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二十六話 引っ越し再び

 翌朝、昨夜砂を吐かせていたハマグリとアサリがどっさり入ったスープを頂き、干し魚をお土産に貰って帰途についた。一夜にして魚臭くなったタマモが先導して砂浜に足跡をつけていく。帰ったら風呂に放り込もう。

 ざくざくと白い砂を踏んで歩きながら考える。風呂の事を、ではない。引っ越すべきか、否かだ。

 いや、海辺の集落に引っ越すつもりはない。そんな事をしたらなし崩し的に集落の一員に組み込まれる事は確定的に明らか。


 でもあの集落の近くに住むというのは美味しい。文字通りの意味で。牡蠣は獲り方を習えば自分で獲れる気がするけど、マグロは一人では絶対に獲れない。次にマグロを獲ってきた時には是非分けてもらいたい。そうでなくても釣竿の作り方とその使い方を習ったり、海の幸の旬や獲り方、料理の仕方、保存方法を教えて貰ったり、学べる事は多い。

 その為には近くに引っ越す必要がある。現状、仮住まいと集落の距離は往復六時間程度。これは毎日通うには遠い。現代とは違い活動時間が日中に限られるから、一日の半分かそれ以上を潰す事になってしまう。


 理想は集落から近く、真水の確保が容易な、高い場所(洪水・津波対策)。そんな都合の良い場所があるかは分からないけど、探す価値はある。

 引っ越しのデメリットは仮住まいを放棄しないといけない事。これが中々惜しい。

 苦労して一人で建て、補強した家。チャチなものだけど、せっかく建てたのに捨ててしまうのはもったいない。塩田ともサヨナラする事になる。日記を入れた壺とか、土器とか、塩とか、毛皮とか石器とか宝シリーズとか麻布とかアシカ革傘とか予備の服とか、荷物も多い。

 新居に適した立地を探すのは面倒臭い。新居を建てるのはもっと面倒臭いし、荷物の移動も面倒臭い。引っ越しの労働を思うとこのままで良い、とも思えてくる。


 しかし集落に通うのもまた面倒臭い。集落に留学すると今度は人付き合いが面倒臭い。ああいうグイグイ攻めてくる人種は苦手だ。

 長い目で見れば場所を探して引っ越した方がいい。でもなあ。うーん……タマモの意見も聞いてみよう。


「タマモ、どう思う?」

「くぁん?」

「そっか。じゃあ引っ越そうか」

「? ひっこす? ……ひっこす!」


 引っ越す事にした。












 一週間ほどかけて、集落の周辺の土地を検分した。集落は、海と、海に繋がった汽水湖の両方に面している。その汽水湖に流れ込んでいる川を遡り、高台を探す。結果、良い小山が見つかった。

 標高は三十メートルほど。小山というか、丘というか。ドングリの木が生えた中々良い山で、山頂が平らになっている所が高ポイントだ。山裾には岩の裂け目からチョロチョロと流れ出した清水が地面に吸い込まれている場所があって、ちょっと加工すれば水場に使える。石清水から徒歩一分の距離に川があり、川を下って十五分で集落に至る。素晴らしく理想的な立地だった。こんなに良い場所が見つかるとやる気も出る。


 梅雨も明けて初夏に入っていたので、早速引っ越しを開始した。

 まず石斧と水がめ、アシカ傘、干し魚だけ持って移動し、小山の山頂を泊りがけで切り拓く。背筋と腰が引き攣り、手足がぷるぷる震えだしてもなんのその。のったりやっていたら秋になってしまう。体力の消耗はとにかく、筋肉や腱は傷めても宝飾で治るから、多少の無茶は押せ押せで通る。

 厄介なのは水場が近いせいか日ましに数が増えてくる蚊の群れだった。全身を麻服で覆って対抗するも、耳元をぷー…ん…んんんんん! と飛ばれるだけでストレスが溜まる溜まる。間違いなく奴らの半分は人間への嫌がらせでできている。蚊取り線香なんてありはしないし、蚊帳を作る材料も技術も時間もないので我慢するしかない。

 作業の間、タマモには周辺の土地を更に詳しく探索してもらい、獣・獣道・山菜・山の幸の分布などを調査。付近に熊や狼の痕跡はない、という報告に安心する。猪と鹿はいたようだが、奴らならなんとかなる。


 切り拓いたら倒した木の枝を払って転がしておき、タマモと一緒に切り株を掘り起こす。が、タマモが私の五倍ぐらいの速さで根っこを爪と牙で易々切り裂きながら掘ってくれるので、途中で私は抜けて砂浜の仮住まいと往復して(一日二往復で四日かかった)残りの荷物を移動させた。ここまでで二週間。

 次に山頂を切り拓いてできた広場の端に倒した木を建て、タテ穴住居の基礎を作る。いずれ高床式家屋に挑戦したいので広場の中央は開けておく。

 柱を立てたら屋根を渡して、麻紐で縛り、草を採って来て屋根を葺き。地面を掘り下げ、川から石を運んできて囲炉裏を組み……そうしてやっとの思いで家を建てたら、休まず水場の整備に移る。水が染み出している岩の切れ目の下の地面を掘って、大きな石で半球状に外殻を作る。そして小石で大きな石の隙間を埋め、砂利を被せ、砂利の上に粘土を厚く敷き詰める。更に粘土を砂利でサンドイッチして、仕上げに手のひらサイズの平らな石を並べて水の流れで砂利が動かないようにすれば、水場の完成だ。

 まだ風呂を作ったり間伐ついでに薪を蓄えたり窯を作ったりやる事は残っていたけど、疲れ果ててとても一気に終わらせる気力はなかった。後はゆっくりやって行こうと思う。


 引っ越し作業の間にも、集落にはちょこちょこ顔を出していた。訪ねるたびに食料やら腕飾りやらを分けてくれるものだから、半分以上はそれ(食料)目当てだった。でも顔はしっかり覚えて貰えただろうし、私も集落の人達の顔は大体覚えたから、交流が深まったとも言える。

 ちょっとぎこちないながらも雑談をするようになって、色々と分かった事もあった。


 まず私達に対する認識。これはどうやらタマモの方が上位に見られているらしい。「タマモ>>私」ぐらい。タマモの尻尾が三本なせいか、こう、狐の中でも特別な、偉い存在だと思われているらしい。間違ってるとは言えない。おかげでタマモは集落で私よりもチヤホヤされている。魚もらいーの、毛繕いしてもらいーの。二尾の時の最初の集落ではここまでヨイショされてなかったんだけど、尻尾が増えたからか、集落の文化的アレが違うからか……

 そんなタマモに対して、私は髪が真っ白で瞳が翠、顔立ちも縄文人からほど遠いのに、あんまり悪目立ちはしていない。なんでだろう、と思ったら、アルビノへの理解があるからだった。

 もちろん、学術的にメラニン色素が欠乏して~、という事までは分かっていないと思う。そもそも私はアルビノとはちょっと違うし。単純に彼らはアルビノの人間と交流があったのだ。


 縄文人達は集落に分かれて暮らしているが、集落単位で完全に独立しているわけではない。最初の集落は独立していたみたいだけど、どちらかと言えば最初の集落の方が例外で、多くの集落の間には交流がある。例えばこの海辺の集落では、数年に一度、何人かで塩や魚の干物、サメやアシカの革を持って北西の山の方の集落に行く。そして鹿肉や熊革、燃える土(天然のアスファルトか?)、黒曜石などと交換して戻ってくる。また、南の海岸沿いの集落に行き、亀の甲羅や鯨の骨を手に入れてくる事もある。


 逆に他の集落から人が訪ねてくる事もある。その人達も決まって何かしらの交易をしていく。

 で、ここ十数年の間に交易に来た人の一人がアルビノだったらしい。もう死んだみたいだけど。更にこの集落で一番の年寄りが子供だった頃、集落にもアルビノがいたらしい。だから私の容姿は珍しいと言えば珍しいけど、仰天するほどのものでもないのだ。いるところにはいるもんね、アルビノ。このあたりはアルビノが多い地域なのかね。


 さて、引っ越しが終わった時には夏の盛りを過ぎ始めていたので、まだ日差しが強い内に、と集落に塩田を伝える事にした。


 集落には既に塩はあった。ただし岩塩でも白い塩でもない。現代では灰塩とか藻塩と呼ばれている塩だ。作り方は以下のようになる。

 まず、海岸に打ち上げられている海草を集める。私が最初に遭遇したヌイノはこの作業中だったようだ。次に集めた海草を天日乾燥させ、海水をかけ、また乾燥させ、という手順を繰り返す。すると海草に塩分が濃縮される。何度か天日乾燥を繰り返したら、海草に火をつけて焼く。そうしてできた灰がこの集落で使われている塩――――灰塩だ。


 これは想像だけど、彼ら、あるいは彼らの先祖は浜に打ち上げられた海草を舐めると、海水を舐めるよりもしょっぱい事に気付いたんだと思う。そこから発展させて、何度も海水をかけて海草に塩分を濃縮させるという手法を思いついたのも立派だ。

 でもなぜ焼いた。

 灰が混ざるから無駄に苦くなる。そこまでいったなら濃い食塩水を作って煮詰める、ってとこまでいって良かったんじゃないだろうか。たしかに煮詰めるよりも焼いた方が燃料の消費は少なく済むけどさ。


 縄文人だって苦い塩よりは真っ白な甘みのある塩の方が好きに決まってる。私は集落の端っこに積んであった粘土山からちょっと粘土を分けてもらって、浜辺に塩田を作った。二度目だから前回よりはスムーズに作れた。

 海水を塩田に撒いて濃縮し、高濃度の塩水を作り、煮詰めて白い塩を作る。

 出来上がった塩を振る舞うと、集落の住人達は大喜びだった。うむ、うむ。塩と引き換えにサンマとスズキもたっぷり分けてもらって、私もタマモも大喜び。これこそギブ&テイク。いつまでも恵んでもらってばかりだと流石に気分が悪い。


 塩田の使い方と作り方を教え終わり、縄文人製塩田が稼働し始める頃には秋も深まった。毎年恒例、世界樹に木の実を貰いに行く。

 木の実がみっちり入った麻袋を背負って世界樹と自宅を往復するのはなかなか重労働。集落の力持ちを誘っていこうかな、とも考えたが、止めておいた。人数を増やすと熊の縄張り意識を刺激してしまいそうだったし、恥ずかしがりやのコロポックルが嫌がりそうでもあった。よく晴れて空気の澄んだ日なら私の家からでも世界樹が見えるから、隠そうと思って隠せるものでもないけど。


 木の実を持ち帰ったら、自宅の山を間伐して、薪を集める。来年は登り窯も作るし炭焼きもする予定だから、春までに使い切れないほどしこたま蓄えた。

 それも終わったら、集落の人達の食糧集めを手伝う。

 正確には、手伝いながら食料の場所や獲り方を覚える。


 真っ先に私が付いていったのは牡蠣採りだった。

 牡蠣採り隊にいたヌイノ曰く、牡蠣は夏とそれ以外で採れる場所が違うらしい。季節外れの牡蠣を食べると美味しくないし、お腹を壊す事もあるのだとか。

 干潮時、汽水湖の岩場の浅瀬に入り、牡蠣を探す。牡蠣は殻の色が岩と似ている上に藻まで生えていて、言われるまでそれが牡蠣だと分からなかった。言われてもなかなか分からなかったけど……

 秋の牡蠣は夏に食べた牡蠣よりも小さく、現代で市販されていた大粒牡蠣よりも一回りか二回り大きいぐらいだった。籠いっぱいに家に持ち帰って、焼いて食べ、殻は家の外に集めて積んでおく。そのうち使う事もあるだろう。


 牡蠣採りの次は釣りを習おう、と思ったら拒否された。なんでも自分で作った釣竿じゃないとダメなんだとか。頼み込んでも貸してくれない。

 それなら釣竿作るから作り方を教えて、と頼んだら、今度は材料が足りないと言われた。鹿の角を削って釣り針を作るのだが、鹿の角の在庫が無かった。春に抜け落ちた鹿の角を拾って使うのだが、釣り針や首飾り、櫛など用途が多いためすぐになくなる。

 釣りの勉強は来年に持ち越しになる。私もこれからは鹿の角を見つけたら拾う事にしよう。森の中で何度か見かけた事あるけど無視してた。


 秋も深まり日射が弱くなってくると、塩田の効率も落ちてくる。でも集落全体にそこそこの量が行き渡る程度にはできていたから、困りはしなかった。主に子供が面白がって競うように乾いたそばから海水を撒くものだから、大人の仕事量を圧迫する事もない。

 私も貝拾いついでにちょこちょこ手伝っていたのだが、子供達からいつの間にかルルメノ、ルルメノ、と呼ばれるようになっていた。現代日本語に直訳すると「塩の子」。確かに私の髪は塩みたいな色してるけど、別にこれは塩由来ってわけじゃない。


 ルルメノはあだ名かちょっとした称号みたいなもので、アマテラスが本名(?)なのは皆分かっていたが、段々ルルメノの方が広まってきて、最近ではアマテラスと呼ぶ人はあまりいなくなってしまった。たまにルルメノ・アマテラスと繋げて呼ばれる事もある。イメージとしては名前に役職をくっつけて「野原係長」とか「ムッシュ・シエロ」と呼ぶような感じだろうか。元々アマテラス自体があだ名みたいなものだから変な気はするけど。


 やがて山と森の木々が実と一緒に葉を落とし、落ち葉を鼻先で探る猪の姿も見られなくなった頃、水場が凍って使えなくなってしまった。

 水面に氷が張っているだけなら割ればいいんだけど、そもそも岩の裂け目から染み出しているという構造上、裂け目自体が凍り付いてしまうとどうしようもない。日蔭だから一度凍るとなかなか溶けないのも困ったものだ。

 せめて日当たりを良くするために回りの木を伐ろうともチラリと考えたが、寒い中で動きたくないので来春に後回し。冬はタマモを膝に乗せてたき火にあたりながら日記の整理をするのが一番楽でいい。


 家がある場所は教えていないので集落の住人達は訪ねて来られないし、彼らも冬の間はあまり出掛けないので場所を知っていても来るか怪しい。私も距離が近くても訪ねる気はしない。冬の海に漁に出る事はないから、行っても何か貰えるわけでなし。

 じりじりと食料と薪を消費しながら、じりじりと日が過ぎていき……


 そうしてまた一年が過ぎ、春がやってくる。


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