十七話 火炙りのち
刺殺された私はもちろんその場で――――男の見ている目の前で蘇生した。
裸を見られていやんエッチーとか気楽な反応をしている余裕はなかった。殺しても死なない私に男は恐れおののき、縄でぐるぐる巻きにした。逃げたり抵抗したりしようとすると槍で脅されるので大人しく簀巻きにされる。
タマモは遺言通り逃げたのか、近くには見当たらなかった。私を縛り終えた男は灰まみれになって落ちていた荷物を拾いあげ、ちらっと私を見てほくそ笑み、自分の持っていた麻袋の中に突っ込んだ。
怒りが沸きあがる。こんにゃろう。これ絶対パクるつもりだ。文句の一言も言ってやりたいところだが、猿轡を噛まされているので喋れない。
男は自分の前に立たせ、槍で突いて歩かせた。足以外をぐるぐる巻きに縛られているうえに、猿轡までかまされているので歩きにくいし息もつらい。しかしそんなの関係ねぇとばかりに、私の足が鈍るたびに男は槍でつついて急かした。ふぁっく。覚えてろよ。
道中、男は何も喋らなかった。背中に感じる視線と息遣いから警戒されているのは分かる。油断すると襲い掛かってくるとでも思ったのだろうか。その通りだ。
本音を言えばボコボコに殴って殺された分の恨みを晴らしてやりたい。タマモに殺された時とは状況が全く違う。タマモの時は殺されなかったら苦しみ抜いて死んだが、今回は殺されなければ普通に生きていられた。
祟れるものなら祟ってやりたい。例え生き返るとはいってもね、死ぬのは辛いんだよ。恨みはらさでおくべきか。
一時間ほど歩くと集落に着いた。最初の集落とは別の集落だ。最初の集落よりも家の屋根が高く、入り口が出っ張っている。それ以外は大体一緒だ。ただし海抜が高いのか水たまりはあっても浸水はなかった。
私と男を見た集落の住人はぞろぞろと寄ってきた。明らかに罪人です! という状態の私に、まだ何もしていないのに非難と嫌悪の目線が突き刺さる。隠そうともしない悪意に体は嫌でも委縮した。猛烈に逃げたい。
「そいつはどうした?」
野次馬の一人が私をうさん臭そうに遠巻きにしながら男に聞いた。男はきっぱりと答える。
「洪水を起こした化け物だ」
「もがっ!?」
断言された。反射的に否定しようとしたが喋れない。
ちょ、おまっ、どうしてそうなった。論理の飛躍どころかもはや妄想。男はしたり顔で群集に説明しはじめる。
「森で穴に逃げ込んだ×××を掘り出そうとしていたら、後ろから水をまき散らして襲い掛かってきたんだ。その時は今よりももっと×××姿だった。奇襲に失敗したこいつと睨み合いになったんだが、化け狐の手下と一緒に逃げようとした。狐には逃げられたが、こいつまで逃がしたら今度はお前たちが×××殺されるんで思い切って突き殺したんだ。でも生き返りやがった。人間じゃない。槍じゃあ殺せないらしい」
「もがもごご!」
おい、捏造やめろ。小学生かお前は。自分の都合のいいように事実を捻じ曲げるんじゃない。集落が違うせいかところどころ分からない単語があるけど、無茶苦茶言ってるのは分かるぞ。
ところが住人達は納得したらしい。男の勇敢さを褒める者までいた。年嵩の男が重々しく頷く。
「なるほど。普段森に×××化け物が、森を水で×××ために出てきたわけだな」
「もがが!」
なるほどじゃない。弁解すらできないままどんどん悪者になっていく。縄文人達は女子供に至るまで憎々しげに私を睨んできた。委縮を通り越して怒りが沸いて来る。冤罪だ!
「殺してしまえ。森の平和のためだ」
「まて、殺したらもっとひどい洪水になるんじゃないか?」
「生かしておく方が×××だろう。俺のように襲われたらどうするんだ」
「槍でも殺せないんだったらどうしたらいいんだ」
「埋めたら?」
「いや、焼いてしまおう」
「×××、水の化け物なら火がいい」
「それがいい、それがいい」
「」
あまりの理不尽に絶句した。
火あぶり。生きたまま焼かれる。想像するだけでも苦しい。今まで経験したどの死に方よりも苦しそうだった。
縄文人達は無駄な迅速さを発揮し、集落の端の広場に薪を集めはじめた。私はなんとか逃げようと暴れたが、数人によってたかって殴られ蹴られ、痛めつけられて動けなくなった。わき腹に激痛が走り、口の中に血の味がする。肋骨が肺に刺さっているらしい。
私を簀巻きにした縄の先を引っ張って引きずられ、薪の山に放り投げられる。私は無様に薪の山に落ちた。落ちた拍子にひときわ太い薪の角で後頭部を強打した。吐き気がこみ上げ、胃液を吐こうとしたが、猿轡で吐けずに口の中に溜まる。
惨めで、孤独で、この先に待つ地獄の苦しみが恐ろしかった。
詰まれる薪は着々と増えていった。私の目線の先には私を捕まえた男がいて、私から奪った宝飾や宝器を他の住民達に自慢げに見せびらかしている。
なんの罪悪感もない男のドヤ顔を見て、私は復讐を心に誓った。殺しはしない。殺したら奴と同じ所まで堕ちてしまう。だが、あのドヤ顔を物理的にも精神的にも歪めて戻らないようにしてやろう。男の他の住民は土器を片っ端から割るとか壺に貯めていた木の実を森にバラまくとか、それぐらいのささやかな嫌がらせで許す。
やがて十分に薪が詰まれると、火をつけられた。下の方から熱気がぶわりと体を包む。熱気はすぐに熱波になり、息をするだけで肺を焼くようになった。煙が目に入り涙が止まらない。縄が火に包まれ焼き切れて、私はのたうち回った。全身に判子注射を受けたような痛みで脳まで焼き切れそうになる。
一端半死半生で暴れている内に火から逃れて土の上に転がり出るも、腹を槍で串刺しにされ、血を吐きながらまた火の中に投げ込まれる。
苦しくて苦しくて、もうなにも分からない。
狂乱の中で、私は焼け死んだ。
一度復活した時は死んだ時の混乱状態が残っていて、テンパッている内にまた全身に火傷が周り、動けなくなって焼け死んだ。
二度目の復活時は復活した場所が悪く、太い薪が重なった下で蘇生したため身動きができずに焼け死んだ。
三度目の復活時は三回死んで火耐性がつき、火の熱さも「地獄の熱さ」から「火傷しそうな熱さ」程度まで下がっていた。肺を焼き焦がす熱風を吸い込んでも、咳き込むだけで済む。火の囲いを突破して脱出しようとしたが、外で待ち構えていた男たちに槍で突き転がされ、火に投げこまれた。何度も何度も逃げようとして、何度も何度も投げ戻され、じわじわと弱火で焦がすように焼け死んだ。
四度目の復活では薪も燃え尽きはじめていて、火の勢いが弱まっていた。完全な火耐性を獲得し、火に炙られても「熱い」とは感じるがそれが苦しみや痛みに結びつかない。髪に火が燃え移らず、燃える薪を握っても火傷しない。空を見上げると夜空に星が輝いていた。随分長い事焼かれていたものだ。ここからはそうはいかない。
火の中から燃える薪を両手に掴んで立ち上がった私を見て、火を囲んで槍を構えていた男たちは慄いた。野次馬に来ていた女子供を下がらせる。
ふざけた連中だ。そんなに私が苦しむのを見るのが楽しかったのか?
「逃がすな! 絶対に逃がすな!」
「殺せ! 何度でも!」
「化け物め!」
「い、今からでも謝った方がいいんじゃないか?」
「×××! 相手は化け物だ! 喰い殺されるぞ!」
男達は決死の覚悟で槍を私に向けてきた。包囲を突破するために即席の武器として燃える薪を持ってはみたが、槍と比べるとどうにも頼りない。リーチに差がありすぎる。
よくも何度も殺してくれたな、という恨みはもちろんある。焼きごてを喉に突っ込んでもがき苦しんでいるところを死ぬ寸前まで蹴り転がしてやりたい。もう例の男だけではない。嬉々として私を焼き殺した奴は全員同罪。どいつもこいつも大嫌いだ。
しかし実際にそれを実行できるかというとそうもいかず。逆に殺されるのがオチだ。一度逃げて体勢を立て直す必要がある。
「うらああああああああああああ!」
私はしゃがんで燃える薪に手を突っ込み、槍を構える男達に向かってぶちまけた。
怯んだ隙に赤熱する太い薪を手に持って走り出す。素早く火を振り払った男に薪を振り回して牽制し、そのまま走り抜ける。前方にもう人はいない。夜の森が広がっているだけだ。突破した!
と思ったら背中に激痛が走り、腹から槍の穂先が飛び出した。
「がぁああああ!」
「止めたぞっ、誰かトドメを刺せ!」
後ろから声が聞こえる。槍を投げられたらしい。あまりの痛みに一瞬意識が飛び、足がもつれて派手に転んだ。転んだ拍子に槍が傷口を押し広げ、腹が爆発したような痛みに悶える。
血でぬるりと滑る槍の柄を掴んで引き抜こうともがいている内に、また後ろから胸のあたりに激痛が走り、絶命した。
再び、復活する。私は何度でも甦る。甦っても意味が無いとしても、甦り続ける。
全裸で、武器も無い、見た目通り少女の身体能力しか持たない私は、夜空の下で槍を構えた屈強な男達と対峙する。こちらが無手なのにすぐ攻撃してこないのは、私の事を化け物だと思っているからか。
これで刺殺二回。ある程度の耐性は得た。しかし何度も突かれれば死ぬだろう。
完全耐性獲得に必要なのは四回。死ぬたびに耐性が上がるから、残り二回の刺殺は前二回の刺殺よりも何度も何度も刺されて長く苦しむ事になる。
火でも死なず、槍でも死ななくなったら、次はどうやって殺されるのだろう? 毒殺か? 餓死か? 耐性が上がっても防御が上がるだけで攻撃面での変化はない。殺されて、殺されて、殺され続けるしかない。どうやっても死ななくなったら、恐らく今度はどこかに閉じ込められるだろう。いや、閉じ込めなくても岩の下敷きにでもすれば動けなくなる。自分ではどうしようもない。
そんな未来を想像してしまい、私は絶望した。あの時男に不用意に声をかけた時点で、もう「詰み」だったのかも知れない。
逃げないと殺される。逃げても殺される。でも、まだ人生を諦められるほど長くは生きていない。抵抗するだけしてやる。あるいは道が開けるかも知れない。
私は全身に力を漲らせ、獣のように吠えた。貴様らにだけは絶対負けん。
「ぐるああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「くぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
私の絶叫に呼応して、森の中から鳴き声が轟いた。全く予想外だったが、嬉しかった。聞き間違えるはずもない、それはタマモの鳴き声だ。幼いが、怒りと勇ましさに溢れた力強い遠吠えだった。ずっと隠れて機を見計らっていたらしい。
「タマモ、噛みつけ!」
私の指示に従って、森の中から一匹の子狐が飛び出した。一直線に目の前の男の腕に噛みつく。男は混乱して振り払おうとするが、タマモはガッチリ喰いついて離れない。
「ぐるるるる! ぐぁう!」
「なんだ!? このっ!」
普段の愛玩動物的な可愛らしさは身を潜め、獣性を剥き出しにしたタマモは小さくても迫力があった。突然の乱入者に私を包囲する男達の意識が逸れている。
私は落ちていた槍(たぶん私を刺し殺したもの)を拾い上げ、遠心力に任せて振り回した。振り回したというか振り回されたのだが、上手い具合に正面にいた男――――タマモに噛みつかれている男の隣の男の足を刺す事ができた。
正面の男二人の注意が逸れた。今度こそ!
「タマモ、こっち!」
牽制として槍を背後に向けてあてずっぽうに投げ、男二人の間を走りぬける。声をかけるとタマモはすぐに牙を離して華麗に地面に着地し、私に追従した。
一目散に森に逃げ込む。後ろから怒号と悲鳴、呻き声が聞こえたが、振り返らない。
足元がろくに見えない夜の森を転ばずに駆け抜ける事ができたのは僥倖だ。私は息が切れて動けなくなるまで走り続け、その場に座り込んだ。
荒い息を整えながらしばらく耳を澄ませたが、足音や声は一向に聞こえず、明かりも見えない。
私は限りない感謝を込め、ぎゅっとタマモを抱きしめた。無事に逃げ切る事ができたようだった。




