78 女子高生も風邪を引く
頭が重い……。何だかぼうっとする。布団から起きられない。どうしよう。
今何時?スマホを探すけどどこにもない。机に置いたままなんだった。
時計の針がチクタク動いてる。朝ごはん、もう出来てそう。
そう思ってたらぱたぱたって階段上がってる音がした。部屋をノックされる。
「野良ー。早く起きないと遅刻しちゃうわよー」
「んー」
うまく声が出せない。するとお母さんが部屋に入って来た。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「頭がぼうっとする」
「あら、酷い熱じゃない。今日は休みなさい」
「でも今日は小テストもあるし……」
それに高校生になってから休んでないから皆勤賞だったのに。
「駄目よ。風邪を甘くみてると痛い目見るんだからね。学校には私から言っておくから」
「うぅ。ごめんなさい」
「いいのよ。誰だって体調が悪くなる時くらいあるわ」
異世界で雨に濡れたり、最近寒くなったのが原因かなぁ。
「空気が悪くなるから少しだけ窓を開けておくね。朝食は後で持ってくるから」
お母さんがてきぱきと動いて窓を開けた。そしたら窓から瑠璃が凄い勢いで部屋に入って来た。
「ぴー!」
「瑠璃ちゃん、野良は風邪で具合が悪いのよ。今日は外で大人しくしてなさい」
「ぴーぴー」
何か瑠璃がお母さんに訴えてるみたい。布団で寝てるからどういう状況か分からないけど。
「心配な気持ちは分かるけどね。風邪がうつったら大変よ」
竜は病気になったりするのかな、なんて思っちゃうけど。
「ぴぴぴ。ぴーぴ」
「あなた、まさか野良の看病をするなんて言わないでしょうね」
「ぴ!」
お母さんが何か瑠璃の意図を把握してる。私よりも理解してるような?
「あなたが賢いのは知ってるけどねぇ。この前も洗濯物干すの手伝ってくれたし」
私の知らない所でそんなことが。
「ぴぴ!」
「そうねぇ。私も付きっきりで見れないし瑠璃ちゃんに任せようかしら?」
「ぴ!」
ちらっと見たら瑠璃が敬礼しててお母さんがそれを見て苦笑してた。瑠璃のコミュ力すごい。
「とりあえずタオルとお水を持ってくるわ。とにかく野良は無理しちゃ駄目よ」
「うん」
そう言ってお母さんは一旦部屋を出て行った。それで少ししたら蒸したタオルとお湯を持ってきてくれて、朝食も運んで来てくれた。
「ご飯、1人で食べられる?」
部屋のテーブルに雑炊とお味噌汁を置いてくれてあった。
「うん、大丈夫」
「それじゃあ私は行くわね。何かあったら瑠璃ちゃんにでも言いなさい」
まさかの伝令役に任命されてるけど。瑠璃も元気よく返事してるし。
それでお母さんは部屋をバタンと閉じて足音を消して1階に下りていった。
「……ご飯、食べないと」
せっかく用意してくれたし温かい内に食べたい。でも思った以上に身体が重い。スライムを100匹くらい背負ってる気がする。
私が動けないでいると瑠璃が部屋を歩いて味噌汁を両手で持つとそれを頭に乗せて運んでくれた。
「瑠璃、ありがとう」
何とか布団からは起き上がれて瑠璃から味噌汁をもらう。うん、ほんのり甘くて美味しい。
「ぴ~」
雑炊も持って来てくれたけどこれは流石にお椀が熱そう。
「瑠璃、それはちょっと手で持てないかな」
「ぴー。ぴ!」
瑠璃が何か思案した様子でいると急にスプーンを手に持って雑炊をすくうとそれを持って来てくれる。なんという配慮。
「ありがとう」
「ぴ~」
スプーンを渡してくれるのかなって思ったら何かそのまま口元まで持ってくる。これはまさかの、あーん? 瑠璃が私の口を開けるのを待ちながらきょとんとしてる。こんな潤んだ瞳で見つめられると断れない。
「あ、あーん」
「ぴ~」
「ん。美味しい」
思ったより熱くなかった。お母さんも気を使ってくれたのかな。瑠璃はすぐに次の用意して目を輝かせて待ってる。こやつ、何かに嵌ってる。
まさかドラゴンにあーんされる日が来るなんて思ってもなかったけど、これはこれで悪くないかもしれない。
「ぴ!」
瑠璃が何かを思い出したように急に飛び出した。それで私の机に置いてある鉢を持ってくる。それレティちゃんのお店に初めて訪れた時に買った薬草だ。確か国にも認められるくらいすごい効能のあるって言ってた。すっかり忘れてたし、それを覚えてた瑠璃すごい。
それで瑠璃がその白い葉を小さな爪で細かく切って雑炊にまぶしてくれる。それをスプーンで混ぜて味を染み込ませてる。もしかしてお母さんとかの料理を見て覚えてる? それならすご過ぎる。もう私より料理できるんじゃ……なんて。
それで混ぜた雑炊を食べさせてくれた。思ったより苦くなくて寧ろ口の中がスーッとして食べやすい。今の私にぴったり。
「ご馳走様」
雑炊も食べたから、これで元気に……はならないけど薬を飲んでこのまま安静にしてたら大丈夫、だよね。私が布団を被って横になると瑠璃がタオルをお湯で濡らして頑張って絞ってる。健気だなぁ。それを私のおでこに乗せに飛んでくれた。
「瑠璃、ありがとう」
瑠璃は黙って頷いてくれた。熱、このまま引いてくれたらいいけど。瞼を閉じても眠気は来ない。こういう寝なきゃって時に限って中々寝れないのは何でだろう。修学旅行の前日とかもそうだけど。なんてぼんやり考えてると時間は過ぎていく。
リンリンとコルちゃん、心配してるだろうなぁ。ライン送りたいけど余計に心配かけるかな。
「くしゅん。う~、ちょっと寒いかも」
冬の寒い風が窓の隙間から入ってくるよ。閉めっぱなしも駄目なんだろうけど、これは堪える。そしたら瑠璃が察してくれて窓を閉めてくれた。今日の瑠璃は気が利く。
……なんだろう。視界がさっきよりもグルグルしてきた。熱も上がってる気がする。ただの風邪、だよね。すごくだるい。駄目だ。何か意識が遠くなっていく。このまま三途の川は渡りたくないなぁ。
夢を見た。
何か無数のスライムに囲まれて草原の中を一緒に歩いてる。スライムの大きさは色々で小さいのは小石くらいで、大きいのは私の背丈よりもずっと高い。そんなスライム達と並んで意味もなく草原を歩いてる。
どこに向かってるのかも分からなくて、私は聞いてみた。
「ねぇ、この先に何があるの?」
スライムが喋れないってのも忘れてるみたいで話し掛けてる。スライムは皆ふよふよしてるだけで動くだけ。それで私も仕方なく一緒に歩く。その内、歩き過ぎて私は疲れてその場に座り込んだ。もう歩けないって思った。
そしたら何かスライムが私を取り囲んでる。それで何かを考える暇もなく覆いかぶさって来て……。
「夢?」
目が覚めた。スライムが一杯いた夢だった気がする。ていうか何か額が重い。それにツルツルする何かが乗ってる。
起き上がったら額に乗ってた何かがスルッと布団に落ちた。すら吉だった。
なるほど。夢でスライムを見たのはこれのせいか~。って、一体どうなってこんな状況になったの?
「瑠璃?」
「ぴーぴ!」
瑠璃が何か妙なジェスチャーで訴えてきて、タオルを渡してくる。蒸しタオルはもう大分冷たくなってた。お湯も湯気が出てない所を見ると冷めたのかな。
「それで変わりにすら吉を乗せてたの?」
「ぴ!」
ドヤ顔で言われても何て反応していいか困る。すら吉もずっと私の額にいたみたいですごく萎んでるし。
「瑠璃。すら吉を水槽に戻してあげて」
「ぴ~」
水の上に浮かんだすら吉は今日もくるくると回り始めてる。でもどうしてか今はそんなに身体が重くない。熱も引いてる気がする。レティちゃんの薬草のおかげかな。今度お礼を言わないとね。
何となく時計を見たら4時を過ぎてた。
「わ。もうこんな時間なんだ」
そしたら急に部屋がノックされる。
「おーい、ノラノラ入っていいかー?」
リンリンの声だ。
「いいよー」
「おーっす。見舞いに来たぞー」
「ノラさん、大丈夫ですか?」
コルちゃんも一緒だったみたいで2人仲良く来てくれた。すごく嬉しい。
「うん、ゆっくりしてたからもう大分熱も引いたんだー」
「それは良かった。これはお見舞いの果物。みかん直売してたから買ってきた」
「みかんだー、ありがとう」
そういえば冬になってから何気にまだ食べてない。炬燵に潜って食べないとね。
「今日の授業のノートをコピーしましたのでそれを置いときますね」
「コルちゃーん、ありがとー」
何気にそれすごく助かるから。やっぱり持つべきは友人だねー。
「その様子だと本当に大丈夫そうだな。安心安心」
「そうですね。リンさんがラインに既読付かないのでノラさんが重体で病院に運ばれたかもしれないってずっと言ってたんですよ?」
「ちょっ、コル! それ言わないでって言ったじゃん!」
リンリンが慌ててる所はちょっと見てみたかった気もする。2人もいつも通りで何かすごく安心した。
「ていうか瑠璃が看病してたのか」
「うん。今日1日ずっと付き添ってくれたんだよ」
「ぴ!」
「へー、偉いじゃん。ご褒美にみかんやるよ」
リンリンが袋からみかんを出して瑠璃に投げると一目散にキャッチして皮ごともぐもぐしてる。
やっぱり食いしん坊。
「あ、それと小テストは後で再テスト受けれるそうですよ」
「そうなの?」
「はい。冬場ですから欠席してる人も多くて先生の配慮みたいです」
ダウンしてるのが私だけじゃなかったんだ。何かちょっとだけ安心感。
「それじゃ私らはそろそろ行くか」
「もう帰っちゃうの?」
「風邪は病み上がりが一番怖いんだぞ、ノラノラ」
珍しくリンリンに正論を言われて何も言い返せない。
「それではお大事に、ノラさん」
「うん。今日は来てくれてありがとう」
「いいって。それじゃあな」
それでリンリンとコルちゃんも帰って行った。風邪でもいつも通り接してくれるのってやぱり嬉しい。変に気を使われるとこっちも気を使うし。
でも風邪を引いたおかげで瑠璃にお世話にもなれたし、案外風邪を引くのも悪くなかった気もする。治ったから言えることだけど。
「野良は無事なのか!? 生きてるのか!?」
階下からお父さんの大きな声が響いてる。うん、やっぱり風邪は今日だけにしよう。




