88 女子高生も異世界の村に行く
今日も楽しい異世界の街にやってきた。最近こっちに来ないと落ち着かなくなってきてる。
「今日は何しようかな~」
1人だしせっかくだから趣向を変えるのも面白いかもしれない。バラエティ番組みたいにサイコロを振って出た目で行き先を決めるとか。でも6面だと足りないような?
それか曲がり角に当たる度に棒を倒して倒れた方に歩いて行くのもありかもしれない。
「ん~、どうしよっかな。およ、あれは?」
悩んでたら街の門の近くで白い髪の猫耳が付いた子が大きな鞄を持って出て行こうとしてるのが見えた。これは決まりだね。
「レティちゃん、こんにちは~」
「わわ! ノラ様じゃないですか!」
「ノラだよ~。採取にでも行くの?」
店の品は全部レティちゃんの自給自足だからいつも素材が不足しがちなんだと思うし。と思ったんだけどレティちゃんは首を振った。あれ?
「私もそれならよかったんですけど、実は西の村に薬品を届けないといけないんです」
「そうなんだ。出張販売?」
レティちゃんの薬はよく効くから街の外の人が欲しがっても不思議じゃないし。
「いえ、国から頼まれまして人手が足りなくてどうしてもってお願いされたんですよー」
そういえば昔に国からの依頼は断ってる的なのを言ってたような。道具屋にしてるのも薬経営者なのを誤魔化すとかなんとか。
「国の依頼なら仕事料も高いんじゃない?」
「そうですね。懐が温まる程度にはもらいました」
「なのに断ってるの?」
「国の為に動くと自由に商売もできなくなるんですよ。あっちこっちに引っ張られますし、下手すれば国の外にまで行かされるかもしれませんし。私としては自由に働いて自由に休みたいんですよね」
確かに私もレティちゃんと離れ離れになるのは嫌だなぁ。
「そっか。私もレティちゃんと一緒にいられる方が嬉しいな。今日は暇だから私も付いていっていい?」
「本当ですか!? 実は1人で寂しいなって思ってたんです!」
耳と尻尾をぴょこぴょこさせて喜んでるのが可愛い。何となく頭を撫でたら顔をほにゃほにゃさせてまた喜んでくれた。
「それじゃあ行こっか。道はこのまま真っ直ぐでいい?」
「はい! ずっと真っ直ぐです!」
そんな感じで2人で仲良く歩いて行った。砂利道がまっすぐあってその周りは大草原。ちらほらとスライムの姿があって癒される。
さらに進んで行ったらスライム牧場があってトカゲのおじさんが遠くで手を振ってくれたから振り返しておこう。牧場の中に巨大スライムがいてちょっと気になるけど今は我慢する。
それでそこからもずっと真っ直ぐ歩いて行ったら遠目でも分かる森が……じゃなくて樹海っぽいのが見える。うねうね曲がった大木、青い苔で浸食された地面、一応道っぽいのはあるけど明らかに樹海。というかここに見覚えがある。確かこの前キューちゃんと入ろうとしてた所。ここが出口だったか~。
「この中にあるの?」
「大丈夫です。一見不穏そうな所ですけど危険な所ではありませんから。この辺は人の痕跡のある道がありますから魔物も早々寄って来ません」
「詳しいね。ここにも来るの?」
「遠いので時々ですね。それにお師匠様の修行メニューでここで自給自足もしましたから……」
レティちゃんが虚ろな目をしながら話してる。余程恐ろしい経験だったのかも。私の知ってるノイエンさんと明らかに違って段々と別人説になってきそう。
とりあえず樹海の中に入って行く。雑草はそんなに伸びてないけど苔で浸食されてるから足を滑らせないように気をつけないと。
樹海は昔見た異世界の山とは違って全体的に緑色。苔が青いから地面は海に見えなくもないからちょっと綺麗。でも大木の形が本当におかしい気がする。どれもこれも変な曲がり方してる。S字だったり、逆U字で枝先が地面に刺さってたり、頭が傘になってるのもある。それにどこからか変な動物というか魔物の声も聞こえる。
「本当にこんな所で修行してたの?」
「はい。素材を集める上で大事なのは冒険心だとお師匠様は言ってました」
冒険心かぁ。子供心を忘れるなって言う意味なのかな。
「こんな所で生活するのも大変そう」
近くに大きな街があるからそっちに移住したほうがよさそうに見えるけど。
「長く続けてきた生活ですから現地の人からすればそれが当たり前なんだと思いますよ。私も山奥で暮らしていましたが、時々現れる魔物や食生活に疑問はありませんでしたから」
「そっかー。私の住んでる所も山の中だからその気持ち少し分かるよ。お医者さんが少ないから重い病気になったりしたら山を下りないと駄目だし」
「きっとここも同じなんだと思いますよ。だからこうして支援してるんだと思います」
ふむふむ。やっぱり異世界って言っても原理や考え方は私の所と似てるんだね。
そんな風にお喋りしてたら遠くに人影がぽつぽつと見えてきた。思ったより近かったみたいでよかった。それで近付いて行ったらそこは生活感溢れる所だった。大木の形が歪なのを利用してその上に木造の小屋っぽい家がいくつも立ってた。
寧ろ地面に立ってる家が全然なくて全部木の上。梯子がいくつもあって上にあがれるようになってるし、大木の太い枝を利用して別の家に移動してる人もいる。家の近くにハンモックがあって気持ちよさそうに寝てる人もちらほら。
家が高い場所にあるからか地上にいる人が上の人に声をかけて木箱みたいなのをロープで括って引き上げてもらってる。住んでる人の格好は皮っぽい服だったり、毛皮みたいな服を着てる。
私が想像してた村と違ったけど、これはこれでいいかも。自然と一体感があって心地よさそう。
「おや。もしかして央都からの客人かい?」
村の男の人が話しかけてくれた。そんなすぐに簡単に分かるものなのかなって思ったけど、私の方を見てる。もしかしてこの制服がそれっぽく見えたのかな。
「はい。薬の定期補充にやって参りました」
「ん? いつもの人じゃないのか?」
「人手が足りなくて代わりに来ました」
「そうか。とりあえず村長の所に案内するよ」
その人に案内してもらって村の奥の方に歩いて行ったら地上に平屋が建ってた。一番偉い人の家が地上にあるのが意外だったけど気にしてる暇もなく中に案内してもらった。
中に入ったらそこは大きな一室になってて、マンションのワンルームみたい。目立った物はないけど壁に飾ってある剥製みたいなのが気になる。
「村長ー、央都から医者が来てくれましたよー」
「おーそうか。今出よう」
その人は奥の方のテーブルで何か作業をしてたみたいで、それをやめてこっちに来てくれた。温厚そうなおじいちゃんみたい。そしたら村の人がお辞儀をしてからそこを出て行った。
「いつもすまないね。狭い所だがどうぞそこに座ってください」
丸太みたいな木の椅子を勧められてそこに座ってみる。思ったよりゴツゴツしてなくて座り心地が悪くないかも。
レティちゃんが鞄を地面に置いて中から救急箱を取り出して机に置いた。箱を空けたら中には小さな小瓶がいくつも入ってる。多分ポーションかな?
「おぉ。こんなに沢山。助かります。今でこそ難病には患っていませんがワシも老いた身でいつ病気になるか怯えているものですから。もう木の上にあがるのも大変なんです」
だから地上に家を建ててあるんだね。そう考えたら他の人も地上に造った方がいいのにって思うけど何か理由があるのかな。
「いえいえこちらも仕事ですから」
「ふむ。ですがあなたのようなお子様が立派に働いているのは感心ですな。ワシの孫なんて今でも木登りで遊んでばかりのやんちゃ坊主ですよ」
「あはは……」
レティちゃんが愛想笑いをして誤魔化してる。多分子供って思われたのを気にしてそう。私よりも年上って言ってたし。
それで村長さんが色々とお話をしてくれて時間は過ぎていった。
「おっと、年寄りの長話に付き合わせてすまないね。暗くなると帰るのも大変になるでしょう」
それで席を立ったら村長さんが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。せっかく来てくれたのだから御礼の品を渡そう」
「そんな、お礼なんていいですよ」
「遠慮しなさんな。いつも来てくれてるお医者さんにも渡してるからね。確かまだ保存してるのがあったはずだ。あったあった」
村長さんが樽の蓋を開けてその中から何かを持ってきてくれた。白菜よりも更に太そうな緑色の葉で何かが包まれてる。ロールキャベツ?
「この村の名物のタルタル葉の肉詰めです。帰りながらでも食べてください」
受け取ったら思ったより重量感がある。サイズはそんなに大きくないけど食べ応えはありそう。それで村長さんにお辞儀をしてから村を出ていくことになった。事無く終わってよかった。
「はぁ~、よかったぁ」
樹海の帰り道。レティちゃんが胸を撫で下ろして深い息を吐いてる。
「大丈夫?」
「はいぃ。すごく緊張したものですから。偉い人と話すのはどうも慣れなくて……。私、粗相がなかったでしょうか?」
「全然問題なかったよ。村長さんも喜んでたし大丈夫だと思うよ」
「それなら良かったです。実は私が子供だからって言われてお薬を受け取ってもらえなかったらどうしようって思ってたんです」
確かに実際に子供だって思われてたもんね。
「その時は私がフォローしてたよ。レティちゃんの薬に嘘偽りはありませんって」
「うぅ、ノラ様~。やはり一緒でよかったです~」
レティちゃんがべったりくっ付いて来て可愛い。
「せっかくだし貰った料理食べよう?」
「そうですね。いただきます」
「いただきまーす」
葉に齧ったらシャキッて音がする。何これ、甘い。野菜だと思ったけど全然苦味がないんだけど。そしたら肉汁が口の中に広がって脂っぽさと肉肉さの味がする、と思ってたら最後にトロッとした感触があった。なんだろうと思って齧った葉の中を見たら肉の中に白いチーズみたいなのが練り込んであった。それに葉と肉の間に赤いソースが付いてる。もしかして甘味の原因はこれ? とにかく美味しい。
「美味しいね」
「はい。正直不安もありましたけど行ってよかったです」
私もそう思う。ただの付き添いで美味しい物まで貰っちゃったし。
それでのんびり帰ってたら何か樹海の奥の方で木の枝が動いた気がした。
「んー?」
目を凝らして見てみる。うん、やっぱり動いた気がする。ガサガサッて音もした。あれって確か魔物だよね。動く木で危険だったと思う。向こうはまだこっちに気付いてないと思う。
「レティちゃん、急ごう」
「え?」
「魔物がいるかも。逃げよう」
レティちゃんの手を引っ張って精一杯走った。私の走りなんてそんなだけど、それでも逃げないとって思った。樹海の外にはすぐに出られたからよかった。見ても追いかけて来てる様子はなさそう。街に帰ったら騎士の人に言っておかないとね。
「はぁはぁ。何だか大変な1日でしたね」
息を切らしながらもレティちゃんは笑ってた。多分私も笑ってたと思う。こんなに必死になって走ったのは久し振り。プチ冒険って感じで楽しかった。これが冒険心ってことなのかな。
「うん。でも楽しかった。また一緒に行こう?」
「はい。今度は魔物がいなさそうな安全な所がいいですけどね」
「それは同感だよ」
それで時間も忘れて2人で一杯笑っちゃった。




