85 女子高生も初詣に行く
ひゅーひゅー。
何か風が吹き抜けるような音が聞こえる。ここはどこ? 視界が真っ暗で何も見えない。
「ふむ。この世あらざる異質な存在を追っていたが些か読みは外れたかのう」
じじ臭い口調とは裏腹に可愛い声が耳に聞こえる。
誰って口にしようと思ったけど声が出ない。
「どうやってこの地に、いや、この星に辿り着いたかは知らぬがお主のような異物は我々にとっても危険であるのじゃ」
異物って私のこと? 何か悪いことしたのかな……。
「ともかくお主は我が目によって特定した。最早我からは逃れられんよ。死神である我からのう。これも運が悪かったと諦めるのじゃ、人間」
それだけ言うとその声が聞こえて視界もぼやけて意識も遠のいて……。
「夢?」
起き上がったら部屋のベッドの上だった。チュンチュンって小鳥のさえずりが聞こえてくる。さっきのは何だったんだろう。確か昨日は異世界にいって年を越して、それでリリの屋敷に泊めてもらったような。あれ、何で私自分の部屋にいるんだろう。
もしかして寝てる時に転移したのかな。これは今頃リリが驚いてるかもしれない。今度会った時お詫びしないと。
ピロン♪
スマホが鳴ったから見てみる。なんかラインが結構入ってたけど、その殆どは新年の挨拶だった。そういえば電波が圏外だから今入ったのかな。とりあえず1つずつ返信していこう。
それでリンリンのメッセージが目に入っちゃう。
『あけおめー。今日は皆で初詣行かね?』
そっか。もう今日は元旦なんだね。そう考えたら新鮮な気分になってきた。
『おめでとう。もちろん行くよ~』
『よし! コルコとヒカリさんも誘ってあるからいいよな?』
『もちろんだよ~』
新年から皆と会えるのは嬉しい。そうと決まったら寝てられないね。起きて支度をして準備をしないと。
「すら吉、あけおめだよ~」
今日も元気に水槽の上でくるくる回ってる。何かいつもより回転が早い気がするけど気のせいかな?
部屋を出て階段を降りたら皆もうおきてた。
「あけましておめでとう~」
「あら、ノラ。おめでとう」
「おぉ、ノラ! あけましておめでとう!」
「おめでとさん」
お母さん、お父さん、おじいちゃんが挨拶を返してくれた。台所の机を見たら年賀状が届いてた。中には小学校のよくしてくれた先生や近所のおばあちゃんからも届いてる。また返事をしないとね。
「お母さん、ちょっと友達と初詣行ってくるね。それで着物の着付けをして欲しいんだけど」
「分かったわ。居間の方にいらっしゃい」
それから身支度も終えて、着付けもしてもらって家を出た。冬にしては少し暖かいくらいの快晴。外には我が家のもふもふ達が元気に溶けかけた雪の上を走り回ってる。
「瑠璃、ミー美、柴助、猫丸、たぬ坊、こん子、あけおめ~」
声を出したら皆が一斉に鳴いたから笑顔になっちゃう。皆も今日が特別な日って分かってるのかな。皆の頭を撫でてあげてると外に車が停まったのが聞こえた。
「それじゃあね、また帰ってから遊んであげるから」
もふもふ達と別れて家を出たらヒカリさんが窓を開けて手を振ってくれる。今日はもこもこした私服で可愛い。
「ノラちゃん、あけおめ~」
「ヒカリさん、おめでと~。ことよろだよ~」
「こっちこそね。それじゃ、乗って」
「ありがと~」
後部席に乗せてもらって、リンリンとハイタッチをする。うん、やっぱりこのノリだよね。リンリンとコルちゃんはどっちも着物で来てる。よかった、私だけだったら浮いてたし。
「リンリン、コルちゃん、あけましておめでとー」
「おめおめ。よろよろ」
「あけましておめでとうございます、ノラさん」
うん、今日も皆がいつも通りで安心する。それでヒカリさんがすぐに車を動かしてくれた。
「しっかし、今日のノラノラ気合入ってんなー。その着物新調したのか?」
「それは私も思ったわ。めちゃくちゃ高そうなの着てるって思ったもの」
リンリンとヒカリさんが聞いて来る。
「うん。フランちゃんが作ってくれたんだよ~。多分特注品」
「それはすごいですね。一体何をしたのですか?」
「うーん。渓流探索?」
そう言ったら少し沈黙してから皆が納得した様子だった。今ので分かってくれたんだ。
「そういや皆は初夢どうだった?」
リンリンが聞いてくる。
「確か初夢がいいと縁起がいいんだよね?」
「一富士二鷹三茄子ですね。四扇五煙草六座頭もいいそうです」
さすがコルちゃん物知りだ。
「私は竜に乗って空を飛んでたぞ」
え~、楽しそう。
「わたしは茄子の形をしたスライムを収穫してました」
何それ、すごく見てみたい。ていうかリンリンもコルちゃんも微妙に異世界の影響受けてない?
「2人はいいわねぇ。私なんか変な小屋でずっと課題してる夢だったんだけど」
ヒカリさんがどんよりした声で言ってる。それは縁起悪そう。
「それでノラノラはどんなんだった?」
「うーん。何か死神を名乗る女の子に命を狙われる夢だった」
そう言ったら皆が絶句して静まり返った。
「ノラちゃん、それはえんがちょよ!」
「そうだ! 神社行くんだしお払いしてもらったらどうだ!」
「体も清めてもらったらいいと思います!」
皆が慌ててあたふたしてる。そんなに変な夢だったのかな。
「大丈夫だよ。それに仏様もいるしそんなに大事にはならないよ」
「いやいや。仏の加護も減ってるかもしれないじゃん?」
今から補充しに行く所だけど?
「それに夢は夢だし」
「やはりノラさんには敵いません」
「ねー。そんなヤバイ初夢なんて私の夢が可愛く見えてきたんだけど」
それで神社の前まで来たから車を降りて石段を上って行く。鳥居に軽くお辞儀をしてから潜って神社に着いたら参拝客が結構来てた。
「皆5円玉は持って来た?」
聞いてみたら全員が5円玉を見せてくれる。これは準備がいいね~。もちろん私も持って来た。それで神社の近くにある水が流れてる所で杓を使って手を洗った。神社的には清める?
それで順番を待ってから5円玉を賽銭箱に入れる。それで2回お辞儀をして2回手を叩く。
いつも異世界に連れてくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
願いもいい終えたし最後にお辞儀をしてその場を後にした。正月ってだけに神社も色々催しをしてるみたい。今は正月だから雑煮の炊き出しをしてる。良い匂いする~。
特に巫女姿の人が境内で働いてるのを見るとちょっと羨ましいって思う。巫女服ってかわいいし、人生で一度でいいから着てみたい。
「そうだ。ノラノラの為にお守りを買っていこう」
「いいですね」
リンリンとコルちゃんがお守り売り場に歩いていく。すごく気を使われてるような。でもせっかくだし買っておこうかな。健康祈願とか?
それで一歩踏み出したら視界が暗くなった。あれ、これはまさかの?
「転移?」
まさかの神社で居る時に起こるなんて仏様も張り切っちゃったのかな。それでぼうっとしてたんだけど中々視界が変わらない。いつになくブラックアウトしてる時間が長いような?
「んー?」
よく目を凝らしたら何か薄っすらと壁みたいのが見えた。もしかしてもう転移してる?
そしたら急にボッて音がして青い炎が壁にずらっと灯った。それで分かったけど洞窟の中にいるみたい。それも天井はすごく高くて2階建ての家くらいはありそう。
それに目の前には大きな石の門が道を塞いでた。何か紋様があるみたいだけどよく分からない。
「ほぉ。まさか我に勘付いてこの場に現れるとはのう。人間のわりに随分と手が早いのじゃ。しかし1人で来るとは余程自信があるのか、或いはただの蛮勇か」
どこかで聞き覚えのある声がする。
そうだ、夢であった子の声だ。声の主を探って目で追うと石の門の隅の方で石の椅子に座ってる子がいた。
黒のノースリーブのワンピースを着てて真っ黒な手袋もしてる。なんでか靴は履いてなくて裸足。
紫色の髪はちょっと長くてツーサイドアップにしてるのが可愛い。頭には2本の角っぽいのが見えるけど、後ろに垂れてるし角かどうかは怪しい。片方先っぽが折れてるように見えるし。その子は肘を手摺において頬杖を付きながらこっちを見てる。
うん、何か声の通り可愛い子だった。
「あなたが死神さん?」
夢ではそう名乗ってた気がする。
「如何にも。我はコキュートス・ヘルヘイム。深淵を守る者」
尊大な態度でそう言ってるけど見た目が子供なせいであんまり威厳は感じられない。
「私は野々村野良だよ。よろしくね、キューちゃん」
「キューちゃん?」
「うん。そういう名前でしょ?」
コキューなんとかって言ってたし。
「我を馬鹿にしておるのか、人間。それとも我など恐れるに足らんと思うて余裕を見せておるのか?」
「ちがうよー。これは私なりの友好表現なんだけど、駄目だったかな。嫌ならやめるけど」
「その方がよかろう。お主の寿命が減りたくなければな」
「分かった。じゃあキューさんって呼ぶね」
「敬称の問題ではなかろう!」
変だったのかなぁ。キューちゃん、すごく怒ってる。それで椅子から降りて私の方に歩いてくる。裸足だから洞窟の中を歩くのは痛そう。
「我が本気を出すとどうなるか分かっておるか?」
「うーん。分からないかも」
「ならば我が魔力を見ておくのじゃ」
それでキューちゃんがこっちをじーっと見ながら何かを訴えてる感じだった。正直何をしてるかさっぱり分からない。
「ごめん。私、魔力なしだからキューちゃんの魔力が分からないの」
「なにっ、魔力なしじゃと!?」
キューちゃんすごく驚いてた。やっぱりこの世界だと普通じゃないんだね。
「ではそうなるとどうやってここに来たのじゃ!」
「えーと、転移?」
「それには魔力が必要じゃろう!」
「何か色々あって」
そう言ったらキューちゃんが頭を抑えてその場に蹲っちゃった。やっぱり説明不足だったかな……。
「ありえん……。魔力なしでかつ、転移可能だと。というかお前さんはここに何をしに来たのじゃ」
「ごめんね。この転移、好きで使えなくて。偶々としか言えないんだ」
「偶々この深層に転移したじゃと!? どうなっておる!?」
キューちゃんはずっと慌ててる様子。
「えっと。私は別に何か悪さしに来たわけじゃないから安心して?」
「人間の言葉を信じれというのか? お主という異質な存在は危険すぎるのじゃ」
それは夢の中でも言われた気がする。
「そう言われても本当に何もできないよ? ここで転んだだけで動けなくなるだろうし」
「確かにお主からは危険な気すらも感じぬ」
それでもキューちゃんは唸ってる感じだった。信用を得るって難しい。
「因みにキューちゃんはここで何をしてたの?」
「我は深層を管理する者。言わばここの門番じゃ」
「深層?」
「うむ。この門の奥は深淵と呼ばれ、人間共にも手に負えん危険な悪魔が無数におる……と思うのじゃ」
「思う?」
「し、仕方なかろう! 我も千年近く門番をしててこの門が開いてるのは見たことないのじゃ!」
そうなんだ。それくらい固い門ってことなのかな。
「千年もずっとここにいたの? 退屈じゃなかったの」
私だったら3日で飽きそう。
「退屈じゃ。だから最近は魔力を使って色々なことを試しておる」
「人の夢に入ったり?」
「うむ! って何我の思考を覗いておるのじゃ!」
実際入って来られたし。
「だったら出て行ったらいいんじゃない?」
「それはできぬ……と思うのじゃ。我はここの門番だから」
それはちょっと悲しい気もする。こんな暗い所でずっと1人ぼっちって寂しくて辛いだろうし。何となくキューちゃんの手を取ってみる。私と変わらない人の温もりを感じた。
「何勝手に触っておるのじゃ!」
キューちゃんに手を払われちゃった。
「一緒に出て行こうって言おうと思ったんだけど」
「ふん。人間の貴様の言うことなど聞かぬ。用がないならさっさと帰るのじゃ」
キューちゃんはまた石の椅子に座って肘を付いてた。これ以上は何を言っても聞いてくれないかなぁ。
「うん、分かった。勝手に入ってごめんね。私、帰るから」
「ま、待て! 本当に帰る馬鹿者がいなかろう!」
「でも本当に偶々来ただけだし、皆も心配してるだろうし」
「だったら次はいつ来てくれるのじゃ!?」
何かめちゃくちゃ必死になってるような。
「ねぇ、キューちゃん」
「な、なんじゃ?」
「やっぱり退屈なんでしょ?」
「ち、違うわい! 久々に誰かと会話できて嬉しいとかこれっぽっちも思ってないわい!」
これは思ってる奴だね。シャムちゃんで覚えた。
「やっぱり一緒に外に出ようよ。そのほうが楽しいよ?」
「お主には分かるまい。千年という月日は我にとってこの使命を繋ぎとめておるのじゃ。安易に出るなど選択できなかろう」
「……そっか。だったらまた来てお喋りしに来るよ」
「本当か!? ご、ごほん。いや、我はどうでもよいがお主が来たいなら勝手にするがよい」
らしいから来てもいいみたい。死神とか言ってたけどやっぱり普通な女の子な気がしてきた。
「それじゃあね、キューちゃん」
手を振ったけどキューちゃんはそっぽを向きながらちらちらこっちを見るだけだった。新年早々出会いがあったし、これもお参りのおかげかな。ありがとう、仏様。




