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86 女子高生も死神を連れ出す

 冬休みも終わって学校が始まった昼休み。外は雪だから教室でリンリンとコルちゃんと一緒に食べてる。


「うーん」


「どした? いつになく深い溜息じゃん」


「悩み事ですか?」


「うん」


「ならお姉さんに言ってみー」


 リンリンが親身に聞いてくれた。


「例えば、そこから出たくないって言ってる子がいたとして、その子を外に連れ出したい時ってどうすればいいと思う?」


「んー、そうだなぁ。まずはその子が何で出たくないかを聞くかな。それでその原因を一緒に考える」


 いつになくリンリンが真剣に助言してくれる。こういうの本当に助かる。


「千年引きこもってるから出るのも躊躇うって言ってた」


「引きこもりかぁ。って、ん? 千年?」


「あの子にも外の景色見て欲しいんだけどなぁ」


 私も毎回会いに行けないし、それにおばあちゃんになったらそれっきりになっちゃうし。


「外に出たくなる理由があれば一番だと思います。美味しい物を食べたい、新しい本を買いに行きたいなどなど。こうしてわたし達が学校に来てるのもある意味理由の1つですよね」


 コルちゃんが話してくれる。なるほど。そういえば、あの子は魔力が多いって言ってた。つまりこれは魔術学園に通わせられたら、それが理由になるんじゃない? 入学も学ぶ意欲があればって前にリリが言ってた気がする。これだ!


「ありがとう! 何か分かったかも!」


「おー、解決したか。よかったよかった」


「うん。これでキューちゃんを助けられるよ」


「キューちゃん?」


「夢に出て来た死神の子」


 そう話したらリンリンとコルちゃんが目を合わせてキョトンとしてた。あれ、おかしかったかな。


「まさか死神と仲良くなったのか?」


「良い子そうだったし仲良くなりたいなーって」


「魔物とも仲良くなれるのなら可能かもしれませんが」


「そうだよね。よかったー」


 よし、作戦が決まったら後は動くだけだよね。でもその前にちゃんと確認しないと駄目だし、先にノイエンさんの所に行かないとね。



 ~魔術学園学長室~



「で、今日は一体何の用なんだい?」


「少し相談したいことがあって来ました」


 ノイエンさんは今日も忙しそうに書類の山と格闘してる。あ、私があげた万年筆使ってくれてる。嬉しい。


「相談ねぇ。魔物でも倒れてたのかい?」


「ええっと、違います。実は新しい子をここに入学させたいんですけど大丈夫かなって確認に来ました」


「ああ、いいよ」


 ノイエンさんが物すごーく呆気なく答えた。え、そんなあっさり決めていいの? もっと手続きとかあると思ったんだけど。ポカンとしてたらノイエンさんが気付いたみたいで続けてくれた。


「魔法使いに年齢は関係ない。学びたい奴が学んで、合わないと思った奴は出て行けばいいのさ」


 そんな軽いノリで学校に行くものなのかな。それともこれが異世界流の学校システム?


「お金は大丈夫なんです?」


「ああ。国から運営資金をもらってるからね。それにしてもあんたが推すってのは、また変わった逸材なんだろうね。もう来てるのかい?」


「それはまだです。これから説得して連れて来る予定です」


「説得? 何か事情でもあるのかい?」


 ノイエンさんがこっちをジッと見てきた。


「はい。千年くらい門番をしてたから外を出るのを躊躇ってるそうです。誰も来なくて退屈そうにしてたので、それなら魔術学園に通えば出てくれるかなって思いました」


「……一応聞くがそいつの種族は?」


「死神、って言ってました。何か深層を守る番人? みたいな?」


「……最近耳が悪くてねぇ。あたしの聞き間違いかい? 今、なんて言った?」


「死神?」


 そしたらノイエンさんが万年筆を置いて頭を抑えちゃった。悪いことだったのかな……。


「あんたの発言や行動にはもう驚かないつもりでいたけど、流石のあたしでも魔族と繋がりがあると聞いては驚きを隠せないねぇ」


 そのわりに口調はそんなに驚いてなさそうに見えるけど。


「魔族ですか?」


 確かにキューちゃんは只者ではなさそうだったけど。


「生まれながらにして魔力を多く持つ種族さ。その目撃情報はかなり少なく、一説では地下深い深淵で暮らしているとも聞く」


 そういえばキューちゃんは深淵がどうって言ってたような。


「危険な存在なんですか?」


「どうなんだろうねぇ。魔力を多く持つなら相応な力を持っていてもおかしくはないだろうけどね。けど魔族や深淵に関しては文献を漁っても殆どまともなのが出てこない。ある文献では魔族は悪だの言ってるが、ある文献では魔族と人は友好的だったとも記載されてる。それだけ情報が少ないんだよ」


 キューちゃんも千年近く人と接してないって言ってたし、これはいよいよ信憑性が増してきたかも。


「私が会った限りだとそんなに悪い子には見えなかったんです。寧ろずっと1人で寂しい思いをしてるように感じました。だから魔術学園にでも通えば退屈しないかなって思ったんですけど」


 ノイエンさんは難しい顔をして考えてたけど、すぐに穏やかな表情を見せてくれた。


「これはあたしの独り言だと思って聞き流してくれていい。もし、魔族を説得できるような魔力も持たない人間がいるなら、きっとその魔族は大して危険ではない、というのがあたしの持論だね」


 ノイエンさんが白い歯を見せて笑ってくれた。


「ありがとうございます、ノイエンさん。私、すぐに彼女と会って来ようと思います」


「ああ。仮にそいつが入学したとしても責任はあたしが持つ。だからあんたのやりたいように動きな。それが若さってもんだよ」


 やっぱりノイエンさんは良い人だ。もう一度お礼を言ってお辞儀をしてから学長室を出て行った。善は急げ、だね。



 ~異世界深層最奥~



 というわけで神社から転移してまた洞窟に戻って来た。流石に2回目は暗くてもそこまで驚かなくなった。コツコツと歩いてたら青い炎が洞窟内で灯る。


「誰じゃ、我が眠りを妨げる輩はのう」


「おはよー。キューちゃん、会いに来たよー」


 紫髪の黒ワンピの死神さんは石の椅子に座ったまま寝てたみたい。それで伸びをしてから私の方を見た。


「……お前はノノムラノラか。本当にまた来るとはのう」


「ノラでいいよ?」


「それで人間よ。我に何用か」


 名前で呼ぶの嫌いなのかな。でも名前を覚えてくれたのは素直に嬉しい。


「うん。やっぱりキューちゃんをここから連れ出そうと思って。その為に来たんだよ」


 そしたらキューちゃんが腕を組んでそっぽを向いた。あれ?


「くどいのじゃ! 我はここから出ていかんと言っておろう!」


「でもずっと1人で退屈なんでしょ?」


「もう慣れたのじゃ。1人でいる時間も1人で過ごすのも」


 そういうキューちゃんの声には感情がこもってない。きっと私には想像できないくらい1人でいたから、きっと一種の諦めなんだと思う。だから私が諦めちゃだめ。


「キューちゃんって魔力が一杯あるんだよね。だったらさ、街に魔術学園っていう大きな施設があるんだけど、そこに通ってみない? キューちゃんだったら凄くいい成績を修められると思うよ」


 そう言ったんだけどキューちゃんの態度は変わらなかった。


「ふん。人間が作った組織になど興味はない。それに我の魔力の半分もないような連中の所で学ぶことなど何もなかろう」


「違うよ、キューちゃん。学校は勉強する所でもあるけど、色んな人と出会える所でもあるんだよ。そうやって交友関係が広がって自分の世界が広がるの。きっとキューちゃんの退屈を埋めてくれるって私は思う」


 それでもキューちゃんは頑なに石の椅子から降りてくれなかった。でもそっぽは向いてるようで視線はこっちを向けてくれてる。話は聞いてくれてるんだ。まだ諦めない。


「キューちゃんは人と関わるのは嫌?」


「ああ、嫌じゃな。人など寿命も短く脆い生物じゃ。そんな生物に価値など感じぬ」


「だったらどうして私と会話をしてくれるの?」


 本当に嫌いなら私とも会話をしてくれないと思う。きっとキューちゃんは長い間誰とも関わってなかったから人との接し方も分からないんだと思う。大事なのはきっかけ。


「それは……お主は無害じゃからだ。殺す価値もない」


「街の人も皆同じだよ。あなたに何かしようとしないよ」


「……分からぬ。お主の心が我には分からぬ。何故我にそこまで拘るのじゃ。我をここから連れてお主は何を企んでおるのじゃ」


「あなたと一緒に外を歩いて、店を回って、景色を見るのはきっと楽しいって、そう思ったから。それ以上のことは考えてないかな」


 これは私の本心。でも言葉で本心かどうかなんて分からない。だから分かってくれるまで伝えるしかない。


「のう、人間よ。お主は我が怖くないのか? この角は古来より魔族の証じゃ。魔力の多さはこの星では明確な力関係を現しておる。お主、死ぬのが怖くないのか?」


「死ぬのは怖いけど、でもキューちゃんが悪い人とは思わない。こうしてお喋りしてくれるのは相手に興味がなかったらしてくれないと思うし」


「……魔力がない故に恐怖を知らぬか。或いはお主という人間性か。あの日もそうじゃった」


「あの日?」


 急にキューちゃんが遠い目をして洞窟の天井を見上げた。


「昔、お主以外の人間と出会った。もう何百年も昔じゃ。あやつはお主に似て人の話を聞かぬ身勝手な奴じゃった。勝手に人の髪を弄ったり、服を寄越しおった」


 もしかして今着てる服もその人が贈ってくれたもの?


「じゃがある日を境にあやつは来なくなった。いや、来れなくなった。何故ならあやつは人間。我とは寿命が違い過ぎる。あやつはたったの50年で見るも変わり果て、そしてここにはもう来れないかもしれないと告げた。以来、あやつは来なくなった。分かっておった。人と関わってもこうなると。心のどこかで抱いていた期待など現実の前には何も変えられんのじゃ」


 もしかしてキューちゃんがここから離れない一番の理由って人と関わりたくないから、なのかな。どんなに仲良くなっても皆老いて死んじゃう。それならもう誰とも関わらない方がいいって思ってるのかな……。


「もしかすればお主もあやつと同じなのかもしれん。じゃがお主も50年もすれば今と同じようにはいくまい。これで分かったじゃろう。もう、我と関わるでない」


 分かってる。きっと私がどんなに言葉を重ねても、それは何も知らないから出る言葉。


 そう、分かってる。


 でも、それでも。


「できないよ。目の前で悲しんで、泣いてる子を前にして出て行けない」


「ボケたのか? 我のどこが泣いておる?」


「泣いてるよ、心が。キューちゃん、本当は人と関わりたいんだよね。でも仲良くなっても、その人が死んじゃうから心を閉ざそうとしてる」


 キューちゃんは反論しようとしてたけど口を閉ざした。


「私は死なないなんて無責任なことは言えない。私も人間だから寿命が来たら死んじゃう。でもね、仲良くなった時間が無駄だって思わない。だって、一緒に過ごした時間は記憶に残るんだよ。キューちゃん、100年以上も昔に会ったその子を覚えていてくれたんだよ。きっと、その子もそれだけを望んでたんだと思う」


 キューちゃんがこっちを見て目を合わせてくれた。だから、前に来た時と同じように近付いて手を取った。前は振り払われたのに今度は違った。それで石の椅子から立ってくれて、背伸びして私の目を覗いてくる。


「面妖な奴じゃ。じゃがお主の言葉は不思議と心地よい。嘘を並べるだけの人間ではないのじゃろう」


 キューちゃんは椅子の上に手をかざすと、そこに青白い球体がぷかぷか浮かんでた。


「我が霊体じゃ。どの道、この門が開くことはなかろうがな。それこそ天変地異でも起これば別じゃが。さて、我を連れてくれるのじゃろう?」


 キューちゃんが不適に笑った。それが何より嬉しくて。


「もちろん! でも裸足で足痛くない?」


「魔族は痛みを感じぬのじゃ」


 そうなんだ。寧ろ見てるこっちが痛いんだけど。


 それから手を繋いで洞窟の外に向かって歩いた。外に続いてるか分からないけど、奥に進む度に青い炎が灯っていくから合ってる……と信じたい。


「そういえばその服はその子が持ってきてくれたんだよね。その前はどうしてたの? もしかして……」


「違わい! 裸でいるわけなかろう!」


 流石にそこまで原始的じゃなかったみたい。


「その時は死神っぽい格好をしておったのじゃ。鎌を持ったりフードを被ったり、でもそれは可愛くないと言われてのう」


 それを聞いて何だか笑っちゃった。色々言ってるけどちゃんと人の言葉は聞いてるんだから。


「何を笑っておる! 我をかわいいとでも思ったのじゃろう!?」


 それは間違ってないけど。


 それで歩き続けてたら明るい光が差し込んできた。洞窟を出た先は海が見える崖の端だった。こっちにも海があるんだ。水色の綺麗な波がさーさーって静かな音を立ててる。潮の匂いはしないけど、どこか懐かしい感じがした。


「海が綺麗だね」


「ほう。これが海か」


 洞窟の外なのにキューちゃんは初めてみる様子で見てる。本当にずっとこの中で過ごしてたんだね。


「とりあえず央都に行きたいんだけど、場所分かる?」


「分かるはずがなかろう!?」


 困ったなぁ。でも何とかなるよね。だってもう私達を縛る物は何もないんだから。

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