92 女子高生も東都に行く(1)
今日は週末の金曜日。授業も終わってクラスの皆は明日からの予定で賑わってる。帰り支度の為に教科書を片付けてたけど急に周囲の喧騒がなくなった。これは転移したね。
予想通りでなんかふかふかのソファの上に座ってる。周囲に本棚が沢山あって目の前には書類の山がたくさん。最近よく来る魔術学園の学長室。
「あん? って、ノラか」
ノイエンさんは姿見鏡の前に立って服や髪の手入れをしていた。さすがにもう私の転移には驚かなくなってるみたい。
「こんにちは、ノイエンさん」
「あんたは本当に神出鬼没だねぇ」
「これからお出かけですか?」
「まぁね。そうだ、せっかくだしあんたも連れてあげようか。前に別の都に連れてってやるって約束しただろう?」
プレゼントを渡した時にそんなことを言ってくれてた気もする。
「いいんですか?」
ここ以外の街には行ったことがないから正直興味はある。めちゃくちゃある。
「ああ。あんたには色々と世話になってるからね。これくらいお安い御用さ」
「ありがとうございます。実は気になってたんです」
「よし決まりだね。付いてきな」
それで学長室を出て、廊下から更に上に繋がる階段を上がった。螺旋階段の先に鉄の扉があってそこを出たら屋上になってた。学校のグラウンドくらいの広さはありそう。端の方にフェンスがないのはちょっと危なくも感じるけど。
ノイエンさんは屋上の真ん中に立つと指を鳴らした。そしたら屋上の端に立ってる小さな塔の窓から大きな箒がこっちに飛んできた。それで横向きのまま空中で止まった。
毛先が筆みたいになってる箒。取っ手部分も木製。
「空飛ぶ箒だ。本でしか見たことないです」
「そうかい。けどあんたにこれは早い。ノラはこっちだ」
ノイエンさんが指を鳴らしたらまた塔から何かが飛んできた。目の前に止まったけど、樽だよね?
「万が一箒から落ちたら不味いしね。それにあんたに悪いイメージが付くのも癪だからね」
箒に乗ったら悪いイメージが付くの? どういう意味なんだろう。
「この樽も飛べるんですか?」
「ああ。あたしが浮かしてるからね」
ノイエンさんは本当に何でもできるなぁ。知れば知るほどすごいって思う。
「ノイエンさんって魔法のスペシャリストですよね」
当たり前だけど今更そう思ったよ。
「あんたは知らないだろうけど、あたしはこっちだと結構な有名人なんだよ」
ノイエンさんが手をひらひらさせて話してる。あんまり言いたくなさそうな雰囲気だから聞かないでおこう。
それでノイエンさんの魔法でぴょんって飛ばしてもらって樽の中に入った。顔だけ出ていい感じ。それでノイエンさんは箒の上に……立った。立って飛ぶの?
考えてる暇もなく箒と樽が浮上してどんどん地上から離れていく。樽が浮いてるのは多分シュールな光景だろうけど、乗ってる側としては結構楽しい。
それで遥か上空にまで来て景色が綺麗に一望できた。地上に広がるのは緑の大地が殆どでそこに央都がぽつんとある。こう考えると異世界も緑豊かなんだね。
そしてノイエンさんがすごい速さで飛んでいったと思ったら、私の乗ってる樽もスピードがあがった。まるでジェットコースター!
風が頬に当たって気持ちいい。大空には大きな蝙蝠みたいな動物に恐竜のプテラノドンみたいのが一杯飛んでる。多分魔物だよね。
それで真横を通って並走する感じになっても襲っては来なさそう。魔物さん達は風に流れて下の方にいっちゃった。
地上の景色はずっと緑が続いてて、森というより草原が多い。
「そういえばどこに向かってるんですか?」
「東都。この国でも最も賑わいのある所さ」
「東都……。確か東西南北にも都があるんですよね?」
昔果樹園で働いてる時に山羊のおじいちゃんが言ってた気がする。
「よく知ってるね。北都、西都、南都、東都、そして央都。これを五大都市としてこの国は成り立っている。けどそれ以外にも都はあるよ。たとえばあそこ」
ノイエンさんが指を差した方角を見たら、そこの地上には大きな落とし穴みたいな大穴ができてた。周囲も岩盤が多くて山脈の間にあってすごく奇妙。
「あそこは深都。無限に続くと言われてる穴の周囲に居住区を構えて日夜地面を掘り続けてる奴が住んでいる」
まさかの都。壁際に穴を掘って住んでるなんてまるで蟻の巣みたい。
「他にも五大都市が栄えたと共に衰退した街、廃都。石の時代に築かれた古都。島から離れて存在する旧都。存在だけが語られている空都。それらも五大都市に引けを取らない街さ」
何だか聞いてるだけでどこもすごそう。
「あれ。今、島って言いました?」
「ああそうか。あんたは知らないんだね。この国は海に囲まれた島国さ」
「そうだったんですね。実は私の国も島国なんです」
「そうなのかい。こんな偶然もあるんだねぇ」
私もそう思う。
それから空の旅が続いてた。緑豊かだった地上も少しずつ大地の色が増えてきて家や建物が見えてる。その遠くには黒くて大きな街並みが展望してる。昼間なのに黒いのは建物が全体的に暗い色をしてるから?
それで街に着く前にノイエンさんは地上に降りて街道みたいな所に着陸した。私も樽から出してもらった。
「空域から勝手に入るのはここでは禁止されててね。悪いけど少し歩くよ」
都が違えばルールも違うんだね。
「この国だとそういうのってやっぱり厳しいんですか?」
「いや、他の都はそこまでさ。央都なんて特に緩いだろう。あそこは来る者拒まないからね」
確かに騎士の人はいるけど私でも不審には思われなかったし、お店の人も普通に接してくれたんだよね。
「けど東都は五大都市の中でもかなり文明が進んでて人も多いから、そういうのにうるさいのさ。人が増えると融通も利かなくて不便なもんだよ」
「私、外国人になると思いますけど入るのは大丈夫です?」
「ああ。目立った問題さえ起こさなければ向こうも睨んで来ないからね。あたしなんか昔はやんちゃだったから、そりゃ色んな奴を敵に回したもんさ」
それで街道を歩いて行ったら黒い石段があってそこを登っていく。上にも横にも長い階段でそこを上がったら黒いレンガを積み上げてできたようなトンネルがあった。大きくて馬車や人が何人も出入りしてる。
私とノイエンさんもそのトンネルに入った。中は青白い灯りがあってそんなに長くはなかった。出た先には一面黒くてまるで夜の街みたいな所に着いた。空はあんなに明るいのに街の中は暗く感じる。でも赤い街灯がいくつもあるから行き交う人ははっきりと見える。
トンネルを出た先には黒いローブを纏った人が何人も立ってて、入って来る人を見ては何か紙にチェックしてる。時には声をかけて何か質問をしてる。
その中の1人が私とノイエンさんに気付いたけど、ノイエンさんが軽く手を挙げるとペコリと頭を下げてる。他のローブの人もお辞儀してる。本当にノイエンさんって何者?
孤児院の院長で、魔術学園の学園長で、他にも何か肩書きがありそう。
街の中は夜の繁華街って感じで黒い石の道に黒い建物、黄色く輝く窓。出店みたいなのはなくて、店の前には洒落た看板がいくつも並んでる。どれも色んな輝きを放ってて綺麗。
人も多くて央都の比じゃない。まるで都会。
「先にあんたにこれを渡しておく」
そう言ってノイエンさんが私の手に白くて透明のダイヤ状の石を置いた。
「これはなんです?」
「共鳴石。それを持ってたら万一逸れてもあんたを見つけられる」
ノイエンさんが同じのを持ってて見せてくれた。なるほど。
「本当に人がすごいですね」
「ああ。人の往来だけで言ったらここが一番だろうよ」
そんな感じで歩いてたら急に目の前に小さな蝙蝠がバサバサと飛びまわった。見てたら蝙蝠は建物の壁に張り付いて白い輝きを放って店の名前を出してた。なにあれ、すごい。
別の店だと本が宙に浮いてる。それでパラパラ捲られて止まると、魔法線で宙に文章が綴られていってる。中身を見せててお勧め本のハイライト的な?
他にも十字路に行ったら道路案内の看板が急にピョンピョン跳ねたと思ったら、刺さってる棒の先からが抜けて空中で止まった。それで少ししたら元の場所に戻ってる。
「ここは魔道具の技術が常に最先端をいってるからね。娯楽にせよ、日用品にせよなんでも揃ってる」
魔道具……。確かシロちゃんもこの前大金を払って買ったって言ってたなぁ。
「高価な物じゃないんですか?」
「物によってはね。でも魔道具って言っても色々ある。光を発するだけのものから、模倣した魔法を扱うのから様々だ。こうした研究からも近年では魔力がなくても随分生活しやすくなったと聞くね」
「ほえー。勉強になります」
「なんならあんたも買っていくかい? 金なら出してやるから気に入ったのがあれば言うといい」
「悪いですよ。私の中ではすごく高価なイメージがありますし、それにこうして街を観光できるだけで楽しいですから」
知らない街って歩いてるだけでわくわくするし。
「あんたは本当に無欲だねぇ。どういう環境で育ったらそんな風になれるんだい?」
そう言われても普通に生活してたらとしか言いようがないけど、何も言えない。
「一応言うけどあんたが何か買うまで帰さないからね。貰ってばかりなんてあたしの信条に関わる」
これは本当に帰してくれなさそうな雰囲気。
「そこまで言ってくれるならお言葉に甘えさせてもらいます。そうなると、どこかお店に入らないといけないですよね?」
初めて来た街だからどこがどういうお店かも全然分からないんだけど。
「ならあたしのオススメを教えてやるよ。付いてきな」
それで連れられて人混みを掻き分けていった。それで路地裏の方に入って歩いて行く。
狭い道だけどノイエンさんが曲がっては歩いてを繰り返してた。でも先に進めば進むほど壁の間の間隔が狭くなって、いよいよ1人しか通れないくらいになった。
それと同時にノイエンさんが足を止めた。その先は壁で行き止まり。
「あの、ここに店があるんですか?」
「見ててな」
ノイエンさんが後ろに下がるから私も下がる。それで行き止まりから10mくらいの間になったら、ノイエンさんが壁に手を当てた。そしたら青く六芒星が輝いたと思ったら地面が急に開いていく。地下に進む階段ができた。まさかの隠し階段。
「ここがそうさ。知る人ぞ知る店さ」
それで地下に降りていく。明かりもないからどんどん暗くなって、闇に染まったって感じた所でノイエンさんが扉を開ける音を出した。正直闇の中で空間が開いたようにしか見えない。
中に入るとそこは小さなお店だった。中央に四角い机が置かれて小物が並んでる。壁際にも細長い机が外周に沿って置いてあって、その上にも品物が置いてあった。ぼんやりとオレンジ色の明かりが灯ってるのが少しだけ薄気味悪くも感じるけど雰囲気はある。
人は誰もいない。お店の人もいない? ていうかカウンターとかもなくない?
あれ、お店だよね?
「博士はいないよ、博士はいないよ! アキャキャキャ!」
急に机に座ってたブリキの人形が喋ってちょっとびっくりした。
ノイエンさんはその人形を見ても何も気にせずに陳列棚を見てる。
「そいつは気にしなくていいよ。いつもそうだからね」
そうなんだ。無人のお店って中々度胸がある気がする。
とりあえず机に置いてある物を見てみる。どれもファンシーなぬいぐるみばかり並んでる。これって全部魔道具なのかな。人形にしか見えないけど。私がじーっと見てたらさっきのブリキの人形がテクテク歩いてきた。
「人形人形、どれもかわいい! ぼくのオススメ、らびらび!」
ブリキが人形を手にとって見せてくる。黒いウサギの人形。耳が大きいから、多分ラビラビを黒くしたのかな。普通にかわいい。
それでブリキさんがラビラビの頭を叩いたらラビラビがぴょんと跳ねて地面に着地した。
「きゅいきゅいきゅい~!」
床をぴょんぴょん走り回って声を出してる。鳴き声もラビラビそっくり。それで最後に私の肩にぴょんと飛んで抱きついてくる。まるで生きてるみたい。
「すごい。人形に見えないよ」
「博士すごい。何でも作る」
私の言葉に反応したの?
「私の言葉が分かるの?」
「分かる分かる。ぼく、天才!」
「へぇ。じゃああなたは買えるの?」
そしたらブリキさんは手でバッテンを表してた。
「それ、できない! ぼく、非売品!」
こういうのを想定して会話パターンを覚えさせてるのだとしたらこの博士さんって人はとんでもなさそう。
「どれも実用性は皆無だがだからこそいいもんがある」
ノイエンさんがボードゲームみたいなのを眺めてる。台の上では小さな小人が武器を持って戦ってて臨場感がすごい。
「こんなにいい物ばかりなのにお店の場所が分かりにくいと繁盛しないんじゃない?」
「博士、ひねくれもの! 頭、悪い!」
なんかブリキさんにめちゃくちゃ悪口言われてるけどこれも設定の範囲内なの?
「ノラ。何かいいものはありそうかい?」
「どれも面白くて目移りします」
ここにあるものならどれでも買って損はなさそう。一通り見て回ったら余計にあれもこれもってなって迷っちゃう。それで何周もグルグルしてたらふいに壁の方に目が行く。ずっと机の上ばかりを気にしてたから気付かなかったけど、壁に何か掛かってる。
試しに手を伸ばして取ってみた。木製の指し棒みたいなの。ちょっと古びてて傷んでるようにも見える。本とかに出てくる魔法使いが持ってそう。
「それを見つけるとは運がいい! それは魔法の杖です!」
「魔法の杖?」
「なんと、なんと! 使用者によって魔法が変わる博士の超発明!」
「魔力がなくても使える?」
「もちろん! 魔道具は誰でもがモットー!」
「試しにここで使ってもいい?」
「お試し! どうぞ、どうぞ!」
ブリキさんから許可をもらったから試して見る。試すってどうすればいいか分からないけど、とりあえず棒を軽く振ってみる。
……何も起こらない。
もう一度してみる。
……何も起こらない。
うーん、私の使い方がおかしいのかな。
「えっと、使えてます?」
不安だから聞いてみる。もしかしたら何か起きてるかもしれないし。
「博士、馬鹿! 頭、悪い! 不良品、作った!」
ブリキさんが叫んでる。これは何も起きてないんだろうなぁ。
「あいつが失敗するなんて思えないけどねぇ。ノラが異界人ってのも関係してるのか?」
どうなんだろう。その可能性は否定できないけど。
なんとなく諦め切れなくて何度も振ってみたけど何も起きなかった。
「ノイエンさん、これを買ってもらっていいですか?」
「いいのかい? そいつの言う通り本当に不良品かもしれないよ」
「でも、もし本当に魔法が使えたらちょっぴり嬉しいなって思いましたから」
憧れの魔法使いになれるかもしれないなら諦めたくない。
「そうか。よし、そいつを売ってくれ」
「毎度、毎度! 金貨、10枚!」
それでノイエンさんがお金をブリキさんに払ってた。もし払わなかったらどうなるんだろう。やっぱり暴走するのかな。
それでブリキさんに手を振って店を出たら、お辞儀までしてくれた。本当に生きてるみたいだった。
「ノイエンさん、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。あたしも、あんたが魔法を使うってのなら興味あるからね。あんたならとんでもないことをしそうだからねぇ」
期待してくれるみたいだけど、正直何も起きない可能性の方が高いなんて言えない。
それでもいつかは立派な魔法使いさんになってみたい。そう思う。
余談
今回の話で五大都市とその他の都について語られました。連載初期から設定上だけ存在していた街で元々描写する予定もなく、央都で物語を完結させる予定でした。とはいえせっかくここまで話も進んでいるので新しい変化ということで今後、各都市に行ったりするかもしれません。
因みに地名がシンプルなのは単にカタカナの地名は覚えにくいという持論からです。はい。




