材適所。何も問題ない。
気球から墜落死した後一ヶ月ぐらいふて寝した私は、新しい事を始めるのに尻込みして、しばらくの間専ら細かい整備に時間を費やした。家にすきま風が入らないように石を詰めて粘土で焼き固めたり、水路に平らな石で蓋をして落ち葉や枝で埋まらないようにしたり、塩田と家を結ぶ獣道を整えたり。作業をしていると気が晴れる。
白狼達は面白そうなものを時々持ってきてはくれたけど、あくまでも白狼達にとっての面白いものなので、あんまり収穫はなかった。大抵は噛み心地が良い木の枝とか、変わった形の石とか、大きな貝殻、鮮やかな毒々しいキノコで、突然の裏切りに深く傷ついた顔をしたタマモを咥えて涎まみれにして持ってきた事もあった。私の言いたい事が正確に伝わってない感。これは採集クエストには期待しない方がいいかも分からんね。
普通の狼から白狼になった影響は特に若者に強く出ていて、いつの間にか火を使う白狼『やきにく』は名前が『やきとり』に変わった。毎日鳥を捕まえてきてはせっせと焼いている。『やきとり』が火を恐れない事に警戒心を薄れさせたのか、若い白狼を中心に静かなやきにくブームが起こり、『やきとり』以後の世代の白狼には、『やきざかな』『むしやき』『にくなべ』といった料理系の名前の子が増えた。その名の通り、焼き魚や蒸し焼き、肉鍋を得意とする。
『やきざかな』は魚を獲ってきて、前脚で器用に口から尻尾へ先を尖らせた木の枝を突き刺して焼く。『むしやき』は私が作った石製の蒸し器の前に一日中座って何かを蒸し焼きにし続けているし、『にくなべ』は獲物の肉を牙と爪で捌いて、部位ごとに投入時間をズラして美味しく煮る知恵を身につけている。そして彼らが調理し始めると、決まって美味しそうな匂いに釣られて白狼達が集まる。タマモも集まる。私も集まる。
毎日肉しか食べない訳でもなく、近くの沢で栽培中のワサビの葉や山菜、キノコ、季節によってはフキノトウやヨモギもむしゃむしゃしているので健康的には大丈夫、のはず。白狼は肉しか食べないけど元気だし……
ところで、普通の狼だった頃に比べ燃費が良くなり狩りの効率も上がり、白狼達には余暇の時間が増えた。
日向ぼっこしてうたた寝する白狼もいれば、遠くに冒険に出かける白狼もいる。仔狼は同じぐらいの子とじゃれあって転げまわっているし、料理に夢中になる白狼、何が面白いのか海岸に打ち上げられた気球の残骸をせっせと細切れにして巣に持ち帰ってくる白狼、色々いる。
でもやっぱり一番の変化は食の変化で。火と塩を料理に使う事を覚え一気にグルメ化した白狼達は、個人差はあっても食べる事に情熱を燃やすようになった。薪集めをするし、火の管理も灰の片づけもするし、私が塩田へ塩づくりへ行く時には喜んで背中に乗せて運んでくれる。牙と肉球では肉に塩を振れないので、私が教えてもいないのに塩水に漬けてから焼く事を覚えたほど。
かくいう私も最後はやっぱりそこに行き着いた。
アマテラス (検閲)歳 冬
己の知識と食材に限界を感じ悩みに悩み抜いた結果
私がたどり着いた結果は
蜂蜜であった
自分自身を育ててくれた糖分への限りなく大きな恩
自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが
一日十時間 感謝の養蜂作業!!
花畑を整え 拝み 祈り 蜂の様子を見て 刺される
一連の作業を一巡こなすのに当初は5~6時間
二区画の養蜂作業を終えるまで初日は10時間以上を費やした
刺されればアナフィラキシーショックで痙攣しながら死ぬ
蘇生してはまた花畑と蜂の世話を繰り返す日々
2年が過ぎた頃 異変に気付く
養蜂をしていても 蜂が襲ってこない
齢(検閲)を越えて 完全に羽化する
花畑が世話をしなくても 一年中咲いている!!
かわりに 食べる時間が増えた
という訳で白狼食文化に蜂蜜が覇を唱える時代が訪れた。
蜂蜜はお菓子にはもちろん、肉を柔らかくするのにも使える。蜂蜜を使うと肉が柔らかくなるし、臭みが消えるし、甘みが増すし、艶が出てますます美味しそうになる。そして実際美味しい。平らな石で叩いて繊維を切って柔らかくした熟成鹿肉を半日塩を混ぜた蜂蜜に漬けて焼いた極上の一切れは食べた瞬間遠吠え不可避の美味しさ。私も思わず吠えそうになったけどよく考えたら人間(?)だったので無理だった。
誰だって、狼だって狐だって美味しいものが食べたい。すると蜂蜜の需要が増すわけで、私は蜂蜜の増産を決意した。蜂蜜はあればあるほど嬉しい。
ところが薪や食料を集めるのと養蜂はワケが違う。具体的には、白狼とタマモに手伝ってもらえない。牙と爪では、花畑の雑草だけを抜いたり、日照りが続いた時に水やりをしたり、巣箱の修理をしたり、蜜を取ったりができない。今までは巣箱を一つか、気が向いたら二つしか世話をしていなかったので一人でもなんとかなったけど、花畑を広げ、巣箱を増やし、蜂蜜の味を変えるために花畑に咲く花を種類毎に区画整理して、雑草抜きもして、となるとそれはもう目が回る忙しさだった。
仕事量が増えたのに私しか世話ができる人がいないから、大量の仕事をこなすためにどうしても仕事が雑になった。
仕事が雑になると、油断も生まれ、刺される。刺されると死ぬ。
私は回復力が高い。宝珠や宝飾があれば魔法のように回復する。たぶんそのせいでアナフィラキシーショックが酷かった。アレはざっくり言うと毒への耐性を逆手にとる死因だから、高い耐性をつけると逆に物凄く死ぬ。刺されても死ななくなるまで六回もかかってしまった。六回で死ななくなるというあたりにこの体の適応力の高さがにじみ出る。
気を引き締め、絶対刺されたりしない! と注意して対策をとって行っても、刺される時は刺される。そして死ぬ。養蜂の拡大なんて何度諦めようかと思った事か。
蜂蜜は好きだけど、命をかけてまで欲しくはない。アナフィラキシーショックで死ぬ時の全身が冷えながら燃え上がる針で刺されるような苦しみ、意識が消えていく本能的な底知れない絶望はとても言葉にできない。でも辞めてしまうとせっかく花畑用に切り開いた広場も、頑張って苗や種を集めて作った花畑も、巣箱も、森を何週間も彷徨って集めた女王蜂も全部無駄になってしまう。そう思うともったいなくて死んでも諦められなかった。
命を使ってここまで頑張ったんだから、とずるずる養蜂を続け、その結果また刺されて死ぬ。なんという泥沼。
そうしてハードワークをこなし、素人なりに作業を効率化して防御も固め、アナフィラキシーショックの完全耐性を身に付けて死ななくなった大規模養蜂二年目、私は異変に気付いた。
蜂が襲ってこない。それどころか私が通ると道を開け、花畑の世話を邪魔しないように気遣っている節すらある。トドメは蜂蜜の回収で、私が蜂を大人しくさせるために煙を出す準備をしていると、蜂が一斉に巣箱から出ていき、近くの木に留まってじっと動かなくなった。
そして私が何が起こったのかとビクビクしながらおっかなびっくり蜂蜜を回収し終えて巣箱から離れると、見計らったように巣箱に戻っていった。
間違いない。知能が上がっている。
なんでだろう! 不思議! いや私のせいだけどね! 知ってた!
散々蜂に刺されてショック死したので、巣箱や花畑周辺には私の遺灰がばら撒かれている。巣箱も花畑も森を切り拓いて見晴しと風通しを良くしてあるので、灰はすぐに風に飛んで散ってしまう。私は私で死んで復活した直後にまた蜂が刺い殺しに来るので慌てて逃げ、遺灰を回収できない。
結果、巣箱と花畑の周辺は私の六回分の灰が染み込んでいる。六回分だよ六回分。世界樹ですら五回分なのに。そりゃあ蜂も賢くなるし、花だって一年中咲くさ。
正確には蜂は花の蜜経由で強化されたらしく、試しに巣箱を遠くへ移してみたら、少しずつ退化して二年ほどで普通の蜂へ戻ってしまった。
ただし灰を吸った花――――宝花の蜜を食べている限り、蜂は賢いままで、そこから造られる蜂蜜も何かアブナイ成分でも入ってるんじゃないかっていうか絶対入っているぐらい美味しい。だってコップ半分ぐらい飲むだけで骨折がみるみる治ったり、一週間不眠不休で動けたりするし。
安直なネーミングでアレだけど、宝蜜を食べ始めてから白狼とタマモの毛艶も違う。輝くような艶やかさと魅惑の柔らかさで、夜になると薄ら優しい光を帯びる。子狼はぐんぐん大きくなって、もうおじいちゃんだった白狼は若々しさを取り戻した。
私とタマモの体には全然変化無かったけど。いや宝蜜食べると元気にはなるんだけどね。体のどこを見ても大きくなった感じがしないし成長する気配もないんだよね。もう呪いだよこれは。若さは宝なんて嘘。はっきりわかんだね。
とにかく花畑と蜂が超進化して世話する手間もゼロに近くなったし、これからはまた別の事をやっていこう。時間はいくらでもあるんだから。
養蜂主体の話にしようと思ったけど読み返したらもう書いてたので同じ描写を避けたらあんまり養蜂っぽくはなくなくなった。要するに仙豆ができたよ! という話




