89 女子高生も立会人になる
「んー。終わったー」
放課後。この前風邪で休んだ時のテストの再テストを受けてやっと解放された。コルちゃんもリンリンもいないし早く帰ろう。鞄に教科書と筆記具を閉まって教室を出た。
そしたらそこは私の知ってる廊下じゃなくて石でできた廊下。魔術学園?
「はーはっはっはっは! 我に挑むとは笑止千万! 我は逃げも隠れもせぬ。いくらでも相手してやろうぞ!」
ぼうっとしてたら遠くから幼い子の笑い声が響いてた。この間抜けそうな声は聞き覚えがある。それで視線を向けたら何か物凄い生徒の集まりがこっちに歩いて来てた。何事?
「む。お主はノノムラノラではないか! 我に会いたくてようやく来てくれたのじゃな!」
紫髪の垂れた角がある女の子、キューちゃんが声をかけてくれた。
「キューちゃん、久し振り。何かすごい人気者になってるね」
周りには生徒を連れて百鬼夜行みたい。
「はっはっは! そうじゃろう! 我にかかれば容易いのじゃ!」
「ちっがうでしょ! あんたが馬鹿な発言ばっかするから皆に決闘挑まれてるんじゃない!」
「む。そうであったかのう?」
リリが生徒の輪を抜けてつっこんでる。これは何かありそう。
「リリー、おひさー」
「ノノ、会えて嬉しいわ。そうだ、良い所にノノが来てくれたのだしノノに立会人してもらったら?」
「それは名案じゃな」
何か2人で納得して頷いてるけど何の話かさっぱり分からない。返答する間もなくリリに引っ張られてゾロゾロと階段を降りていく。それで何か周囲を注意深く観察して他の生徒が小声で「大丈夫だー」って言ったらリリが壁に手を置いた。そしたら壁に魔法陣が出て扉が開いた。ここって確か街の外に繋がってる非常口だよね?
それで生徒皆がいそいそと行列を組んで降りて行って広いトンネルみたいな所に出てきた。それでキューちゃんが奥の方に歩いて行ってこっちに振り返る。
「さぁ誰からでもかかってくるがいいのじゃ! 我は逃げも隠れもせんぞ!」
「その前に何をするか教えて欲しいんだけど」
恐る恐る手をあげて聞いて見る。
「簡単に説明するとヘイムが授業でやたらと皆を煽って馬鹿にするから、それなら魔法決闘で決着をつけようって話になったの」
他の生徒さんが腕を組んでうんうんって頷いてる。これは余程みたい。
「キューちゃん、人を馬鹿にしたら駄目だよ」
「何を言うか。我は千年生きた死神ぞ。何故人の教えを乞い、このような末端な連中と共に下等な訓練をせねばならぬのか。寧ろ我に教えを乞うのが常というものじゃろう!」
腰に手を置いて尊大な態度を見せてる。これは重症だなぁ。今の発言でも生徒さん達明らかに機嫌が悪くなってるし。
「とまぁ、あんな感じで生徒や先生を挑発ばかりしてねぇ。流石に放っておけないから魔法決闘で勝負を決めるしかないって思ってね」
「魔法決闘?」
「そそ。お互い持てる最大の魔法を出し合って相手よりも自分の方が優れてると魅せ合うの。相手の魔法を潰したりして自分をよく魅せるのが魔法決闘の醍醐味よ」
「聞いてるだけで危なそうに感じるんだけど」
「だからここを選んだの。ここなら派手に魔法を出しても怒られないだろうし、両者十分に離れてたら大丈夫でしょ」
「先生には許可取ってあるの?」
そしたらリリが口に人差し指を当てて誤魔化そうとしてる。秘密かぁ。これ大丈夫なのかな。
「大体は分かったけど立会人って何をすればいいの?」
何か私が適任みたいに言われたし。
「特に何もしなくていいわ。どちらかが不平な動きをしてないか見てるだけでいいと思う。魔法決闘は相手を狙ったりするのはルール違反だから」
「分かった。それでどうやって決着をつけるの?」
「もちろん、どちらかが参ったって言うか、反則行為をしたかのどちらかね」
意外と競技性のある勝負なのかな。でもちょっと興味もあるし見るだけ見ようかな。こんな機会なんて滅多にないだろうし。
それでキューちゃんの前に1人の生徒さんが出て来たから、私はその間の端に立ってみた。なんか審判みたいだね。それでお互いが睨み合ってる。もしかして合図が必要?
「えーっと、はじめ?」
「よっしゃ! まずはこっちから行くぜ!」
男子生徒が片手を突き出してアラビア文字を浮かばせてる。そしたら腕の周りに炎がグルグル回ってそれが拡散した。おー、なんかすごい。
「ふん。所詮は人間じゃな。その程度で我に敵うと思うたか。ならばこの場の誰もが我に敵わんと思い知らせてくれようぞ!」
そう言ってキューちゃんの足元の周りに黒い魔法陣ができあがって、紫色の泡が浮上してる。それで目の前の空間を引き裂いて何かそこだけグルグル空間が捩れてるような。よく分からないけど何かとんでもないことになりそう。
「だめだめっ! キューちゃん、そういうのはダメだって!」
とりあえず声を出して中断させよう。それでお互い魔法を止めてくれた。
「何故止めるのじゃ。歯向かってくる人間にはこれくらいのお灸が必要じゃろう?」
「キューちゃん、これは試合だから殺意とかそういうのはダメ。キューちゃん約束してくれたよね? ここにいる間は誰にも危害を加えないって」
「むぅ。そうじゃが、時と場合があるじゃろう」
「ダメだよ。約束したんだからちゃんと守って」
「わ、分かったのじゃ」
「キューちゃん、今反則行為したからこの勝負は負けだよ」
「なんじゃと!?」
そしたら男子生徒がガッツポーズして喜んでた。
「待つんじゃ! こんなのは聞いておらん! 仕切りなおしが普通じゃろう!」
「だーめ。ちゃんと人間社会も勉強しなきゃ」
「む、むぅ」
キューちゃんは不服そうにしてたけど持ち場に戻っていった。
「次の人ー、出ていいよー」
リリが手際よく手招いてくれてる。そしたら今度は女子生徒が前に出てきた。その子はペコリとお辞儀をしてた。礼儀正しい。キューちゃんは腕を組んで見てるだけだけど。
「はじめ~」
そしたら女子生徒さんがその場に座り込んで地面に手を当てた。何をするんだろう?
見てたら石のタイルがパラパラって捲れていってそれが次々と組み合わさって合体していく。そしてまん丸で可愛い土偶みたいなのを造りあげた。えー、すごい。
土偶は動けるみたいでゆっくり足を動かしてる。何か健気だなぁ。
「ふん。やはりその程度か。ならば本物を見せてやろう!」
キューちゃんが目を光らせてまた地面に魔法陣を描いた。それで女子生徒がしたみたいにタイルや壁の石とかが一転に集まっていく。それも大きさは人の何倍もあるような大きなロボットみたいなの。
「あれって、何か名前あったよね。なんて言うんだっけ?」
「ゴーレム?」
そうそうゴーレム。漫画か何かで見た気がする。石で出来たゴーレムは沈黙したみたいに止まってる。
「仕上げじゃ! 我が魔力を糧にせよ!」
キューちゃんの右手から赤い弾が放たれてゴーレムの顔っぽい所に嵌って赤く光った。そしたら右足を前に出して物凄く地面を揺らした。その振動で土偶が転んじゃってる。石のゴーレムが右手を突き出して土偶に狙いを定めてる。うーん、嫌な予感がする。
「ストップストーップ!」
「またか! お前さんは我に恨みでもあるのか!?」
「違うよー。でもね、キューちゃん。目的は相手の物を壊すことじゃないでしょ? それに壁のタイルも一杯剥がしてるしそういうのダメだと思う」
「そやつも地面を剥がしたじゃろう!?」
「キューちゃんがゴーレムさんを造ったから明らかに壁がおかしくなってるよ。ちゃんと元通りにできるの?」
「そ、それはこやつにも……」
キューちゃんが女子生徒を指差してたけど、その子は土偶さんをバラバラにしてちゃんとタイルを元に戻してた。それを見て絶句してる。
「わ、我は魔法決闘と聞いてじゃな……」
「今回もキューちゃんの反則負けだよ」
「なんじゃと!? 納得できぬ!」
「学校には学校のやり方があるんだから、まずはそれを理解しないと。何でも自分のやり方ばかり押しつけてたらダメだよ。あんまり自分勝手にしてたら嫌いになるから」
「それは嫌なのじゃ……。お主に嫌われたくないのじゃ」
厳しい言い方になるけどこれも人の社会に生きる為の勉強と思ってもらわないとね。こういうのを甘やかしたら後でどんどん大変になっていくかもしれないし。
「……ていうかさぁ、あの子が萎縮してるってあっちの子の方が凄いんじゃない?」
「それ思った。あの死神があんな素直に言うこと聞いてるの初めて見たし」
何か周りの生徒がひそひそと話しながらこっちを見てるような。あれれ?
「おい、てめーら! 非常口で何してやがるんだい!」
階段の方から怒鳴り声が聞こえたと思ったらそこには仁王立ちして鬼の形相のノイエンさんが立ってた。あれだけ騒いでたら気付くよね。
「フェ、フェルラ先生!?」
「あんた達、許可なく勝手に暴れてくれたみたいだね。ここにいる奴ら全員反省文だよ。それと暫くは魔法の使用を禁止にするからね。ほら出た出た!」
そう言われて皆ががっくり項垂れて階段の方に上がって行った。ノイエンさんはこっちに気付いたみたいでのしのしと歩いて来る。
「ったく、リリル。それにノラも噛んでいたのかい」
「ちっ、違うの! ノノは私が無理矢理誘っただけで!」
リリが必死に弁明してくれてる。嬉しいけど共犯は共犯だよね。
「いいよ、リリ。付いて来たのは私だし」
「まぁいい。それにあんたを見て大体察しがついた。ヘイム、あんた相当悪だと思ってたがここまでとはやってくれるねぇ」
ノイエンさんが石のゴーレムを見上げながらじっくり見てる。確かに完成度はすごい。
「そ、そうじゃろう! もっと褒めてよいぞ!」
「そうだな。あんたは反省文2倍と補修、さらに魔法の課題のセットでプレゼントしてやるよ」
「な、何故じゃ!?」
「確かにお前さんの魔力はすごい。だが魔法の使い方が雑すぎる。どれもこれも力任せな魔法ばかりだ。碌にコントロールの仕方も学んで来なかったんだろう」
ノイエンさんがゴーレムに手を触れるとそれは一瞬でばらばらになって元の場所に戻っていった。おー、流石は学園長さんだね。
「当然じゃろう。そんなことせずとも我には溢れるだけの魔力があるのじゃ」
「そんな魔法、当てれるものなら当ててみな」
ノイエンさんが挑発したからキューちゃん怒って人差し指を向けた。危ないって言おうと思ったけど指先から出た青い火の玉はノイエンさんの首元をすり抜けて後ろの方に飛んでいった。それにはキューちゃんが驚いてた。
「雑な魔法はこうやって簡単に相手のもコントロールできる。確かにあんたの魔力はあたしよりも多いかもな。けど今のあんたに負けるとはこれっぽっちもないね」
これには年季の差が出たかな。でもここまで言ったらキューちゃんもまた機嫌悪くしそう、って思ったけど腕を組んでそっぽを向いてた。
「ふん。どの道お前さんは長くあるまい。我が手を下さずとも勝手に死ぬじゃろう」
「ああ、悪いねぇ。あたしの勝ち逃げになっちまってね」
「むむむぅ! ならばお前さんが死ぬ前に絶対に勝ってやるのじゃ!」
「くっくっく。楽しみにしてるよ」
何か良く分からないけどいい感じに纏まってる? ノイエンさんもキューちゃんの扱い方分かってるなぁ。
「これでヘイムも暫く大人しくしてくれるといいんだけどね」
リリが私に向かって言ってる。
「多分大丈夫じゃないかな。キューちゃんはちゃんと人の話を聞く子だよ」
「主にノノに、だと思うけどね」
そうかな?
「リリル、何か部外者っぽく振舞ってるけどあんたもちゃんと反省文提出しなよ!」
「う~、誤魔化せなかった~。うへぇ」
「ノラは……あんたはいいか。どうせあんたは魔法が使えないしね」
「えー、それずるくない!?」
「そうじゃそうじゃ! えこ贔屓じゃ!」
「うるせぇ! ぼやいてる暇あったらさっさと反省文の一文字でも書いてきな!」
ノイエンさんに渇を入れられてリリとキューちゃんも仲良く階段の方に歩いて行った。2人共手を振ってくれたから返してあげよう。ばいばい。
「やれやれ。あいつが来てから騒がしいもんだよ。あんたも中々やってくれたね」
「本当にいいんですか?」
「反省文かい? 別にいいさ。大方あんたの場合はあいつらに言われて来ただけだろう。寧ろあんたならあの死神をうまく言ってくれたと考えるけどね」
ノイエンさんは人の心を読む魔法でも使えるのかな?
「キューちゃんはこっちでうまくやれてますか?」
「問題児だけど思ったより害はないよ。もっとヤバイのを想像してただけに拍子抜けしてるくらいさ」
この現場を見ても拍子抜けしてるってやっぱり肝が据わってるなぁ。でもキューちゃんもあんな性格なら学園に溶け込むのも時間の問題だろうね。色々心配もあったけど一先ず安心、かな?




