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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第88話 泥中の道



「溜腑峠から?」

「はい、そのせいで挟み撃ちになって、ティアッテ様もオルガーラ様もバラバラに」


 状況を聞き出し、愕然とする。


 サジュが落ちたという報告も衝撃だが、およそ不可能と思われた溜腑峠を越えての進撃などという話も。



「……」


 握り締めた手に爪が食い込む。

 もう少しでという所で、どうしてこんな。


 口惜しい。

 ようやく手が届きかけていたのだ。希望に。

 なのに、指先を掠めるように零れ落ちてしまう。



「敵は……飛竜騎士だったのですね」

「初めて見ましたが、飛竜を駆る戦士でした」


 飛竜騎士。

 ルゥナが集落で戦士をしていた時に噂で聞いたことがあった。人間の中に数は少ないが飛竜に乗る戦士がいるのだと。


 記憶はそれだけではない。

 ルゥナが奴隷時代に、人間の冒険者どもの話でも耳にしたことがあった。

 アトレ・ケノス共和国と呼ばれる勢力下の、ネードラハという港に三騎だけいるのだとか。今の報告ではもっと数が多いようだが。



「空を飛んで来たんじゃったら、魔境も関係ないかもしれんの」


 忌々しそうに空を見上げてぼやくメメトハに、サジュから逃れて来たフノゥセが首を振った。


「歩兵もいました。飛竜だけではなくて……ティアッテ様は飛竜とは互角に戦っていたんです。不意を突かれて……」

「陸からも……とな」


 飛竜を使ってどうにか魔境を迂回したというわけではない。

 魔境溜腑峠を踏破して、サジュに攻めて来た。



「……それだけの戦力があると」


 状況は最悪だった。

 難攻不落の魔境を越えて進軍出来るだけの戦力の上に、西側にも挟撃の部隊を配置しての侵攻作戦。

 人間が本格的に準備を整え、十分な勝算を持っての戦争。


 ルゥナ達が戦力を揃えたと言っても、それはあくまで今までの人間の侵攻に合わせてのことだ。想定を上回る敵となれば、こちらの勝算が消えてしまう。



「ティアッテ様が逃げろと。私はサジュに戻ろうとしましたが、既に火の手が上がっていて……」

「わかりました、フノゥセ。少し休んでいて下さい」


 彼女のせいではない。逃げ出したことを自責しているようだが、彼女に出来ることなどなかったはず。

 こうして知らせてくれただけでも十分だ。



「……」


 このままでは打つ手がない。

 人間どもが全面的に侵攻を開始したとなれば、敵との戦力差がありすぎる。


 今まで誰も立ち入ることが出来なかった魔境を攻略して、そこを足掛かりにサジュを攻める。別動隊が襲ったという話なら、少なくとも総数は万の倍はいると思えた。

 その中に、氷乙女ティアッテをも倒せるような戦士が混じっているとなれば、今のルゥナ達だけで対応しきれる敵ではない。


 このまま玉砕を承知で挑むのではただの愚か者だ。

 一度クジャに戻り、今度は本当に清廊族全てを率いてでも向かう必要があるかもしれない。

 同じ玉砕になるとしても、少しでも勝機を見出さなければ。



「人間どもめ……いよいよ妾が戦おうという時に、全面攻勢とは」


 口惜しいのはルゥナだけではない。メメトハもまた、悔し気に吐き棄てる。

 本当にどうして今、こんな全面攻勢(・・・・)と――


「……?」


 違和感を覚える。

 噛み合わない気がした。ルゥナの頭の中で、何かが掛け違えているような。




「ルゥナ、飛竜騎士って?」


 アヴィの知識にはないものらしく、尋ねられた。

 考えがまとまらない時に聞かれてしまい、また思考が散ってしまう。けれど苛立ちをぶつけるわけにもいかない。


「名前の通り、飛竜に乗った戦士のはずです。アトレ・ケノスとかいう人間の国の騎士ですが……東部で見た翔翼馬の、あれはまた別のく、に……」


 アヴィに理解できるよう説明しようと言いながら、ルゥナの頭の中の靄が晴れていくのを感じた。


「……別の国の、戦士。全面攻勢……では、ない?」


 勘違いをしていることに気が付いた。




「フノゥセ、すみません。もう一度」

「え? はい」


 自分の勘違いを確認する為に、横になりかけていたフノゥセを再び呼ぶ。


「南西からの敵には飛竜はいましたか?」

「飛竜、ですか。いえ、そういう報告はありませんでした。いつもと同じような敵だと……」

「日に焼けた大柄な女戦士を先頭に?」

「ええ、そうです。その女……コロンバ、でしたか。それは人間の英雄だとかで注意するようにと」

「それはイスフィロセという別の国です」


 ルゥナは、西部出身だ。

 生まれ育った集落に攻めてくるのは、イスフィロセという国の軍がほとんどだったと記憶している。


 稀に何か毛色の違う雰囲気の軍隊もあって、その二つはお互いに争うこともしばしばあった。人間同士でいがみ合い、争う。

 当時はそれを不思議にも思ったが、奴隷時代に人間の社会を見てきたことで多少は理解出来た。



 人間は、猜疑心が強い。

 利己的で、自分の所属する枠組みとそれ以外とを区分けしたがる。

 町単位であったり、国単位であったり。

 冒険者という枠組みも、冒険者以外という存在に対して線を引いている。


 清廊族は、個体差や生活習慣に違いはあるけれど、全体の中の個という意識が根強かった。

 いや、強くもない。

 ただ自然と、全体の融和、調和というような方向に流れやすい性質を有している。

 それらの生き方をひどく歪める人間という存在に、こうして搔き乱されてしまっているけれど。



「別の国の軍が、偶然に同じ時期に……いえ、雪解けを待っていたのだとしたら、偶然でもない」


 人間勢力が全面攻勢に出たというわけではない。

 たまたま、仲の悪い別々の勢力が、同じ時期に別ルートから侵攻してきただけ。

 まとめて考えてしまったけれど、そうではない。別個の敵だ。



「フノゥセ、その飛竜騎士どももサジュに攻め込んだのですか?」

「いえ、違います。あの……ここからは私も混乱していて」

「わかる範囲で構いません。何があったのか話して下さい」


 フノゥセは、逃げ出してきたサジュの光景を思い出したのか、やや唇を震わせた。


 怖れを振り払うように、一度強く目を閉じて。



「……サジュの西の空に、化け物がいました」


 やはり、空に。

 けれど今度は飛竜などという魔物とは違う、抽象的な表現で。


「巨大な丸い塊、のような……見たことのない魔物、だったのかもしれませんが。それを見た飛竜どもが撤退を始めたんです。だから私がこうして逃れてくることが出来ました」

「……」

「サジュの町にいくらか火の手が上がっていて、人間の兵士どもも何かを罵りながら溜腑峠へ逃げて……今思えばそうです、あれは逃げていったんです」



 丸い塊。

 想像がつかないが、巨大なそれが西から迫り、攻勢だった飛竜騎士どもを撤退させた。


 西と、東から。同時に攻めて来たそれらは、やはり良い関係ではない。

 だとしたら付け入る隙があるかもしれない。



「それだけじゃないんです。凍らぬ湖ヌカサジュからも、天に届くような水柱が立ち上がって……私、自分が見たのが本当なのか何なのか……」


 サジュの町の水源にもなっているヌカサジュ――凍らぬ湖と呼ばれる通り、冬でも凍らない不思議な湖だ。


 巨大な空飛ぶ丸い怪物と、湖から立ち上った水柱。

 フノゥセでなくとも、敗走の中で見たそれらが何だったのか、自分の頭を疑うのも仕方がない。

 ルゥナにも理解できないし、想像もつかない。



「わかりました。ありがとう、フノゥセ。また何か思い出したら教えて下さい」


 疲れ切っている彼女に労いの言葉を掛けて、立ち上がり西の空を見る。

 ここからではまだ何も見えない。

 ニアミカルムの連峰が途切れる先には、うっすらと霞の中に林立する岩山があるような気がする。溜腑峠か。



「どうするのじゃ、ルゥナ」

「……飛竜は、数が少ないはずです」


 考えをまとめる為に言葉にする。


「少ないとは言っても、ティアッテとサジュの戦士たちを退けるほどじゃぞ」

「ええ、ですが……私たちがそこにいなかった」

「そうね」


 サジュを落とした人間――イスフィロセの軍が町にいるとして、どうするだろうか。


 即座に動くことはない。

 そのままこちらに攻めてくることはないはずだ。溜腑峠にいるのは彼らの味方ではないのだから。

 占領した町で態勢を整えて、溜腑峠にいる別の国の軍隊の動きを見る。


 溜腑峠にいるのはアトレ・ケノス共和国の軍隊。

 サジュを攻めるつもりで、他国に先んじられた形で足止めをされた形か。



「溜腑峠の敵を討ちましょう」

「わかったわ」

「……何か策があるのじゃな」

「それはこれから考えます」


 敵の全容も、溜腑峠の地形もわからない。

 策と言えるだけのものを考えられる自信も、正直に言えばない。


「必ず、勝ちます」


 やるしかないのだから。他に道などない。



「私たちにも何かお手伝いできませんか」


 それまで黙って聞いていたセサーカから掛けられた声には、柔らかさがある。

 悲壮な顔をしてしまっていたかもしれない。ルゥナは軽く息を吐いて頷いた。自分だけで悩んでも良い答えは出そうになかった。


「もう少し状況を知りたいところですが」


 サジュの戦いから落ち延びてくるものも、フノゥセだけではあるまい。これからもまだ出てくるはずだ。


 もっと情報を集めて、状況を整理する。

 だが時間に余裕もない。

 出来る限り早く進まなければ。



「敵は、サジュが落ちたことで油断しているはずです。浮かれている今はこちらの好機でもあります」

「確かに、清廊族の要を落としたと気は緩んでいるじゃろう」


 長年に亘り北部を守り続けて来た清廊族の町と、氷乙女ティアッテ。

 それらを打破したことは、清廊族の戦力を大きく殺いだことになる。人間どもの警戒は、必ず緩む。

 清廊族に相対するよりも、人間の別勢力に向けての対応が主となるはず。


 イスフィロセの女戦士と、アトレ・ケノスの飛竜騎士。目下の最大の敵。

 互いを戦わせることが出来れば一番いいのだが。さすがにそんな奇策は思い浮かばない。



「飛竜ってユキリンみたいなのかな?」


 話でしか知らない生き物を想像するミアデ。ルゥナも見たことがないので何とも言えないが。


「ウヤルカに飛竜騎士の振りをさせて、サジュの敵を襲わせる?」

「さすがに難しいでしょう。単騎で敵に向かうような……」


 アヴィの提案に首を振り、敵を騙すことは可能かと考え直す。


「不信感は与えられても、即座に衝突とはならないかと。あまりやりすぎればウヤルカが危険です」


 看過できないほどの被害を敵に与えるとすれば、ウヤルカへの負担が大きすぎる。

 ユキリンのような空飛ぶ魔物がもっと多くいたら、そういう作戦も不可能ではないかもしれないけれど。


 いないものはいない。急に増やせるようなものでもない。

 人間どもの中にも冷静な者がいるだろう。こちらの偽装が見抜かれれば、それもまた危険だ。

 まだ戦う力があると知られる前に状況を覆したい。



 サジュの敵はやはり後回しだ。

 まずは溜腑峠の敵、アトレ・ケノスの軍隊を先に片付けることを考えよう。


「そう」


 考えが採用されなかったことに、わずかばかりに落胆の色が見えた。


「いえ、アヴィ。ありがとうございます。偽装は無理でも……」


 ユキリンを飛竜に見立ててという発想自体は悪くないと思う。それはサジュの敵と戦う時に生かせばいい。


 そう言いかけて、ふと。


「偽装、ですか」


 霧に霞む溜腑峠のある辺りにもう一度目をやり、呟いた。



「アヴィ……さすがです、アヴィ」

「?」

「やはり、ウヤルカに頼ることになってしまいますが」


 逞しい雰囲気の女丈夫(じょじょうふ)に、一つの可能性を思い至った。



  ※   ※   ※ 


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