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91 女子高生も地下水路を歩く

 今日もなんでもない日。そんな日にやって来たのはシロちゃんのパン屋さん。何か小腹が空いたらついつい寄っちゃう。というわけで扉を開けた。


「キタキタキツネー!」


「キタキタキツネだよ~」


「ノララなのです! いらっしゃいませ!」


 シロちゃんの元気な接客を見れただけで今日一日頑張れる。欲をかくなら尻尾をもふもふしたいけど。


「今日もパン作り?」


「そうなのです! 今日の私は一段とやる気があるのです!」


 確かにいつもより元気そう。


「いい事でもあった?」


「はい! 実は奮発して魔道具を買ったのです!」


 そう言ってシロちゃんが机の上に鉄で出来た四角い箱を置いた。頭の方には細長い煙突みたいなのが付いてる。鉄の箱の側面の一部格子になってて、中には丸い金属っぽい何かが入ってる。


「魔道具?」


「魔力がなくても魔法、正確には魔元素の力を借りられる便利道具です!」


「へ~、すごそう。これは何に使う道具なの?」


「これは火を起こす道具です。煙突の蓋を閉じて、格子の部分も側面の取っ手を引っ張って押すと全部閉められるようになってます。それで全部閉めたら中の球体が空気中の魔元素を吸収して火を起こすんです」


 シロちゃんが試しにやってみてくれて、全部蓋をしたらシュポンって音がするとボボボーって何かが燃えてる音がする。それでシロちゃんが一箇所だけ格子部分を開いたら中の球体が真っ赤に燃えてた。


「ずっと放っておくと煙突の所に火を吹くのでそれで火を起こせるというわけです!」


 確かにそれは便利そう。料理用のガスコンロみたい。


「これがあればもう火打石で苦労する思いはしないのです!」


「これならパン作りにも精が出るね」


「はい! 貯金全部使いましたけど後悔はしてないのです!」


 やっぱり高いんだ。でも貯金全部って言ったけど大丈夫? 多分、比喩だよね。一般的に考えたら文字通り全部使うなんてないと思うし。


「えっと、食べる位のお金は残してるよね?」


 一応聞いてみる。


「全く残ってないのです! でも大丈夫なのです! パンを作って売ればまたお金は増えるのです!」


 すごく自信満々に言ってるけど何か不安が増えてく。


「材料は……あるよね?」


 おそるおそる聞いてみる。


「大丈夫です! この箱の中にこの前シャムが持って来てくれたのがあるのです!」


 シロちゃんが自信満々に木箱の蓋を開けた。けどその中身は空っぽで何も入ってない。シロちゃん、数秒間固まって蓋を閉めて開けてを繰り返してる。理解してるけど理解したくないパターン。


「材料がないキツネー!」


 ようやく気付いたみたいで叫んでる。不安的中だよ。


「お金なかったら材料買えないのです! え、じゃあバクの種を育てて収穫して粉作りからしないとダメなのです!? それまでどうやって生活するのです!? 雑草食べないとダメなのです!」


 シロちゃんパニックになって思考がおかしくなってる。とりあえず頭を撫でてあげて落ち着かせよう。


「大丈夫だよ、シロちゃん。お金がないなら今日働いて稼いだら問題ないよ」


「で、でも私魔力なしですし、私何かが働ける所なんて……」


「任せて。こういうのに詳しい人を知ってるから」



 ~魔術学園学長室~



「で、揃いも揃って何の用だい?」


 学長室に来たらノイエンさんが書類作業をしながらぶっきら棒に言ってくる。


「今日どこかで働かせてくれる所がないか、その相談に来ました。できれば魔力がなくても出来る仕事だと嬉しいです」


「なるほどねぇ。そっちの狐っ子の要望ってわけかい。あんたも世話好きなことだね」


 それはノイエンさんにも言えることだと思うけど。


「モコ・シロイロと言います。よろしくお願いしましゅ」


 シロちゃんが緊張してカチコチになりながら挨拶してる。


「ああ、よろしく。そういえばさっき目に通したのにこんなのがあったねぇ」


 そう言って書類の山の中から無造作に紙が抜け出して宙をひらひら舞い上がって私の手元に飛んでくる。シロちゃんも背伸びして紙の中を見ようとしてくる。


 異世界の文字だから解読に時間がかかる。地……水……、うーん、ダメだ。


「シロちゃん、翻訳お願い」


「ええっと。地下水路の点検、でしょうか。地下水路を歩いて不備がないかチェックするみたいです。日当は……金貨20枚!?」


 シロちゃんが食い入るように紙を凝視してた。多分破格なんだろうと思う。


「それなら魔力のないあんた達でもできるんじゃないのかい?」


「チェックって専門的な知識は必要ないんですか?」


「その辺は当事者に聞きな」


 それで業者の場所を記した地図もくれたから早速そこに向かうことになった。



 ~地下水路点検業者前~



 噴水広場を北に進んだ所のオフィス街っぽい所の一角にポツンとあった工場みたいな所の前に来た。丁度門前の所に偉そうな男の人が誰かと会話してる。それが終わるのを待ってから近付いた。


「あの~、少しいいですか?」


「ん? なんだね君達は?」


「実は地下水路の点検の仕事の募集を見たのですがお話いいですか?」


「おお、点検に来てくれたのか! それは非常に助かる!」


 男の人がめちゃくちゃ喜んでる。そんなに人手が足りてないのかな。


「仕事って魔力のない私達でも出来ますか?」


「もちろん! 地下水路を歩いて不備がないかチェックするだけだからね。何か欠陥などがあれば報告書に記載してくれるだけで構わない。敷地が結構広いからずっと歩いてもらわないといけないけどね」


 聞いてるだけでそんなに大変そうな仕事には思えなさそう。シロちゃんも同じみたいで首を傾げてる。


「その仕事で金貨20枚もくれるのです?」


 シロちゃんが聞いたら男の人が急に前屈みになって声を低くした。


「実は言いにくいんだけど最近変な噂があるんだよ」


「噂ですか?」


「ああ。何でも地下水路から変な声が聞こえるって作業員から連日報告があってな。声の主を探してもどこにもいなくて、声は一向に止まないんだ。寒気がして逃げ出した奴もいたくらいだ。それで地下水路に行く奴がめっきり減ってこっちも困ってたんだ」


 なるほど。本来は作業員の人が点検してるけど緊急ってことで外部に依頼してるのかな。


「それでこんなことお願いしにくいんだけど、その幽霊の正体を突き詰めて欲しいってのが一番の頼みだ。このままだと街の水の供給が止まっちまう」


 それで金貨20枚っていう破格の報酬にしてるのかぁ。


「分かりました。頑張って探してみます」


「ノララ、受けるのです!?」


 シロちゃんがびっくりしてあわあわしてる。確かにこっちの幽霊っていうのがどんな物かは分からないけど今の所被害はないんだったら多分平気、だと思う。


「うん。1人だったら心細いけどシロちゃんもいるし」


「うぅ、拒否権がないのです~」


「呪われた時は仲良く成仏しようね」


「行く前に怖いこと言わないで欲しいのです!?」


 それでも断らない辺りシロちゃんもいい子だね。


「ありがとう。正直年端のいかない君達にお願いするのはこちらとしても恐縮だがお願いするよ。身の危険を感じたら仕事など気にせず逃げてくれて構わないから」


「分かりました。地下水路へはどうやって行くんですか?」


「案内しよう」


 それで男の人に付いて工場の中に入った。でもそこは私が想像してた機械で溢れてるような所じゃなくて、平らな地面の真ん中に大きな階段があるだけの所だった。よく考えたら異世界なんだから現代基準で考えるのはおかしかったね。


 それでその階段を降りて行ったら水の流れる音が聞こえて地下室まで来た。小川みたいに水路があって水が静かに流れてる。地下はランタンみたいなのが所々壁にかけられてるから思ったより明るい。


「これが地図だ。それとこっちが報告書。くれぐれも気をつけてくれ」


 紙とペンを受け取って男の人は出て行った。何かこの場にはいたくないって感じにも見えて、もしかして私が思ってるより状況は深刻?


 とりあえず地下水路の地図を見てみる。そこには枝分かれした道がいくつもあってまるで迷路みたい。水路を挟んで道が2本あるし、2本の道がまた分かれてたりもしてこれは確かに1日がかりの仕事になりそう。


 とりあえず現在地もすでに右か左かで道がある。見た感じ右からの方が枝道が少なそうだから先にこっちを片付けようかな。


 水路をコツコツ歩いて行く。隣ではシロちゃんが私の腕を持ってぴったりとくっ付いてる。大きな尻尾が背中に当たってちょっと幸せ。


「本当に幽霊なんているのかな。シロちゃんはどう思う?」


「あの人が嘘を言ってるようには聞こえなかったのです……。幽霊じゃなくても何かいるのは間違いないのです……」


 それはそうかもしれない。もし幽霊じゃなくて魔物だったらどうしようもないんだけど。


「あ。ここのランプ消えてるね。報告しておかないと」


 地図にチェックを入れておく。それでシロちゃんに報告書の方に細かく書いてもらおう。


「ノララは怖くないのです?」


「怖いのは怖いけど、そういう曰くつきの話って余計気になったりしない?」


「わ、私はならないのです」


「そっかー。こっちの幽霊もやっぱり死んだ人が主流なの?」


「死んだ人が化けるのです!? コワコワキツネー!」


 余計怖がらせちゃったみたい。


 ※


 それから作業は順調に進んで問題もなかった。所々修理が必要な箇所があったからそこは要チェック。


「幽霊出てこないね」


「ノララ、なんでそんな残念そうなのです!?」


 やっぱり聞いたからには会ってみたかったし。それで出来るなら仲良くなってみたい。死んだらどんな感じなのかとか聞いてみたい。


 そんな足取りで水路の脇道を歩いてたら異変は起きた。


「ウオォォォォォォォォン」


 不協和音にも感じるおどろおどろした声が地下に響いた。シロちゃんが即座に私に抱き付いて目を瞑ってる。周囲を見渡したけど水の音がするだけで何かがいるようには感じない。


「ウオォォォォォォォン」


 また声がした。不気味な声は定期的にずっと響いてる。静かな所だから余計に耳に纏わりつくし、確かにちょっとだけ怖い気もする。シロちゃんに至ってはぶるぶる震えて首を振ってる。


「ノララ、帰ろうなのです! やっぱりここは異常なのです!」


「せっかく幽霊さんが来てくれたんだから正体を暴いておこうよ。そうすればここの人達も安心できるかもしれないし」


「ウオォォォォォォォン」


 また声がしてる。まるで私達の会話を聞いてるみたい。


「ムリムリムリムリキツネですぅ!」


 困ったなぁ。何とかして落ち着かせないと。


「これは私が仲良くしてる神主さんの言葉なんだけど、幽霊さんって怖がってる人を見ると嬉しくなってもっと怖がらせよーって思うんだって。それには理由があって幽霊さんは普段誰も気付いてくれないからそういう人を見ると嬉しくなって悪戯したくなるそうなんだよ」


 だからもし幽霊と出会ってもいつも通りにしてたらいつかは興味をなくしてどこかに立ち去ってくれるみたい。それが神主さんの実話かどうかは分からないけど説得力はあった。


「そ、そそそんなの急に言われてもムリムリキツネ……」


「それに声は怖いけど見た目は普通かもしれないよ。例えばモイモイのパンだったり、リガーだったり」


 人って想像力が豊かだから見えない者に対して過剰になるって聞いたことある。だから妖怪とかが語り継がれるようになったんだね。


「それはそれで別の意味で怖いのです!」


「でもモイモイのパンだったら食べれるでしょ? 食べたら成仏しそうじゃない? あ、成仏っていうのはちゃんと魂が天に行ってくれるって意味だよ」


「そ、そうなのですか。私、食べれるでしょうか」


「うん。2人で頑張って食べよー」


「分かったのです!」


 シロちゃんが信じてくれたおかげでちょっとだけ元気になってくれた。今の内に先に行こう。


「ウオォォォォォォォォォン」


 声の主はどんどん大きくなってる。シロちゃんは私にしがみ付いてずっと「モイモイのパン、モイモイのパン」って呪文を唱えてる。何かかわいい。


 それで水路を跨ぐ橋を渡って向かいの通路へと行く。丁度そこから奥に進む細い一本道があった。丁度2人が通れそうなくらい狭い所。どこかに通じる道かな。声の主はこの先からしてくる。シロちゃんの顔を見て頷いたら一緒に進んだ。


 その先に待ち構えていたのは……。


「うん」


「えーっと」


 目の前には鉄パイプが欠陥して水が噴出してた。それで欠陥してる所に鉄の箱みたいなのが中身を剥き出しにして開いてる。その中の青い球体みたいのからさっきの声がずっと響いてる。


「魔道具、だったのです」


 鉄パイプに挟まってたから変な音が出てたのかな。定期的に鳴ってたのは水に触れて魔道具が変に作動してたから?


「幽霊さんじゃなかったね」


「はぁー、びくびくして損したのですー」


 現実はこんなものだよね。本物に会えなかったのは残念だけど。

 とりあえず挟まってる鉄の箱を引き抜いたら変な音はしなくなった。これで一先ず安心かな?


「よかったね、これなら何事もなく終われそうだし」


「本当です。でもノララはすごいのです。私だったら絶対に途中で逃げていたのです」


「シロちゃんがいてくれたってのもあるよ。1人だったらどうだったか分からないから。今度は本物の幽霊さんに会えるといいね」


「わ、私は遠慮しておくのです……」


 私は会いたいけどなぁ。幽霊さん、いつか会えるかな。

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