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十八話 復讐(物理)

 小説や漫画で多く取り上げられる復讐劇の中で、「こんな事をして誰それが喜ぶと思うか?」という類の台詞は多くみられる。仲間や家族を殺され、復讐に走るキャラに別キャラが投げかける問いである。

 その問いに対しての返答は、言葉に詰まったり、泣きはじめたり、「分かっているがもう止まれないんだ」と言い訳したり、「じゃあ誰それを殺した何某を赦せというのか!」と逆ギレしたり、バリエーションに富む。

 私はそんなやり取りを読むたびにいつも思った。私だったらこう答える。


「喜ぶと思うからやってるんだ」


 と。










 集落から逃げ出して落ち着いた先で、私は倒木の陰に身を寄せて息を潜めていた。あれだけ執拗に殺しに来ていたのだから、夜を徹しての山狩りも十分あり得る。夜の暗がりに松明の明かりがチラとでも見えはしないかと気を張りつめ、まんじりともしないまま二時間ほど。

 しかし何事も起こらず、次第に緊張は解けていき、私はすぐに立って逃げられるように膝立ちの姿勢をとって眠った。徹夜で警戒していた結果、朝になって睡眠不足の状態で山狩りに遭うのは避けたかった。


 幸い夜の間も何もなく、東から太陽が顔を出した。昨日の雨でたっぷり水を含んだ森の空気が日の光を受けて温められ、朝靄が発生する。半端な体勢で寝たためまだ少し眠かったが、蘇生して肉体がリセットされてから間が無いため、体力はそれなりに充実している。


 身の安全だけを考えるなら、あの集落から離れた方がいい。流石に何十kmも捜索範囲を広げる事はないだろう。連中にも生活がある。私を追い立てるためだけに集落を捨ててまで血眼になって探すとは思えない。離れれば離れるほど安全になる。

 しかし、私は奴らに思い知らせてやりたかった。私の苦しみを。痛みを。絶望を。

 私だけ苦しい思いをして、一方的な理不尽を突き付けてきた奴らがさも正義を執行しました、みたいなドヤ顔をしているのは許せない。罪には罰を。なんとしてでも報いを受けさせてやらないと腹の虫が収まらない。


 木のウロに溜まっていた水を飲んで喉をうるおしてから、耳を澄ませて警戒しつつ復讐計画を練る。


 達成目標は私がスカッとする事。失敗条件は私が捕まる事、タマモが殺される事。奴らと同じ所まで身を堕としたくないので、殺して済ませるのはNG。

 すると死なない程度に怪我をさせるのと、嫌がらせをするのと。大体この二つの手段に限られる。


 では具体的にどうするか。それを考える前に状況を整理してみよう。

 縄文人達が四十人~七十人ぐらい。こちらは少女一人と子狐一匹。

 縄文人達は拠点を持ち、槍や服がある。こちらは何も持っていない。

 縄文人達にとってこのあたりは恐らく庭も同然。こちらは土地勘ゼロ。

 お互いの敵対値はMAX。遭遇すれば殺し合いになる。いや私は積極的に「殺し」はしないけど。


 ……フム。いくらなんでも戦力差が酷過ぎる。

 元いた集落の住人を探して応援を頼むか?

 いや。探し出せるか分からないし、探しても協力してもらえるかわからない。それに私に味方したら、味方になってくれた人まで悪者に見られる。私の復讐に関係の無い者を巻き込むのはダメだ。


 常識的に考えればここは逃げの一手。状況をひっくり返すには相当非常識な事をする必要がある。

 非常識と言えば、この時代なら現代知識は十分非常識にあたる。でも迷彩服とか地雷とか催涙ガスとか、そういう便利グッズを作る知識も道具もない。

 手持ちカードは自分とタマモのみ。すると答えは一つしかない。タマモの強化だ。


 タマモには随分長い事私の血を飲ませてきたが、三尾に進化する様子は無かった。血を飲ませるだけではダメらしい。二尾で進化は打ち止めなのかも知れないが、進化するとしたらもう一度私を喰い殺すのが有力な条件だ。今まではタマモの成長のためとはいえ死ぬのは嫌だったけど、復讐を成し遂げるためなら我慢できる。

 一尾→二尾で知能の大幅な向上が見られたから、二尾→三尾でも相当なスペックアップが見込まれる。熊レベルまで強化してくれればいう事ないけど、狼レベルまでの強化でも戦略の幅は広がる。


 そしてタマモを強化するなら早い方が良い。今も縄文人達が私を殺す為に森に入ってきているかも知れないし、集落に遺してきてしまった遺灰を利用されるのは癪なので、早期に遺灰の奪還か処分をする必要もある。

 ささっとタマモを強化して、集落に侵入。遺灰を処理。あとはタマモの強化度合を加味してネチネチと復讐していく。これがベストだ。


 ……でも何度死んでいてもやっぱり死ぬのは怖い。血が駄目なら肉を食べればなんとかなるか? 腕一本食べさせて進化するならそっちの方がいい。腕が無くなったぐらいなら宝珠か宝飾で時間をかけて治療すれば生えてくるし(以前縄文人の治療で実証済)。

 片腕を失って、ハンディキャップを背負いながら生活しつつゆっくり生やすより、一度死んで復活した方が遥かに効率的ではある。しかし腰が引ける。腕を食べさせてダメなら、その時は覚悟を決めるしかないが。


「すぅー……はぁー……」


 深呼吸して心を落ち着ける。私の覚悟と痛みへの恐怖を感じ取ったのか、タマモが心配そうに頬をぺろぺろしてくる。そのタマモの口元に腕を持っていった。 


「タマモ、私の腕をお食べ」

「……?」


 タマモは首を傾げて私の腕をかぷかぷ甘噛みした。これでいいの? とつぶらな瞳で見上げてくる。くっ、かわいい。でもそうじゃないんだ。もっと荒々しく噛んでもいいのよ?

 ぐいぐい腕を押し付けると、タマモは戸惑った様子で尻尾をふらふら揺らした。私も怖いんだから一気にがぶっとやって欲しい。お願いだから長引かせないで!


「ほら、噛んで噛んで、がぶっと! 初めて会った時みたいにがぶっと! 私の事は気にしなくていいから! ハリーハリー!」

「く、くぁん?」

「腕だと思うな、肉だと思うんだ! ほらほら美味しいよ? それ一気! 一気! いっ……!」


 煽っている途中で噛みつかれ、息が止まった。ぶちぶちと皮膚と肉を噛みちぎっていく牙の感触があまりにも生々しい。それを歯を食いしばって耐え、努めて平静な顔を取り繕う。

 今でさえタマモはチラチラと私の顔色を伺っている。悲鳴を上げたらきっと食べるのを辞めてしまう。背中に冷や汗が噴き出していても、表情だけは平静に。


 心臓の鼓動に合わせて血が吹き出し、タマモの顔を濡らす。最初の数口は遠慮がちだったタマモは肉の味に吹っ切れたのか、すぐに夢中になって肉を貪り始めた。肘から先を喰い千切られ、骨が見えたときはふっと意識が遠のいた。何度も死んで痛みに耐える事を覚えていなければ気絶しているところだ。というか本当に痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたい痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたい痛いいたいいたいイタイイタタタタタあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!


 痛すぎて思考がおかしくなる。なんでもいいからとにかくこの痛みから逃れたい。

 私は目の前で何やらもぞもぞしている毛玉をまさぐって宝飾をむしり取った。

 それを傷口に当てると、途端に耐えがたい痛みは消え、擦り傷程度のじくじくした鈍い痛みがあるだけになった。噴き出す血はあっという間に勢いを無くして止まり、一分もすると傷口に非常に薄い膜が張り、血の噴出を抑えた。

 縄文人を治療した時はここからが長かった。大体五分で瘡蓋ができ、新しい皮膚ができるまで一日。腕ではなく親指だったのだが、完全に元通りに生えるまで三日かかった。腕なら一、二ヵ月といったところか。


「ふー……」


 一息ついて額に浮いた脂汗を拭う。痛みが引くと幾分冷静さも戻った。うっかり無理やり宝飾を毟ってしまったタマモに一言謝っておこうと見ると、逆に心配そうな目を向けられた。口元から血を滴らせ、地面にちょこんと座るタマモの尻尾はいつの間にか三本に増えている。

 おお。私が悶えてる間に進化した。良かった進化して。こんなに痛い思いをして腕を差し出して、食べさせ損だったら泣いた。


 できれば進化によるスペック変化の確認をとりたいところだが、あまり悠長にしていると奴らが遺灰の利用価値に気付く可能性が高まる。灰の処分だけでも早急に行わなければ。

 といっても私は今動くと傷口が開く。タマモに任せるしかない。私は傷口に宝飾を当てながら頼んだ。 


「さあタマモ。進化したばかりで悪いけど、縄文人の集落に戻って私の灰をまき散らしてきてくれる? できるだけ広く地面にまき散らせば土と混ざって使えなくなると思うから。できる?」

「ん、まかせて。たまも、がんばる」

「!?」


 あれっ? 幻聴か? 今タマモが喋ったような……

 まじまじとタマモを見る。尻尾の本数以外は変わった様子はない。


「タマモ、もしかして今しゃべった? いや気のせいだよねうん」

「たまも、しゃべった。あまてらすと、おしゃべり、する」

「お、おおお」


 喋ってる。喋ってるよ。タマモが喋ってる。

 幼く、ちょっと舌足らずな可愛らしい声だ。声優の作り声とは違う純粋な子供の声。はっきりいって特に特徴のある声ではなく、遊園地に行って女の子を五十人ぐらい捕まえれば一人ぐらいそっくりな声が見つかると思う。しかしタマモの声だと思うと途端に親しみがわく。タマモかわいい!


「とりあえず乗る?」

「くぁん」


 膝を叩いて促すと、タマモは嬉しそうに鳴いて飛び乗ってきた。


「あまてらすと、おしゃべり、できる。たまも、うれしい」

「嬉しい事言ってくれるじゃないの」


 タマモの尻尾を手櫛で梳きながらニヤニヤする。狐好きの血が騒ぐ。もう食べちゃいたいぐらいだ。むしろ食べられるのは私だけど。ふおおおおお、尻尾のふさふさ度も進化前よりも上がって……ってそうじゃない。今はこんな事してる場合じゃなかった。灰だよ灰。灰の始末。


「えーと、もしかして灰を集めて入れ物に入れて持ち帰る、とかできる?」

「ん……むつかしい。はい、あつめるの、たいへん」


 タマモはしゅんと耳を垂れさせて答えた。子狐ボディでは流石に無理か。白昼堂々集落に侵入して灰を集めて持ち帰るのは三尾進化でも難易度が高すぎるらしい。

 まあいい。灰をまき散らしたあたりの土地が異常に肥えるだろうが仕方ない。宝器や宝珠に加工されるよりはナンボかマシだ。縄文人達は肥えた土を利用しようという概念が希薄だし。そもそも土が肥えるという概念があるか怪しい。


「そっか。じゃあ灰をまき散らしてくるのだけお願いできる? ついでにちょっと噛みついてきてやって。殺さない程度にね」

「くぉん。わかった。あのにんげんたち、あまてらす、いじめた。たまも、ゆるさない」


 メラメラと瞳に炎を灯したタマモは、私の膝の上から五メートルほど跳躍すると、凄いスピードで森の奥へ駆けていった。

 それを呆気にとられて見送る。思ったよりも強化されていたっぽい。見た感じだとギリギリ動物の枠に引っかかっているかどうか、という身体能力だ。体格の問題で熊や象には勝てないだろうけど……

 これは復讐がスムーズに進みそうだ。


 雨も上がっているし、集落の方向は臭いで分かるだろう。私は遺灰の処理はタマモに任せ、食べ残された私の腕の骨の処理に悩んだ。どうしろと。













 自分の腕の骨と睨めっこしていると、数分で骨は空気に溶けるようにして消滅した。ちょっとびっくりしたが、納得もした。死ぬとなぜか灰になるこの体の骨だ。いつまでも残るわけがない。灰になれば「腕を切り落とす→灰にする→宝飾で生やす→腕を切り落とす」のループで量産できたのだが、そう上手くはいかないようだ。


 タマモは二十分程度で無事帰還した。全身土まみれで、口に新しく宝飾を咥えている。ついでに取り返してきてくれたようだ。偉い。

 三本の尻尾をわさわさ振って飛びついてきたタマモを受け止めて膝に乗せる。三尾になってもびっくりするぐらい軽かった。


「おかえり、お疲れ。どうだった?」

「これ、もってきた」

「あ、うん」


 それは見れば分かる。灰をどうしたのか聞きたかったんだけどなー。

 褒めて褒めて! と期待顔で見上げてくるタマモの頭を優しく撫でる。頭についた土がぼろぼろと剥がれ落ちた。


「なんで土まみれ? 転んだ? 怪我してない? 大丈夫だった?」

「ころんで、ない。けがも、ない。でも、ち、ついた。におい、あと、けす。じめん、ごろごろーっ。つち、つけた」


 返り血がついたから、臭いと血痕を消すために土をつけた、と。なるほど、野生の基礎知識だ。

 しかしそれだけ血を浴びたという事でもある。一体どれだけ暴れたんだろう。


「……殺しては、ないよね?」

「しらない。いっぱいかんだ。ち、どばーっ」


 殺したかどうか分からないほど噛んだのか。

 うー……ん……まあ……いい、か……?

 殺してしまうのが心配だから治療しに行くというのも妙な話だし、何が何でも殺しだけは避けるという強いこだわりがあるわけでもない。死んでしまったら運が無かったと思っていただこう。


「それで、灰は上手く処分できた?」

「くぁん。はい、なかった」

「無かった……? もう何かに使われてた? 宝珠になってたとか?」

「ほーじゅ、ちがう。でも、き、はえてた。きのう、もえたとこ。はい、ない。でも、き、ある。とってもふしぎ」

「えーと、燃え跡から灰が無くなって、代わりに木が生えてたって事?」

「ん、そう」


 フム。燃え残りに種があったのか、風で飛ばされてきた種が灰の上に落ちたのか……

 私は集落で四回焼け死んで、一回刺し殺された。つまりあそこには合計五回分の遺灰があった。刺殺された時は焼け死んだ場所からあまり離れていなかったし、「灰はなかった」というから、刺殺で出た遺灰も焼け死んだ時の灰といっしょくたにまとめられた可能性は高い。

 五回分の灰を吸って成長する樹木……世界樹フラグですね、わかります。


 一回分の灰で成長した自然薯ですらアレだったのだから、五回分となるとどれほど強い恩恵があるか想像もつかない。

 まだ若木の内に燃やすか切り倒すかしてしまうか? 三日も放っておいたら多分十メートルぐらいは育つ。手に負えなくなる前に処分してしまった方がいい。

 しかし今はタマモが襲撃したばかりで殺気立っているだろう。今日中にもう一度襲撃というのは無理がある。

 ……無理があるよね?


「タマモ、今からもう一度襲っても怪我しないで帰ってこれる?」

「むり。つかれた。にんげんたち、おこってる。それより、もっとナデナデして」

「はいはい、お姫様」


 リクエストに応えて土を落とすついでに全身を撫でまわす。頻繁に愛でているだけあって、私の撫でスキルは高い。たちまちタマモはくたっと力を抜いて寝息をたてはじめた。

 世界樹(仮)についてはもう諦めるか? 火をつけるという手もあるが、集落が燃え落ちるぐらいならまだしも森に燃え移ったらシャレにならない。台風直後だからそんなに燃え広がる事は無いと思うけど。

 タマモは木が生えたと言ったが、どんな木かが生えたのか、どれぐらい成長したのか、どれぐらいのペースで成長しているのかは実際に見てみないと分からない。夜に一度偵察に行って確認してみる事にしよう。物理的な復讐はタマモがやってくれたから、あとはネチネチと精神的苦痛を刻み込んでやるだけ。集落やその周辺の立地、住居、服装、食べ物、習性などを調べて嫌がらせの計画を練る必要がある。下調べは重要だ。


 タマモの襲撃でよほど余裕が無くなったのか、昼が過ぎ、夕方になっても山狩りの気配は無かった。こんな事なら警戒してじっと息を潜めていないで、もっとしっかりとした拠点を探すべきだったかと後悔する。でもタマモに襲撃された縄文人が怒り狂って探しに来るか、怯えて引きこもるかなんて分かる訳が無い。いや怯えているのかどうかは知らないけど。

 過ぎたことは仕方ない。拠点探索は明日に回して、今日は集落の偵察だけ済ませてしまう事にする。


 日が落ちてしばらく経ち、完全に夜の帳が降りてから、私はタマモの先導で歩き出した。元々夜行性のタマモは夜目が効き、歩きやすい場所を歩いてくれるので、その後をついていけばいい。首から下げた宝飾の微かな明かりと、台風一過で晴れ渡った夜空の星明かりがあれば森の中でも歩けない事はない。ちなみにタマモが取り返してきた宝飾はタマモの首に下がっている。


 十数分歩いて集落に近づくと、篝火が目に入った。集落を二つに分ける小道の両端、つまりは集落の出入り口の二ヶ所に火が焚かれ、その傍で槍を持った男が落ち着かない様子で周囲に気を配っている。警戒しているようだ。

 相手側が親切に明かりを用意してくださったので、こちらの位置を特定されないように自分とタマモの宝飾を外し、手の中に握り込む。そーっと気付かれない程度の距離まで近づき、地面に伏せて様子を伺った。


 よくよく見ると見張りの男の二の腕にも包帯代わりなのか麻紐が巻かれていて、血が渇いて固まった跡がある。更にタテ穴住居の幾つかには篝火に照らされて血しぶきの跡が見られた。タマモさんは相当派手にやったらしい。惨劇だ、と思う前にざまあと感じるあたり、私の心も濁ったものだ。これはしっかり復讐して清めないと。


 まだ素っ裸のままなので、匍匐前進をすると腹が土に摩り下ろされて痛い。かといって姿勢を高くすると見つかりやすくなるので、四つん這いになり姿勢を低くして蜘蛛のようにカサカサと這って移動した。見張りを遠巻きにして集落のタテ穴住居の陰に這いよる。じりじり近づいて枯草が葺かれた壁に耳を寄せると、しばらくは静かだったが、咳き込む音とそれに続いて苦しげな呻き声が聞こえた。怪我人がいるらしい。


 最初にこの集落に来た時はじっくり観察する余裕が無かったので、念入りに見て回る。十一軒ある家の内八軒からは呻き声や苦痛を堪える声、怪我に悪態をつく声などが聞こえた。負傷者は八人は堅い。怪我人を歩哨に立たせるぐらいだから、大人の男はほとんど全員大なり小なり負傷していると見ていいだろう。盗聴した限りでは老若男女関係なく噛まれたらしい。

 小さな子供が痛みに泣く声を聞いた時はイライラした。私が焼き殺されている時、まるでマジックショーでも見ているかのように楽しそうに目をキラキラさせていた子供の事は忘れない。ヒトガタのものが焼け死ぬのを見て怯えていた子供もいたが、怯えている子と楽しんでいる子で半々ぐらいだった。無邪気な残酷さが憎たらしい。


 集落の構造を頭に入れ、上手く家や壺、ゴミ捨て場の陰を使って私が焼き殺された場所に行く。こんなに簡単に侵入できてしまうあたり、見張りの意味は薄い。しかしタテ穴住居の出入り口だけはしっかり見ていたから、私が住居に忍び込んで怪我人にトドメを刺しに来るのを警戒しているのかも知れない。小さいとはいえ集落の全周を見張るのにはそれなりに人員が必要だ。要所だけ抑えるのは正しい。


 私が殺害された場所には、タマモの言う通り木が生えていた。既に二メートルほどの高さにまで育っていて、根元に水の入った土器や動物の毛皮などが置かれていた。お供えものですかそうですか。

 化け物を殺して出た灰。そこから生えてきた木を崇める……? 化け物の木だ! とファビョりそうなものだけど。

 いや。化け物由来だからといって忌避するとは限らないのか。日本神話の化け物の筆頭格、ヤマタノオロチの尻尾から出た草薙剣は神器として名高い。むしろ恐ろしい化け物由来だからこそ強く神聖視するのかも知れない。なんだか気に入らない話だ。


 木の肌は凸凹が少なく、葉っぱは典型的な広葉樹。多分ブナの木だ。成長の遅いブナの木が一日でここまで育つとは、遺灰の力恐るべし。とりあえず世界樹と呼ぶことにする。

 ブナの実は熊の大好物という事はよく覚えている。人間が食べられるかどうかは知らないが、同じ哺乳類だし毒に当たる可能性は低そうだ。もっと成長すればさぞいい食糧源になる事だろう。

 このまま集落の住民に気付かれず世界樹を切り倒すか燃やすかするのは不可能だ。切り倒すには道具がないし、燃やせば目立ちすぎる。五回分の灰を吸った世界樹が素直に切り倒されたり燃やされたりするかも怪しい。

 ぐぬぬ……今は放置するしかないか。例え世界樹から集落の住民が恩恵を受けたとしても、それ以上の不利益を与えてやればいい。どうにかこうにかして、この場所から縄文人を追い払ってもいい。


 私はとりあえずお供え物を根こそぎ抱え持ち、こそこそと撤退した。ごっつぁんです。


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