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三十話 ドーモ、アースクエイク=サン

ちょっと短めシリアス回


 縄文生活十四年目。私が集落を訪れて早九年になる。

 九年。縄文生活の半分以上を集落と共に過ごしてきた事になる。九年もあれば小学一年生が高校生になるわけで、私がこの集落に初めてやってきてから事故や病気、老衰? で亡くなった人や、新しく生まれて大きくなった子供、死産や流産の子供は多い。時代の流れを感じる。

 この時代の最先端を切り拓きながら、同時に時代の流れに取り残されているのも最近感じる。


 私は死んでも生き返る代わりに、成長しない。集落にやってきてからずーっと身長が伸びていないし体型も顔も全然変わっていない。九年間、ずっと。

 最初の一、二年は「アマテラスは成長が遅いなあ! もっとしっかり食え!」という微笑ましい目で見てくれていた縄文人達も、今では流石に不審に思っている。

 反応は色々で、大きく「なにあいつ怖い派」「アマテラスぱねぇ派」「どうでもいいよ派」「カニバリズム派」に分けられる。


 「なにあいつ怖い派」は私を怖がるようになった人達で、少数派。迫害はしてこないけど、近寄っても来ないし、顔を合わせようともしない。呪われるとでも思っているのか、話しかけるとそそくさ逃げていく。最初の頃は仲良くしてくれていたのにこの態度。悲しくなる。でもまあ無害といえば無害で、怖くはない。

 「アマテラスぱねぇ派」は私のシンパで、塩田や養蜂を伝えたのも合わさってやたらと崇拝してくる。鰹節用に春鰹を譲ってくれたり、養蜂を手伝ってくれたりするのがこの人達。嬉しい反面、ある意味一番距離を感じる。

 「どうでもいいよ派」は最大派閥で、私を不審に思いつつも特にリアクションを取っていない。アマテラスが歳を取らないのは不思議だな、とは思ってるみたいだけど、思ってるだけ。昔と変わらない態度で接してくれるから、一緒にいると安心する。

 「カニバリズム派」は一番やばい。何がやばいって私をむしゃむしゃしようとしている気配があるのがやばい。私が転んで膝をすりむいた時に血を舐めようとしてきたり、集落に泊まった時、夜中に石包丁を持って枕元でハアハアしていたり、抜け落ちた髪の毛を拾って煮込んで食べていたり。これは病気や怪我や加齢で死にそうだったり衰弱していたりする人に多い。はっきり言わないけど、私の血肉が薬になると思っている事は痛いぐらい伝わってくる。


 古来から、不老長寿の食材の伝説は世界各地にある。特別なキノコや樹液ならまだ穏やかな方で、それが人魚の肉、仙人の肉となるとR18な臭いがしてくる。実際私を食べると特別な力が手に入るのはタマモで証明されているから、性質の悪い事に勘違いでもない。ぞっとする。

 私と同じく成長していないタマモも狙われていて、タマモは最近集落に近寄らなくなった。人間の姿をした私より、狐のタマモの方がカニバリズム派も心情的に狩りやすいらしい。割とアクティブに狙ってきて、しっぽがひゅんってする(タマモ談)。


 死んだり怪我で苦しんだりするのが嫌で私やタマモの血肉が欲しいなら、宝珠で治せば解決するかもしれないけど、自分を食べようとしてきた人を癒すほど私は聖人じゃない。正直ドン引き。事態が悪化するようなら引っ越しも考えている。

 まあ、TRPGやらなんやらを普及させるために長く住み着く前提で暮らしていたから、遅かれ早かれこんな問題が出てくるのは予想していた。予想していたけど、解決策を用意できるものでもなかった。成長しようとしてもできないから仕方ない。変装するのも限度があるし。一度三十年ぐらい集落を離れて、私と面識がある人間が全員亡くなってから再訪すれば誤魔化せるかなとも考えたものの、それをやると築き上げた信頼までリセットされてしまうし、たぶん中途半端に教えた文字はほとんど忘れ去られる。

 どうしようもない問題だった。これまでコツコツ培った信頼関係でなんとか乗り切って、一周回って「そういうもの」として見られるようになるまで粘るしかない。









 ある秋の日の事。私は土器を作るための粘土を分けてもらいに、入れ物の壺を抱えて集落へ行った。気分はよくない。今日だけに限らず、最近ずっと良くなかった。

 ここ一週間ぐらい、タマモが毎晩不安がって夜鳴きをする。別に夜鳴きが嫌なんじゃない。タマモが嫌な予感がする、と言うのが嫌だった。何かは良くわからないけど嫌なものが近づいている、らしい。動物的勘で危機を予知しているのかも知れないと思って、夜鳴きが始まってからいよいよカニバリズム派が動き出すかと思って集落訪問を敬遠していた。でもいつまでも避けては問題は解決しないので、粘土の用事ついでに様子を見る事にした。でも不安は不安のまま残っている。


 タマモの夜鳴きだけではなく、山の湧き水がなぜか濁って風呂に入れなくなったり、蜂が突然巣箱から逃げ出してどこかへ行ってしまったり、川に仕掛けた定置網に魚がかからなくなったり、ここのところ何もかもが上手く行かない。何かが憑いてるんじゃないだろーか。星の並びが悪い時期なのかも。

 鬱々と重い足を動かして、集落に着いた。住居の奥の暗がりから覗く私を狙う獣のような目と、暖かく歓迎してくれる人たちのギャップが激しい。短絡的に襲ってこないだけマシか。不老はバレていてもリザレクションはバレていないので、ハラワタ引きずりだしたりしたら死んでしまうと躊躇っているっぽい。そう思ってもらえるぐらいの関係は築いてきた。是非そのままでいてほしい。


「アマテラス、最近来なかったから心配した」

「ちょっとやる事があって。心配ありがと」

「ハチが巣から逃げちゃったんだけど、ルルメノはどうすればいいと思う?」

「え、そっちも逃げたの? なんだろう、病気とか何かなのかね」


 話しながら集落の隅の粘土を積みあげてある所に歩いていく途中で、私は何か奇妙な感覚を覚えた。それが何かを思い出す前に、地面が揺れ始める。


「地震だー!」


 私は反射的に叫んで建物のそばから離れ、地面に体を投げ出して道の真ん中に伏せた。地震が来た時の対応はほとんど体で覚えていた。外で地震に遭った時は、建物や塀のそばから離れて伏せるべし。

 地面に張り付いていると揺れをダイレクトに感じる。ジェット機が飛ぶ時にするような地鳴りの音に、建物が崩れていくガラガラという音と、集落の人達の悲鳴が混ざった。怖い物見たさに顔を上げると、一揺れするたびに建物と森の木がぐわんぐわんと信じられない角度で大きく傾いていた。こんなに大きな地震は始めてで、世界の終わりが来たような錯覚に陥る。吹き飛ぶ屋根が怖い。根こそぎ倒れる木が怖い。よせばいいのにそれを見て、目を離せず、ますます恐怖が募る。

 予備知識がある私ですらそうだったので、縄文人の混乱はもっと酷かった。彼らは地震対応マニュアルなんて持っていない。倒壊しそうになっているタテ穴住居の柱を押さえようとしてしがみついていたり、住居の中に飛び込んだり、金切声をあげながら転げ回っていたり、無茶苦茶している。


 地震がどれぐらい続いたのかは分からない。たぶん、二分もなかったと思う。でも一時間にも二時間にも感じた。

 揺れが収まっても、まだ体の中に地震の残響が残っているようだった。フラフラと立ち上がり、周りを見る。阿鼻叫喚だった。誰も彼もが自分の事、あるいは家族の事で手いっぱいで、私の事を気にかける人は誰もいない。残骸になって燻る家だったものの前で呆然としていたり、残骸から突き出した腕を必死に引っ張っていたり。


 真っ先に思ったのは「逃げないと」だった。地震の次は津波が来る。ここは海が近いから危ない。


「逃げよう! 津波が来る! 高い所に逃げよう! 逃げて! 早く! はやーく!」


 いくら叫んでも通じなかった。それどころじゃない、という感じでみんなまとまりなく右往左往している。中には「逃げて」の部分だけ聞き取って海の方へ一目散に逃げていく者もいた。落ち着かせて説得している時間なんてない。

 燻っていた残骸から火の手が上がった。顔が潰れ、足の関節が逆方向に曲がった誰かが狂気的な目で私に向かって這いずってくる。まさに地獄絵図。背中からどばっと冷や汗がふき出した。

 私は後ずさりして、集落に背を向けて逃げ出した。


 全速力で走るのは久しぶりだった。傾いたり根っこを剥き出しにして倒れた木々が痛々しい森を一直線に走り抜け、自宅へ。

 自宅のある小山は半分くずれていた。風呂と山葵畑がある場所が土砂で埋まっている。頂上にある傾いた家のあたりから、タマモの鳴き声が聞こえた。痛む肺を押さえながらぜぇはぁと小山を登り、家の傍でうろうろしていたタマモと抱き合う。


「タマモ! 良かった」

「きゅーん。こ、こわかった」


 ぶるぶる震えるタマモの小さな体を抱きしめているうちに、暖かさに癒されて落ち着いてきた。タマモを膝に抱えて倒れた木の幹に座り、山の下の世界を見る。海の向こうから大きなうねりが陸に近づいているのが見えた。集落の場所には赤い火が燃えて灰色の煙を空に伸ばしている。集落の周りではまだ動き回る人影が見えた。あれはもう救えない。


 やがて津波が押し寄せて、木も、家も、人も、全てを押し流していった。波に飲まれて海に沈んでいく森は別世界のよう。タマモが怖がって私にしがみつき、か細い鳴き声を上げた。私もタマモをぎゅっと抱きしめた。


 もう少し、ほんの一、二分留まって呼びかけていれば、一人か二人ぐらいは避難させられたのでは、と思う。

 でもそれは結果論で、あの時はどれだけ時間に余裕があったのか分からなかったから、あれが最善だった。留まって混乱に巻き込まれれば、私も津波に飲まれていた。

 それに避難させたとして、その次は? 食料はとても足りない。津波と地震で荒廃した土地から新しく食料を見つけてくるのも難しい。ただでさえ体を血肉的意味で狙われているのに、この危機的状況では何をされるか分からない。

 私は正しかった、と言い聞かせる。それが正統化なのか、事実確認なのかは自分でも分からなかった。


 小山を包囲して陸の奥まで魔手を伸ばした水の猛威は、時間をかけてゆっくりと引いていった。ただし窪地にはまだ水が溜まっていて、森だった場所は半分ぐらい木が流されて無残な姿を晒している。集落は影も形もなかった。花畑も、蜂の巣箱も、塩田も、一切合財が無に帰した。あれだけ苦労して、時間をかけたモノが、最初から虚構だったかのようにあっけなく崩れ去る。自然はまさしく魔物だった。


「あまてらす、たまも、ここにいる」

「……ん」


 心配して体を寄せてきたタマモの頭を撫でる。たった一時間で激変した世界の中で、そのぬくもりだけが真実に思えた。


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