98 女子高生もパンケーキを作る
「パンケーキが食べたい」
「どした、ノラノラ。昼のデザートでも食ってなかったのか?」
「パンケーキが食べたい」
「いや、それは聞いたよ」
「パンケーキが食べたい!」
「ノラノラが壊れた!」
最近甘い物を全然食べてない気がする。正確には異世界に言ったら食べてるけど、向こうの甘いはこっちの甘いと微妙に違う。だから無性にパンケーキが食べたい。
「私は今とってもパンケーキが食べたいんだよ。リンリンもコルちゃんもきっとそうだよね」
「学校帰りに食べるスイーツって美味しいですよね」
「分かる~。今日はパンケーキで決まりだね~」
「なんかこのやり取りすごい既視感あるんだが気のせいか?」
リンリンが何か言ってるけど多分気のせいだと思うよ。
「今日は異世界でパンケーキを作るよ」
「いいけど。で、今回も広場でパンケ焼いて配るのか?」
「それもいいと思ったけど器具を運ぶの大変だから今回は厨房をどこかで借りようかなーって思ってるよ」
「へー。それはどこでだ?」
それはもちろん……。
~異世界酒屋店内~
「いらっしゃいませ! ノリャお姉ちゃん達だ! ご来店ありがとうございます!」
店に入ったら緑髪の小さな店員さんが給仕服で出迎えてくれた。久し振りに来たけどやっぱりセリーちゃんが接客してくれるのやっぱりいい。お客さんは幸いにも他に入ってない。
「こんにちは~。今日はお客さんとしてじゃなくて料理人として来たよ~」
「え? どういうこと?」
セリーちゃんが首を傾げてかわいい。とりあえずスーパーで買った袋を掲げて見せたけどやっぱり分かってなさそう。急に来たから仕方ない。
「新商品パンケーキ登場だよ」
ちょっとドヤって見せたけど全然伝わってない。かなしい。
「あー、悪いな。ノラノラが私らの国の甘い物を食べたいって言い出してな」
「それでどうせ作るなら異世界でとなりましてここに来たわけです。唐突で申し訳ありません」
リンリンとコルちゃんが説明してくれてセリーちゃんもようやく分かってくれたみたい。
「ほう。新メニューか。だが半端な料理は出せないぞ」
話を聞いてたみたいで狼頭の大将さんが奥から腕を組んでやってくる。
「今の私はパンケーキ職人だよ。乙女のハートを掴んでみせるよ」
「今日のノラノラやけに気合入ってんな」
「食べ物の執念って怖いです」
2人が何か言ってるけど気にしない。そしたら狼頭の大将さんが親指で厨房の方を指してくれた。これはオッケーみたい。よーし、頑張ろう。
って言っても素を使うから牛乳と卵を混ぜて焼くだけなんだけどね。とはいってもこれをグルグルかき混ぜるのが結構大変。
「焼く前のこの状態でも普通にうまいよな」
「分かる~」
ついついスプーンで一口食べたくなっちゃう。
「そうなの?」
セリーちゃんが気になってるみたいだったからせっかくだから1口あげてみる。スプーンで口に運んだらそしたら「おいしー!」って言ってた。子供の頃はお母さんと一緒によく作って、素を勝手に食べて怒られたなぁ。
それで火を起こしてもらって、フライパンがないから鉄の板っぽいプレートを代わりに使わせてもらおう。それで素を少し垂らしたらジューって音が響く。ここからがスピード勝負。焼き加減が難しくてぼうっとしてたらコゲちゃう。かといってひっくり返すのが早いと焼き目がなくて微妙になっちゃう。
「時間を計ってますのでタイミングが来たらいいますね」
コルちゃんがスマホのアラームを使って言ってくれる。おー、こういう所もしっかりするのは熟練って感じ。私だったら何となくでしちゃう。それで失敗する。
リンリンとコルちゃんの協力のおかげでパンケーキの土台は完成した。良い感じの焼け目で良い匂い。この状態でも美味しいけど、私が食べたいのはホットケーキじゃないんだよね。イッツ、パンケーキ!
チョコクリームで表面をジグザグに塗って真ん中を空けて生クリームでふわっとさせて、真ん中に苺を乗せて、最後に緑色の奴を添えて完成。
「これが地元名物の高級パンケーキだよ~」
完成したのをお皿に乗せてテーブルに持っていく。
「盛るな、盛るな。地元の名物でもないし、高級でもないし」
「リンさん気持ちの問題だと思いますよ」
さすがコルちゃん、分かってらっしゃいます~。それにこっちだと多分高級だし間違ってないよね。とりあえず軽く人数分は焼いてみた。
「わ~、これがパンケーキ! 美味しそう!」
「でしょ~。すごーく美味しいから一緒に食べよう。狼さんと鴉さんもどうぞ~」
というわけで皆で仲良くパンケーキを食べる。端っこの方を切ってクリームをちょっとだけ付けてパクッ。うん、これこれ。これが食べたかったんだよ。チョコとクリームってずるいよね。
「ん~! おいしい! これおいしい!」
セリーちゃんが気に入ってくれたみたいで美味しいってずっと言ってくれてる。問題は狼さんと鴉さん。どっちも辛いのが好きそうだし、口に合わないかも?
「む。これは」
「いける、カァ」
すっごい真顔でパクパク食べてる。美味しかったってことだよね?
それで食べ終わった狼さんが急に席から立ち上がった。なにごと?
「俺も負けてられん。ここは人肌脱いでやろう」
なんか燃え上がって厨房の方に歩いていく。
「ノリャお姉ちゃん! わたし、これ作りたい! 作り方教えて~」
「いいよ~。まずね~」
セリーちゃんに軽く教えたら早速自分で実践してる。本当に料理の腕が上達し続けてるなぁ。これはもう私が教えてもらう立場になりそうだけど。
それから少ししたら狼頭の大将さんがプレートを運んで来てくれた。それで机に料理を置いてくれる。それはプリンのパフェみたいなのだった。底に青いプリンが詰まってて、その上には彩りのあるカラフルなフルーツと思うのが円の周りに添えられてる。真ん中には白くて大きなモチモチしてそうな食べ物がある。それで黒いソースが丁寧に塗られてて正に本場のデザート感がある。
「これは?」
「この前もらったアレを元に作ったものだ。スライムプリンと果物の甘味だ」
アレって言われて記憶を呼び起こしてみる。そうだ、確かクリスマスに雪見大福をプレゼントしたからそれを使ったデザートってことかな。確かに真ん中に乗ってる白いのは雪見大福っぽい。
しっかりと人数分を用意してくれたみたいだから、せっかくだし食べさせてもらおう。
最初に気になったのは雪見大福もどき。スプーンで軽く触れたらあっさり切れた。それで口に運んでみたら若干のもちもち感はあるけど、ちょっとだけ違う。中はアイスというよりクリームに近いかな。甘さ控えめ。
今度は端のフルーツとスライムプリンと一緒に食べてみたい。白くて三日月の形をしたフルーツにスプーンを当てて切ろうとしたら、これまた柔らかくて簡単に切れた。スライムプリンもぷるぷるで柔らかそう。
優しくて仄かに甘い。スライムプリンってバニラソーダ味っぽい。つまり美味しい。
「すごく美味しいです。こっちでもこんなデザートを食べれると思ってませんでした」
そしたら狼頭の店長さんが親指を立ててくれた。見た目は強面なのにこんなかわいい料理も作れるんだからギャップがすごい。
「酒屋に甘味なんて聞かないカァ」
「女性客は大事だ」
「料理は見聞が命なんだよー」
狼さんとセリーちゃんが鴉さんを見て言ってる。この酒屋の将来がすごく楽しみになった気がする。
「ノラノラ。ずっと言おうと思ってたんだけどよ。こんなに甘いの食ってカロリー……」
「リンリン。それ以上はダメだよ。今は何も考えない」
この至福の時間の前にそれは些細な問題だよ。




