71 女子高生もお嬢様を連れて帰る
雨。
今日は朝からずっと雨が降ってて放課後になった今も止んでない。雨足はそんなに強くなさそうだけどパタパタって音が教室の中にいても聞こえてくる。
「雨、止みませんね」
「うん。明日は晴れるって天気予報で見たけど」
教室に残ってるのは私とコルちゃんだけ。リンリンも一緒だったけど急にバスケ部の人数合わせを頼まれて助っ人に行ったきり戻って来ない。リンリンは体力があるからよく部活の助っ人を頼まれたりしてるみたい。どこか入ったらいいのにって言ったら「この私だぞ? 三日で飽きる」って即答された。
「勉強でもする?」
「そうですね。もうすぐテストですし」
そうと決まったら机を合体させて勉強道具を並べる。図書館もあるけどあそこだと私語もできないから結構気を使う。
それに今日は雨だから外での部活動もなくてすごく静か。誰もいない教室も相まって落ち着く。
とりあえず数学から始める。暗記系は覚えたらどうにかなるけど理系はそうもいかない。それに困ったらコルちゃんにも聞けるからお得だね。
コルちゃんは本当に頭がよくていつもテストの点数が8割を超えてる。強い。
「そういえばずっと気になってたんだけど、コルちゃんってどうしてこの学校を選んだの?」
この学校って何かに秀でた名門校って訳でもないし、かといって偏差値もそんなに高くなかったと思う。私は近かったからって理由で選んだし、リンリンもそうだったと思う。
でもコルちゃんは都会育ちだし、学校選びにも困らなさそうだし。通学にバスが走ってるって行っても往復だと結構な時間になってると思う。
「こう言うと恥ずかしいのですが、わたし都会の空気がちょっと苦手なんです」
「そうなの?」
確かに都会って賑やかで夜でも色んな店が開いてるイメージがあるけど。
「お姉ちゃんが子供の時から色んな場所に遊びに連れて行ってくれましたがやっぱり肌に合わなくて。それに小、中も1学年200人近く居ましたからずっと騒がしい所に身を置いていたんですよね」
1学年200人ってなると1クラス40人って考えても5クラスはあるのかな。私の卒業した中学なんて1クラス30人もいなかったし、1学年でも2クラスしかなかったからそれは想像もできない世界だ。
「だから高校は落ち着いた場所で勉強したいって思ってたんです」
「コルちゃんってアルビノだから余計に目立ったんじゃない?」
「そうなんですよ。別のクラスの女子からも毎日のように声をかけられて1人で過ごせる時間なんて早々ありませんでしたよ。お姉ちゃんは適当に流せばいいって言ってくれましたけど中々そうもできませんし」
確かに声をかけられたら無視もできないし大変そう。
「それならもっと近場もあったんじゃない?」
「実はこの学校がわたしのお母さんの母校なんだそうです。ですからここにしました」
「えー、そうだったんだ。だとしたら私のお母さんと同級生か先輩後輩だったりしてね」
「ふふ、そうかもしれませんね」
意外な発見だったから帰ったらお母さんに聞いてみよう。
それからは勉強に集中して時々会話するって感じ。そしたら急に教室のドアが開いた。
「まだ帰ってなかったのかー。お、勉強してるなんて感心感心」
入って来たのは私達の担任の村上先生だった。若くて色々親身になってくれる優しい先生。時々真顔で冗談言ってくるから生徒の中でも評判が高い。
「けどもう暗くなってるから程々にしとけよー」
言われて外を見たらもう真っ暗。冬至が近付いてるからお日様が沈むのも早くなってるんだった。
「はい。そうします」
「でも数学の勉強してるなら俺に聞いて欲しかったなー。目の前に優秀な先生がいたら俺もお役御免かねー」
村上先生がコルちゃんの方を見て頭を掻いてる。それを聞いてクスッて笑っちゃった。コルちゃんも笑ってる。
「じゃあ早く帰るんだぞー」
「はーい」
村上先生はそう言って手を振って教室を出て行った。
「帰ろっか」
「そうですね」
勉強道具を片付けてコルちゃんと別れた。お気に入りの紺色の傘を差して家路に着く。
雨はさっきよりも弱まってるけど歩道には一杯水溜りがあるから避けるのも大変。
とりあえず早く帰ろうと思って無心で早歩きになってる。やっぱり服や髪が濡れるのは辛い。帰ったら一番にお風呂に入ろう。
そう思ってたのに住宅街の景色が全然変わってない気がする。それにさっきよりも雨が強くなってるような? あれれ?
まさかと思って目を凝らしたら異世界の街に来てた。なんかいつもより暗くて雨も降ってる。しかも結構強い。空を見上げたら雲はなくて真っ黒の空が広がってた。だから暗かったのかー。でも雲もないのにどうやって雨が降ってるんだろう?
辺りを見渡したけど出歩いてる人が殆どいない。出店も片付いてて今日は店仕舞いしてるみたい。そういえば異世界で雨が降ってるのを見るのは何気に初めてかも。
日本だと結構雨が降るけどこっちだと特殊なのかもしれない。
「とりあえずどこかで雨宿りさせてもらわないと」
雨強くてもう制服がちょっと濡れてる。ここから近い所ってなるとレティちゃんの所だけど濡れた格好で行くのは悪いかなぁ。少し遠くなるけどシロちゃんの所なら家にもなってるから雨宿りくらいならさせてくれるかな?
そう思って歩き出す。善は急げだね。
「んー?」
誰も出歩いてないと思ってたけど丁度遠くで誰かが走って行くのが見えた。暗いからよく見えなかったけど、でも傘も何も差してなかった気がする。こっちだと魔法があるしそれで雨を避けてるのかな?
そんな感じで歩いてたら、ふと路地裏の方に目が行く。そこで子犬のように丸くなってる1つの影があった。気になって近付いたらずぶ濡れになってる金髪の女子がいる。私の大事な友人のリリだ。
リリは体育座りして顔を下に向けてる。もしかしてさっきの影はリリ?
今もずっと濡れてて髪も服もぼとぼとだった。だから気付いたら傘をリリの所に差してた。
「リリ?」
声をかけたらリリが顔をあげてくれた。その目は真っ赤に滲んでて今にも泣きだしそう。
「ノノ?」
「うん。私だよ。大丈夫?」
「大丈夫、じゃない、かも」
リリはいつもの快活さもなくて声に覇気がなかった。
「何かあったなら聞くよ」
「うん。実はね、家出してきたの」
リリの口からそんな言葉が出るなんて思ってなかったからびっくりしちゃう。なるべく顔には出さないようにして落ち着かせないと。
「親と喧嘩でもしたの?」
「うん。だってお父様が悪いのよ。私まだ先のことなんて考えてないのに許婚を連れて来たって言われても……困る」
それを聞いてなんて声をかけていいか分からなくなっちゃった。普通の親子喧嘩ならリリを慰めようとって思ってた。でも思ったらリリはお嬢様だし、ここは異世界だった。私と同じくらいの年のリリにそういう話が来てもおかしくはない、のかな。でも今のリリの反応を見たらやっぱりおかしいんだと思う。
「私に何の相談もしないで勝手に決めちゃって。何がお前の為よ! そんなの私頼んでないのに!」
リリの目からボロボロ涙が流れてそれが雨に流されていく。何も言葉がでない。何て声をかけていいか分からない。
だから傘も放り投げてリリを抱きしめた。
「あ……ノノ。ノノッ!」
リリが私の中で泣いてる。ずっと泣いてる。きっと相当悩んで苦しい思いをしたんだと思う。リリの頭を撫でた。濡れた髪が冷たくて、だからリリをもっとギュッてしてあげた。
「私、私……」
「大丈夫。大丈夫だから」
それから少ししてからリリは落ち着いて涙も止まったみたい。でも表情はまだまだ暗かった。
「あの、ノノ、そのごめんね。ノノまで濡れちゃって」
「これでお揃いだね」
1人で濡れるのは抵抗があるけど誰かと一緒だと雨に濡れるのもそんなに悪くない気もしてくる。リリに笑いかけたらリリもぎこちなく笑ってくれた。
「私、これからどうしよう」
リリが不安そうに言ってる。お父さんと喧嘩したみたいだから家に帰り辛いんだと思う。それにさっきの話が本当なら帰ってもきっと色々言われそう。
「じゃあ私の家に来る?」
「え?」
「何もないけど私のお父さんとお母さんなら話したら友達1人くらいなら少しの間なら泊めてもいいって言ってくれると思う」
自信はあんまりないけどそこは気持ちを伝えよう。それにこのままリリを放っておくのはもっと辛い。
「いいの? 私、何も……」
「うん。それに私も親にリリを紹介したかったんだ。今まで話してもこの世界全然信じてくれなかったんだよ? これはもう本人と会わせるしかないよね」
前の夏祭りの時にもできたけどあの日は興奮してたから忘れてたんだよね。
「ふっ、ふふ。普通誰も信じないって」
「むー、そうかなぁ?」
私だったら信じるんだけどなぁ。もしかして私がズレてる? でもリリが笑ってくれてよかった。
「ねぇ、ノノ。本当にいいの?」
「いいよ。私も自分の人生勝手に決められたら嫌だし。落ち着くまで一緒にいよう?」
「うぅ。私また泣きそう」
あれ、逆効果だった?
とにかく急いで仏様に頼んで現代に戻してくれるようにお願いしないと、リリと仲良く風邪を引いちゃうよー。
シリアスな雰囲気が出てますが特に何も起こりません。




